10.別行動
流たちはショック状態に陥っていた。いきなり目の前に武装した男たちが現れ、銃をぶっ放し、しかも明日菜を攫われてしまったのだ。
ごく普通の男子高校生である流にとっては、どうしようもない出来事だったとはいえ、悔しさに胸がじくじくと痛む。
そのとき、賢吾が呻き声を上げて蹲った。右肩を押さえている。
「賢ちゃん? どうしたの、大丈夫?」
「……さっき、かすった」
「ええ〜〜っ!? やだ、止血しなきゃ! 救急箱とかあるかしら!?」
慌てる美智子に賢吾が言う。
「落ち着けよ。救急箱はたぶん、この辺りにはない。何か縛れるものくれないか」
「オッケー、わかったわ。この大判のハンカチならどうかしら。汚れてないし」
「ありがとな。ついでに、縛るのも頼んでいいか」
「任せて」
美智子は慣れた手つきで応急処置をした。覗き込んできた流が感心する。
「すげぇ。おねぇさん、看護師になんの?」
「……違うわ。賢ちゃん、よくトラブルに巻き込まれるから」
「そっか」
先ほどよりほんの少し緊張感のゆるんだ沈黙が場を充たす。流がボソリとこぼした。
「やっぱあの銃、本物だったんだ」
「ああ、明日菜……! いったい、どうしたら……!」
晶が息を飲み、押し殺した声で叫んだ。座り込んだ膝に置かれた手が、細かく震えている。流はそっと隣に座り、その肩に手を置いた。
「どうしようったって、スマホも取り上げられちまったし……。オレたちにできることは、外に出て、これ以上アイツらの人質にならないこと、誰か助けを呼ぶことだと思うぜ」
「……決めた。私、追いかける」
「はっ!? ちょ、ちょっと待てよ……」
晶は立ち上がるとすぐに走り出していった。流も立ち上がり、しかし……彼の足は止まったままだった。
「………………」
美智子が賢吾にアイコンタクトを送ると、賢吾は黙って頷き、晶の後を追う。
「あっ……」
流はその背中に手を伸ばし、下ろした。今にも泣きそうな、悔しげな表情で。
「どうして、追いかけないのよ」
こんな異常事態だ、まだ少年である流を責めるつもりはなかったが、どうしても厳しい声になってしまう美智子。
流はぐっと歯を食いしばって、何も言い返さなかった。
「流くん、だっけ。あなた、このままでいいの?」
「いいもんか! だから、オレはオレのできることをする。電話を探すんだ。それともか、警報装置。……いくらアスナが心配だからって、銃を持ってる相手に向かっていくなんざ、バカのすることだろ!」
「その、おバカなあなたの彼女が無茶しないように、賢ちゃんがついていってくれたんだけど?」
美智子はため息をついて言った。肩を怒らせて突っ立っていた流がたじろぐ。
「ごめん……」
「まぁ、私もあなたの意見にだいたい賛成よ。さっきの爆発で誰かが異変に気付いているとは思うけど、電話で外部に連絡するのはありだわ」
爆薬を使う撮影には制約が伴う。いくらここが映画スタジオだといえ、あんな大きな爆発をあつかうはずがない。誰かが「おかしい」と思って通報してくれているかもしれない。だが、幸運を信じるよりは、自分自身で動くほうが確実だ。
美智子の言葉に励まされた流は、まだ少し引き攣ってはいたがようやく笑顔と呼べるものを取り戻した。
「よし、じゃあ、オレはオレにできることをする……! おねぇさんは?」
「美智子、よ。私も一緒に行くわ、流くん」
「じゃあ、よろしく。美智子ちゃん」
「!」
一瞬、美智子は言葉で言い表せない衝撃を受けた。
「み、美智子、ちゃん?」
「え。じゃあ、美智子さん?」
「さん……。まぁ、いいわ、美智子ちゃんでも……」
美智子は目眩を覚えて遠くを見た。
「なんていうか、軽いのね、あなた。そういえば、明日菜ちゃんのことも呼び捨てにしてなかったかしら?」
「いやだって、アスナのヤツ、オレが『アスナちゃん』って呼ぶと、『悪いけどちょっとキモチワルイ』って言うんだぜ? ひどくね?」
「ぷふっ! 確かにね〜!」
「なんでだよ!」
流はブスッとした顔で叫んだ。それが面白くて美智子はさらに笑った。
「美智子ちゃん笑いすぎ! ほら、早く行こうぜ?」
「そうね。静かにね」
「ウルサイのは美智子ちゃんだけだっつの。あーもー、誰もいませんように!」
半ばヤケクソのように叫び、流は晶が走って行ったのとは別方向、非常階段の方へと走り出すのだった。




