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慈愛と復讐の間  作者: レクフル


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大切な歌


 一人で小屋で住むようになったウルスラの日課はエルヴィラと一緒に住んでいた頃と変わらず、朝起きたらすぐにバケツを手に持ち、湖に水を汲みに行く事から始まる。


 自分一人だけだからそんなに量は必要なくて、一杯分だけで問題ない。足りなければまた汲みに行けば良いのだから。そうしても今は誰にも叱られない。誰もウルスラに干渉しない。

 

 怒られないのは良いかも知れないけれど、それでも自分に向けられる言葉があっただけでも幸せな事だったんじゃないか。ウルスラはふとそんな事を考えながら森を歩いていく。

 

 湖に行くと、まずそこで水を汲んでから水浴びをする。水は冷たく感じるけれど、毎日こうやって水浴びが出来る事が嬉しかった。


 それから洗濯をする。服は前に使っていた布団の布を使って、簡単な物を作った。糸と針は無かったから、キッチンにあったナイフで何とか布地を四角く裁断して、首を出す部分に丸く穴を明けた。

 その布を被って、枯れた(つる)を腰辺りに巻いたら簡易的な服になる。


 ここは誰も来ないし、家から着てきた服の洗濯が終わるまでの繋ぎとして着られればいい。


 水を入れたバケツを抱えて家に帰る。遠巻きに動物達がこちらを伺っているのが分かるけど、やっぱり近寄っては来なかった。そして襲っても来なかった。

 少し寂しい気持ちはあるけれど、ウルスラも近寄ろうとせずに遠くから様子を見るだけに留めておいた。


 家に着くと、その水を桶に入れる。それは料理や飲み物に使うもので、残った水は掃除をするのに使うのだ。

 

 小さくてすきま風も入るこの家が、ウルスラには大切な場所だった。だから丁寧に使っていきたいと思っていた。


 今日も起きたときはお腹がすいていなかった。ルーファスの夢を見て、一緒に食事をしたからだ。

 

 今日の夢は、ルーファスがこの小屋にやって来て、持ってきたサンドイッチや果物を一緒に食べた。

 ルーファスと一緒の食事は楽しくて、もちろん料理自体も素晴らしい物なんだろうけど、誰かと一緒に食べるという事が今までなかったウルスラは、一人じゃないとこんなに美味しく感じるのかと驚いたのだった。


 そして、夢なのにちゃんと味が分かるのにも驚いたし、起きたらちゃんと満腹感があるのにも驚いた。

 夢の中で一緒に勉強もするけれど、勉強した内容がちゃんと頭に入ってもいる。

 不思議な事だけれどこんな事があったから、ウルスラは一人でも寂しさをあまり感じる事はなかった。


 しかし、毎日夢でルーファスと会える訳ではない。続けて見れる時もあれば、一週間以上見れない時もあった。夢の中とは言え、ルーファスともう会えないかも知れないと思うと悲しくて、いつも祈るような気持ちで眠りにつく。

 

 今日はルーファスの部屋の夢を見た。その空間はルーファスと雰囲気が何処と無く似ていて、ここにいるだけでウルスラは心が落ち着くのだ。



「今日も会えたね。良かった」


「うん、よかった」


「ちゃんと食事を用意しておいたよ。あ、それから僕と会えない日に家で食べられるように、食材も用意しておいたんだ」


「しょくざい……」


「あぁ。鹿肉と猪の肉を用意したよ。それとパンもね。あと野菜や果物も。このリュックに積めておいたから、これを背負っておいて欲しいんだ。ちょっと重いかな。持って帰れたら良いんだけど」


「ルー……でも……」


「あぁ、施しはダメって言うのかな。でもね、今ウルスラは一人で暮らしているんだろ? 食べ物はどうしてるのか、ちゃんと食べれているのか僕はいつも心配なんだよ。僕の為だと思って、受け取って欲しいんだ。……それでもダメかな……?」


「ルー……ありがとう……うれしい。でも、なくてもうれしい。あえるだけ、うれしい」


「ありがとう。僕も嬉しいよ。ウルスラに会えるだけで嬉しいんだ。でもね、少しでもウルスラの役に立ちたくて」


「わたしはルーのやく、たってない……」


「そんな事はないよ! こうして一緒にいられる時間が僕には何より大切な時間なんだ! だからそんな事は言わないでよ!」


「でも……わたしもルーのやくにたちたい」


「そんな事は気にしなくて良いのに……あ、じゃあさ、えっと……歌を……歌ってくれないかな……」


「うた?」


「うん……その……僕の母が、僕が小さな頃に歌ってくれたんだ。母は遠い国から嫁いできてね。その国の言葉で母が作ってくれた歌なんだ。僕が眠れない時によく歌ってくれていたんだよ」


「はは……おかあさん?」


「あ、うん、そうなんだ。僕が小さな頃に病気で亡くなってしまってね。その……ウルスラの声は優しくて耳に凄く馴染むって言うか……だ、だからウルスラに歌って欲しくって……ダメかな……」


「うん、わかった。うた、おしえて?」


「ありがとう!」



 ルーファスに教えて貰いながら、少しずつ歌を口ずさんでいく。歌うのが初めてのウルスラは、教えて貰えるメロディに胸がワクワクした。

 優しい旋律で、ルーファスの紡ぎ出す音一つ一つが生きているように感じた。それはきっと亡き母の想い。ルーファスが母を思いやる気持ちと、幼い我が子を置いていくしかできなかった母親の想い……


 それが分かるから、ウルスラはこの歌を大切に歌いたいと思った。

 一つ一つの音と言葉を丁寧に大切に……




夜の帳が静かに下りてく

星は瞬き 銀の光が

降り注ぎゆく それは優しく

あなたを包む 愛しい人よ


静寂の中 小さな虫の()

(かす)かに響く 子守唄のよに

森の梟 揺れる葉の()

あなたを包む 愛しい人よ




 全ての歌詞を覚えて歌えるようになったウルスラに、ルーファスは嬉しそうで切なそうな、そんな表情をした。

 何かいけなかったのかとウルスラは首を傾げてルーファスを見る。



「あ、ごめん、違うんだ……その……やっぱりウルスラはすごいな。その声を聴いてると嬉しくて……でも母を思い出してしまって……でも凄く優しい気持ちになれる。ありがとう、ウルスラ」


「わたし、やくにたった?」


「もちろんだよ! こんな事、他の人には出来ないんだ! ウルスラだけが出来る事だよ!」


「うた、うたうだけの?」


「それでも……こんなふうに心を落ち着かせられるのは……ウルスラだけだ」


「わたしも、ルーだけ」


「ん? 何がかな?」


「ルーだけ、やさしい。みんな、わたしがきらい」


「そんな事はない! 絶対ない!」


「でも……」


「大丈夫だよ。君は素敵な女の子なんだ。心配しなくて良い。僕が守……」



 そう言い掛けて、ルーファスは口を(つぐ)んだ。


 今の自分に何が出来るのか。自分の行動一つ自由にできないのに、人を守れると思うのか。

 こうやって夢でしか動けない、話せない、そんな状態で、誰を守れると言うのか。


 

「ルー?」


「え? あ、ううん、なんでもないよ……」



 こんな小さな子に何を心配させているんだか。


 そうだ。自分は何も出来ない。今は。守りたいものがある。守りたい人がいる。だから力を付けなければ。いつまでもこの状況に甘んじていてはいけない。


 こんな小さなウルスラでさえ、一人で健気に生きているのだ。それに比べ、自分はなんと恵まれた境遇なのだろうか。そんな事、今まで考えたことすらなかった。

 自分の不甲斐なさに、ルーファスは情けなく思う。それはこの状態になった事ではなく、こうなったからと言って何もしてこなかった事にだ。


 心配そうにルーファスを見つめているウルスラの手を取って、両手でしっかり握りしめる。



「ウルスラ。僕はきっと君を迎えに行く。今はまだ無理かも知れないけれど、僕が君を守る。だからそれまで待っていて欲しい」


「まもる?」


「あぁ。約束するよ。ウルスラがいつも笑えるように。僕がその笑顔を守る」


「わたしも……わたしもルーにえがお、あげる。ルーに、わらってもらう」


「ハハハ、そうだね。ウルスラがいてくれたら、僕はいつでも笑顔になれるよ」



 ルーファスは微笑みながら、そのまま優しくウルスラを抱き寄せた。 

 そんな時、ウルスラはどうして良いのか分からなくなる。誰にもこんなふうにしてくれた人はいなかったからだ。


 嬉しい気持ちと優しい気持ちがあって、すごく心が安らぐように感じる。こうやって人に触れられるのがこんなに心が穏やかになれるなんて……


 見上げるとルーファスは微笑んでいた。


 それを見て、ウルスラも微笑みを返す。


 そんな幸せな夢から覚めた。


 今日もルーファスに夢で会えた事に嬉しくて感じて体を起こそうとして、上手く起き上がれない事に気づく。


 体が重い。どうしてなのか。そう思って、何とか起き上がる。


 

「これは……しょくざい……?」



 ウルスラは背中にリュックを背負ったまま眠っていた。

 これは夢でルーファスが自分に背負うように言ってた物だ。でもあれは夢の筈で……


 すぐにリュックの中身を確認する。中には肉類と果物、野菜にパンも入っていた。


 それには流石に驚いた。夢でルーファスが言ってた物が全部中に入ってあったからだ。


 じゃあ、あれは本当の事? 夢じゃない?


 だけど、いつものようにベッドで眠って、目覚める時もこのベッドなのに、なぜルーファスの家に行けるのか。それが不思議でならなかった。


 驚きと戸惑いの中、それでもルーファスの気持ちは夢のまんまなんだと、自分を本当に嫌っていないのだと気づき、喜びが胸に込み上げてきた。


 リュックははち切れんばかりにパンパンになっていて、少しでも多くの物を渡せるようにしたかったのだと思われた。

 そのルーファスの気持ちが嬉しかった。


 ウルスラはリュックを抱きしめて、暫くはベッドから出ることができない程に、喜びを噛み締めていたのだった。

 



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