02 任務
十九時五十五分
任務に指定された私室へと向かう途中、アルバートと合流した。
「王室騎士としての初任務か、どんな任務だろうな。」
アルバートは口にしながら、伸びをしていた。
「アルバート、緩んでいるぞ。」
「まだ任務の時間にはなっちゃいないんだ、そう言うなよ。」
悪びれもなく言うが、根が真面目なやつだ、大丈夫だろう。
指定された私室に到着し、襟を正した。
コンコン
「クレモール=イステア、アルバート=ウェルネス、到着致しました。」
「入りなさい。」
「「はっ。」」
部屋に入室し、室内を見ると陛下の他に二人確認できた。
執事長のライアス殿と...女の子?
「こちらにお掛けください。」
ライアス殿が促してくれたので、そのまま掛けることにした。
「はっ、失礼致します。」
ライアス殿は案内を終えると陛下の後ろに移動し、こちらに向き直した。
「二人とも緊張しないで、まずはおめでとうですね。」
陛下が優しく微笑む。
「「光栄であります!」」
「あらあら、ふふふっ。」
緊張しないなんて無理だ、アルバートもガチガチだぞ...。
それにこの女の子、陛下の面影があるが、陛下の婚姻の話も聞いたことがない...。
この女の子は何者なのだろう。
「二人がいつも砕けた口調で話していることも知っています、難しいかもしれませんが、今だけは楽にして下さい。」
「「は、はい..。」」
「貴方達がアレクダールに仕えてもう十年になりますね、まだ幼かった二人を今でも覚えています。」
俺もハッキリと覚えている、バーナード様に連れられこの国に生かしていただけた...。
バーナード様がいつも言っていた。国を守ること、そして陛下の御身を守ることが私の使命だと。
俺もその一心で、この国の為、陛下の力にと努力してきた。
当時のことを覚えているという、陛下のお言葉だけで俺は感涙しそうになる。
「その貴方達が私の専属騎士になるなんて、時が経つのは早いものです。」
そう言って陛下は二つの箱を取り出し、俺達の前に差し出した。
「これはバーナードからです。」
「「バーナード様から!?」」
バーナード様は四年前に戦死されている、そのバーナード様から贈り物とはどういうことだ?
「そのバングルはバーナードも使っていた物です、精製が困難な為、もうこの二点しか現存しないと聞いています。」
確かに見覚えがある、左手首にいつも着けていた。
「私の専属騎士になる者にと生前、バーナードより預かっていたのです、常に身に着けておいて下さい。」
「「はっ、ありがとうございます!」」
俺はバーナード様と同じ左手首に装着し、姿勢を正した。
「それでは本題の任務についてお話します。」
「「はっ!」」
そういうと陛下は女の子に顔を向け、話し始めた。
「公にはしていませんが、この子は私の子で名をアイシアと言います。」
やはり陛下のご息女だったのか、しかし...。
「疑念は尤もです、私は婚姻を結んでおらず娘の存在はここにいるライアスと一部の臣下しか知りません。」
ライアス殿は会釈をすると、無表情のまま立っている。
「あのバーナードと私の子です。」
えっ?ええぇーーーーーー!!?
驚いた、思わず声を上げそうになってしまった。
アルバートも口が開いたまま、驚きの表情を隠せないようだ。
「ふふっ、驚くのも無理はありませんね、二人ともバーナードに懐いていたものですから。」
「へ、陛下と...バーナード様の...。」
「そう、あの人との大事な子...。」
陛下は王女殿下...アイシア様をそっと抱き寄せ、ライアス殿に目配せをした。
ライアス殿は会釈をしてアイシア様を奥の部屋に連れ出し、室内には三人だけとなった。
「今回あの子を紹介したのは、この任務に関係するからです。」
公にされていない王族だ、きっと大きな問題だろう。
「発端は王位継承権の話になります、第一継承者であった私が王位を継いで十三年、他国では男子優先の継承制度ですが、我が国は性別に拘らず継承権を一子からとしています。」
物心ついてから王国暮らしなので、当たり前の事だと失念していたが、女王陛下その人は稀有な存在なのだ。
王弟殿下はあまり表立っている方ではないので、お人柄を理解はできていないが、陛下とお話しする姿は険悪そうに感じなかったが...。
「先王が亡くなり、私が即位してすぐには気付けませんでしたが、徐々に城内の派閥を感じることになりました。既にお気付きだと思いますが騎士団の人事、ここ数年で異動が活発になっています。」
「はい、私達にはお声がかかることはありませんでしたが、一部隊の構成人数に疑問を思う内容もありました。」
「ええ、五年程前からヨハンの意見が採用されることが多くなりました、明らかにある人物の息が掛かり始めたのです。」
俺がこの国に連れられた際、騎士団を統括していたのはバーナード様だった。
現在では、多種多様な兵団があり、これも王弟殿下の意見から派生したものだ。
俺やアルバートの基礎であり、当初からあった騎士団
現団名を騎馬兵団
当時、剣術や槍術、弓術を得意とした衛兵を集め、近衛兵としてバーナード様が指導し率いていた。
馬を操る技術を持った兵士は少なく、歩兵が主な騎士団であった為、速力のある騎馬は民からも英雄視されていた。
俺が十五歳になる頃、バーナード様の指導の賜物か、馬術に富んだ兵も増えてきた、無論俺やアルバートもその一人だ。
そこから徐々に部隊編成の声が上がり、現在では
剣術兵団 槍術兵団
弓術兵団 斧術兵団
棒術兵団 武術兵団
この七兵団が連なり、騎士団を呼称している。
それぞれの兵団に団長が存在しているが、バーナード様のように騎士団全体を統括していた団長はバーナード様が戦死されて以降存在していない。
「貴方達には伝えておきます、あの人は..バーナードは戦死ではありません、暗殺されたのです。」
「「えっ!?」」
戦死とばかり聞いていたので、まだ理解が追い付いていない。
「まさか、王弟殿下が!?」
「アルバート!!」
俺はすぐにアルバートを嗜めたが陛下は首を横に振った。
「いいえ、ヨハンはただの傀儡、全てはヨハンと婚姻を結んだ妃、ヒルダが嗾けていると判断しています。」
ヒルダ殿下...城内でも見た者は少ないだろう、ご子息であるゲーニッヒ殿下も俺は一度しか拝見したことがない。
「アレクダール王国では今、第一継承者はヨハンであり、妃には継承権がないため、ゲーニッヒが第二継承者となります。」
そういうことか...。アイシア様の存在が公になれば継承順位が入れ替わる。
「理解いただけたようですね、任務はガードする対象を私の他にアイシアを含めていただくことです、この内容は私達の他にライアスと別途臣下五名しか告知しておりません。」
「「承知致しました。」」
「陛下、二つ質問をお許しください。」
俺は気に掛かっている事を尋ねた。
「はい。」
「バーナード様の暗殺、私達も知りませんでした、何故戦死という発表に至ったのですか?」
「団長が戦死されたという発表、俺達にはとても信じられなかったものな、暗殺だったのか...。」
アルバートは思わず口にしたのだろう、ハッとなって口を噤む。
「それは、私がお腹にアイシアを身籠っていたからです。本来ならばバーナードとの婚姻を発表する予定でした、ですが発表前に暗殺され、私とお腹の赤ちゃんの身を案じライアスが提案しました。」
目を閉じた陛下は辛そうな面持ちで続ける。
「暗殺は当初、内部の者と判断できたものの慌てていた私は、ライアスとヨハンを呼んでしまったのです。二人は私の身を案じ、先の提案をライアスが行い、ヨハンや臣下は埋葬の準備を手伝ってくれました。」
呼んでしまった、これが陛下の後悔か...。
「バーナードとの関係は公にしなかったもののヨハンは知っていましたから。その時、ライアスがお腹の子を案じていることをヨハンが聞いてしまい、バーナードの死と二重に驚いたのでしょう。」
それで王弟殿下はヒルダ殿下に話してしまい、ヒルダ殿下はバーナード様との婚姻を防いだにも関わらず、結局子を宿してしまったことを知り、継承順を改めたいといったところか...。
バーナード様の暗殺方法、深く聞かない方がいいだろうな。
「私の体調が芳しくないと政を一時期ヨハンに委託していたのはアイシアを産む為です、おそらくヒルダはバーナードの死に傷心してある私に政務が行えないと思い、ヨハンに摂政をと判断したのでしょう。」
そうか子を宿していると聞いただけで、ヒルダ殿下は出産時期を計ることができなかったのか。
「その間にアイシアを出産し、ライアスと一部の臣下にしかアイシアの事は開示していませんでした、もちろんヨハンにも伝えず流産したという話で通しておいたのですが...臣下がまた一人、毒に倒れたのです。」
また一人という表現...そうか、バーナード様は毒殺されたんだな...。
「私達が食す器はバーナードの死以降、全て銀に変え私室で摂るようになっていました。倒れた臣下はティーポットの水に含まれていた遅延性毒物により倒れたのですが、服毒量が少なかった為に一命を取り留めました。」
「先ほどおっしゃっていた五名の中に、その臣下はまだ在籍しておられるのですか?」
「はい、よく務めてくれています。そのティーポットは厨房から運ばれたこともあり、私を狙ってなのかアイシアの存在を疑ってなのか判断出来ていません。」
「水ならば赤子でも使用するか...確かに不特定で判断が難しいですね。」
「おそらくは私を狙ってだと思いますが、慎重を期さないと取り返しがつかなくなっては後悔しかありませんもの...以降食事も私の臣下が作るようになりました。」
命を狙われている内容として毒物が主、ということか。
「ありがとうございます、もう一つの質問ですが。」
「はい。」
「私達が叙任するまで専属騎士はバーナード様だけと認識しておりました、空白の四年間の護衛はどうしていたのでしょうか?」
「ふふっ、わかりませんか?」
えっ、どういうことだ?
「まだちゃんとした紹介をしていませんでしたね、臣下五名とライアスです。」
「ライアス殿ですか?」
「こう言えば理解を得られると思います、ライアスはバーナードの師です。」
「「えぇーーーーっ!!」」
ただただ驚く一日のようだ。
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