01 出会い
「クレモール=イステア、アルバート=ウェルネス、両名をインペリアルナイトに叙任します。」
女王陛下の言葉と共に、勲章を手にした臣下が俺達の前に動き始めた。
「クレモール=イステア、これを。」
「はっ!」
「アルバート=ウェルネス、これを。」
「はっ!」
叙勲を受け、これまでの努力を認められたと再認識し、涙が出そうだった。
「これからも王国の為、そして王室の剣として、役目を果たして下さい。」
「「はっ!仰せのままに!」」
「早速ですが、クレモール、アルバート両名に任を与えます。」
「本日二十時、後程通達する場所にて待機を。」
「「はっ、承知致しました。」」
叙勲を終え、自室に戻る途中、アルバートが話し掛けてきた。
「ついに王室専属の騎士か、とうとうここまで来たって感じだ。」
「あぁ、俺達も少しはバーナード様に近づけたのだろうか...。」
「何を言ってるんだ、これからだろう。ようやくお前の念願叶って陛下の傍で御守りすることができるんだ。」
「ああそうだ、そうだな。気を緩めている暇はない、どうだ?任務まで時間がある、模擬戦でもしないか?」
「勘弁してくれ、緊張したせいで体が強張ってるんだ、俺は時間まで休ませてもらうよ。」
「わかった、では二十時に。」
「ああ、じゃあな。」
アルバートは男爵家の一人息子で、平民出の俺に対し当初あまり良い感情は持っていなかった。
一緒に任務を果たす内に、家の事情や目標などを語り、意気投合していった。
「あれからもう十年になるのか...。」
俺がまだ成人もしていない時、住んでいた村が野盗に襲われ、両親を失った。
逃げ伸びた村人は皆、困窮した生活に直面し、定住できる地を求め、散り散りになっていった。
どの村人も一人養うことすら困難な状況に俺を見捨てる他なかった。
悔しかった...両親を殺した野盗達が憎かった...力があればと自分を責めた。
村のみんなを憎む気持ちがなかったと言えば嘘になるが、それ以上にどう生きればいいのか不安の方が勝った。
俺は当てにできる場所も人もなく、家族を失った悲しみに生きる気力を無くし、野盗に殺されて家族のもとに逝こうと考えた。
が、どうせ殺されるならと、一矢報いたい気持ちから...。
「一人だけでも殺してやる!」
そう口にしていた。
逃げている途中の道に、殺された村人の死体が転がっている。
親しくしてくれていた農家のおじさんも殺されていた。
おじさんの家族が周りに見当たらない、きっとおじさんが守って逃げることが出来たんだ。
「おじさん、家族守れたんだね、よかったね...。」
俺はおじさんの近くに落ちていた鍬を拾い、決意した。
「絶対に全員殺してやる、父さん母さん、おじさん達の仇を討ってやる!」
ただの非力な子供に相応しくない感情を抱え、村へ走った。
俺は村の入口にある木に鍬を置いたまま攀じ登り、隠れて様子を伺った。
「シケた村だ、金目のもんが何もありゃしねぇ。」
「くそっ、村の人間もだいぶ逃しちまったしな。」
まだ野盗達は村への略奪行為を終えていなかった。
「爺と婆は殺せ、若ぇやつは奴隷商に持って行くからもう殺すんじゃねーぞ!」
「へい!かしらぁ!」
「あと若い女を見つけたら、まず俺に差し出せ!わかったな!」
「へい!」
(えっ?まだ逃げ延びてない人がいたのか!)
見渡す限り頭目と思われる人間を含めて野盗の数は八人。
全員、俺の倍は体躯がありそうだ。
でも、生きている人がいるなら助けないと...!
俺は木から降り、意を決して叫んだ。
「おまえらの相手は俺だ!俺が全員殺してやる!!」
野盗達が一斉にこちらを向いた。
「ほぉー、いるじゃねぇか生き残りのガキが!」
「なんだぁ?農具なんか持って俺たちの相手すんのかぁ?ハハハッ!」
(ビビるな俺、殺されることを覚悟でここまで来たんじゃないか...!)
「この村にもう生き残りはいないぞ!みんな逃げ伸びたからな!」
...ハッタリだ、これで注意を引けばもしかしたら村から出ていくかもしれない。
「じゃあ、てめぇを捕まえて逃げた野郎たちの場所を教えてもらおうか!」
かかった!全員が俺に向かって来てる、出来るだけ村から引き離してやる。
(お願いだから、今のうちにみんな逃げてくれ!)
一分ほど走っただろうか、森に入り身を潜めていると野盗達の声が聞こえてきた。
「あいつどこ隠れやがった!!」
「か、かしら!」
「見つけたか!」
「いや、身なりの良いやつらがこっちに向かって来てます!」
「なにぃ!?」
身なりの良い人だって!?ダメだ!またこいつらの食い物にされてしまう!
「でぇぇぇぇぇーーい!」
俺は持っていた鍬を野盗の一人に振り下ろした。
「ぐぎゃああーーー!!」」
鍬はあっけなく野盗の頭に突き刺さり、その感触に恐れ、鍬を引き抜く力が出なかった。
「あっ..ああっ...。」
人を殺してしまった感触がこんなにも恐ろしいと思わず、足が竦み、声も出せなかった。
「てっ、てめぇ!!」
頭目は俺に気付くと、すぐさま俺の髪を引っ張り茂みに隠れる。
「やってくれたなてめぇ、いいか、おとなしくしてろよ?...おい、お前行って来い。」
頭目が部下であろう男に目配せをし、指示を出す。
「えっ!俺っすか!?」
「いいから行け!殺されてぇのか!」
「へ、へい...。」
男は俺達の目の届く範囲で森の外まで移動し、馬に乗った男を迎えていた。
「少し聞きたい、この付近の村の者か?」
「へ、へい。騎士様がどうしてこんな所に?」
「村が襲われたと聞いてな、我が主の命により調査に参った。」
え?騎士様?こんなに早く?
「うぅーーっ」
「おい、黙ってろ!」
「ぐっ!」
腹を殴られ、より強く頭を掴まれた。
「ここに来るまでにいくつか死体があった、おそらくはその村の者だろう...お前は逃げ延びた村の者か?」
「へ、へい。助かりやした、もう死ぬかと思いやした。」
「そうか、ならば死ね。」
「えっ?」
フォンッと風切り音がここまで聞こえたと思えば、男の体は二つに裂けていた。
「野盗の頭目に告ぐ、私はアレクダール王国騎士団長バーナード=タリスマン。」
「き、騎士団長だと~」
さすがに予想外だったのか、体が震えている。
「ここまでに見てきた村人たちの遺体とお前たちの様相とで容易に判断できる。既に四人は拘束し、今しがた二人目を殺めた。逃げ延びた村人の報告と捕虜の証言を受けるに頭目とその部下一名と判断する。拘束か死か、判断を。」
口上を述べた騎士様はそのまま、微動だにしない。
「く、くそぅ。こい!」
「いたっ」
俺は髪を引っ張られたまま頭目に連れられ、騎士様の前へ向かった。
「動くなよ!こいつの命が欲しけりゃな!へへっ。」
「痛いっ。」
「...。」
騎士様は無言で俺の顔を見ている。
「しかしよぉ騎士様、あいつ殺してよかったのか?俺はあんなやつ知らねぇぜ?村の人間を殺しちまったんじゃねぇのか?」
「もう一度言おう、村人とお前たちとで明らかに様相が違う、それで判断したまでだ。」
「あぁ!?服装も何もあんま変わんねぇだろうが!」
「村人達はナイフや小刀等の装備はなく農具しか持たなかった。お前たちはみな帯刀しているだろう?」
「ぐっ!」
騎士様は冷静に、そして溜め息交じりに答え、まるで挑発しているようだ。
「て、てめぇこのガキがどう...」
ブォンッ
激しい風切り音がすぐ側で鳴った。
ドサッ
頭目の体が力なく崩れ落ち、俺の掴まれていた頭も自由になったが、足に力が入らないのは変わらないようだった。
「頑張ったな少年、怖い思いをさせてすまなかった。」
「あ、ありがとうございます。」
「確認だが、後方に見えている農具の刺さった死体、あれが残りの野盗で間違いないだろうか?」
「は、はい!そうです!」
「そうか...。よくやったな少年、今はまだ慣れない衝動に慄いているかもしれない、だが勇気あるその行動は必ず君の道筋を作ってくれるだろう。」
「あっ。」
騎士様に頭を撫でられ、その瞬間一気に緊張が緩んだのか涙が溢れた。
騎士様は俺が殺したのだと、分かってくれたんだ。
「私はバーナードと言う、少年よ名を聞かせてもらえるか?」
「はい...グスッ...クレモールと言います!」
「良い名だ、村は壊滅状態だと聞く、家族は逃げ延びたか?当てはあるか?」
「い、いえ。両親は俺を逃がすときに殺されました。」
「そうか...。クレモール、少々私に付き合ってもらえるか?」
そう言うとバーナード様は俺の手を引き、馬を牽きながら森を後にした。
森を出て暫く歩くと、馬車や兵士の姿が見える。
「団長、ご苦労様です。」
バーナード様に兵士が敬礼をしている。
「ああ、みなもご苦労。陛下は?」
「はっ、こちらに。」
馬車の方に案内され、俺も一緒に連れていかれた。
馬車の前で足を止めたバーナード様に待っているよう促された。
「陛下、バーナード=タリスマン、戻りました。」
「ご苦労でしたバーナード、報告を下さい。」
「はっ!」
バーナード様は村の状況、野盗の処理諸々を報告し、最後に俺の方に目を向け、改めて陛下と呼んだ綺麗な女性に向かって言った。
「陛下、この少年はクレモールと言います。私が野盗を捕らえるに当たり協力してくれた村の少年です。」
えっ?協力?
「私が野盗の頭目と対峙をする際、クレモールは既に野盗一人を農具にて討ち取っておりました。村の被害が甚大であり、今回の被害でクレモールは家族を失っております。」
バーナード様は何を...。
「そこで、クレモールを我が騎士団に迎えたいと考えております。どうかご検討をお願い致します。」
えぇーーーっ!
「クレモールと言いましたね。」
「は、はい!」
「あなたは野盗を一人討ち取ったのですね?どのような気持ちでしたか?」
「...怖かったです。両親や村のみんなの仇と思って、覚悟はしましたが...怖かったです。」
「...わかりました。バーナード、許可します。」
「はっ!ありがとうございます。」
これが十年前、俺と女王陛下エスリーヌ様との出会いだった。
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