05 調査(後編)
陛下の私室に赴き、挨拶と当週の行動内容の伝達を済ませ、例の話を切り出した。
「陛下、蒸し返すようで申し訳ないのですが、今後の行動を練る為にも確認したいことがございます。」
「どうぞ。」
陛下はコクンと頷いた。
「バーナード様暗殺とオルウェン殿の暗殺未遂、そしてこの二件以外に害の確認が出来た事案をお伺いしたいのです。」
「...。」
陛下は俯き、少し間を置いた後頷いた。
「わかりました。」
バーナード様の事、思い出させてしまうのは酷だがこれも陛下とアイシア様を御守りする為だ。
「オルウェン殿は毒物によるものでしたが、バーナード様については確認を出来ずにいました、バーナード様も毒物による暗殺なのでしょうか?」
「...毒物か失血死か特定出来ていないまま、バーナードの亡骸は葬る事になりました。」
「っ!?」
失血死だって?間者との争いがあったのか?
「バーナードの遺体を発見したのは私です、うつ伏せに倒れていたバーナードの付近は血だまりが出来ていました。」
たとえ不意打ちにあったとしてもバーナード様がそう簡単に殺られるとは思えない。
「ライアスの話では左腕と頸部に裂傷が見られたそうです、後に判明した事ですが、その時にバーナードが口にしたと思われるグラスから毒物が確認されました。」
「毒を盛られ、その後に斬撃にあったという事ですか?」
アルバートが怪訝そうに尋ねていたが、俺も同じく疑問だった。
何故間者は毒を盛ることが成功したにも関わらず、トドメを刺す為に相対することを選んだのか。
「わかりません...バーナードの遺体を見て混乱した私は判断力が欠落していました、ライアスの私見だと例え不利な状況でもバーナードが容易く剣を受けるとは考えにくいと話していましたので、毒が回り始め、間者に対応が出来ない程苦しかったのだと...。」
悔しそうに目を潤ませている陛下を見て、やるせない気持ちになった。
「私が発見した時には誰一人として室内には確認が出来ませんでしたが、バーナードの左手に装着されていたはずのバングルがなかったそうです。」
「まさかこのバングルが目的だったということですか!?」
アルバートは大きな声を上げ、自身の左手を掲げた。
「このバングルの価値は私も解らないのです、あの人はただの御守りとして身に着けていると言っていただけなので。」
「以前に精製が困難だと言われておりましたが、それが希少価値と関係しているのでしょうか?」
「バーナードの言葉の意を解せてはいないのです、お二人には申し訳ないのですが、貴方達が所有しているバングルを一度調べて頂いたことがあります。」
遺体から消失したんだ、当然の措置だろう。
「結果は鉄や銅、クロムといった無機物で形成されていたそうです、形状についてもその素材であれば王都の鍛冶職人でも容易に作ることの可能な物ですので、精製が困難だというあの人の言葉が私にはわからないのです。」
消失した一つと俺とアルバートの二つ、計三つのバングルしか存在しなかった物...間者はこのバングルを欲していた...?
「このバングルの存在を知っていた者は他にもいるのでしょうか?」
「私とライアスは知っています、おそらくそれ以外の者はバーナードが着けていた装飾品という認識だと思います。」
身近にいた俺もただの装飾品と思っていた、そして残りの二つは俺達がインペリアルナイトになるまで保管されていたことを鑑みれば他に存在を知る者はいないと考えるべきだが。
間者がバーナード様の殺害を依頼者に報告する為の証拠品として持ち帰ったのだろうか...。
「このバングル、以前に調べさせたのは城の学者でしょうか?」
「そうです、ヴィレム=ハンキネンという理学者に鑑定を依頼しました。」
「実は、本日から王都の方にも調査を繰り出そうかと勘案しておりました、許可をいただけるならばこのバングルを王都の鍛冶職人にも見せてみたいのですが。」
「所有者は貴方達です、お任せします。」
「「はっ、ありがとうございます。」」
バーナード様の件については詳細を聞けたが、新たな謎が増えたな。
「陛下、オルウェン殿についてもお伺いしたいのです、本人に伺ったところ、何故か恥ずかしいと言われ明かしてもらえなかったのです。」
「そう..ですね、確かにあまり本人は口にしたくない事柄かもしれません。」
ふふっと笑うと、陛下は真剣な面持ちになり話し始めた。
「オルウェンは神経毒により全身麻痺や呼吸困難に陥りました、食事が何よりも大好きな子で当日の食事の毒見を買って出てくれたのです。」
食いしん坊が災いしたと言っていたのはこのことか。
「食事を開始して三十分程だったでしょうか、毒見のはずが完食をしたあの子を見て皆が笑っていると急にオルウェンが倒れたのです。」
「ティーポットの水が原因と聞きましたが、それはどのタイミングで口に含んだのでしょうか?」
「食事の前に必ずあの子は水を飲むので開口一番で間違いありません。」
毒物の反応までには三十分...食事には毒は無く、ティーポットのみ...目標はやはり不特定に感じるな。
「ティーポットにはどの程度の量の水が入ってあったのですか?」
「グラス十杯程を対応できるポットなのでそれなりの量は入っていました、オルウェンは始めにグラス一杯の水を含み、その後食事を終えるまで水は飲んでいません、そしてこの神経毒は水に希釈されない類の毒ということが後にわかったのですが、アリスの迅速な行動が功を奏しました。」
「アリス殿が?」
「アリスはオルウェンをまるで妹のように可愛がっていて、倒れたあの子にすぐ駆け寄ったのがアリスです。」
同じ武術兵団でもあり大事な後輩なんだろうな。
「アリスは症状を察したのかすぐにオルウェンの口に指を入れて嘔吐を促し、紅茶と医療班の手配をイグノア達に求めました、そしてすぐに人工呼吸を始めたのです。」
アリス殿...すごいな、治癒活性のツボや食事療法などは兵団の時に学んだが、解毒の処置をこんなにも素早く判断できるとは。
「医療班が来るまでに少々時間がかかり、それまでずっとアリスが人工呼吸をしていました、そしてオルウェンが話したくなかった理由はおそらく紅茶の利尿作用による毒素の排泄だと思います、本人の名誉等と言うまでもありませんが全身麻痺していたのです、察してあげて下さい。」
本人からすれば不本意な事とはいえ、口に出すのは恥ずかしいかもな、まだ十六と言っていたし、この話題は避けておこう。
「承知致しました、この二件以外に何か害意を感じることはあったのでしょうか?」
「実害はこれだけです...君主制である我が国が五年ほど前から他者の意見が罷り通るようになり、私の意図しない事が蔓延っています。」
ともすれば顔を曇らせる陛下に胸を痛めながらも、俺は話を遮る手立てがなかった。
「城内の人事や派閥、そしてあの人の死...疑心暗鬼になってからというもの、アイリスを失うことがとても恐ろしいのです。」
額に手を当てて俯く陛下を見ていると、ライアス殿が隣室から紅茶を運んできてくれた。
「エスリーヌ様、あまり無理はなされませぬよう...。」
ライアス殿が優しく声を掛け、俺たちにも紅茶を入れてくれた。
「ありがとうライアス...。」
「「ありがとうございます。」」
無駄のない動きでティーセットを並べ、陛下の後ろに下がったライアス殿は口を開いた。
「エスリーヌ様も少々疲れているご様子、私に解ることであれば代わりにお答え致します。」
タオルを持った片手はそのままに、一礼をした。
足運び時に上体の揺らぎはなく、長身細身の体躯とは裏腹にどっしりとした体幹を窺わせる。
陛下の顔色もあまり良くない、ライアス殿にお願いしよう。
「では先の二件以外に陛下が狙われるようなことはあったのでしょうか?」
「いえ、確認は出来ませんでした...ただ私共は陛下の身の周りに目を光らせていますが、城内での外聞は王弟殿下に傾いている機運にございます。」
俺達の調査でも陛下は領内の民には信望が高いが、城内での支持は落ちてきている。
賃金の低下、未開拓領地の農村委託により叙勲しても中々領土獲得に至らない不満、兵団内の階級意識阻害も影響している。
簡単に言うと、一部の貴族に煙たがれているってことだ。
「宰相であるドバン様も王弟殿下の意見を採用することが多くなってきています...上層部がこの状況なのです、エスリーヌ様の胸中をお察しください。」
王を補佐するべき宰相が、王ではなく他の意見をか...露骨すぎるな。
「私がアレクダール王国に来た時、まだ政には関心がなく当時の状況を知り得ていません、これもヒルダ殿下との婚姻以降ですか?」
「左様でございます、エスリーヌ様、そろそろ...。」
「ええ、そうね。」
ライアス殿は陛下に次の政務の時間であることを告げ、準備を促した。
「それではお二人とも、当週も宜しくお願い致しますね。」
「「はっ、承知致しました。」」
陛下が退室し、その場に残ったライアス殿は陛下の茶器を片し始めながら話した。
「片手間にお話しを失礼致します、クレモール様、アルバート様にお願いがございます。」
「なんでしょう?」
「兵団内の調査を行っている中で王国内の醜聞を聞く機会もございましょう...エスリーヌ様は自身の力不足であると落胆されており、ここ数年の活動にも影響が出ています、越権行為であることは重々承知でございますが、調査の際にエスリーヌ様の信を預けるに足る人材がおりましたら個別に教えていただきたいのです。」
今は陛下と王弟殿下の二大勢力に分かれていて城内は王弟殿下に向いている、また兵団も増えたことにより宮廷の人事比率をも変革が起きている。
今や比率の高い兵務や、政務も宰相を含め徴税官等、王弟殿下の意見拝聴に関心が高い。
「引き抜きを希望...ですか?」
「...エスリーヌ様の政務は領民を思えばこそ、民がいるからこそ王国は存在するとの公言は少なからず、兵士を徴募した際に影響を与えております。」
「ええ、私達の周りにも入団意図はその公言を思えばこそ希望した者は多くおりましたから。」
イグノアもその一人であり、おそらくはセシリア殿もそうだろう。
「以前の正常な政務...現状を打破するためにはエスリーヌ様の味方を増やさねばなりません、城内でもエスリーヌ様を慕う者は多くおります、ただ君主国の女王であるエスリーヌ様の意見が通らないことが多くなり自信を無くしております...その為、エスリーヌ様の自信回復が急務なのです。」
「承知致しました、しかし兵団勤務から宮廷勤務に変更となるとアリス殿達のように臣下であることを隠しての勤務になりませんか?」
アルバートの指摘にライアス殿は作業を止めた。
「これは私の希望でございますが、王族ではなく王室専用の兵団...お二人の下にインペリアルガードという役務を制定し、表向きにも活動できる小隊の発端をと考えている次第です。」
成程...兵団であれば宮廷勤務への異動でもなくなり、新規業務による不安を覚えなくて済む、これまでにも無理な人事が罷り通っていた状況だ、これを通すことが出来れば俺達もより動きやすくなる。
アルバートと顔を見合わせ頷いた。
「俺達もその意見に賛同致します、調査次第報告を致します。」
「ありがとうございます。」
「それでは我々も本日の行動に移すと致します、お茶美味しくいただきました、ありがとうございます。」
ライアス殿は一礼をし、俺達が退室すると茶器を片し始めた。
「所謂私設兵団の設立か、目から鱗だったな。」
アルバートが関心している。
「そうだな、小隊規模なら五十名程度、未だライアス殿の私見だから内密に調査項目に追加しておこう。」
「ああ、これが決まれば陛下も少しは心休まるんじゃないか?」
「だが、制定を促す際にヒルダ殿下の行動を気を付けておかないといけないな。」
「だな、じゃあ俺はお袋に直近の茶会があるか手紙でも送っておくよ。」
「すまない、宜しく頼む。」
手を振りアルバートは自室に戻って行った。
「さて、俺も王都に繰り出すとするか。」
バングルを装着している左手を右手で掴み、歩き出した。
感想やご指摘を頂けると励みになりますので、是非お声を聞かせてください。




