12.救援要請
一方、決意を固めて動き出した流と美智子は、固定電話を探すために奔走していた。しかし、どの部屋にも鍵がかかっており、なかなか電話を見つけることができない。
「ちっくしょ〜、撮影スタジオなら、どっかに電話くらい置いてあるもんだろ!?」
「どうする? 一旦外に出て、窓から覗いて探す?」
「それだ! 確か玄関口に受付ってなかったっけ? そこに電話があるんじゃねぇかな」
「なるほどね。行ってみましょう!」
ふたりはスタジオの玄関口に向かって走った。幸いにも、明日菜を連れて行った武装集団はこの辺りにはいないようだ。
受付の小さなカウンターの上に、確かに旧式の電話が置いてある。流と美智子は顔を見合わせた。
「美智子ちゃん、電話かけてくれる? オレ、英語できねーんだよね」
「えっ……私も英語そんなにしゃべれないんだけど……」
「えっ」
ふたりの間の空気が固まる。ここにきて英語が喋れないというウィークポイントが露呈してしまった。
「どっどどどどーすんの! ねえ? どーすんの?」
「と、とりあえず、警察って何番だっけ! 110?」
「それは日本! 911でしょ!!」
「へぇ! 911ね。9、1、1と……」
流はたどたどしい指使いでプッシュフォンのボタンを押していく。美智子が固唾を飲んで見守る中、受話器を耳に当てていた流の顔は、だんだん青くなっていった。
「やばい、何でだ? 繋がらねぇ! も、もしかして、アメリカ全土でヤバいことになってるんじゃ……!」
「そんな……! いや、あれ、ちょっと待って。電話線が切られてるわ!!」
「えっ、あっ、ホントだ。げーー! これじゃ電話使えねぇじゃん!」
辺りを見回した美智子は異変に気が付いた。明らかに刃物で切られた電話線が、ふたりに絶望感を与える。せっかく電話を見つけたというのに、これでは外部への連絡もできない。まずい状況だ。
「どどどっどどうすんの!? これどうすんの!? ねえどうしたらいいのよ!?」
美智子の混乱をよそに、流は受話器をカウンターに叩きつけると、電話をひっくり返して何かやり始めた。
「ちょっと、何してんのよ〜〜」
流は構わずカウンターの内側にしゃがみ込み、なおもゴソゴソと奇妙な行動を続ける。
美智子が眺めていると、なんとこの電話線を直そうとしているらしい。流はカウンターの内側から見つけた爪切りをニッパー代わりに、コードの被覆部分を切っているのだ。
「え……直すの? そんことしているうちに、あいつらに見つかったらまずいわよ!?」
「んなこと言っても、外に誰もいねーんだもん。確か、二十分くらい走ったとこにあった寂れたサーフショップが最後に見かけた店じゃなかったっけ?」
「あっ、う〜〜〜ん!」
美智子はここまでの道のりを思い出そうとした。確かに、ここらは賑わっているような場所ではなかった。日本ならば寂れた海岸沿いにも民家があろうものだが、この辺りには人気がなかったように思う。
「車なら通ってたと思うけど……」
「止まってくれると思う? オレぁ事情話しても、警察に通報してもらえる気がしねー」
「そうねぇ……。なら直せるだけ直してみてちょうだい。それで、電話がかかったら片言の英語でもいいわ、何とかしましょうよ」
美智子は流を勇気づけるように明るい声を出した。英語はしゃべれなくても、パッションで何とかなるかもしれない。美智子は前向きだった。
「だな。やってみるっきゃねぇよな」
意外とテキパキと手を進めていく流。美智子はコードを支えたり、押さえたり、流に指示されるままに手伝った。切って繋げて多少短くなったコードは、不格好ではあったが、きちんとあるべき場所に収まった。今度こそ受話器をもちあげれば、ツー、ツーと音が聞こえる。
「んじゃ。あとよろしく!」
「9、1、1と。えー……あ……は、ハロー? ハロー! あー、ヘルプミー!! ウ? あ……て、テロリスト!! テロリズム!! テロリスト、イントゥ、あーえー、え? あー……テロリスト! ヘルプ!! ムービースタジオ、テロリスト、カムヒア!」
どの程度通じているのかわからないが、とりあえず知っているだけの英単語で頑張る美智子。
ナビゲーションの女性が流暢な英語で質問をしてくる。だが、美智子たちにはサッパリだ。相手の人数や住所を聞かれているのかもしれないが、それすらわからないふたりには答えようがなかった。
「もういいんじゃ? 切ろうぜ」
流が横から言う。
「はい、じゃ、交代」
こうなったら流に望みをかけて託すしかない。そう考えて受話器を突き出したが、流はそのまま受話器を奪い取って切ってしまった。
「あ! ちょっと、流くん!」
「だって、わかんねーんだもん」
「えー……。やっぱり喋れないって大きなウィークポイントねぇ」
自分の意思が伝えられないのはかなり悔しいものである。美智子はため息をついた。
さて、問題はこれからどうするかである。




