第91話 咆哮、紅月の戦鬼
〜前回までのあらすじ〜
『真血解放』へと至ったサナにより、朝の気配が近付いていた世界に、再び夜が訪れる。
『解放者』であるサナの血を飲んだセンヤの魔力は、数倍に跳ね上がり、ダメ押しにリリーから渡された魔力が大量に込められた道具『魔丸』を握り潰し、その全ての魔力を吸収したセンヤは、溜め込んでいた怒りをトリガーに、爆発させた。
羅刹の如きその姿は、正に『紅月の戦鬼』と呼ばれるに相応しい姿となっていた。
『ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!』
過剰なまでに吸収した魔力は、センヤの溜め込んでいた怒りをトリガーに爆発した。
炎を思わせる紅蓮の嵐と化した、異常な魔力を至近距離で当てられたカルマの強化パーツ、ノワルの絢爛防具がボロボロと焼け落ちていく。
和洋折衷の鎧は禍々しく尖り、黒い焔が鎧のあちこちから噴出している。
羅刹のような姿は、正にセンヤ自身の怒りを体現しているかのようであった。
大陸中に響き渡る咆哮は大地を揺らし、そこに存在する生命を腹の奥から、その魂ごと身体を激しく振動させた。
サナはこの先に起こる未来を視たのか、センヤの後方へと下がり、その結末を見届ける事を決めたようであった。
「ま……まだだッ!!まだ完全に夜にはなってはいないッッ!!『雷響終式ィッ!!紫電暴雷刃』ァァァッッッ!!!!!」
「貴様が死ねば安心安全ンンッッ!!!『最終煌!!貴様に最期の光あれ』!!!!!」
サナの真血解放は、その能力故に昼間でも一瞬だけ解放状態へと至る事が出来る。
だが、センヤは一旦解放状態が解けている為に、今この瞬間が、カルマとノワルにとって最も強い威力を誇る技を繰り出す最後のチャンスだった。
しかし────
「『真血……解放』……!!」
――――――ガッ……!!!
「グゥッッッッ……!!!!」
「何ィッ!!!!???」
センヤは真血解放と同時に『終告げる紅薔薇』を地面へと突き立て、カルマの『雷響』、ノワルの『絢爛大剣』を、それぞれ片手で、握力のみで握り止めた。
その手は普段の数倍は大きくなっており、鋭利に尖った爪は受け止めた刀身にヒビを走らせる。
最早鎧と身体は半融合しており、体躯も更に大きくなり、その見た目は吸血鬼というよりは、魔人の域に達していた。
(ら、『雷響』が抜けん………ッ!!しかも……なんだこれは………なんだッ!?俺の前に在るのは……ッッッ!!!!)
(ヌゥゥゥゥッッ!!!不味い………!!そ、底が見えんッ!!呑み込まれるッッッ!!!!!!???)
それは驚くべき程の力で掴まれており、2人が持てる力の全てを込めても、ピクリとも動く気配が無かった。
目の前の『紅鬼』に掴まれているのは自身の刃か、それとも命か。
理解の追いつかない2人に対し、兜越に燃えるセンヤの紅蓮の瞳が、彼らを見据えた。
「俺の望みはこの世界の理に反するだろうがなぁッッ!!!子供が夢も見れずに使い潰されて死ぬような世界なんて俺は認めねぇ……!!!!」
ミシッッ………
「この国は虐げられし人々が1人の人間として、笑顔で希望に満ちた明日を、己の選んだ可能性の未来を迎える事が出来る為に在る………!!」
ビキッッ……!!!
「何人足りとも邪魔する事は許されねェ………!!!!!失せやがれェッッッッッッッ!!!!!」
――――――バギィッ!!!
圧倒的な力で掴まれていた両者の剣は、センヤによって握り折られ、完全に剣としての機能を失ってしまった。
しかし剣が折れようとも、彼らの心はまだ折れてはいなかった。
「グゥゥゥゥゥッッッッ!!!俺にィイイッッッッッ!!!敗北はッッ!!!!許されんのだァァァッッッ!!!デュラハルドォォォォォォォォォォォォォッッッッッッッッ!!!!!!」
「我が絢爛たる煌めきは闇を打ち払いッッッ!!!正義の刃となり貴様の首を刎ねるだろうッッッ!!!吸血鬼よ!!!最早!!貴様の蘇るべき世界ではなぁぁぁぁぁいッッッ!!!!」
圧倒的な『圧』がその身に降り掛かるが、それでもカルマは自身の力を証明する為に予備の『雷響』を抜き、ノワルも『絢爛大剣』を再構築し、センヤを殺すべく斬り掛かる。
「食い尽くせ『終告げる紅薔薇』!!!『未だ満ちぬ月の慟哭』ッッッ!!!!!!」
瞬時に『終告げる紅薔薇』を地面から抜き取り、赤黒い炎を纏った刀身は三日月を描く様に2人の身体を斬り裂いた。
ドッッッッッッ!!!…………ゴオォォッッッッッッッッッ!!!!!!!!
「ガッッ!!!………────……ハァッ……ッッ――――――!!!」
一瞬の静寂の後、刃の衝撃は腹を中心に全身へと激しく叩き付けられた。
普段、魔力のみを吸収する場合はセンヤは加減をし、身体に刃の衝撃や斬撃は与えずに、その魔力だけを吸い尽くす。
だが今回は、斬撃は与えなかったものの、その際に生じる衝撃を抑えようとはしなかった。
それ程迄に、カルマとノワルは彼の逆鱗に触れてしまったのだった。
かなりの重量を誇る2人だったが、その体をいとも容易く宙に浮かせ、彼方へと激しく斬り飛ばされた。
ジッ……ジジジッ………
カルマの視界が大量のエラーに埋め尽くされる。
今度のエラーは不具合のエラーではない、正真正銘、戦う事を止めさせる為の物である。
身体の内外の機能が徐々に停止を始めた。
魂はまだ闘えると吼えるが、身体がこれ以上の戦闘続行は不可能であると判断した。
全機能が強制的に停止状態へと追いやられ、今にも途切れそうな意識の中、カルマは1つ、学びを得た。
何かを護り、未来へと繋げる為に振るう剣だと……?……クク……甘さで反吐が出そうだ!
俺はこの先も、この命が尽きるまで俺自身の力を信じるだろう、其れが俺の生きる意味であり、存在している理由だからだ。
クク……ハハハハハハ……!!…だが、そうだな……
そのような力もあるのだろうな……
この男なら、或いは………
倒された帝金機械兵の残骸へと激しく衝突し、吹き飛ばされたカルマはそこで停止した。
カルマの意識は生命をギリギリで保つ予備バッテリーを起動させたまま、ブツリと途切れた。
*
「なんてッッ……強さだァーーーー!!!!イカン!!イカンぞォッ!!!奴は予想外だァーーーーッ!!!!」
辛うじてまだ意識を保っているノワルは、吹き飛ばされている最中も1人、誰かに伝えるわけでも無く、叫び続けていた。
しかしそれでも、彼には既に武器や防具を生成する体力、魔力は残されていなかった。
「報告せねば!今!!奴が気付けば!!望みは終わる!!終わる前に!!終わるのだァーーー!!!!」
この戦場において、ノワルの言葉の真の意味を理解しているのは、今叫んでいる魔将の彼のみである。
その真意が明かされるのは、まだ暫く先の事であった。
ズゥゥゥゥゥンッッ………!!!!!!!!!
ノワルは大岩に直撃し、それを砕きつつようやく止まる事が出来た。
タフなノワルですら体力、魔力が完全に底を尽き、彼もまた意識を失った。
2人の将が倒されても尚、人々、魔人と機械兵は止まる事を知らなかった。
これ以上無駄な血が流れる事を望まぬセンヤは、地面を蹴り、漆黒の翼を大きく広げ、跳躍した。
そして彼は、満月を背に告げる。
「この戦場に立つ全ての者へと告げる。この戦いは俺が終焉へと導く」
『終告げる紅薔薇』を天高く掲げ、彼にのみ許されし、全ての魔法を管理する神ですら知らぬ、新たなる魔法の詠唱を開始した。
「我はこの時を以て神域へと至る……!」
「其れは全てを照らす終焉の光、死の淵から黎明を告げる無明なる闇!!」
「其れは狂気、其れは幽冥、其れは畏れ、即ち、何者も阻む事を許されぬ絶対の選択であり、我が強靭なる意思に他ならぬ!!」
「深淵から昇りし静寂なる紅月よ、未だ満ちる事を知らぬ慟哭の月よ、今、此処に満つる時は来たれり!!」
「恐れを知らぬ愚者の葬列を以て新たなる朔望が始まらん。照らされし狂気にその身を捧げよ!」
「均衡を司るは白に在らず、黒に在らず、血よりも紅き者である!我が紅き力を捧げよう、更なる強大な力を行使せよ!」
「昇れ!!始まりを告げる終焉の月よ!!『紅魔法』終焉の絶章『天を見上げよ、真紅の月が見えるか』!!!!!!!!」
地へと向かって振り下ろされた『終告げる紅薔薇』が煌めくと、センヤの背後に昇る紅き月が、より一層の輝きを放ち始めた。
人や魔人は元より、感情無き機械兵ですら、妖しく光を放つ月を呆然と見上げていた。
<魔力不足です。繰り返します。魔力不足……>
ガシャッ………
変化は直ぐに訪れた。
立ち尽くす機械兵達が、次々とエラーメッセージを発すると、力無く地へと崩れ始めたのである。
心を喰らい尽くされたのは、機械兵のみに限らなかった。
「ち……力、が………!?」
リザードマン、マッスルゴブリン、ラミアの魔人達が、機械兵と同じく一斉に倒れ始めたのである。
体力自慢のマッスルゴブリン達は身体を動かそうとするも、小指1本動かす事が精一杯であった。
それは魔将達も例外でなく、レザールやムスコロも膝を突き、荒い息を立てていた。
「う……美しくも……なんという禍々しさか………これが、吸血鬼の王の力だというのか……!!!」
手負いのテンガイを背負い、センヤの元へと向かっていたロッシュは、白みかけていた空が、再び夜へと包まれる現象を目の当たりにし、呆然と立ち尽くしていた。
そして、紅く光る月に、吸血鬼の王を見た。
心を丸呑みにされそうな美しさを感じると同時に、人知の及ばぬ底知れぬ恐ろしさを感じたロッシュは、数十年、何かを恐れる事の無かった身体をぶるりと震わせた。
センヤの意思の力である『天を見上げよ、真紅の月が見えるか』は、彼に敵対する者のみの体力、魔力を、瀕死になるまで貪欲に喰らい尽くした。
吸い尽くした魔力は死者の身体へと与えられ、一度は失われた命を再びこの世界へと呼び戻し始めた。
やがて、敵対する全ての勢力が地に伏すと、紅い月は沈み、静かに空が再び白み始めた。
それと同時にセンヤとサナの解放状態は解かれ、夜は完全に終わりを告げた。
人智を超えた現象に人々がどよめく中、破壊されたカルマの機体へと近寄る黒い影が、音も無く、どこからともなく現れた。
「ソイツに何してんの。アンタ」
『おっと、見つかってしまったか』
地中深くに潜り、体力、魔力吸収の難を逃れたキリサメが、そこにはいた。
アンビシャスを憎むメロは、カルマからカンナを含む、捕らわれた転生者についての情報を聞き出そうとしていたが、既に彼に意識は無く、諦めて他のアンビシャス兵を探しに行く矢先であった。
しかし、背後に気配を感じ振り向くと、そこには見慣れぬ男がおり、カルマの状態を調べていた。
キリサメは倒されたカルマを回収すべく現れたのだが、メロはキリサメの防具の一部にアンビシャスの紋章を見付け、敵対心を露わにした。
「アンタ、『アンビシャス』でしょ。転生者……カンナの事を教えて。じゃなきゃ今殺す」
自身に向けられし剥き出しの殺意に、キリサメは嬉しそうに機械で出来た顎を掻くと、少し考えた末にメロへと情報を与える事にした。
『うんむ……まぁ、勝者への褒美という奴だな。お主の云う『カンナ』は、恐らく女王のお気に入りだ。性別種族関係無く、女王は強く美しき者を好む』
カンナがまだ生きている事実を聞いたメロは胸を撫で下ろしたが、それはそれである。
その気になれば、自分が今まで出した事のある蹴りの中で、最高速度の黄泉脚をキリサメへ繰り出す準備は出来ていた。
キリサメも他者の本気の殺意を無下にする事はせず、その気になればいつでも刃を抜ける様にしていた。
『ではもう1つ。1ヶ月後、国の代表者同士での意見交換会……『国家間定例協議会』がある。……なぁに、その後、直ぐに拙者らとお主達は相見えるだろう。我々が交わすのは言の葉では無い。己が力よ。それが答えだ』
「そう。じゃあせいぜい待っといて。アンタ達は潰すから。絶対」
メロはキリサメへと親指を下に向ける。
キリサメはニヤリと笑うと、自身とカルマの周囲に黒い霧を発生させ、あっという間に姿を消した。
残されたメロは歯をギリリと鳴らすと、黄泉脚で地面を思い切り蹴りつけた。
倒された同胞を回収しに来たのは、キリサメだけでは無かった。
周囲の空気が乾燥する気配がし、センヤが背後を振り向くと、そこには魔将・アスワードが欠伸をしながら立っていた。
「いやー、ユイガに何回か聞かれるまですっかり忘れてたぜ。悪いな、こっちもノワルを失うのは痛手なんだ。ま、根は良い奴だから許してくれよ。じゃーな」
アスワードはどこまでも自分勝手な事を抜かすと、何かを言う暇も与えずに、ノワルを含めた倒れている魔人達の周囲に渦巻く爆炎を発生させ、彼らを回収し消えた。
役目を終えた事を理解したカテドラルの魔骨兵達は、ガラガラと崩れ落ち始める。
後に残されたのは大量の機械兵の残骸であり、デュラハルド大陸の人間は、暫くは鉄の素材に困る事は無さそうであった。
センヤはサナの方を向くと、彼女は駆け寄ってきたカテドラルから『真血解放』についての説明をされているようであった。
周囲を見渡すと、仲間たちと肩を組み合う者、大の字で地面へ寝転がる者、蘇った者に状況の説明をする者等、様々であった。
センヤは感謝の言葉を伝えるべく、彼らに向かって大声で叫ぶ。
「……皆、突然こんな事に付き合わせてしまって申し訳なかった。この状況で手を貸してくれた事を感謝する。ありがとう!そして……」
「この戦いは、俺達の勝利だ!!!!!」
昇り始める太陽に照らされ、センヤが天高く『終告げる紅薔薇』を掲げると、城護や、疲れた笑みを浮かべる男達も、歓喜の叫びと共に拳や武器を空高く掲げるのであった。
大いなる一歩を踏み出した王、自身の可能性を見出した少女、再戦を誓う頭領、そして、奪われた友を奪い返す決意を更に固くした兎……。
此度の戦いは、それぞれ違えど、各々の心に新たなる灯を灯した。
前代未聞である『アンビシャス』が敗北したという情報、そして、カルマとノワルの2人を戦闘不能に追い込んだ『紅月の戦鬼』の存在は、光の速さで世界中へと広がった。
3月頃から続いていた戦いが終わりました。
数話、その後の話を挟んだ後に、物語の舞台はデュラハルド大陸から、リズアニア大陸へと移ります。
センヤ達もちょくちょく現れますが、ソルシエラとエトワールがメインとなります。
静かなる月が照らす夜の支配者である吸血鬼、センヤ。
昇る太陽は希望の象徴である勇者、ソルシエラ。
幾万の星々と同じヒトを導く人間、エトワール。
登場人物の全てが、彼ら自身の人生の主人公です。
その中で、とても重要な役割を果たす者が、上記の3名であり、もう1人存在します。




