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慈愛と復讐の間  作者: レクフル


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不幸になった弊害


 動物が近寄らなくなり、人々から蔑むような目で見られるようになってから、ウルスラは日に日に元気を無くしていった。


 母であるエルヴィラはいつものように……いや、更に酷くウルスラにあたるようになっていた。


 誰からも疎まれて、何処にも居場所が無いように感じて、ウルスラは笑顔でいられなくなっていく。

 誰とも話せない。もう微笑み方も喋り方も忘れてしまったのかも知れない。自分が何をすれば良いのか、どうすれば良いのか、もう分からなくなってしまったように感じた。


 それまでは、笑顔でいなければならないと思っていたし、そうすれば周りの人達も笑顔を向けてくれたから、そうする事が当然とばかりに、どんな人であろうと笑顔を絶やそうと思わなかったのだ。


 だけど今は違う。


 街で会う人に笑顔を見せても怪訝な顔をされるだけだし、笑うなと怒られた事もあった。

 子供達からは石を投げつけられるようにもなったし、メモを見せてお金を渡そうとしても物を売ってくれない店もあった。


 メモに書いてあった物が買えないと、またエルヴィラを怒らせる事となる。今までは手や足で殴っていたのが、箒の柄の部分で殴られるようになった。

 殴る行為とは言え、もう直接触れて貰えることも無くなってしまった。


 そうなってからいつも寂しくて悲しくて怖くて、嬉しいとか楽しいとか感じる日は殆ど無くなってしまったのだ。


 そしてルーファスと会うあの小屋に、ルーファスさえも来なくなってしまった。


 会えなくて良かったのかどうなのか……


 会えばルーファスも自分を嫌なモノでも見るような顔をするのかも知れない。嫌いになってしまうかも知れない。いや、もう既に嫌われているから、ここに現れないのかも知れない。そうウルスラは考えた。


 それでも今も週に一度、エルヴィラがいない日にウルスラはあの小屋へ向かう。そこには優しい時間が流れた形跡があって、ルーファスが持ってきてくれた書物が所狭しと置かれてある。それを読んだり勉強をしたりする時間が、ウルスラの心を落ち着かせる唯一の時間となっていたのだった。 




 ウルスラから笑顔が無くなってから、その周辺の畑は毎年豊作だったのに作物は充分に育たなくなり、川は汚れ森の実りも無くなっていき、そのせいか獣は凶暴化していった。


 食べ物が無くなった獣は、食料を求めて村や街へと向かう。そして人と出合い襲った。


 その周辺の人々はおろか、エルヴィラでさえ気づいていなかった。ウルスラがこの地にやってきてから、この辺りの森は実りが多くなり、土地は肥え、それにより豊作となり、そして人々は穏やかになり豊かになっていった事を。


 それが今は土地が痩せ作物が育たなくなり、領主への税金も払えなくなりそうな状況になった。そればかりか日々の食事にも困窮していく。物が少なくなるから物価は高くなり、たださえ得られる金が少ない上に物の値段も高くなってしまっては、ますます生活は苦しくなっていく。


 そんな事から廃業に追い込まれる店も農夫も多くなり、スラムに身を落とす者が後をたたなくなった。

 犯罪が増え、店が暴徒に襲われる事も増えてきた。こんなに困窮しているのに助けを出さない領主に反旗を翻すべく、同志を綴り暴動を起こす者も多くいる。


 穏やかで賑わいのあった街は、今や寂れ廃れ犯罪者にまみれ、街の外では獣被害が増え、犯罪率と死亡率が一気に跳ね上がってしまったのだ。


 そうなったのがウルスラの能力をフューリズに譲渡させ、そしてウルスラから笑顔を無くした事が原因等と、エルヴィラは知る由もなかった。


 もちろんエルヴィラも生活は苦しくなる。物を買うにも値段が高すぎる。そして生活に直接関係のない魔道具等売れる筈もなく、明日食べる物にも困る日々へとなっていった。


 ウルスラは山菜を取りに毎日森へ行く。以前動物達が教えてくれた食べられるキノコを探し、食べられる野草も採取する。しかしやっぱり以前よりは取れる量は減っていた。

 それでも、ここに生えていると良いなと思う場所に次の日行けば生えてあるから、そんな時はウルスラは唇を少し上げ、ホッとした表情を見せた。


 ウルスラが毎日持ってくる山菜があったから、エルヴィラはまだ何とか飢えなくても済んでいたのだ。


 そんな事とは露知らず、エルヴィラはある決断をした。


 その日エルヴィラはウルスラの体を丁寧に拭き、髪を切り揃え、ある物の中で一番綺麗な服を着せ、ウルスラと共に家を出た。


 森の中をエルヴィラはウルスラと手を繋いで歩いていく。


 こんな事は生まれて初めてだった。手を握って貰った事など今まで無かった事だったのだ。エルヴィラの手は自分より温かくて柔らかくて大きくて、それだけでウルスラの心は温かくなっていった。


 普通に考えるなら可笑しいと気づくだろう。今までされた事がない事をされているのだ。今日は朝から一度も怒られなかったし、自分を綺麗にしてくれた。そして自分と手を繋いで一緒に歩いてくれている。

 その事だけに気持ちが占領されてしまって、他には何も考えられなかったのだ。

 

 もとより人を疑う事の知らないウルスラは、握ってくれるエルヴィラの手を両手でしっかりと握り返した。

 こんなに心が弾むのは初めてかも知れない。嬉しくて嬉しくて、忘れかけていた笑みを浮かべて何度もエルヴィラの顔を見上げた。


 だけどエルヴィラはチラリともウルスラを見ようとはしなかった。ただ行くべき道を何も言わずに進むだけだった。

 

 そうやって足早に暫く歩いて着いた場所は、エルヴィラが毎週赴く村だった。


 慣れたように村へ入り、ある家の前で立ち止まる。エルヴィラがウルスラに軽く顔を向け、それから意を決したように手を強く握りしめ、ウルスラと共に家の中へと入って行った。


 その家の扉は開け放たれていて、誰でも立ち入る事が出来るようになっていた。カウンターとテーブルがいくつかあり、一見家に見えていたが店のような作りをしていて、中に男達が何人もいた。


 ウルスラの姿を見ると、そこにいた男達は下卑た笑いを浮かべ、頭の先から爪の先まで何度もジロジロとなめ尽くすように確認する。


 その様子にウルスラは怖くなって、エルヴィラの手を両手でギュッと握る。

 それを無視してエルヴィラは、奥のカウンターに座っている男の元へ歩み寄って行った。



「連れてきたか。随分とガリガリじゃねぇか」


「少食でね。あまり食べようとしないのさ」


「傷も多いな。痕が残ったりしねぇだろうな」


「そこら辺は考えてちゃんとしてたよ。大人しく、なんでも言うことを聞く良い子だよ」


「まぁ、顔は良いな。大きくなりゃ別嬪になるだろうな。稼げそうだ」


「だろう? ちゃんと食事与えて教育してやれば、逆らうことなく従順になってくれる筈だよ。今までもアンタ達に私は貢献してきたんだ。色を付けておくれよ」


「分かったよ。しかし、自分の娘を売るとはな……世も末だなぁ?」


「……娘なんかじゃない……」



 その言葉にウルスラは驚いた。今までのやり取りも信じがたい事だったが、それよりも何よりも、娘じゃないと言われた事の方が重大と思われた。


 信じられないといった表情でエルヴィラを見るが、ウルスラと一切目を合わせようとしない。


 自分がどうなるのか……どうされるのか……考えると怖くなって、手を更に強く握ろうとしたところで、その手をエルヴィラに払い除けられてしまった。

 男はエルヴィラに金の入った袋を手渡した。袋の中身を確認したエルヴィラは頷いて、その場を去ろうとする。



「さぁ嬢ちゃん。こっちへおいで。これからは俺たちがここで面倒を見てやるからよ。ここで母さんとはお別れだ」


「え……」



 男がそう言うと、ウルスラの手首をガシッと掴んだ。


 イヤ! こんな所、イヤ!


 そう思っても、エルヴィラは既に家の外へと出て行ってて、その姿を消そうとしている。

 このままじゃ二度と会えなくなってしまう!


 イヤだ! 置いていかないで!


 ウルスラは握られた手首を大きく振って男から逃れ、走り出した。


 母の後ろ姿を追いかけて追いかけて……


 足早に村から出ようとしているエルヴィラの後ろ姿を見つけた。



「おかあさん! まって! おいていかないで! おかあさん!」



 その言葉にビクッとなったエルヴィラは、一瞬足を止めた。けれど、そんな声は聞こえないとばかりに、振り向きもせずにまた足早に歩き出す。


 それを追いかけようとしたけれど、追ってきた男にウルスラは取り押さえられる。

 それでもエルヴィラの後を追おうとして、離れていくエルヴィラに思い止まって欲しくって、ウルスラは今まで出したことのない程の大きな声で一生懸命訴える。



「おかあさん! おかあさん! おねがい、おかあさん! いやだ! いやだよ、おかあさんっ!」



 その訴えは虚しく、ウルスラの必死の叫びは村に木霊するだけだった。


 



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