10 転機
「奥様、アルバート様から速達便でお手紙が届いております。」
「まぁ!アルから?」
ウェルネス家の執事、トマスが運んできた手紙に歓喜に満ちた表情でシェルレーネはペーパーナイフを持ってくる時間も躊躇われたのか、即座に封を開けた。
母さんへ
お久しぶりです、中々家に帰ることも叶わず、申し訳ない次第です。
ご存じの通り、インペリアルナイトを拝命して、激務となりました。
任務の内容は公に明かせませんが、王国の内部から脅かす存在を摘発すること、
今はまだその程度しか明かせません。
兵団でも、主に一部の官僚や貴族出身の人間が現状の王国の在り方に不満を漏らしております、
このままでは国内の分裂や万が一にも内紛の可能性も有り得ます。
陛下を御守りする為、今我々に欠けている物は情報です。
母さんにお願いがあります、茶会等で他の貴族やその身内が陛下への不満を漏らしている等、
聞く機会がありましたら、私に教えていただきたいのです、少しでも情報が入りましたら私が調査名目で伺います。
現状、長期の休暇を有することが出来ない為、ゆっくりと帰路に至れませんが、
仕事という名目でウェルネスの扉を叩くことは出来そうです。
アルバート
追伸
近況報告が仕事の話ばかりで申し訳ありません、母さんと一緒に食事が出来る日を楽しみにしています。
「きゃーー!トマス!トマス!アルから私にお願いがきたわ!早速お茶会を開く為に方々に使いを出さなくちゃ!」
「奥様、落ち着いてください、お茶会の準備は私目にお任せを、してアルバート様はどの様なお願いを?」
手紙を掲げ、踊り狂うシェルレーネに見慣れた様子のトマスは何事もなかったかのように問う。
「アルがね、私と食事をしたいんですって!あぁ、やっぱり私のアルだわ!そうと決まれば、日取りとお洋服と...あー!どのドレスにしようかしら!」
「うぉっほん!奥様、またアルバート様に避けられますぞ?」
「うっ...。」
ただ一言を聞き、即座にシュンと項垂れた男爵夫人は落ち着きを取り戻したようだ。
「オ、オホン...トマス、貴方も見て構いません。」
「拝見致します。」
受け取った手紙に目を通し、手紙をシェルレーネに返したトマスは真剣な表情を変えなかった。
「奥様...。」
「アルのお願い、わかりましたか?」
「はい。」
「そうなのー!アルが私との食事を楽しみにしてるんですってー!もうあの子ったらいつまでも母親離れ出来ないんだからー!」
クネクネと体を捩らせながら、だらしない表情に戻ってしまった男爵夫人をトマスは嗜めずにいられなかった。
「奥様。」
鋭い眼光でシェルレーネを見ると、再度項垂れる。
「だって、久しぶりのアルからの誘いなんですもの...。」
四十路を目前に控えた夫人は、頬を膨らませており、とても年相応に見えない。
「手紙を拝見するにアルバート様はお困りの様ですな、奥様、これは好機ですぞ?」
「えっ?」
「アルバート様の事情を酌み、依頼を完璧に熟せば、前回の奥様の失態...汚名返上のチャンスです。」
「!」
「再度申し上げますが、例え一人息子とはいえ、成人したアルバート様を茶会の場で、周りの目を気にせず、あれだけの溺愛っぷりを見せつけてしまったのです、あの時から奥様を避け始めたアルバート様の行動は間違っているとは思えませんぞ...その状況を以てしても奥様を頼らざるを得ないその手紙の内容...それも今朝方発送された速達便です、これは私目も腕が鳴りますな。」
「うー...トマスって本当にウェルネス家の執事なのかしらって思えるくらい失礼しちゃうわね。」
「奥様の為を思えばこそでございます、親子仲睦まじく、ウェルネス家執事として望むことでございます。」
「...そうね。」
アルバートに避けられていたことが余程堪えていたのか、返す言葉もなく頷いた。
「して奥様、まずは情報収集と参りましょう、王宮に近しい方々のご婦人方を主に茶会を開き、王宮内での御不満を漏らしている貴族がいるとのことですから、おそらくは愚痴も零される方もいらっしゃいましょう。」
「ええ、お母様へ使いを、男爵夫人ではなく、侯爵夫人からの誘いとした方が断れないわ、嫁いだ身ではあるけれどアルの為だもの、元侯爵令嬢としてやれることはやっておかないとね、日程はひと月以内に開くことの出来るよう整えてちょうだい。」
「承知致しました。」
頭を下げたトマスはシェルレーネに再度顔を向け、目尻を下げて微笑んだ。
「奥様、ようございましたな。」
そう言い残し、背を向けてその場を後にした。
「ええ。」
改めて手紙を見直し、顔を緩めた夫人は歓喜の声を上げずにはいられなかった。
同時刻、貧民街。
「なんだい、兄ちゃん。」
「クレモール=イステア、王国の騎士だ、ドラコスはお前で間違いないか?」
「...騎士だと!?ちっ、ここなら王国の連中も手を出さないと聞いてたんだが。」
...聞いた?誰にだ?
「ここに俺が足を運んだ理由は言わずともわかるな?」
「ああ、前の住民を追い出したってことを言いたいんだろ?俺からも聞きたいんだが王国の人間はこのスラムにゃ不干渉だったんじゃないのかい?」
「誰からそんなことを聞いた?」
「質問は今俺がしてるんだよ!」
ガタッ
奥の方で物音がしたように聞こえ、ドラコスも後ろを振り返った。
「他にも仲間がいるのか?」
「いんや、俺一人だ、どうせ俺を捕まえにきたんだろうが、そういう訳にはいかねぇし、ここでやり合うつもりもねぇ、表に出な。」
扉を潜る様に出てきた体躯は二メートル近くあり、俺でも見上げる程だ。
家の前でお互い向き合うと、俺から声を掛けた。
「検問所に捕縛の準備を依頼してある、今なら酌量の余地も出来るかもしれない、家を持ち主に戻し、被害にあった人々への賠償と謝罪をする気はないか?」
「俺は捕まるわけにはいかないんでね、この身が自由であること、井戸のある代わりの家を用意すること、この条件が揃えば考えてやらんでもない。」
「条件が揃えば金品の強奪もしないのか?」
「ちっ、何を言ってやがる。」
腰に手を当て、頭を掻きながら場都が悪そうにしている。
「何度も言うが俺は捕まるわけにはいかねぇ、あんたを殺してでもなぁ!」
怒号と共に繰り出してきた右手は、ニードの言っていた通りリーチが長く、打ち合いでは不利だと瞬時に判断できる。
「シュッ、シュシュ!」
両の腕を繰り出す瞬発力はかなりのもので打っては構え、隙も無く練度も高い、並みの衛兵では太刀打ちはできない速さだ。
打ち込みを捌いていると、ドラコスの上体が横に反れたと思った瞬間に足が蹴上げられ、上段蹴りに備えていたが...。
「ぐっ!!」
フェイントだった、まさか弓蹴りを傭兵が使ってくるとは、しっかりと鍛錬されている。
少し距離を取り、呼吸を整えていると、ドラコスも深呼吸をしていた。
「あんた、俺の拳を全部捌いたな、驚いたよ。」
「お前こそ、ちゃんとした技術を身に付けているようだな。」
俺は拳を緩め、右自護体で両手を構えた。
ドラコスのリーチに合わせていたら攻撃に転じることができない、奴の素早い攻撃を止めるためにも受けて掴まないとな。
「...?なんだその構えは、しっかり拳を握らねぇと指の骨、折っちまうぜ?」
狙い通り、上段に構えている手を狙ってきたな!
「はぁ!」
パシッ、パンッ、ガッ、ゴッ!
「ぐぅっ!」
左のジャブを受け流し、右の打ち込みを掴み引き、左足の脛を蹴込む...右前に体制が崩れたところで払い腰を決め、そのまま関節技に持ち込んだ。
「くっ!がぁっ!」
「このまま腕を折れば制圧完了だが、どうする、自らの足で検問所に同行するならば解放するが?」
「そん...なわけ...は!がぁっ!」
ジタバタとする大男に成す術は無く、時間だけが過ぎ、辛抱強くドラコスが耐えていると...。
「やめてぇー!おじさんをいじめないでーー!」
老夫婦の家から少女が飛び出して来て、俺の頭を何度も叩いてきた。
「痛っ痛た、やめろ、あぶないから離れて!」
「やめない!おじさんから手を離して!」
今度は関節技を決めている俺の手を振り解こうと、小さな体全体で俺の手に掴みかかってきた。
「ぐっ、降参、降参だ。」
ドラコスは俺に言い放ち、バタついていたドラコスの身体は少女に被害が及ばないよう、少女を目視した時点で大人しくしていたようだ、俺は技を解きドラコスを解放した。
「マノ、怖がらせちまったな!俺はこの兄ちゃんとじゃれ合ってただけなんだ、何でもないから家に入っていな。」
ニカッと笑顔を見せたドラコスはとても悪い奴には見えなかった。
「本当?」
涙目で訴える少女、マノと呼ばれた女の子は鼻をすすりながらドラコスに抱き着く。
「あぁ、本当だ!なぁ!」
俺に向けられた合いの手は明らかに強制力を持っていた。
「あ、あぁ!怖がらせちゃったね、ごめんよ!男って何かと手合わせが好きなんだ!あはは。」
大慌てで取り繕っていると、マノに笑顔が戻っていき、ドラコスも笑顔を絶やさない。
「俺はこの兄ちゃんと話があるから、家で待ってな、俺もすぐに戻るから。」
「うん、わかった!」
落ち着きを取り戻したマノは家の中に戻って行き、笑顔を保っていたドラコスは溜息をついた。
「はぁ...すまねぇ、助かった。」
「い、いや、何と言うか、捕まるわけにはいかない理由が分かった。」
「ハハッ、言うまでもないか面目ねぇ、そこでいいか?少し話がしたい。」
腰を掛けることが出来そうな高さのブロックを見つけ、促された。
「なぁ、兄ちゃん...あの子は身寄りがいない、俺が捕まった場合どうなる?」
「...。」
「だろうなぁ、このスラムにゃマノくらいの年で物乞いをしてる子供を結構見かけた、王国でも保護出来てないってことだ。」
「返す言葉もないな...。」
「俺は傭兵だ、稼ぐ方法はこの腕しか知らねぇし、あまり表立っての行動も出来なかったからな、王都に入ることは諦めた、だがあの子を孤児にさせることだけは避けたい、被害者への弁済も謝罪もするし、この国からも出ていくから見逃してもらえないか?」
「あの子を孤児にさせず、平穏な生活を送らせることが出来ればお前は罪を償うのか?」
「...それは...。」
考え込む姿に当初の覇気はない、マノがドラコスをおじさんと言っていたことも気にかかる。
「なぁ、事情を聞いてもいいか?あの子は血縁者ではないんだろう?おじさんと呼んでいたにも拘らず、お前のことを親のよう思っているようだったからな。」
「親か...嬉しいこと言ってくれるじゃねぇか、そうだな、少しでも心象を良くした方がマノの為だな。」
背筋を伸ばし、俺に向き直る。
「改めて、俺はドラコス=ゴルドー、本当は言うつもりはなかったんだが家名持ちだ、そしてあの子はマノ、俺の知人だったあの子の両親は五年前に殺され、俺が引き取っている。」
そういうことか...あの子も俺と同じ境遇か。
「五年も一緒に生活してるとな、本当の子供のように思えちまうんだよ、だからあの子だけはなんとしても守りたい、もし兄ちゃんがマノを保護して、俺が罪を償って出てきたら、またマノと生活させてくれるってんなら、喜んで捕まるけどな!俺と生活するより、マノも騎士の兄ちゃんに保護してもらえた方が良い物も食えるってもんだ、ハハッ。」
強気に笑ってはいるものの、明らかに落胆していることが窺える、守りたいのも本音だろうが自分が一番傍に居たいんだろう。
「正直に言うとだな、俺がこの事件に関わったのは偶然なんだ、お前の言っていた通り、貧民街のトラブルはどうやら王国に報告が挙がっていなかったようで、黙認されてきたようでな、頭の痛い話だよ。」
「やはりどこの国も一枚岩ではないんだな。」
シミジミと話し込んでいると、マノが家から二人分の水をグラスに汲んできてくれた。
「はい、おじさん!お兄さんも。」
「おぉ、ありがとな!マノ!」
「ありがとう、いただきます。」
渡し終えると、すぐに家に戻っていくマノを目で追いながらドラコスは水を飲み干した。
「くぅー、うめぇ!マノの入れてくれた水はうめぇなぁ!」
「...あんなにも守りたいと思う子がいて、何故強奪なんかしたんだ?」
「あぁ...あの子は一人じゃ何も出来なくてな、当初の生活でもそうだったが、俺が甘やかしてきたこともある、この家を必要としたのはある男から井戸が常設されていると聞いたからだな、このスラムには共用井戸が中央に一ヶ所しかない、しかも子供の一人の力じゃあの井戸の利用も難しい、その点、この家の井戸は子供でも簡単に水が汲める、俺が稼ぎに出ている間は表に出させたくなかったし、生活をするためにはここしかなかったんだ。」
この貧民街で井戸を設けている家なんて珍しいからな、だが誰から聞いたのかはハッキリさせておかないとな。
「井戸の存在を明かした人間はラシータって男か?」
「!?」
驚きを隠せない表情だったが、すぐに正常な顔に戻った。
「まあ、調べて偶然ここにたどり着いたってことだから、元の所有者も調べはついてるか。」
「どういう経緯で井戸の事を聞いたんだ?もしラシータが元からお前にこの家を占拠させる目的で話したのならば、ラシータも嫌疑をかけないといけない。」
「ま、待ってくれ、あの男を責めるのは止めてくれ、この家は俺が奪おうと思い立っただけなんだ、ラシータは商人で俺もあいつから傷薬や武具なんかを調達していたんだ、その話の中でラシータの家に井戸があることを知っていただけだ、王都に店を構えるからその家は世話になった老夫婦に譲るって話を聞いて思い立ったんだ、それから引っ越しを始めた老夫婦が、ある程度荷物を運んでまた元の家を往復するだろう頃を見計らって、この家に入り込み、この家に戻ってきた老夫婦に凄んで奪ったって訳だ。」
「この家を奪うまではどこにいたんだ?」
「俺達がこの国に来たのは一年程前だ、それまではナレグにいたんだが、事情は知っているだろう?ここに来てからは、食料確保に害獣駆除を主にやっていて討伐に都合がよかったから、貧民街でも外れの小屋に住んでたよ、もちろんマノはずっと家に籠らせっ切りだったが...しかし井戸汲みに行くにも距離はあるし、何往復もしないと一日に使用する量には事足りねぇ、大変だったから、井戸常設の家っていうのは俺にとっては願ったりの家だった。」
男手一人で子供を育てるのは大変だろう、マノにとっては必要な存在だな...。
「理由は分かったが、何故金銭の強盗までしたんだ?今朝三人組の男達から金を奪っただろう?」
「...老夫婦の爺さんがな、昨日斧を持ってここに来たんだ、大声を上げて扉を壊さんとする勢いでな、マノが怖がっちまってすぐに爺さんを止めるために外に向かおうとしたんだが、開けた扉が思いっきり爺さんの顔面を直撃してなぁ...元々暴力を上げるつもりはなかったんだ、すまねぇことをしたと思ってるよ、だがマノにはこの家を奪ったってことを明かしていないんだ、爺さんには即退場してもらわないとマズかったんでまた凄んじまった、そんなこんなもあってあまり家を不在に出来なくなっちまってな、今日の食材も確保しねぇとって気が焦ってたところに三人組にぶつかっちまってな、多分始めは俺のデカさにビビってたんだろうが、三人いたから向こうも気が強くなったんだろう、悪態ついてきたから返り討ちにしてやったんだが、そいつらからこれで許してくれって金を出してきたぞ?食料の確保に焦ってたから、ありがたくもらった俺も悪いんだが...。」
...ニード、ちゃんとした情報をよこせよ...後でお灸を据えないといけないな。
「フッ、兄ちゃんが俺の転機なのかもしれねぇな...俺とマノが旅を始めて五年、きっかけはあの子の両親の死、もっと言うならドルティア王国陥落だ。」
ドルティア王国だって!?五年前のレビガント帝国から宣戦布告を受けた最初の国じゃないか!
「あの子の本当の名前は、マノルイーゼ=ドルティア、ドルティア王国第二王女殿下だ、王国は無くなり肩書も意味をなさないが...五年前、レビガントの攻城に遭い、陛下や后様、第一王子殿下と第一王女殿下も殺された、俺は命辛々、第二王女であるマノを連れ立って逃げることが出来たが、マノはショックからかあの時の記憶がない、陛下や后様、兄姉の記憶も無く、家族は死んだもの理解し、俺を引き取った叔父として認識している、農村や山籠もりなどをして生活をしていたが徐々に帝国の手も伸びてきてナレグに身を寄せたが、昨年の有様だ、そしてこのアレクダールについたんだが、この数年で入国税がこんなにも高くなっているとは知らなくてな。」
「王女殿下を連れ立って逃げたってことはドラコスはドルティアの騎士だったんじゃないのか?」
「そうだ、マノの専属だったよ、ドルティアで騎士として、そして王子殿下の剣の指南役でもあったんだが、他国程に兵の練度は高くない、だからこそ城の防衛戦では防戦一方...いや、大敗だった。」
マノへの拘りが理解できた、騎士として当たり前のことをしてきたんだ、主君を守るための行動...少しやりすぎだが、俺も同じ立場に立ったらどうするだろうか...。
「...わかった、この家を占拠していたこと以外は事故や正当防衛とも取れる、だがやはりこの家を奪い、老夫婦の平穏な生活を奪った事実は変わらない、だから俺についてきてほしい。」
「あぁ、わかった、マノを頼む。」
「心配するな、悪いようにはしないよ。」
ドラコスを連れ立って中央広場へ向かった。
感想やご指摘を頂けると励みになりますので、是非お声を聞かせてください。
また、諸事情により今後の更新に遅れが出るかもしれません、ご容赦ください。




