09 よすが
「ここだな...。」
赤い屋根の二階屋、ニードの言っていた建物はすぐに確認出来た、ドラコスが占拠しているが窓も閉め切られており物音一つせず、出払っているのかもしれない。
「お兄さん、この家に何か用かい?」
振り返るとそこに、背筋はしっかりとしているが暗い表情の老婆が立っていた。
「この家を不法に占拠しているというドラコスに会いに来た、婆さん、あまりこの辺りには近づかない方がいい。」
そう言って俺は、婆さんに別の安全であろう道を指差し、そこに向かうよう指示を出したつもりだったが、その手を握ってきた老婆に明るい顔が戻った。
「お兄さん、詰所の衛兵さんかい?ようやく聞いてもらえたんだね!」
「ん?なんの事だ?」
「なんだい、衛兵さんじゃないのかい?」
握った手を離し、表情に影を落とした老婆は溜息を漏らしていた。
「もしかして、ここに住んでいた夫婦というのは貴女のことか?」
「そうだよ、やはり検問所の衛兵に頼んでも、貧民街の事には関わりたがらないんだろうねぇ...。」
「少し事情を聞かせてもらえないだろうか?俺はクレモール、王国の騎士だ、さっきニードという男から話を聞き、看過出来ない事態と判断し、足を運んだ。」
「お兄さん、騎士様だったのかい?騎士様が解決してくれる為に動いてくれたのかい?」
「ああ、だから安心してくれ。」
「よかった...エスリーヌ様は民を見捨てておらなんだ...よかった...。」
「すまない、ニードからも聞いたが、ここに住んでいる人達に不安を与えてしまっているようだ。」
「仕方ないことさ、人間一人で国全部を管理守護なんて出来やしないよ、それでもお兄さんが来てくれた、エスリーヌ様を信じてよかった。」
陛下をよすがに想う姿勢は、これまでに陛下が培ってきた結果だろう。
「女王陛下は常に民のことを考えていらっしゃる、この街の事もだ。」
「ああ、でも王宮勤めの臣下が皆、エスリーヌ様の味方というわけでもないんだろうねぇ...。」
「どうしてそう思う?」
「検問所の衛兵に話しても、問題事は解決しないからさ、やれ外交官、やれ宰相様、何をするにも許可が必要というのはわかるが、貧民街の人間には人権が無いようにさえ思うこともあるくらいさね。」
「...王宮の事を話すことは出来ないが、検問所に通した話が滞っているのであれば、それは正さないといけない、教えてくれ。」
ドラコスの事だけじゃなく、衛兵にも問題がありそうな情報に耳を傾ける為、通りに腰を掛けられる場所まで歩きながら話した。
「わかったよ、まずお兄さんが足を運んでくれたこの家は一月程前にラシータさんって方から譲り受けたんだ、王都で商売を始められるようになって引っ越すことになったから、空き家になるここを使ってほしいとね、私達夫婦が行き倒れていたラシータさんを介抱して一時保護していたことがあって、恩を返したいってことらしくてね、この家は井戸もあるから広場の共用井戸まで足を運ばずに水を使える、老体にはありがたい話だったんだよ。」
「そのラシータって人はどういう経緯で行き倒れていたんだ?」
「四年程前になるかねぇ、ウチの爺さんと一緒に、日課にしている早朝の野草採りに出掛けるとね、ラシータさんが足に怪我を負った状態で倒れていたんだ、気を失っていたが爺さんが気付けに抱き起こすと、気が付いて水を求めてね、持ってた水筒の水を全部飲まれちまったよ。」
ハハハと笑いながら婆さんは話を続けてくれた。
「ラシータさんの穿き物は血で染まっていてね、心配した私達はそのままウチに連れ帰ったのさ。」
「血に染まるって、かなりの出血量だったんじゃ?」
「あの傷は多分、矢でも刺さったんじゃないかと思うがね。」
貧民街では脅しに刃物を利用することもあり暴力沙汰もある、だが殺傷沙汰はあまり聞くことがない、さっき襲われたばかりだがニード達もナイフを利用するつもりはなかったのだろう、殺すつもりでかかってくるのであれば、あんな簡単に制圧術が決まるとも思えない、そのラシータという人間はおそらくは王国領の外で襲われた可能性が高く、流れ者だろう。
「怪我の原因は聞けたのか?」
「魔獣にやられたんだとさ、この辺りで鋭い角を持った魔獣は見かけたこともないし、牙であれば一突きの傷にもならないと思うからね、何かを隠してるとはわかってても、まぁ言いたくないこともあるんだろうよ、この貧民街はそんな人間ばかりが集まっているからね。」
敢えて突っ込んで聞かなかったか...実際、王国領付近で魔獣の被害と言えば打撲、牙や鉤爪による裂傷だ、刺し傷は例がない、人為的な物を感じるな。
「一つ聞きたいんだが、あの家は近辺の家と見比べて立派な家に思える、行き倒れていたラシータがどういう経緯で住むようになったんだ?」
「ラシータさんは商売人だったみたいでね、ウチにおいて二週間もしたら怪我も随分良くなって、売り物があったのか手持ち金があったのか知らないが、急に家が決まったと言ってあの家に住み始めたのさ。」
「怪我の治療もあり、それなりの行動制限はあっただろう、それなのに短期間で物件を見つけ、住み始めている...元々その家に住むことが決まっていたんじゃないのか?」
「さあそれはわからないが、保護していた時のお礼にと金貨を二枚も渡してくれてね、そんな大金中々お目にかかれないから驚いたもんだよ、私達も流石に貰い過ぎと思っていたからいつでもご飯を食べに来ていいと伝えていたんだけど、ちょくちょく顔を見せてくれる間柄になったんだ。」
謝礼にしてはかなり高額だ、金回りがよく、怪我を負い行き倒れ...恩を受けたとはいえ、商売人が易々と家を譲るものだろうか?ラシータという男、少々きな臭いように思える。
「疑問なんだが、話を聞いているとラシータは流れ者と思える、そして金払いも良い以上商売も上手くいっているんだろう、入国税を四年も支払えなかったとは思えない、何故貧民街に四年近くも住んでいたのかわかるか?」
「さっきも言ったが、この街は人には触れられたくない事柄を持ち合わせている人間が多い、だから私達は何も聞いてはおらんよ、とても人が良さそうであったからの、息子のように接しておっただけだよ。」
「そうか...ラシータの王都で始めたという屋号はわかるか?もしくは何の商売をしているのかでもいいんだ。」
「すまないね、それもとんとわからないよ、それよりもお兄さんはあの家を解放してくれる為に来てくれたんだろう?あそこには私達の生活道具や大事な物もそのままなんだ、昨日ウチの爺さんが生活道具だけでも返してもらいたいと申し出に行ったが、顔に痣を作って帰ってきたんだよ。」
「なっ、また被害にあったのか?」
「ああ、あの家に寝具なんかも持って行ってしまってたからね、老体に固い床は堪えるんだよ。」
俺達も野営などで寝具を用いず交代で仮眠を取ることは多かったが、屋外ではないとはいえ年配者に勧められるものじゃない、早期解決せねば。
「すまない、一応確認だがドラコスに仲間はいるか?」
「いや一人だと思うよ、ただお兄さんより大きい体をしてたからね、ちょっと心配だよ。」
「大丈夫だ、今は武器の持ち合わせがないが、それなりに修練は積んでいる、格闘術でも制圧する自信はある。」
「そうかい、これもエスリーヌ様が成す政策の賜物だろう、感謝を...。」
「女王陛下を崇拝してくれているんだな。」
「あの方は十年程前にこの貧民街に足を運んで下さった、その頃からだね、炊き出しなんかも催してくれたり、薬師様を検問所近くに派遣させる機会を増やしてくれたり、飢える者や病に苦しむ者も少なくなった、この街でエスリーヌ様を慕わない者はいないよ。」
陛下のお人柄だな、傍で仕える事が出来てとても充実している思いだ。
「だが、衛兵の人達はどうかねぇ...まるでこちらの面倒事には関わりたがらない、さっきの様子じゃお兄さんもここで起きていることは知らなかったようだし。」
「恥ずかしながら検問所で情報は止まっていたようだ、すまなかった、王宮に議題を持ち掛けて検問所の体制は切り替えていくよう進言する、もう少しだけ待ってほしい、もちろん今回の占拠事案は俺が解決していく。」
「ありがとう、武器になるかはわからないが、モップや箒なんかの掃除道具はあの家に沢山あるから、武器として使えるようなら壊れても構わないから使っておくれ。」
「感謝する、あと被害を被ってもいけないから解決次第、伝えに行くか伝令を出すから家で待っていてほしい、今住んでいるのはどの辺りだ?」
「中央広場近くだよ、井戸が近くにないとこの年じゃとても生活が不便でね、井戸近くに猫の置物がある家、そこが今のウチだよ。」
「わかった、また話を聞きに来ることがあるかもしれない、まずは吉報を待っていてくれ。」
「ああ、気を付けておくれ。」
婆さんは胸の前に手を組み、祈る姿勢を見せ、去って行った。
この街の住民を守ることも陛下の望むところ、検問所の衛兵は陛下の御意思に背いている、まずは聞き取りが必要だな。
パシッ!
「よし、向かうか!」
拳を握り気合を入れて赤い屋根の家に戻った。
トントン
「たのもう。」
少し時間を置いた後、ドアが開いた。
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