11 能動
ゴーン、ゴーン、ゴーン、ゴーン。
鐘四つ、もうそんな時間になったのか、ドレットさんの所にもそろそろ顔を出さないといけない。
中央広場まではまだ少し距離がある、聞けることは聞いておいたほうがいいか。
「なぁ、マノの存在はこの辺りでは知られていないのか?二人からしかドラコスの話は聞けてないが、どちらもドラコス一人だと思っていたみたいだぞ?」
「孤児以外にも、ちゃんと親のいる子供も多くいるみたいだが、正直マノにここの空気はあまり吸わせたくない、だから人目に付くような時や一人の時は外出しないように言っているから、マノを見たことがあるのはおそらくラシータくらいなものだろうな。」
「元は王女殿下...記憶がないってことだったが、自身が王族であったこともわからないのか?」
「陥落した時にマノはまだ四つだった、第二王女であったこともあり、帝王学を学び始めてもいなかった、物心ついた時には俺と一緒に山籠もりや農村暮らしだったんだ、前に一度ドルティアの名を出したことがあるが、きょとんとしていたよ。」
「...騎士だった身としては、きついな。」
「...そうだな、だがその顔を見た時に踏ん切りがついた...ドルティアは亡国となりマノも記憶がないのなら、俺がただ一人の身内として育てるとな。」
「そうか...。」
専属の従騎士であり、親代わりでもある...か、個人的にこの二人を離すべきじゃないと思う、王国の治安を守るべきなのは百も承知だが、頼れる身近な存在というのはどれほどにありがたいかこの身で痛感している、それにマノは当時の俺よりまだ幼い。
「老夫婦の家には二人が持ち込んだ生活道具や大事な物を運び込んでたって聞いたんだが、それはどうなってるんだ?」
「ベッドや調理道具なんかはそのまま使わせてもらってる、少しあった食品なんかも申し訳ないが使わせてもらった、それ以外はそのままだ。」
「家財などに損失がなさそうでよかった、食品は腐らせるより食してもらえてよかったと思う、弁償の対象にはなるけどな。」
「...。」
「そういえば、あの三人組が渡した金額って結局いくらだったんだ?」
「うん?ああ、あいつらが差し出しのは銀貨三枚だな。」
俺が渡した金額の方が多いじゃないか...ニードの奴、この街で案外うまくやってるんじゃないのか?
「そうか、実は今回の捕り物はその三人組と老夫婦からの話を聞いて動いたんだが...ドラコスの話と食い違いもあってな。」
「食い違い?なあ、そいつらに弁済しようにも、その金は食料を買うのに使っちまって今は持ち合わせがないんだが...。」
「そんなに逼迫してるのか...?」
「ああ、ラシータが王都に移って害獣や魔獣の換金が出来なくなっちまってな、他にこのスラムで換金出来るようなツテはなかったし、何とか野草や獣肉の現物確保は出来てたから食うことは出来てたんだが、何せ王都に入るための金がないから、金策だけはどうしようもなくてな。」
「爺さんの訪問もあり、長時間留守に出来ず、害獣駆除や野草採りにも行けなくなった中で思いがけない収入だったわけか。」
「そうだ、マノにひもじい思いはさせたくなかったからな。」
話をしている内に目的の中央広場に到着した俺達は、老夫婦の家の目印を探した。
「あった、あれだな。」
トントン
「たのもう」
ガチャ
「はい、おや?お兄さんかい。」
「やあ婆さん、とりあえず話がしたいんだが、邪魔してもいいか?」
「構わないが...そこの収奪者もかい?」
目を向けられたドラコスは即座に頭を下げた。
「おや、騎士のお兄さんは無事に解決してくれたみたいだね、あがっておくれ。」
家に促され、ドラコスは頭を掻きながら扉を潜った。
「爺さんも呼んでこようかね、ここに座って待っておくれ。」
「ああ、すまない。」
奥の部屋へ向かった婆さんを確認し、俺達はテーブルに掛けさせてもらう。
「とりあえず、誠意は見せないといけないがここは俺に任せてくれ。」
「あ、ああ...。」
足音がしたので二人して振り向くと、奥から戻ってきたのは婆さん一人だった。
「すまないねぇ、爺さんがアンタと顔を合わせたくないんだとさ。」
「...。」
ドラコスは申し訳なさそうに深く頭を下げた。
「申し訳ない、あの家はお返しし、今すぐに準備は出来ないが迷惑をかけた賠償もする、すまなかった!」
「随分な変わりようだね...お兄さん何をしたんだい?」
「元々がこういう男なんだ、事情があって荒くれ物を気取らないといけなかっただけでな。」
「ふむ...。」
「状況から説明する、まずあの二階屋へは今日にでも戻ってくれて構わないがもう時間も遅い、雑魚寝はきついだろうが今日まで我慢して、明日から戻ってほしい、持ち運んでいる家財は利用こそしていたものの損害はない、食材だけは既に消費している。」
婆さんは黙って頷いている。
「そして、この男の処遇については、被害を与えた婆さん達への損害賠償が必要だと話しているが、本人も言っていたように今は賠償する程の財はない、よって強制労働の沙汰を仰ぐことになるだろう。」
「...。」
ドラコスは目を強く閉じて俯いている、マノを守るためとはいえ、騎士道に背く行動を取ってきたんだ、相当な葛藤があっただろう。
「っと、ここまでは表向きの話だ、婆さん少し相談があるんだが...。」
「なんだい?」
「検問所に話を通しても、何も解決してくれないってことだっただろう?完全に俺達王国に詰めている人間の落ち度なんだが、これを改善するために俺も動きたいと思う、そこでなんだが...今回のドラコスの件、全て俺に任せてもらえないか?」
「...なかったことにするのかい?」
「!」
驚いた表情のドラコスはさておき、婆さんは俺の意見を確認しているものの、悟ったかのような表情だ。
「いや、陛下には必ず報告し、なかったことにはしない、だが検問所を通したところで一部の人間から握りつぶされる可能性もある、ここにいる全員が損をしない提案をしたい。」
「ほう...まあ、私はエスリーヌ様にここの現状を理解してもらえるならばお任せするよ、あの方は私達を見捨てないからね、そしてお兄さんの力もそこに加わるんだろう?」
「ああ、俺は陛下の直轄だ、現状見聞きしたものをそのまま報告出来る。」
「なら私から言うことは何もないさ。」
「助かるよ、まずこいつが今回の騒動を起こした理由だけは伝えておかないといけないな、婆さんは見ていないと思うが、俺がドラコスと相対した時に確認した、ドラコスは幼い女の子を育てている。」
「お、おい...クレモール、マノのことは...。」
「誠意は見せなきゃだろう?いいから任せてくれ。」
慌てるドラコスを制し、俺は続けた。
「その女の子は既に両親を亡くしていて、ドラコスが面倒を見ている、この街の治安のこともあり、表に出していなかったそうで、ドラコスも荒くれ物を演じていたって訳だ、言ってしまえば過保護だな。」
荒くれ物という単語を少しでも緩和させる為、場を和ませるために笑いながら発したつもりだったが...。
「お兄さん、小さな子供の面倒を見るってことは余程労力のいることだ、この街の惨状を見ての判断であれば、私は過保護なんてことはないと思うがね。」
「...すまない、失言だった。」
窘められた。
「...続けるが、ラシータが王都へ移動したことによりドラコスの生活は一変したようで、今回の騒動に至ったようだ。」
頷きながらドラコスが話し始める。
「俺はラシータに討伐した害獣なんかを金に換えてもらっていたんだが、ラシータが引っ越して以降、換金出来るツテが無くなり金策を講じれなくなってしまった、その最中あの家に子供でも使う事が出来る井戸があったことを思い出し、あの家を占拠し、マノは表に出ず給水出来る環境を、そして俺は食料調達に出る為に家を空ける時間を確保した。」
「...ふむ。」
「占拠する前の家は中央から遠く、一日分の飲み水の確保だけでも半刻は要した、あの子に出来る限り辛い思いをさせず行動をしてきたが、ラシータがいなくなり金策を練れないと再認識した時、精神的に限界がきてしまった...すまなかった。」
「あんたもラシータさんから売り買いしてたんだねぇ。」
「ああ、この左腕のタトゥーも実はラシータから仕入れたんだ、彫ったわけではなく、特殊なインクで一年は消えないらしい、少しでも俺に近づく輩が増えないようにとな」
「...今の態度を見ていると、反省していることもわかったよ、だが爺さんは顔に痣を作って帰ってきて、今もあんたに会いたくないと言っている、あんた程の実力があれば爺さんに暴力を振るう必要はなかったんじゃないのかい?」
「ああ、それは事...」
「それについてもすまなかった...よく注意をして事に当たるべきだった。」
俺が事故であることを伝えようとするとドラコスはそれを妨げ、深く頭を下げていた。
「わかったよ、お兄さん、ここにいる皆が損をしないと言っていたがどうするつもりだい?」
「あ...ああ、まずこのまま検問所に引っ張っていってもおそらくドラコスは牢に入れられ、武具を回収された後に解放となる可能性が高い、その期間ドラコスの預かっている女の子の生活も危うい、そして婆さん達の賠償も行われないだろう。」
「検問所の衛兵は罪が明らかでもこの街の事件には首を突っ込まないからね、おそらくはその通りだろうねぇ。」
「そこでだ!ドラコスの件は俺が陛下に直接伝え、ドラコスを俺の配下に置かせてもらえるように交渉する、俺の下で強制労働って訳だ!そして、そこで得た賃金を婆さん達の賠償に充てる、そしてドラコスにはこの貧民街の警備を依頼したい、依頼というか部下になるんだから命令だな。」
「な、なんだって!?」
「ほう、それなら皆、損どころか得だね。」
ドラコスの実力なら問題が発生した際の鎮圧くらいは問題ない、だがこの広い貧民街で一人だけというのはかなり厳しい、協力者を募らないといけないか。
「それと賠償の金額についてはおそらくざっと高く見積もっても金貨三枚ってところだ、その上でもう一つ婆さんに相談なんだが、この家をドラコスに一月貸してもらえないか?賃料は別に俺が大銀貨五枚払う。」
「なっ!?」
「どうせ空き家になるんだからそれは願ってもないことだが、お兄さんはいいのかい?」
「ああ、先行投資みたいなものだ、損はしない。」
「じゃあ私は後で爺さんを説得しようかね、私はお兄さんの案に乗らせてもらうから、爺さんが首を縦に振らずとも、力ずくで説得するから安心しておくれ。」
「力ずくって...まあ頼むよ。」
「あと、せっかくお兄さんがここまでしてくれたんだ、この家の生活道具はそのままにして行こうかね。」
「い、いいのか?俺は散々迷惑をかけてきたんだぞ?クレモールも!」
「さっきも言っただろう?先行投資だ、しっかり働いてもらうからな。」
「人の厚意はありがたく受け取っておくんだね。」
「す...すまない。」
「ドラコスさんや、人の厚意はありがたく...だよ?謝罪じゃなくて感謝で表した方が、施し側は気持ちもいいもんさ。」
「あ...ありがとう!」
うんうんと笑顔で頷く婆さん、この場は一件落着と言いたいが、一応事実は伝えておかなきゃな...。
「じゃあ婆さんは明日の朝九時に二階屋へ赴いてくれ、それをドラコスが迎え、ドラコスは引き渡し完了後、この家にマノを連れてくる、これでいいか?」
「ああ、構わないよ。」
「ああ、承知した。」
「あと、俺は婆さんに少し話があるから、ドラコスは表で待っててくれ、すぐに俺も出るから。」
「...?ああ、わかった。」
再度婆さんに頭を下げたドラコスは外に出た。
「さて、話とは何だい?」
「ああ、実はさっきの話に一つ訂正を入れておきたいんだが...。」
「訂正?」
「爺さんの怪我な、あれはドラコスが扉を開けたときに近すぎた爺さんがぶつかった事故だ。」
「な...あっはっは、そういうことかい。」
何一つ偽りなく伝えた方がいい...よな?
「教えてくれてありがとう、おかげで爺さんの説得も楽になるよ。」
「それならよかったよ、賠償金の受け渡しは追ってまた連絡する、邪魔したな。」
「ああ、ありがとうよ。」
俺は外に出てドラコスと合流したが、すぐに婆さんの怒号と爺さんの悲鳴が轟いた。
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