07 燈火亭
「たまには冒険もしてみたいが、やはりここになってしまうな。」
酒場【燈火亭】
夜は酒の提供が主だが、昼は定食屋をやっている。
給金をもらうようになり、王都に出向く時は燈火亭を利用することが多かった。
国に来たばかりの時は宿舎の食事に満足していたが、当時の兵団に支給される食材は芋ばかりで穀物類...特に小麦は不足していた。
基本メニューは芋を蒸かしたものと干し肉、野草のスープの三品で、週に一度だけ茹でた卵と蒸した鶏肉が出され、この日を支えに稽古に励む団員も多くいた。
この食事情は長く続き、件の増税により兵団の食事情も多少改善された為、団員達は喜んでいた。
こういった事情もあり、休みは王都に出掛け、自分の好きな物を食べたり、常食で足りない団員は食材を自室に保存する為に買い出したりと、平民出の団員は中々に貯蓄を出来ないでいた。
「いらっしゃいませー!」
元気な声が店内に通る、燈火亭の看板娘レイラだ。
「やぁレイラ。」
「クレモールさん!何にします?」
「お腹空いててね、がっつりと食べたい気分なんだ、お願いしていいかな?」
「かしこまりです!じゃあ、いつものお任せコースで!」
「ありがとう。」
ニコッと笑顔を見せながらそのままカウンター席に案内された。
「お父さん、クレモールさんがっつり希望で!」
「やぁ、いらっしゃい。」
「こんにちは、マスター。」
手を動かしながら優しい口調で迎えてくれたマスターは、テキパキと料理を拵えていく。
マスターは俺がまだ王都での買い物に慣れていなくて、物の価値がわかっていなかった時に、パンをご馳走してくれたりとお世話になっていた一人だ、まだ体作りをしている年頃だったから、すごく助かっていた。
「注文も取り終えたから私もキッチンに入るね、お父さん。」
「ああ、頼むよ。」
席はカウンター含め二十席、集客の時間帯という事もあり客も入っているが、二人だけで回しているようだ。
「お昼時はやはり大変そうだなぁ。」
店内を見渡しながら呟くと、レイラが食材を切りながら答えてくれた。
「開店してる時間帯は常にお客さんが来てくれるようになりましたからね、ありがたいことですよ。」
「マスターと二人だけみたいだけど、お店は回せているの?」
「ええ、お昼はお父さんと二人だけでやっているけど、夜は今二人雇って働いてもらっているんです。」
「そうなんだ、夜に来たことがないから知らなかったな。」
「最近なんですよ、二ヵ月くらい前、お店に食事に来た他国の傭兵さんが喧嘩を始めちゃって、それを諫めてくれた別の傭兵さんがいたんですけど、その方が勤めてくれているんです。」
「え?その傭兵も他国の?」
「はい、ナレグの方達でした。」
「最近、王都でも流れの傭兵による問題が多くあるのに、よく雇いましたね。」
驚きを隠せずに口にすると、マスターが出来上がった料理を俺の前に差し出しながら口を開いた。
「信用できると思ったからね、はい、ミートローフセット大盛。」
「ありがとうマスター、おー!美味そうだ、いただきます!」
早々に俺は食事に手を付けながら、二人に尋ねた。
「実は今、王宮の仕事で他国から流入してきている人たちを調査しているんです、王国に定着できる人間もいれば問題を起こす人間も多い、この時間は傭兵が見当たらないみたいだけど、夜の方がやはり?」
「そうだね、確かに夜は王都のお客さんより、軽装の傭兵や鎧櫃を抱えたお客さんの方が増えていたからね、近隣のお客さんは問題ごとに関わらないように来店を避けていたんだろう。」
「日中は傭兵さんも仕事をしているみたいで、夜に来店することが多いんです、夜は食事だけじゃなくお酒のメニューもあるから二人で切り盛りしてた時は大変だったんですけど、二人を雇ってすごく楽になったんですよ。」
「避けていたってことは王都のお客さん、最近は戻ってきたの?」
「ああ、夜に雇っている二人のおかげでね。」
「...マスター、信用できると思った理由を聞かせてもらえませんか?」
「ふむ...。」
マスターは顎に手を当て、優しい笑顔で言った。
「ふふ、君は幼い頃からずっと苦労人だね。」
俺が飲み干したコップを手に取り水を注いでくれた。
「さっきレイラが話していた喧嘩の仲裁をしてくれた傭兵は二人組の男女でね、男の名はゼノス、女性はセリーヌといい、ゼノスが男達の仲裁に入った時に喧嘩をしていた一人の傭兵を投げ飛ばしてね、うちのテーブルを壊したんだよ、そこで酔いも醒めたのか場は落ち着いてね、壊したテーブルを弁償したいとゼノスの方から言ってきたんだ。」
「へぇー、律儀な方なんですね。」
「ああ、でも理由はそれだけじゃなくてね、諫めてくれたことにこちらも感謝していたからね、ゼノスの希望を私も断っていたんだけど、それなら俺達二人を雇ってもらえないか?と言われたよ、話を聞いているとゼノスは剣術を嗜む家系に生まれたものの、本当は料理人になりたかったそうでね、用心棒としてで構わないから雇ってほしい、そして空いた時間でいいから料理を教えてほしいと言われたよ。」
嬉しそうな顔をしてマスターが話していると、レイラもマスターの顔を見て微笑んでいた。
「ゼノスとセリーヌは恋仲でもあったようでね、上の部屋を一室貸して、給金が少ない代わりに住み込んでもらっているんだ、今は二人とも食材の確保に出かけてもらっているがね。」
「料理人になりたかったというだけあって、ゼノスさんの料理の腕はかなりのものなんですよ!セリーヌさんも美人で、それを目当てに来るお客さんもいるくらいになっちゃって、でも二人の強さを皆さん知っているから、今は何の問題もなく営業できているんです。」
「でも二人雇ったならどうしてお昼にもお店に出てもらわないんですか?お客さんも多いし大変そうだけど。」
改めて見渡しても、空席は俺が座っているカウンターくらいでテーブルは満席だ。
「お昼の提供は敢えてメニューの数を絞っているんだよ、そうすることで調理する品目が限られるから、日頃扱っている食材を仕込んでおくことで食事の提供は二人でも事足りる、その分注文取りの為にレイラには苦労掛けているがね。」
ははっと笑いつつ、マスターは手を休めずに食器を洗っている。
「実際、お二人がこの時間に食材を確保に行ってもらえて助かっているんです、食材は野草や獣肉もあるので買い出しだけでなく、王都の外に出て、野草の採取や狩りをしてくれたりと仕入れにかけるお金が少なくなったし、いつもは十四時からお昼を閉めて、私が買い出しに行ってたんですけど、その必要もなくなったので私も仕込みや休憩に時間を割けるようになりましたから。」
「俺は夜の燈火亭に来たことがないから、お酒を提供してるってことくらいしか知らないんだよな、メニューも沢山あるの?」
「あはは!クレモールさんお昼いつもお任せじゃないですか、メニュー見てるところ見たことありませんよ?」
うっ...確かにいつもマスターが俺の腹の空き具合を判断して作ってくれてたから、昼のメニューがどのくらいあるかも知らなかったくらいだ。
「いや、マスターがいつも俺が食べたい物を言わずと出してくれてたから」
あたふたしているとレイラがふふっと笑い、自らの頭を小突く仕草をした。
「私もそれに慣れちゃってお父さんにいつも丸投げしてましたからね、夜のメニューはお昼にやっているような定食は載せていないんです、頼まれれば作りますけど、お酒のお供として一品料理が多いんですよ、傭兵さん達はやはり汗を流す職業柄なのか塩分の多い食事やエールをとても好みますから、品数も多ければお酒の提供もあって夜の方が物凄く忙しいんです、なので今の働き方がすごくやりがいがあって楽しいですよ。」
「ゼノスは私と一緒に調理場を、セリーヌはレイラと一緒に給仕を、これが私も楽しくてね、ゼノスに教えるという名目のはずだったのに、やはりそこは違う国からの来訪者、ゼノスから教わることも多くてね、どんどんメニューが増えてしまっているよ、おかげで今は少ないものの二人に給金を出しても、かなりの黒字を生み出せるようになってね、だから二人に給金を上げると告げたんだけど、住居も用意してもらい、料理の師事まで許容してもらっているからと断られてしまってね。」
「え?女性もですか?」
「ああ、ゼノスと一緒に暮らせることで満足なのだそうだ。」
二人の為人が凄く伝わってくる、余程叶えたかった夢だったのか。
「良い縁に巡り合えましたね、俺も一度夜の燈火亭で食事してみたいな。」
「仕事の都合で夜は中々外出できないんでしょう?」
「調査のこともあるからね、警護の時間に差し障りがなければ以前よりは動きやすくなっているから、時期を見てお邪魔するよ。」
「はい!でもお客さん多いからゆっくり食事はできないかもです、席に座れないくらいお客さんが来て、立ち飲みしてる方もいらっしゃるくらいなので。」
「そ、それはすごいね...。」
「お昼のうちしか見たことないならびっくりしますよ。」
「楽しみにしておくよ、その二人にも会ってみたいし、さて...ご馳走様でした!マスター美味しかったです!」
「ああ、ありがとう。」
「あ、それとお願いがあるんですけど、もしも流れの傭兵が不穏な話をしていたら風貌と話の中身を聞き取れただけで構わないから記憶してもらえませんか?特にこのお店には多く来るみたいだし。」
「ああ、わかったよ。」
「助かります、それじゃあご馳走様でした!」
「ありがとうございましたー!」
銀貨一枚をカウンターの上に置き、燈火亭を後にした。
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