第83話 荒城の大城護
〜前回までのあらすじ〜
ウェンゲージの身体を乗っ取って暴走を始めたのは、彼女の双子の妹・マリッジであった。
彼女は自身の気の向くまま、吹っ切れた情緒と共に圧倒的な力を振るい、敵を葬る。
場面は変わり、吸血鬼の王城……の地下。
そこには『城護』を統括する『大城護』と、石像化したマリッジの本体が存在していた……
〜吸血鬼の荒城、地下〜
城の真下にある地下は、城と同規模の広さを持つ。
熟成されている酒や、吸血鬼の一族のみが身に付けていた、歴史的価値のある装飾品、財宝など、城内に仕舞いきれなかった物の殆どが地下へと置かれている。
地下の入口は、後述の彼女の為に物理的、魔法的に隠蔽されており、センヤの脳内での通信すら行えない程に、厳重に扱われていた。
地下といえども換気は十分であり、広間や余っている倉庫など、内装もあまり上と変わらない。
しかし長い時が過ぎた事により、城と地下を繋げる入口が劣化し、それらはかなり崩落しており、入口内部周辺は魔法の使用も不可能な為に、手作業で片付けを行う必要があった。
そして、崩落した入口の先にある大広間、そこにはカテドラルよりは少し大きい少女が、大広間の中央に座っていた。
少女の身体には、身体の臓器が存在する部分に赤い紋章が浮かび上がっており、それらは線で繋がれていた。
「むっ。最近あやつらが良く魔力を持っていくが、今日はやけに消費が多いのう。まぁどんだけ持っていこうと余裕のよっちゃんじゃが。のう。マリッジよ」
爺口調の少女は隣に置いてあるグリフォンの石像をチラリと見る。
しかし石像はうんともすんとも言わず、大きく見開いた瞳の色が緑色へと変わっていた。
それに気付いた少女は慌てて石像の頬をベチベチと叩き始めた。
「げっ!?またこやつ!ウェンゲージの所に行っとるな!!阿呆っ!戻れ!戻れ!戻れ!」
「ウェディングちゃん!痛い痛い!」
「あっ、ウェンゲージの方じゃったか。いやまぁそうじゃよな。マリッジがあっちじゃこっちはウェンゲージよな。すまぬ」
城護が石像状態にある時、世界規模の干渉でなければ触れる事すら叶わないのだが、彼女は特別である。
彼女の名はウェディング。
『大城護』と呼ばれる存在で、全ての城護を統括する者である。
彼女は城護という立場にありながら、魔物ではなく、吸血鬼ですらない。
『城』そのものの具現化、つまり守り神のような存在であった。
しかしその戦闘力は、肉弾戦ならスライム1匹にすら劣る。
彼女が圧倒的なのは『異常なまでの魔力貯蔵量』である。
肉弾戦ならばスライム1匹にすら劣ると言ったが、戦い方が別なら魔人筆頭ですら、彼女は数秒で殺す事が出来る。
貯め込んだ魔力を相手の魔力貯蔵器官に当て続け、相手の貯蔵限界量を超える程の魔力を与える事によって、圧に耐えきれなくなった臓器を機能不全に陥らせる事が出来る。
この圧倒的な魔力を、城護へと供給する事によって、他の城護はほぼ無尽蔵とも言える魔力を持って護法を使用する事が出来る。
「マリッジちゃん、外に出れないから……」
「にしてもあ奴を外に出すのは危険すぎる。王の近くにおらんと秒でトチ狂ってしまう。いや、元から狂っとるし正気に戻るのが正解じゃな」
ウェンゲージの双子の妹、マリッジ。
彼女の気が触れているのには、とある理由があった。
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時は遥か昔。
グリフォン族が代々護っている『神璽宙天黒曜玉』という宝玉が存在した。
それは、見た者の心を一瞬で奪う程、気が触れる美しさを持つと言われている。
好奇心旺盛だった幼いマリッジは、それを見てしまった。
それ以来、彼女の心は宝石に囚われてしまい、子供の力とは思えない力を振るい、無差別に何もかもを攻撃するようになってしまった。
何とか力自慢のマッスルゴブリン族やオーク族の助力もあり、彼女を強力な鎖で押さえつける事は出来たが、根本的な解決にはならなかった。
困り果てたグリフォン族の魔人筆頭は、ここから別の大陸に住む吸血鬼達なら何か知恵を貸してくれると思い、助けを求めた。
それを風の噂で聞いていた当時のデュラハルド家当主は快諾し、どんなものかとグリフォン族の村へと出向いた。
グリフォン族の魔人筆頭の案内で、村の離れにある洞窟へと連れていかれた彼が見たのは、まだ幼い少女が四肢を鎖に繋がれ、与えられた食事すら満足に食べる事が出来ず、やせ細ったままにうわ言を口にしている痛々しい姿だった。
その傍らに寄り添う、彼女の身の回りの世話をしている同じ歳くらいの少女は、入口の当主に気が付くと、走って彼の元へとやって来た。
「きゅ、吸血鬼の王様ですか!!お願いします!マリッジちゃんを助けてください!!」
「……君は?」
「私はマリッジちゃんの姉のウェンゲージです!!私があの時、もっと強くマリッジちゃんを引き留めていたら………」
必死な表情で、幼いウェンゲージは当主を見上げていた。
確かに、鎖に繋がれたマリッジという少女と、ウェンゲージはかなり似ていた。
決定的な違いは、マリッジがターコイズブルー、ウェンゲージがエメラルドの瞳と髪を持つ事だった。
「君たちの両親はどうした?」
「お父さんもお母さんも、病気で亡くなっちゃって……」
彼女達の両親は既に亡くなっており、村に住む他のグリフォン族の魔人たちから援助を受けつつ、両親の遺した財で過ごしているらしい。
確かに、働くにしても彼女たちはあまりにも幼すぎる。
グリフォン族の仕事は運び屋、宝石商など、子供には到底難しい仕事だった。
「…………そうか…………では、2人で住み慣れた地を離れ、我が城に住み込みで働いてもらう事になる。彼女の『呪い』はあまりにも強過ぎる……我自身を杭とし、彼女を正気に戻す事は出来る。しかしそれは、彼女が我から離れすぎては効果が無くなってしまうのだ」
「なんでもします!マリッジちゃんがまた戻ってくれるなら!!」
ウェンゲージは彼の服を掴むと、小さな肩を震わせながら、妹の為ならなんでもすると、涙ながらにその決意を口にした。
「君の決心、デュラハルド家現当主、このパラノマリアがしかと聞き届けた」
幼い覚悟を受け止めた彼は、ウェンゲージの頭を撫でつつ、鎖に繋がれたマリッジの元へと向かった。
「う……ぁあ…………あ………」
食事もままならない彼女は、喋る気力も無いのか、目の前のパラノマリアを見ても、獣のようなうわ言を口にするだけだった。
彼はマリッジの頭へ右手をかざすと、その『呪い』を調べ始めた。
(やはり、彼女に巣食う『呪い』を全てを引き剥がすには元凶たる宝玉を何とかせねばなるまい………だが、この『呪い』そして『宝玉』は常世のモノではない………それこそ、世界規模の干渉を与えるモノ……『神の領分』に分類されるレベルだ…………)
「……だがしかし、やりようはある。我が『真血解放』能力と引き換えに、我自身を『杭』とし、新たなる『呪い』を付随しよう」
かざした手からは紅い魔力が流れ始め、昼間であるというのに、彼は数分の間、『真血解放』状態と同じ様に、髪が伸びて、黒髪から白と紅のグラデーションへと色も変化した。
やがて、マリッジへと新たなる『呪い』を掛けたパラノマリアは、頭髪が元に戻り、『真血解放』能力を失った。
彼は己の『真血解放』能力と引き換えに、マリッジへと『デュラハルド当主が近くに存在する時のみ、正気に戻る』という呪いを掛けた。
当然、そんな事をするには、彼も呪いの一部を自身の血に刻み込まなければならず、身体にはかなりの負担が掛かっていた。
「あ……ぅ………お、お……ね、え……ちゃん………?」
「マ……マリッジちゃん!!」
ウェンゲージはマリッジの元へと駆け寄ると、正気に戻った妹を固く抱きしめ、大声で泣き出した。
パラノマリアは魔力を固めた即席の剣で、マリッジの四肢を繋いでいた鎖を断ち切った。
「封王石の鎖を容易く………いえ、今はそれよりも、貴方様に感謝をしなければなりません………!!なんとお礼を言ったら良いか……!!!ご満足いただけるかは分かりませんが、お礼の品は……!!」
グリフォン族の魔人筆頭も安堵の息をつきながら、感謝してもしきれないパラノマリアへと深々と頭を下げた。
しかし彼は、礼の品を受け取るつもりは無かった。
「……いや、これは根本的な解決にはなっていない。全てを解決するには貴方達が護る『神璽宙天黒曜玉』自体をなんとかしなければならない。しかし、それは不可能だと断言する。あくまで、我が近くにいる時のみ正気に戻るという、どれだけ続くか分からない応急処置のようなものだ」
そう言うと、彼は姉妹の方を振り向き、そのまま筆頭へと言葉を続けた。
「彼女たちは我が城の使用人として働いてもらう。勿論、ある程度成長したら、だ。それまでは我らが万全の注意を払い、安定した生活と教育を受けさせよう。月に一度程度、我が同伴してこちらへと顔を見せに戻ってくる。これが対価だ」
「……! 私はこの最大限の感謝を伝える言葉を持ち合わせてはいません……!!デュラハルド一族に更なる発展と繁栄のあらん事を!!」
こうして、ウェンゲージとマリッジの双子の姉妹は、グァンダレラ大陸の故郷の村を離れ、デュラハルド大陸にある、吸血鬼の王城へと住む事となったのであった。
2人はある程度成長すると、大恩に報いるべく『城護』へと志願し、デュラハルド家を守る事を誓った。
そして長い時が過ぎ、ソルシエラとの戦いの際、距離が離れ味方にまで被害が及ぶ事を危惧したヴァスターリアがウェディングに頼み、地下へとマリッジを移動させたのであった。
まさかウェディングとマリッジも他の城護が倒され、主であるヴァスターリアも封印され、そこから1000年間も待つ事になるとは思いにもよらなかっただろう。
ウェディングは城護達が倒され石像化し、ヴァスターリアが封印された後、ソルシエラ自身も深手を負っていた為に撤退したのを確認すると、急いで城へと自身が持てる力で最大級の結界を張り、地下から出張り、ソルシエラの絶章級呪文『拒絶せし幽世の霊柩』へと封印されたヴァスターリアの棺を回収、そして王の間へと納め、彼女自身も結界を維持する作業へと戻った。
その後、デュラハルド大陸中の魔力がヴァスターリアによって吸収されるのだが、それにより魔力が城へと集中し、そのお陰もあって1000年も安定して結界を張る事が出来たのであった。
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「前回はすぐ戻ったが今回はマリッジが満足するまで戻れんじゃろ。暫く上の事を聞かせい。今の今まで何があった?」
ウェディングは、ヴァスターリアが復活したのは気配で軽くは理解していたが、彼が今の今まで何をしていたかを知る術は無かった。
結界を維持する為には、地下の大広間の中でしか活動できなかった為に、ヴァスターリアがセンヤとして復活する迄、ずっと広間で結界を張り続けていたのだった。
その後、復活を確認した彼女は結界を張るのを止め、入口へと歩き出したのだが、そこにあったのはボロボロに崩れた入口であった。
「ふふ、色々あったんですよ?」
ウェンゲージは、石像状態のまま、今まで何があったのかをウェディングへと話し始めた。
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―――
「……フフ。たとえ世代が変わっても、別の世界で育とうとも、それが独善であれ最後には皆を救うのは変わらんのう……誰かの為に動く………それがデュラハルドの吸血鬼というものか……」
目を閉じたウェディングの脳裏には、自身が最初から最期までを見届けた歴代の当主達の姿が浮かんでいた。
「私も、マリッジちゃんへの大恩もありますけど、ここに来て本当に良かったと心から思います!」
全く動かぬグリフォンの石像から、ウェンゲージの声だけが聞こえてくるのはとてもシュールな光景であった。
しかしウェディングは1000年ぶりに面白い話を聞けた、また吸血鬼の時代が始まるのだろうと、とても満足していた。
それはそれとして、ウェンゲージの身体とバトンタッチしたマリッジは、思うがままに城護の災害のような、圧倒的な暴力を敵へと容赦無くぶつけるのであった。
今度からこっちに色々書きますん。
パラノマリアはヴァスターリアよりも数世代程前のデュラハルド家当主です。
ダウナーですが義理人情に厚い彼の真血解放能力は時間停止能力でした。
彼は天才肌タイプで、生まれながらにして真血解放能力を使用出来る吸血鬼です。
争いを好まない彼は、時間停止能力を戦いに使う事はなく、日常生活でも特に使いませんでした。
ウェンゲージとマリッジの事を、パラノマリアは実の娘の様に愛し、度々別の大陸へと旅行に出掛けていました。




