13.カーチェイス
決断を迫られたニールの視界に、愛車である、オレンジのヒュンダイ・ジェネシスクーペの姿が見えた。
(確か、3800ccだしターボつけたって兼山が言ってたし、あれで追いかければ何とかなる、か……?)
ニールはしばし考え、歩き出した。男たちが金庫を開け、金を持ち出すのは時間の問題だ。それが済めば、奴らは警察への通報を遅らせるために少女を人質にバラバラに逃げるのだろう。すでに通報されているとも知らずに。
だが、道路の封鎖も間に合わない可能性が高い。だからこそ、追いかけるのだ。このBK38で!
ニールの予想通り、男たちはすぐに出てきた。監督はおらず、明日菜だけを連れている。そして、彼らは明日菜たちが乗ってきたバンの方へと歩き始めた。あれで逃げるつもりなのだろう。
ニールはそっと身を屈め、男たちをやり過ごす。そして、バンが出ていくのを確認してから追いかけ始めた。
つかず離れず、そのリアウィンドウの向こう側には確かに明日菜の姿が見える。
(まさか、映画の中じゃなく現実でこんな事をするハメになるなんてな……!!)
ニールも役者として何度かこんな場面に出た事はあるものの、現実世界でカーチェイスなんて初めてだった。
追いかけてどうなるのかすらわからない状況だ。だが、明日菜という少女が無事に帰ってくるとしたら、それはニールの努力の先にしかない。
そんなニールの決意をあざ笑うかのようにスピードを上げるバン。スイスイと他の車を避けて先へ先へと進んでいく。
「クソ!」
ニールもアクセルを踏み込んでそれを追いかけるが、あいにくとプロのレーシングドライバーではない。交通量が多くなってきた道路では、車をかわして追いかけるのでいっぱいいっぱいである。頼みは3.8リッターのジェネシスクーペの性能だ。
そして、バンの車内では男たちが苛立ちの声を上げていた。
「あのド派手なオレンジのクルマ、やっぱ、ついてきてるな」
「チッ、あのスタジオにいたヤツラは全員ふん縛ったハズじゃなかったのかよ? 残りはただのガキだけって話だったのに!」
「追ってきてんのはクロフォードか。どうする?」
その会話を聞いていた明日菜は驚きに目を見開く。
(ニールさん!? わたしのこと、気づいてくれてたんだ……)
後ろ手に縛られた明日菜はあふれる涙を首を振って払い落とした。だが、嬉しいと同時に彼らがニールの名前を知っていること、それが示す事実に戦慄した。
(このひとたち、あのスタジオの関係者なんだ! まさか、知り合いに銃を向けるなんて……)
明日菜の心に怒りがこみ上げてくる。この暴漢たちはすでに何発も銃を撃っているし、このままでは助けに来てくれたニールまで彼らにやられてしまうかもしれない。
手足を縛られ、口を封じられている明日菜にできることはないかもしれない。だが、何もせずただただ助けを待つことなんてできなかった。明日菜は彼らに見つからないよう小さく腕を動かし、手首に食い込む縄を緩めようと見えない努力を始めた。
明日菜のことなど眼中にない男たちは、その行動には気づかなかった。そして苛立った空気のまま、尾行しているニールについて話し合いを始める。
「アイツ、どうする? 向こうのほうがスピードが出る、振り切れそうにないぜ」
「仕方ない。あいつらを呼べ。回収は後回しだ」
「O.K.」
男のひとりがどこかへ電話をかける。
(どういうことなの? まさか、応援を呼んでる? でも、それでいったいどうするつもりなの……)
しかし明日菜にはどうすることもできない。やがて彼女を乗せたバンは、一般道を抜けてハイウェイへと入った。
ニールのジェネシスクーペは、スピードを上げるバンにも軽々と追いつく。順調に運転しながらもニールは焦れったさに舌打ちしていた。
(ったく、交通規制をかけるって話はどうなってるんだ……)
警察はそんなに早くは動けないとわかっていながらも、どうしても焦って苛立ってしまう。精神を落ち着けなければ失敗しやすいのも、わかってはいるのだが……。
ニールはカラリパヤットの修行で本場インドのタミルに渡ったとき、技の修練だけでなく精神の修練も重点的に行なった。その時の気持ちを深呼吸をして取り戻す。
ここ一番で失敗しては意味がない。出会って間もないとはいえ、少女の命と安全がかかっているのだ。
そこへ、黄色いバンがニールの目の前に割り込んできた。
「なんだ!?」
かなり急な割り込みだった。しかも、かなり不自然な。咄嗟にブレーキペダルを操作してジェネシスクーペをいなすニール。
もしかすると連中の仲間かもしれない、と頭の片隅で警戒するニール。すると、バンのリヤハッチ、つまり後部トランクのバッグドアが跳ね上がった。そしてそこに見えるのはなんと、サブマシンガンの銃口をだった!
「うわわわわっ!?」
ブレーキで減速して距離を置くニール。だが、彼らは躊躇なく撃ってきた。




