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11.キックボクシング少女

 明日菜を助ける、と決めた晶の足取りは軽く、ほぼほぼ無音でスタジオの廊下を駆け抜けていく。


 それを追う賢吾は、先ほど負傷した肩の痛みから、思うように身体を動かせずにいた。彼女がいったいどこを目指しているのか、何もわからぬままに走り続けるのはつらかった。


 しかも、かなりの速さだ。ワンピースにサンダル履きでよくもあそこまで走れるものだと感心してしまう。だが、あの格好であの輩と渡り合えるのだろうか?


 そう思っていると、通路の先に人だかりが見えてきた。そして、よく通る涼やかな声も。


「私に触らないで!」


 どうやら囲まれつつあるらしい。


「くっそ、あの女……無茶すんなよ!」


 賢吾は軋みを上げる身体に鞭打つようにしてスピードを上げた。


「おい、お前ら! 何をする気だ!?」


 賢吾が叫ぶと、当然、武装集団の意識は賢吾の方に向く。その一瞬のうちに、晶がスパッと足払いをかけて四人いる男たちのうち、ひとりを転倒させた。


「ぐえっ!」

「おい! 何やってる、逃げろ!」

「賢吾さん!?」


 晶は叫びつつも、掴みかかってくるもうひとりを軽くひねって床に突き倒していた。しかし相手は四人もいるのだ。賢吾はまだ立っている男めがけてドロップキックをかました。


「おらあっ!」

「ぐぼっ!?」

「ぶっ!?」


 ふたり一気に蹴倒して、その勢いのまま着地した賢吾は晶の手を引っ張って逃げ出した。


「無茶するなよな! ここは日本じゃないんだぞ! 銃社会だぞ! この無鉄砲女!」

「っ! でもっ!」


 晶は負けん気の強い瞳で賢吾を睨んでいる。しかし、賢吾はさらに強く言い返す。


「でももだってもない! 相手はいつぶっ放してくるかわかんねぇんだ、勝手に飛び出して死なれちゃ困るんだよ!」

「…………」


 晶は今度こそ黙った。そして、賢吾の言葉が聞こえていたかのように、一発の銃声が空気を引き裂いた。


「あっ……」

「くそ、あいつら!」


 ともかく逃げなくてはならない。追手は四人、しかも逆上していて銃を撃ってきている。立ち向かうには危険すぎるし、障害物の少ない場所に出てしまえば撃たれる危険性が高い。地の利のない場所で賭けに出たくはなかったが、動き続けるより他に、ふたりに選択肢は残されていなかった。


「走れ!」


 そう言って賢吾は晶に先導させ、自分は彼女の盾になる形でついていく。ジグザグと短い通路を走り抜け、そのついでに廊下にあった段ボール箱や立てかけてある角材などをばらまき足止めに使う。その効果あってか、英語で口汚くわめき立てる声が聞こえてきた。


(このまま、逃げ切れるか……?)


 しかし、今の小細工で多少相手の足を遅くすることはできたはずだが、それ以上に怒らせてしまったようだ。そのせいで銃を乱発されたら、今度こそかすめる程度では済まないかもしれない。


「おい、一人で逃げられるか?」

「何を、考えているんです!?」

「俺があいつらを引き付ける。だからお前はさっさと逃げろ!」

「え……?」

「良いから、行け!!」


 賢吾は晶を別の通路へと突き飛ばすと、自分が目立つように派手に音を立てながら逃げて追っ手を誘導する。


「ほらほら、こっちだ!!」


 賢吾の狙い通りに追いかけてくる男たち。賢吾は小柄な体格を活かし、敵の攻撃を上手く躱していく。狭い隙間をくぐり抜け、勢いよく梯子を上り、また飛び降りてクイックターン。男たちは良い様に翻弄されていた。


 しかし、賢吾もいつまでも逃げ続けることはできなかった。ついに行き止まりに追い詰められてしまう。男のひとりが下卑た笑みを浮かべながら賢吾に銃口を向けた。


「へへへ、追い詰めたぜ、中国人!」

「アジア人で一緒にするな!!」

「うるせぇ、死ね!」


 そのとき、男の背後からものすごい音がした。


「ぐがっ!?」

「はぁっ!」

「な、なんだ!? ごばっ!」


 彼らの背後から現れた晶が、ひとりの後頭部を角材で強打し、その男が床にくずおれると同時にもうひとりの頭をハイキックで刈り取っていた。男は頭から壁に突撃し、安普請の壁材を叩き割って沈んだ。


 賢吾はその隙を逃さず、目の前の男の銃を手で押さえながら飛び膝蹴り。次いで最後のひとりに強烈なアッパーカットを食らわせた。


「走れ!」

「もちろん!」


 窮地を脱したふたりだったが、賢吾は長くは走れなかった。最初に肩に受けた銃弾、それはかすり傷であったものの、派手に動いたせいで傷が広がり、いつの間にか多くの血を流していたのだ。


「いけない、手当てしないと……」

「そんな余裕ないだろ」

「でも……! とにかく、隠れましょう。これだけ派手に暴れたんですもの、誰かがきっと助けを呼んでくれているはずよ」


 晶に肩を借り、賢吾は重くなってきた足をどうにか動かす。あの四人もすぐにまた追いかけてくるだろう、あまり時間の余裕はなかった。


「ここに部屋があるわ。鍵は……かかってない」


頑丈そうなドアのある部屋だ。晶はホッと息を吐き、賢吾を連れて中へと入って行く。暗幕を手で避け、光のある方へと出るとそこには……。


「嘘でしょ……?」

「なんだ、お前らは!」

「まだ人間が残ってたみたいだな。見に行かせた奴らは何してんだ」


 愕然とする二人の背後に、走ってくる複数人の足音が聞こえた。


「バカめ、そっちは俺たちのテリトリーだ!」


 男が振り下ろした銃床が賢吾の後頭部を直撃する。


「なっ……がっ……!」

「きゃあ!」


 強いショックと、だんだん広がっていく熱と痛み。急激に薄れていく意識の中、賢吾は晶の抗う声を聞いていることしかできなかった。

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