第8話 三ツ星シェフ・千夜
「わぁー!」
「すごい!!」
大きなテーブルの上には、美味しそうな匂いを部屋全体に充満させながら、肉料理から魚料理まで所狭しと並んでいた。
子供たちは目を輝かせながら、今か今かと夕食の時を待っていた。
「フッ…少し気合いを入れすぎたか…」
親戚の家を転々とする内、様々な家事をやらされていた千夜。
勿論その中には料理も含まれていて、千夜の料理の技術は飛躍的に上昇した。
そして爺さんの家に来て、爺さんにその『上』を仕込まれてから千夜の料理の腕は更なる高みへ到達した。
中学の頃の家庭科の授業では、簡単な味噌汁を作る授業にて、班のメンバーがやる気を出さずに遊び始めた為、仕方なく千夜一人がパパっと作り上げた。
それを飲んだ家庭科の眼鏡を掛けた、真っ白い厚化粧のおば様教師は、「チクショー!!」と膝から崩れ落ちた。
(小梅の…?)と思った当時の記憶がまだ残っている。
「あ、センヤ様すごい自信満々!」
「…これは本当にその自信に見合うほどの出来だとアタシは思う……」
「さぁ、遠慮なく食べてくれ。無くなったらおかわりも作ろう」
キリナのエプロンを無理やり着た三ツ星シェフ・センヤは、爽やかに犬歯をキラリと光らせる。
日曜大工から家事、戦闘までこなせる家庭的な王である。
「「「いただきまーす!!」」」
子供たちは我先にと、料理を取り皿に取っていく。
そしてそれらをすぐに口の中へと放り込む。
「もぐもぐ……」
「もぐもぐ……」
「もぐもぐ……」
あれだけ騒がしかった子供たちは一言も発さず、一心不乱に黙々と料理を食べている。
ごくんっ…
「「「美味しい!!!!!」」」
子供たちは満面の笑みで、センヤに心からの感想を教えてくれた。
「口に合うようで良かったよ」
「へんやはまこのおはかなのソテーふごい身がほくほくでおいひいでふよ!!」
サナも子供たちに負けず、ニコニコしながら口いっぱいに料理を食べる。
センヤとキリナは、それを満足気に見つめていた。
「キリナさんは食べないのか?」
「ん?アタシはあの子たちが食べてるのを見てるだけで幸せなんだ」
くるる……
「あっ!……ご、ごめん…」
口ではそう言うが、キリナのお腹は正直な様だ。
「…これは俺の爺さんからの教えでな」
センヤの記憶の中の爺さんが、優しい目で千夜に語りかける。
『良いか、千夜。空腹ってのは最高のスパイスだ。だがな、それと同時に敵でもあるんだ。度が過ぎた空腹はいけねぇ。だから俺はお前さんには死なない程度の空腹から腹一杯食って笑顔になって欲しいんだ。だから空腹とは良い友であれ』
材料を切る千夜の隣で、爺さんが腕組みをしながら見守る。
『今こうやってお前さんに更に料理を教えこんでるのは、他でもねぇ。目の前に腹減ってる奴が居たら、腹一杯めちゃくちゃ美味い料理を食わせてやれるようにだ。特に子供が腹減ってるのは良くねえからな。どんなに人間が嫌いでも子供には優しくしてやれ』
なんだか既に爺さんが亡くなっているかの様な回想だが、先に死んだのは千夜の方である。
「だからキリナさん、俺は今、貴方が空腹とは良い友じゃないように見えるんだ。無理は良くない。今日は目いっぱい食べてくれ」
「ふふ…じゃあアタシも頂かせてもらうよ」
「ひりなはん!ほてー!ほてー!!」
キリナの服をぐいぐいと掴むサナからの熱いプッシュもあり、キリナは魚のソテーを取る。
「いただきます」
もぐっ…
もぎゅっ…もぎゅ…
ごくん…
「……センヤさん、貴方達が、今日アタシの服屋に服を買いに来てくれた事に、心から感謝するよ。最高のお客さんだ」
「…喜んでもらえて俺も嬉しい。もし良ければたまにここへ料理の腕を披露しに来ても良いか?」
「兄ちゃん!毎日!毎日でも良い!」
「姉ちゃんの旦那さんになってよ!」
「そうそう!結婚しちゃえ!」
子供たちからは大好評らしく、早々にリピートをご所望のようだった。
料理を作る側としては、この上ない喜びである。
世界中の奴隷たちを解放した後で、彼らをレストラン・ヴァンパイアの従業員として料理を教え、就職先を作るのも良いかもしれない。
勿論、彼らは彼らの人生を歩んで欲しい、あくまで任意である。
「あ、アタシにはまだ早いって!」
キリナが髪の色と同じ様に、顔を真っ赤にしながら照れる。
センヤも自然と笑みが零れた。
「結婚は置いておいて、料理ならまた作りに来よう」
「やったー!!」
「流石だぜでっかい兄ちゃん!」
和気あいあいと食事は進み、気が付けば夜も更けていた。
「センヤさん、良ければ今夜は泊まっていかない?サナさんも寝ちゃってるし…」
サナは子供たちと一緒に寝息をたてて眠っていた。
そろそろお風呂入ろう。2日入ってないぞ。
「良いのか?こちらとしてもこの時間帯で、あの山の中を歩くのは少々辛い。怖い」
「山…?あそこには吸血鬼の廃城しか無い筈だけど…」
「あぁ、すまない。言うのを忘れていた。…よっと」
ぶぁっさっ
センヤは折りたたんでいた翼を広げる。
キリナは突如広がった翼を見て一歩後ずさる。
無理も無いだろう、吸血鬼は既に絶滅した種族である。
「げ、玄関でコート脱いだ時から気になってたんだけど…それ飾りじゃ無かったんだ…もっ、もしかしてアタシ食べられちゃう感じ?」
「あぁいや、俺が吸血鬼なのは正解だが人は食べない。血を吸うと全身に力が漲るだけで、別段それが無いと生きていけないという訳では無いんだ。あ、勿論普通の人間が噛まれたら吸血鬼にはなる」
「てっきり今日が最後の晩餐になるかと思った…」
キリナは腰が抜けたのか、へなへなと座り込んでしまった。
「驚かせるつもりは無かった。言い出すタイミングが見つからなくてな。立てるか?」
「吸血鬼ってもう歴史だけの存在だからさ…驚くよ。ごめん」
センヤはキリナに手を差し出す。
キリナも手を取りもう一度立ち上がる。
「良ければ話を聞かせてくれ。吸血鬼の一族に何があったのか。俺は何も分からないんだ」
この身体が何故封印されていたのか、センヤはそれを聞けば、少しはこの身体に、センヤの意思が芽生えたのかが、分かるかもしれないと思った。
「ん、子供たちに読み聞かせてるのを、ちゃんと説明したくらいのものでも良いなら」
「それでも構わない。聞かせてくれ」
「ここじゃ皆起こしちゃうから裁縫室で話すよ。着いてきて」
子供たちとサナを起こさない様、静かにセンヤはキリナの案内で裁縫室へと向かった。