03 活人
王室ガードの任を受けて数日、五名の臣下ともそれぞれ顔合わせを終え、日々のルーチンをこなしている。
俺もアルバートもインペリアルナイトを叙任しているが、騎馬兵団の指導も職務に含まれており所謂兼任だ。
日頃の業務は、ヒルダ殿下と深い関係にある者の調査、兵団指導時の内定調査等となる。
臣下の五名も普段は陛下の身の回りのお世話に従事しているが、現在も兵団に属しているため、指導や訓練に顔を出すこともあるそうだ。
王弟殿下が騎士団の分隊を提言し始めて、剣術・槍術・弓術・斧術の兵団が生まれた。
同年、陛下が護身術・防衛術により、人を殺さずに生かす技術も必要だと棒術・武術兵団が生まれた。
考え事をしながら庭先を散策していると、臣下の一人エストを見つけた。
「あっクレモール様、おっはようございまーす!」
洗濯物を干しているエストが元気な声で挨拶をしてくれた。
「ああ、おはようエスト殿。」
「もうクレモール様!私に敬称なんか使わなくていいですから!」
「いや、そういうわけには...。」
「その代わり、私も気軽に話させていただきますんで!あはっ!」
緊張の抜けない城事情の中、エストのような存在はありがたいな。
「わかったよエスト、だが陛下の御前ではそうはいかないぞ?宜しく頼む。」
「わっかりましたぁー!」
ちょっと不安だが...まあ陛下のお付きだ、心配は無用かな。
「クレモール様はこれから指導ですか?」
「いや散策しているんだ、もしも王女殿下の存在を疑っている人間がいるとなれば間者がどこに忍んでいるかわからない...だから人の身を隠せそうな場所を確認しておこうと思って。」
「なるほど、私達もこの辺りはいつも警戒していますので大まかな場所はご指摘出来ると思いますよ。」
「さすがは陛下の臣下だな。」
「重要な情報なのでマッピングした上面図を保管してるんです、後程お渡ししますね!」
「ありがとう、助かるよ。」
俺は礼を述べてその場を後にした。
エストは見た通りの元気っ娘だ、誰にでもあの対応だから恐れ入る...陛下に対してもあの言葉遣いはさすがに呆気にとられたものだが。
陛下やライアス殿も気に掛けていない様子だったので、個人を尊重している...ということだろうか。
彼女達はそれぞれ兵団に属している、エストは棒術兵団に属しているそうだ。
どうやら陛下が棒術兵団と武術兵団を制定する際にもう一人の臣下、ウリエルと共に配属させたそうだ。
ウリエルはこの時間、兵団の訓練に励んでいるはずだ、訓練場に足を運んでみるか。
俺が来たばかりの時は訓練場は一施設のみだったが、分団が開始され現在では三つの施設が別途併設され、四施設で運用されている。
まずは俺がずっと世話になってきた訓練場【騎馬の間】だ。
今でも指導の為に足を運んでいる訓練場であり、馬術・槍術を主に訓練をしているが攻城戦を想定し剣術も指南している。
騎馬兵団は最近まで俺が団長を務めていたが、今回の叙任によりウルグス=プラサートという暑苦しい男に後任を引き継いだ。
そして同施設内で訓練に励んでいたアルバートは槍術兵団団長だったが同じく叙任にあたり、シュバルツ=マッケインという男に引き継いでいる。
このシュバルツという男はとても冷静で無口な掴めない男だが、国に忠義を示しているのは間違いない。
何よりアルバートの推薦だ、案外ウルグスの暑苦しさと相まって調度良いのかもな。
そして次、以前に陛下との話で挙がった異常な人事により、急激に団員を増やした兵団の訓練場【剣斧の間】だな。
俺達の騎馬兵団や槍術兵団からかなり引き抜かれており、人事に掛け合っても希望を募った結果だとの回答だったそうだ。
兵団の設立が急場であった為に、身元不確かな傭兵等も採用したとの話もある。
ヒルダ殿下の息が掛かっているとすればこの兵団が一番疑わしい、特に斧術兵団団長のガルバス=ダナはヒルダ殿下が婚姻の際に護衛として連れていた実力者だと聞く。
模擬戦でも医療班を出動させる事態を引き起こす問題兵団でもあった、今のところ一番注意すべき兵団だ。
剣術兵団にはシーザ=ファルコムという、俺やアルバートと共にバーナード様の指導を受けていた男が団長を務めている。
絶対君主主義の考え方であり忠実、合理的な考え方しかできない頭の固いやつだが、剣術の腕は王国内で誰よりも強い。
そしてここが【弓道の間】なんだが、弓術の訓練という観点から一番施設の大きい訓練場だ、正直羨ましかったな。
施設が広いとはいえ全団員が射撃訓練できるほどの設備は整っていない、その為兵団設立時から務めている団長のレベッカ=リートンが施設策定の際、兵法を学ぶ教育施設の作成も依頼したそうだ。
白兵戦が主となる戦場で弓による戦術は戦局を大きく左右させる、女性でありながらレベッカ殿の戦術論には感服したものだ。
最後に【武闘の間】先ほど会ったエストとウリエルが所属し、臣下との顔合わせ時に驚いたが俺が入団した時の同僚でもあったイグノアも属している。
棒術兵団設立時にイグノアも騎馬兵団からの異動となったが、陛下の臣下にも引き抜きされていることは知らなかったからな。
陛下の臣下五名は全員ここに属している、皆のまとめ役であるアリス殿と臣下の中で一番若いオルウェンは武術兵団、イグノア、ウリエル、エストが棒術兵団。
ちなみにティーポット事件により毒に倒れたのはオルウェンだった、本人は食いしん坊が災いしたと笑っていたな。
棒術・武術兵団は陛下が制定したこともあり人事も掌握しているとのことだ、武術兵団団長はウォレン=ハーケン、感じの良い屈強な男だ。
棒術兵団は弓術と同じく女性団長で、名をセシリア=ウェルトナー、槍術の腕を買われていたセシリア殿に陛下が活人の道を説き、感銘を受けて棒術兵団への異動を快諾したそうだ。
正午過ぎになり訓練も休憩に入る時間だ、訓練場の前でウリエルを待とうと入口に移動していると、間もなくセシリア殿が訓練場から出てきた。
「クレモール殿ではありませんか、改めて叙任おめでとうございます。」
「セシリア殿、ありがとうございます。」
「陛下のお傍で御守りできる貴方を羨ましく思います、どうか陛下の御身を...貴方の実力でしたら心配は不要ですね。」
「はは、お戯れを、ですが日々精進致します。」
くすっとセシリア殿は微笑むと、少し小声になった。
「陛下の臣下は皆、場内の侍女を兼任していると公言しており、王室の臣下であることは隠しています、クレモール殿がここに来るといずれ彼女達が困ることになるかもしれませんよ?」
うっ、痛いところを突かれた...。
その通りだ、彼女達の事情を事前に把握して行動するべきだった。
「ご忠告痛み入ります、セシリア殿はご存じであるのですね。」
「はい、私は陛下より棒術兵団立ち上げ時から団長にと辞令を賜りました、その時に三名のことは伺っております。」
アリス殿とオルウェンの事は、兵団も違うので認識していないということか。
「彼女達は通常勤務している兵士より訓練時間は少ないですが本人たちの努力もあり、実力は私も保証しますよ。」
「そうですか、頼もしい限りですね。」
「クレモール殿は棒術を経験されたことはありますか?」
「いえ、槍術による石突きや穂鞘を利用し標的を行動不能にさせる型などは訓練しましたが。」
「槍術の…それは素晴らしいですね!棒術は民を守り、対峙した相手をも生かす技術です。貴方も是非棒術に触れてみてください、白刃の不要な時代の為にも。」
そういうとセシリア殿は頭を下げ、去って行った。
白刃の不要な時代...殺しのない世界、か。
ふと、両親や生まれ育った村のことを思い出した。
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