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騎士道活人奇譚  作者: 千興志乃
6/12

06 暗器

王都ディクセン、馬車の往来も多く石畳で舗装された街並みは人の動きも活発だ。

俺も月に一度王都に足を運んでいる、食事は兵団に在籍していた頃は宿舎で用意があったから食糧事情に問題はないのだが、王宮内で刃こぼれをした武器の手入れが出来ず、王都の鍛冶屋を毎月利用していた。

仕事にあぶれた傭兵が追剥行為をしたり野盗になったりとこの国の治安は正直良くない、農村では野盗だけでなく害獣等の被害もあり、どうしても足の速い騎馬兵団の先発が多かった。


王国の総兵力は約五千、自国の防衛能力として他国に攻め入られたら心許ない。

騎馬兵団 二百

槍術兵団 六百

剣術兵団 八百

斧術兵団 八百

弓術兵団 六百

棒術兵団 五百

武術兵団 五百

そして兵団に所属していない予備衛兵が千、これは王国内の警備や要人警護に充てられる。


兵力の増強は王弟殿下の意見...おそらくはヒルダ殿下の意思だったが、北のレビガント帝国が他国に攻め入り、降伏を迫った上で領土を拡大していることから、宰相や法官はこれに賛同したそうだ。

外交官や徴税官は国の収支を考えると反対意見が多かったようだが、自己の保身が勝ったようで今に至る。

傭兵崩れが増えたのも帝国に負けて逃げ延びた兵士が生き付いた結果だ、それを王国が受け入れて治安が悪くなる、徴募により傭兵を兵団に受け入れていたとして、それでも尚傭兵崩れによる被害は後を絶たない、それだけ他国から敗戦した流入者が増えた証拠だ。

中には傭兵達が治安維持の目的で自警団を設立し、王都の警備を買って出たことがあったのだが、糧を得るに至らず解散した。

一部の傭兵はそのまま商業ギルドの用心棒として勤めているようだが、日銭を稼ぐための労働より楽をして稼ぎたい考えが多いのだろう。


「お母さん、これ買ってー。」


ふと声をした方向に目をやると小さな女の子が母親に洋服のおねだりをしていた。


「これ貴族様用に仕立てている服じゃない、ダメよ、銀貨八枚もするじゃないの、これを買っちゃうと次にお父さんがお金を持ってくるまで毎日パンしか食べられなくなるのよ?」

「じゃあ私のお小遣いも出すから買ってー、これ可愛いもん。」


駄々を捏ねている娘に母親は溜息をついた。


「あのねコルン、あなた今お小遣いいくら持ってるの?」


コルンと呼ばれた娘はポケットに手を突っ込み硬貨を見せつけた。


「はいこれ!大銅貨五枚と銅貨六枚!」

「コルン、これじゃあ全然足りないわよ...。」

「えーだって銀貨ってキラキラしてる小さいの八枚でしょ?私、色は違うけど大きいの五枚持ってるよ?」

「お金の価値を決めるのは大きさもあるけど色も大事なの、コルンが持ってる小さい銅貨それが十枚でその大きな銅貨一枚になるの、そして大きな銅貨が十枚で小さな銀貨一枚になるのよ?銀色のお金は凄く価値があるの、同じように小さい銀貨を十枚で大きい銀貨一枚、大きい銀貨十枚で金貨一枚、他にも大金貨やお母さんは見た事もないけど白金貨ってお金もあって...。」


母親が銀貨を一枚、娘に見せながらを説いていると、娘の表情が変わっていった。


「私銀貨ってこんな近くで初めて見た!すっごいキレイだね!」


母親はクスッと笑うと、銀貨を鞄に入れ娘の手を取った。


「コルンもお手伝いを頑張ってくれると、もう少しで銀貨が手に入るかもね?」

「えー!ホント?私頑張る!」


洋服の話から見事に逸らせたようだ、お母様、お見事です...。

考え事をしながら歩いていると、目的地である鍛冶屋に到着した。


「こんにちは、ドレットさんいますか?」

「あ、クレモールさん!毎度どうも、親方呼んできますね!」


店に入ると、見習いのモッツが俺と気付き、店の奥に入っていった。

いつもこの店は多種多様な武具が目に入る、どのように扱う武器なのか判断できない様な物もある、見渡すと一区画に小型の盾の様な形状の物が四つ並んでいた。


「盾にしては小さいな...。」


王国で使われている盾は、成人男性の胴体程の大きさがあり、俊敏性重視の兵団では鉄製で重量のある防具の為あまり利用されていない、主には要人警護の任に当たった者に貸与される防具だ、その為兵団所属者は個別に革の手袋やガントレットを愛用している者が多い、だがガントレットは価格がとても高く王国兵の賃金三ヵ月分に相当する物も少なくない為、使用者は稀だ。


「よう、クレモール!っと騎士様って呼ばねぇとな!」


店の奥から快活な声が轟くと、髭面の主人が出てきた。


「今まで通りでお願いします、ドレットさん。」

「そうか?了解だ!今日はいつものか?」

「はい、これお願いします。」


刀身は鞘に納めたまま手渡すとドレットさんは両手で受けてくれた、いつもながら丁寧に扱ってくれる。


「はいよ、お預かり致しますっと!」

「それはそうとドレットさん、これは新しく作成した防具、盾ですか?小さいけど。」

「あぁ、それはバックラーと言って盾の一種だ、少し前に流れの傭兵が持ってたんで興味を持ってな、タダで武器の修繕を請け負う代わりに少し借り受けて、俺なりに自作してみたんだ、使用する材料も少なく、加工も籠手より楽だから兵団も気に入ると思うぜ。」


やはり盾だったか、小型だが前腕を覆う程の大きさがあるものの鉄製なのに軽く、小手先を器用に動かせる点ではガントレットよりも利点は高い、これが量産出来たら欲しがる兵士は多いだろうな。


「これ、金額が提示されてないけど売り物じゃないんですか?」

「ああ、今のところ俺の趣味で展示してるだけだ、やはり実戦者の意見が欲しくてな、作りにもよるが金額の設定としては大銀貨四枚からってところだな。」

「安っ!俺のガントレットの五分の一で済むのか...。」

「小楯だったら作成の労力が大幅に減るからな、ガントレットなんて指先の腹の造形まで鉄を要望されてみろ、金貨二枚でもやりたくねぇ。」


時間は有限、時だけは誰しもが平等で尊いものだ、工房にも若手が増えてきたようだし、時間を要さず利益を生むことが出来るならそれに越したことはない。


「構想は色々と練ってみた、ここに四つ展示しているが機能は其々創意工夫してある、まずは普通に小型の盾だな、腕に通しグリップを握ることで任意の防壁を作ることが出来る、大型の盾では体力を使う、だが小型軽量な分俊敏に動ける、片手剣や短槍、斧使いにお勧めだな、これが大銀貨四枚と銀貨五枚。」


兵団に属している兵士は貴族出身でない限りガントレットの購入は困難で、チュニックに胸当ての軽装備、腕は良くて革の手袋が殆どだ、この価格で数量を確保できれば皆購入するだろう。


「そしてこいつがグリップを付けていない簡易型、腕に締め付けて固定するタイプで、両手を用いる武具を使用する人間に勧める、弓兵や長槍、後は女王様が力を入れているって話の棒術にもいいんじゃないか?」

「槍術には腕に沿って回転させ、周囲の敵を薙ぎ払う型もある、形状にもっと湾曲を持たせるか、この形状に適した新しい槍術の型を模索するかだな...。」

「ほう!いいぞー、そういう意見はどんどんくれ!」


おっと独り言のつもりだったが声が大きかったか。


「はい、これが大銀貨四枚ですか?」

「ああ、この作りなら一番時間も材料も少なくて済む、じゃあ次は残りの二つだな、これは両方とも仕込み盾だが、まずはこいつだな。」


そういうとドレットさんは俺に小楯を装備させてくれた。


「グリップを握った時の親指部分に仕込みがしてある、左手を前に出してそこを強く押してみてくれ。」

「わかりました。」


左手を前に突き出し、親指を強く握ると...ッキィーン、と金切り音と共に円形状の小楯の淵から四枚の湾曲したブレードが出現した。


「おわっ!」

「ははは!驚いただろう?この盾はぶっちゃけ暗器だな、自分が気を付ける必要もあるが、敵と組み合いになった時に仕込みを解放するとブレードが繰り出すって代物だな、付け加えてブレードを湾曲させている理由は盾の形状をそのままに円形を保たせているからだ、一度きりの使用になってしまうが命辛々、敵地から退却しないといけない時、ブレードを出したまま敵に投げることで攻撃に転じ、怯ませて時間を稼ぐといったところだ、だからブレードの一枚だけ円形の切込みを入れている、投げる時の持ち手だな。」

「これは完全に製作者の趣向ですね、価格もそれなりにしそうなのに最終的には投げて回収できるかもわからないとは、貴族でも一部の人間しか購入出来ませんよ。」

「そうだろう!これは金貨六枚で考えているからな!がっはっは!」


でも暗器としては優秀だな、不意を衝くには打って付けだ、盾といえば王国で使用されている一種のみしか見たことない為、仕掛けの効いた盾など聞いたこともない。


「そして最後がこれだ、この中でも一番小型のバックラー、直径で二十センチ、中央に球状の突起があるが、さっきのグリップと同じように押せばこの球状の突起が鉄球として飛び出すって仕組みだ、距離は三十センチ程しか飛ばないが、元々はシールドバッシュ用にと考案してたから小型ながら多少重量を持たせてある、仕込みのワイヤーも鋼鉄製で発射すると自動巻きで元に戻る、小型だから弓や投擲には不利かもしれないが格闘術を用いた白兵戦にはもってこいだ、これは金貨二枚と大銀貨八枚ってとこだ。」

「これ、すごく実用的じゃないですか!重量は四キロってところかな、小型でもこの大きさがあれば突き動作も受け流せるし、そのまま親指一つで反撃も出来る。」

「そうだな、しかも飛び出した鉄球の威力は打ち所にもよるが、おそらく骨は砕けるだろうな。」


ついこの間までこのお店で盾を拝むことすらなかったのに、何故急に興味を持ったんだろうか、小楯というだけで王国内では珍しいのは確かだが。


「ドレットさん、急に盾を展示...というより制作するなんて、そんなにその傭兵の盾が珍しかったんですか?」

「そいつのバックラーが暗器だったんだ、素材は軽銀だったが盾の淵から刃渡り二十センチのブレードが突き出るタイプのな。」

「アレクダール王国では盾自体縁遠い物です、他国は防具の作りにも力を入れているんですね。」

「ああ...そいつはナレグ共和国出身だったそうだが、昨年の帝国侵攻に遭い生き延びたそうだ、知っての通りナレグはレビガント帝国に占領され、元首は処刑、帝国の庇護を受けながら自治権を有するには白金貨五十枚もの年間予算を捻出しないといけないってことらしい、税金が高くなり生活できないってことでアレクダールに亡命したそうだが、それまでに帝国軍との小競り合いは多少なりあったらしい、まぁ生き残るための知恵から生まれた暗器だったって訳だ。」


そうだ、王弟殿下の意見が通る理由はこの帝国の拡大にある、防衛力を高めておかないといつ王国が攻められるか判らないからだ、帝国の兵力は十万程と聞く、兵力を維持するための資金繰りを帝国内で納め切れていないことが原因だろうとの外交官の意見だった、帝国のある北の大地は不毛地帯で、食料は他国からの輸入で賄っていたそうだが、指揮系統から外れた一部のならず者が農村を襲うようになり、国の問題に発展した時、近隣国に宣戦布告、略取という名の一方的な戦争が始まった。


「その傭兵、名をターレスって言ってたが、ナレグは相当に酷い有様だったらしい、自由主義を掲げる奴らは独自にゲリラ活動を続けていたらしいが、帝国は見せしめに公開拷問をしていたそうだ、一思いに殺ってくれた方がマシだってほどに。」


兵団では聞かなかった情報だった、城内では情報統制が敷かれているのだろう...自国の戦力増強が何故推し進められるのか、ようやく理解できた。


「ドレットさん、少しお願いがあるんですけど。」

「なんだ?」

「他国から流れてきた情報をこれからも教えてもらえないかな、王国領を守るために情報が欲しいんだ。」

「ああ、そりゃあ構わねえよ。」

「ありがとうございます!それともう一つお願いがあるんです、これの鑑定とかできませんか?もちろん代金はお支払いします。」


俺は左手を差し出し、バングルを見せた。


「ん?なんだバングルか、銀じゃねぇな...値打ちモンか?」

「それも含めて調べてもらいたいんです。」

「わかったよ、金額は大銅貨五枚でいいか?」

「鑑定を依頼することなんて経験ないから相場を知りませんけど、そんなに安くていいんですか?」

「俺も鑑定なんて依頼はあまり受けないからな、値段設定をしてる訳じゃねぇ、おまえさんだからだよ。」

「ありがとう、ドレットさん。」

「じゃあ剣の手入れと合わせて今日の夕刻前には渡せるだろう、それまで王都を回っていてくれや。」

「わかりました、お願いします。」


俺は頭を下げて鍛冶屋を後にし、昼の鐘の音を耳に、腹を押さえながら立ち並ぶ食事処を物色するように繰り出した。


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