08 貧民街
「いらっしゃい!いらっしゃーい!新鮮な果物あるよー!」
「そこの傭兵さん!傷薬はどう?ウチのは良く効くよー!」
多種多様な露天が連なり、道行く人に声を掛ける人、足を止める人、人、人。
流石にここは王都、本当に人が多い、失せ人を捜す訳ではなく国外からの流入者の情報を求めるにはありがたい...かな。
「夕刻までまだ時間があるな、調査を続けるか。」
城内での調査時に聞き、気になっていた場所を目的地として歩き出す。
流入者について外交官の調査によると、昨年から現在に掛けての流入者は凡そ一万八千、主にはナレグからの亡命者だ、国民権を得るために亡命者は代表者に対し金貨一枚、扶養者に対し大銀貨三枚を支払う義務があり、武具の所有者については別途金貨五枚という大金を必要とする、国民税を支払った者については二ヵ月間、仮住居と毎日二食の配給が認められ、その間に王立ギルドにて職の斡旋をサポートしている、これは五年前に増えた流入者対策によるものだった。
王弟殿下が摂政に就かれた際に徴税官が税収を期待し、流入者を杜撰な管理体制で受け入れていた、この時に身元不確かな存在が相当数入国している、政務に戻られた陛下が事の次第を重く受け止め、亡命者への国民税と商人への関税とを隔てて設定し、個人管理が出来るようにした。
高額な徴収金に亡命者達からの不満は多く出たらしいが、戦時下の国から逃げ延び、住居と食料の確保は不慣れな土地では探すことも困難であると判断したのか、安心を買う意味でも断る者は少なかったそうだ。
だが、単身者...特に武具を所有している多くの傭兵達は納得が出来ず城門をくぐることを諦めたらしい、城壁に沿って貧民街があるが、そこに身を置く者が多くいるということで今回の目的地にしている。
貧民街は城壁の外に位置しているが、王都への直通路は検問はあるが存在している、貧民街だけで食料を賄うことが難しい為、食料の調達や獣肉の売買の為に王都に入ることを認め、飢餓を起こさないよう陛下が計らっていた。
貧民街から傭兵が検問を通るには武具を一時的に預けて入る、また武具の手入れを希望した場合は金貨五枚を担保に所持をしたままの入国が認められ、問題なければ担保金は返却されるが、武具を利用した問題を起こした場合、担保金の没収と強制労働の罰が与えられる。
貧民街について考えていると、後方から馬を牽く音と共にデカい声が向けられた。
「団長!昼飯ですか?」
「ウルグス、その馬鹿でかい声量を落とせよ...。」
俺が溜息をつきながら悪態ついていると、悪びれもせず現騎馬兵団団長はニコニコしている。
「俺の長所ですから!」
「まぁ、時と場合は弁えておくようにな、あと昼飯はもう食べたよ...しかしブラテールまで引き連れてどうしたんだ?遠征か?」
ブラテールとはウルグスの愛馬だ、槍を納めた穂鞘もブラテールに備えており、ウルグス本人も胸当てとガントレットを装着している。
「はい、東の村に賊が出たらしく、被害はまだ出ていないみたいですけど調査に向かいます、夜、村を遠巻きに二十程の松明を確認しているそうで、既に騎馬兵五名に先行してもらっています。」
「そうか、お前なら心配はいらないと思うが、十分に注意をしてくれ。」
「はい!行ってきます!」
ウルグスと別れて少し、人通りの多い街頭を抜けた先で乗騎したのだろう、声援が遠くから少しだけ聞こえてきた。
今でも騎馬団員は英雄の象徴であることが喜ばしい、バーナード様から引き継がれてきた民からの期待。
「ウルグス、頼むぞ。」
程なくして貧民街への検問所に到着し、所内の衛兵に挨拶を交わすため建物に入る。
「これは、クレモール様!この様な所に!」
俺の姿を視認した衛兵がハッと立ち上がり敬礼をする。
「ああ、そんなに固くならなくていいよ、職務ご苦労様。」
「はっ!」
「貧民街に調査で立ち寄りたい、通してもらえるかな。」
「承知致しました!どうぞ!」
「ありがとう、二~三時間で戻る。」
衛兵は敬礼したまま微動だにせず、俺を通してくれた。
貧民街には子供も多くいるが、幸いなことにちゃんと食事にはありつけているようだ、子供同士で元気よく遊んでいる、だが衣服がボロボロであったり、街中は少し異臭を放っていたりと問題は山積みだ。
歩いていると物陰から視線を感じる、三人...だな、徒党組んで物取りを企んでいるかもしれない、治安維持の為に実力行使に移るか...。
「そこの三人、用があるなら聞くぞ?」
視線を感じた物陰へと振り向き声を掛けると、ナイフを持った三人組がニヤつきながら出てきた。
「馬鹿な兄ちゃんだな、わざわざ自分から声を掛けてくれるたぁ。」
「俺達今日の飯にありつけないんだ、ちょっと恵んでくれよ。」
ハズレだな、ただの破落戸か...。
「恵んでもらいたいなら、ナイフを向けながら言うべきじゃないな。」
「ははっ、ビビってんのか?」
「そう見えるのか、まあいい、言っても無駄なようだから、かかってこい。」
「てめぇ!」
安い挑発に乗った破落戸共は一斉に俺に飛びかかってきたが、其々、腹に掌底、顔面に殴打、延髄に手刀、思い通りに決まり二人の意識を飛ばし、顔面殴打した破落戸を意識混濁させることが出来た。
「さて、ちょっと聞きたいことがあるんだが。」
「ひぃ!」
「もう馬鹿なことをしないなら、こっちから手を出さないから安心しろ。」
首を縦に何度も振り、片目からは顔面を殴ったからか涙が零れていた。
「この辺りで他国の傭兵が集まっているような場所、知らないか?」
「ああ、知ってるも何も、その傭兵から金を巻き上げられたばかりで、今日のおまんまにありつけねぇから、そこの伸びてる奴らと結託して盗られたなら俺達も盗ろうって話になって...。」
「はぁ...それでその傭兵から取り返すんじゃなく、お前たちが同じ物取りになっちゃダメだろう...。」
「そうは言うが、物取りを何とも思わない傭兵に目を付けられてみろ、こっちは生活がかかってんだ、三日も飯を食えない時もあったんだ、兄ちゃんひもじい思いなんてしたことないだろう!」
確かに俺は、村を襲われて天涯孤独になることを覚悟していた時にバーナード様に拾ってもらい、言うほどの空腹を味わったことはない、村でも食べられるだけの作物は確保出来ていたから、子供の頃からそんな思いをしたことはなかった。
「ああ...そうだな。」
「...すまねぇ、兄ちゃんにあたるつもりじゃなかったんだ、数年前からここも住みにくくなっちまって。」
「え?ここ一年じゃなく数年前から?」
「そうだ、王国が亡命者に税をかけ始めて、ここいらも知らない顔が増えちまった、女子供を不安させたくねぇから検問所の奴にも相談を持ち掛けたが、外交官からの許可が出ないの一点張りだ、しょうがねぇから自警団を組んで自分達の身は自分達で守ろうと思ったが、傭兵は腕っぷしが強ぇ、数で勝ってた時は良かったが、少しずつ自警団を抜ける奴も増えてきた。」
「国民税を払って王都に居住を構えるようになった人達か?」
「そうだ。」
貧民街では、政務に戻った陛下の計らいで、王都で問題を起こしてないこと、王国民と親しい間柄を結べている関係を証明できる推薦者がいること、これらを証明できると一部免税となり、代表者大銀貨一枚、配偶者銀貨三枚と亡命者の十分の一の国民税で国民権を得ることが出来るように指示していた。
「仕方ねぇことだ、貧民街に比べ、安心も出来れば、給金の高い仕事もある、誰だって王都での暮らしを望んでいるだろうさ、それでも国民権の条件を得るに足らない人間もいるし、孤児のガキだっている、この貧民街から離れることができねぇ奴も多くいるんだ。」
「...。」
俺を襲ってきた時と比べてかなり印象が変わってきたな、破落戸かと思ったが空腹に耐えかねた愚行であって、まともな人間なのかもしれないな。
「名前を聞いてもいいか?」
「あ?俺か?俺はニードだ、俺の名前を聞いたところで検問所にでも突き出すかい?」
「そんなことしないよ、あんたこの貧民街の子供達を守ってくれてるんだろう?」
「あ、ああ...俺はここに長く住んじまってるからな、ガキ共は俺の子供みたいなもんだ。」
「そうか、俺も自己紹介しとくよ、王国の騎士クレモールだ、子供達を守ってくれてありがとな。」
「き、騎士だって!?」
「あんたの話は理解した、検問所で留まっていた話も俺から議題にあげさせてもらう、必ずここの環境を変えていくように努力するよ。」
「ほ、本当か!?頼む!」
「ああ、あんたみたいな人が貧民街にいたこと、多分陛下も喜ぶよ、物取りはさておきな。」
「す、すまねぇ。」
「話を戻すが、その巻き上げた傭兵はどこにいるかわかるか?」
「そいつはここから北に行くと二階屋で赤い屋根の家が一軒だけある、王都に移り住んだ奴が当時世話になったからとある老夫婦に譲ったんだが、その家を占領してやがる。」
「...っ!その夫婦は無事なのか?」
「大丈夫だ、譲り受ける前に住んでいた元の家がまだ空き家のままだったから、そこに戻ってるよ。」
「そうか、よかった...。」
「王国の騎士様が傭兵を調べてるってことは、それもなんとかしてくれるのかい?」
「本当は調査の予定だけだったんだが、その話を聞いたら黙っちゃいられないだろう?判る範囲でいい、情報をくれ。」
「ありがたい、奴の名前はドラコス、武器は大型のハンマーを持っていたが使っているところは見たことがねぇ、体格は兄ちゃんよりも頭一つ飛びぬけてるくらいのデカさだ、左腕に竜の模様を刻んでいた、自分のトレードマークとして誂えたと豪語していたのをはっきりと覚えているぜ。」
「ハンマーを使ってないってことは、普段物取りをするときは格闘術をやっているのか?」
「そうだ、タッパがあるから手足が長くてな、それと獲物を使ったら殺しちまうから、今後そいつから盗れなくなるからってことらしい、とんでもねぇやつが貧民街に来たもんだよ。」
格闘術と斧術の心得があることはわかった、こいつは明らかに問題を引き起こすやつだ、早めに芽を摘んでおかないといけないな。
「情報助かったよ、物取りは今後絶対にしないと約束してくれ、そしてそこの二人にも言い聞かせてほしい。」
「ここを改善してくれるなら、元々こんなことをする俺達じゃなかったんだ、俺からも頼む。」
「それと一つ頼みがある、検問所に行って衛兵にクレモールが一人分の捕縛の準備を依頼したいと伝えてもらいたい、そしてこれはその対価。」
そう言って、俺は大銀貨を一枚ニードに手渡した。
「兄ちゃん、いいのかい?」
「情報と依頼料だよ、当然の対価だ、三人で飯でも食ってくれ。」
「うぅっ、すまねぇ...検問所には必ず伝える、兄ちゃん頼む...。」
「ああ!」
怒りを覚え始めた俺は、自分の獲物を王都に回収に行く余裕もないまま、赤い屋根の家を目指し、北へ向かった。
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