第78話 全ての魂よ、悔いなき道を行け
霊感はございません。
しかしトイレの横に階段があるのですが、トイレから出た時にちょくちょく黒い人型の小さな影を見ます。
段差に座ってるんです。
洗濯機前にも、和室の奥にもたまにモヤを見ます。
〜国跡内・仮設救護場所〜
食料や道具が豊富なラグディスから、大鷲の精霊・ヴャトルに乗った聖騎士軍支部長のリリーが定期的に訪れ、物資の補充をしてくれている。
彼女の話によると、ファテナと猫の精霊・ジェーニオがああだこうだと話しつつ、たまに殴り合いをしながら防衛ラインを徐々に上げていっているらしい。
聖騎士軍支部では支部長のリリー無しでも機械兵相手に善戦しており、防衛ラインが支部まで到達した事により、大幅に聖騎士軍の人員を確保、かなり楽になったようだ。
国跡の周囲では、一定時間毎にタイミングを見計らい、冒険者や傭兵の入れ替えを行い、疲れ知らずの機械兵を相手にしていた。
入れ替わりに国跡の中へ戻った人々は、戦闘能力を持たない大工団のメンバーや、アルム・ルブラの部下であるゴーレムの精霊、そしてサナとキリナ、子供たちが負傷者の手当、食料の供給などを担当していた。
「今治しますね!」
「すまねぇ、お嬢ちゃん」
機械兵の手甲剣で深く抉られた冒険者の傷跡を、サナが治癒魔法で治す。
吸血鬼となったサナとキリナは、魔力量が常人の何倍にも上昇し、大気中から魔力を吸収できる速度もかなりのものとなっていた。
大工団から教えてもらった回復魔法も、最初は詠唱が必要だったが、何回も使っている内に詠唱を必要とせずに使用する事が可能となった。
「ふぅ、ひと段落ですね……次の交代まであと30分くらい………」
(センヤ様………大丈夫かな……)
センヤが今どうしているか、とても心配でいても立ってもいられないサナだったが、自分が行ってはきっと迷惑に思うだろう。
そんな思いを抱きつつも、意識と視線は国跡の入口へと向いていた。
「………」
それを見つめる謎の男が1人、サナの元へと近付いてきた。
「……お嬢ちゃん、どうした?結構前からしきりに入口を見ているようだが……」
「いえ、センヤ様がどうしてるか気になってしまって……」
大工団と似たような服を着ているが、腰袋や道具などは一切持っていない、丸メガネを掛け、歯が所々欠けた体格の良い中年の男は、少しだけ生えた無精髭を、親指と人差し指でボリボリ掻くと、サナに改めて質問をした。
「行かないのかい?……あぁいや、戦場に行け、と言う意味では無く、ただ純粋に気になっただけでね。悪い意味で取らないでほしい」
「行きたいです。ずっと。センヤ様と離れた時から。…………でも私、足手まといになっちゃいますから」
あまり無茶は言えないと分かっているサナは困ったように笑うが、その言葉を聞いた男は表情を真剣なものに変え、彼女の両肩をガッチリとホールドし、まっすぐ視線を合わせ、目を見開き唾を飛ばしながら語り出した。
「……だが、行きたいんだろう?いいかね、これは俺が今まで生きてきて、何回も思った事だ。思っているだけじゃ、願っているだけじゃ、届かない事なんて沢山あるんだ。その分、その時の思いに正直にならないで、後悔する事も沢山ある」
「人生は何が起こるか分からない。これから数え切れない程の後悔が君を待っている。だが……今、この時を逃したら絶対に後悔すると思える瞬間が、必ずある。……お嬢ちゃん!今はどうだ!!」
服の袖に隠れて見えなかったが、サナの肩から腕に存在する剣と花の刻印が、静かに輝きを始めていた。
「………私、は………私は……………」
サナはあの日、忍び込んだ古城でのセンヤとの邂逅、自分の名前を貰った日、そして、センヤの願いである、全ての奴隷を解放し、人間としての生き方を全うさせる事の手助けをするというサナ自身の『誓い』を思い出していた。
「…………私は!!!」
サナは歯抜けの男の言葉を聞くより先に、自身の武器のある場所へ駆け出した。
「ど、どうしたの?サナちゃん?」
「キリナさん……ごめんなさい、私……もう後ろにいるのは嫌なんです!」
鬼気迫る表情のサナにキリナは驚くが、彼女は己の武器である2つに割れた盾を持ち、国跡の入口へと向かって走り出した。
「サナちゃん!?」
「おっと!………行かせてやれ。お嬢ちゃんの事は皆がなんとかするだろうよ」
追いかけようとするキリナの前に、原因である丸メガネで歯抜けの男が現れた。
「そ、そんな無責任な…………」
(こんな人、いたっけ………?)
キリナは客商売をしている為に、お客さんの顔はしっかりと覚えるタイプで、大工団、冒険者や傭兵、そして出会ったばかりの精霊の事すら覚えていた。
大工団と似たような格好をしているが、この男は見たことが無い。
流れの大工だろうか………?
しかし、それにしても道具を一切持っていない。
だが………何故か既視感がある。
この男をキリナは1回、確かに見ている。
「後悔をしたくないと、お嬢ちゃん自身の想いが心を超えただけさ。後は身体も一緒について向かっていく。相手の所にな………良いんだ。それは若い奴の特権さ。歳を食うと、些細な事でも、色んな事で雁字搦めになっちまう」
謎の男が急に遠い目で語り出した。
彼の陶酔の為にサナを行かせる訳には行かないので、キリナはそれを無視して後を追い掛けようとする。
しかし彼はキリナの肩を掴み、行くのを止めさせた。
「……まぁ待て。お姉ちゃんも少し頑張り過ぎだ。ここじゃ無理に『大人』にならなくてもいい。その務めは皆に任せてやれ。ロッシュの所の連中なら…………」
「おう!キリナちゃん!少し休んだらどうだ?」
そこへ戦闘もこなせる大工団のメンバーが、休憩の為にキリナや子供達が作った料理を食べに現れた。
「皆さんからも言ってください!この人が……あれ……?」
キリナが丸メガネで歯抜けの親父を指差すが、先程までそこにいたはずの男は、空気に溶けたかのように忽然といなくなっていた。
「いや、そこにいるのはキリナちゃんだけだが…」
「た、確かにここに居たんですよ!今アタシと話してた、大工団の皆さんと似たような服で、丸メガネで歯が抜けた、無精髭で白髪のボサボサの男の人が!」
大工団の男達は顔を見合わせ、少し話しあった後に、キリナへと告げた。
「………すまん。大工団にはそんな見た目の奴はいないな。冒険者や傭兵も数が多いが、服装は俺らと似てるってのがなぁ………合点がいかない」
うーんうーんと唸る男たち。
しかしキリナの記憶には、謎の既視感がグルグルと渦巻いていた。
見た事はあるが、会ったのは今が初めて。
…………見た事はある。
見た事は、ある。
「ま、まさか………!」
キリナは男達を置いて、一目散に駆け出し救護所を後にした。
目指すのは──────最初の拠点。
拠点の扉を開け、キリナが向かったのは地下。
子供達は救護所の手伝いをしている為、拠点には誰もいない。
蓋を持ち上げ、キリナはゆっくりと階段を降りる。
アディッカがいた為、地下は蝋燭の炎が灯されていた。
そして奥にある作業机へと向かうと、その上に置いてある、古い写真立てをキリナは持ち上げた。
写真には大工たちが数多く写っており、その中央で大口を開け笑う男性、丸メガネに……所々欠けた歯………
「……やっぱり。この人だ…………でも」
アディッカを寝かせる際、地下を軽く掃除した。
その時にキリナは作業机の上にあった写真の埃を払った時に、この写真を少しだけ眺めた。
「気付いてくれたか」
「…!」
キリナが振り向くと、階段前には先程話し掛けてきた丸メガネで歯抜けの男が立っていた。
「も……もしかして……貴方は………もう………」
「そうさ。人生は何が起こるか分からない……勿論、それは『死』も例外じゃない。ほら、この通りさ」
男は近くに置いてあった椅子を引き寄せようと手を伸ばすが、その手は椅子を通り抜け、男の腰へと戻った。
「不思議だよなぁ。床は触れられるのにそれ以外の物は触れられない。ま、それはさておき……だから俺はお嬢ちゃんに、悔いの無い選択をしてほしかったんだ」
男はよいしょっこらせ、と床へと腰を下ろし、あぐらをかいて話し始めた。
「自分だったモノ、仲間だったモノが良い様に操られ、何の罪も無い人間を殺す……最悪の気分さ……消えたいと何度も思ったが、それでも、俺は『心残り』を誰かに伝えたかったんだ。そこに引き出しがあるだろう?」
キリナは男が指さした引き出しを開けると、中から国跡に関する様々な書類、そして、その間に挟まれたメモと、若い男性同士が酒場で肩を組み、笑っている古い写真が出てきた。
「これって……ロッシュさんと、貴方の……」
キリナの隣にやって来た男は、懐かしそうな面持ちで写真を眺めた。
その顔を見比べると、写真の男は歯こそまだ欠けてはいないが、丸メガネはこの頃から既に掛けていたようだった。
「アイツに直接会えないのは残念だが……まぁ、仕方あるまい。常に誰かの為に走り回ってる男だからなぁ……こうやって俺に気付いてくれる人がいるだけで、幸運って事さな」
男は腕組みをしながら1人でウンウンと頷き、触れないながらも部屋をウロウロと歩き回って、室内を見て回っていた。
「あの……名前、なんて言うんですか?」
「名前……名前か。…………なんだったっけなぁ。この生活が長くなってきて、徐々に色んな記憶が抜けてきてるんだ。……まず名前から忘れるなんて残酷だよなぁ。ま、それはロッシュから聞いてくれ」
男はケラケラと笑うが、名前はかなり重要では無いだろうか。
キリナは中央の大きな方の机に書類を広げ、調べるが、男の名前と思われるものは一切書かれていなかった。
生前からあまり自身の名前に頓着が無かったのだろうか。
「おっと、そろそろか………ロッシュに伝えといてくれ。『心残りを頼む。それと、あの時は悪かった』と。後、俺たちと死術者を倒してくれた兄ちゃんにも礼を頼みたい。墓の礼もな」
書類を懐かしそうに見ながら言う男の身体は、徐々に透明度が増してきており、奥の階段が透けて見え始めた。
やがて、部屋の階段側が黄金色の光を放ち始め、キリナは眩しさに目を細めた。
「……さ、迎えが来たようだ………。やっと心残りを託す事が出来た………お姉ちゃん、君も自分らしく、後悔の無いように生きるんだ。二択の選択を迫られた時、どっちも取るくらいでないと!ありがとうな!お嬢ちゃん!」
彼はキリナに微笑むと、背を向けて光の中へと消えた。
そして、そこには最初から誰もいなかったかのように、先程降りてきた階段が、揺らめく蝋燭の炎に照らされていた。
「ほ、本当に………幽霊………」
幽霊から伝言を頼まれ、激励の言葉を貰う者など世界に何人存在するだろうか。
救護所の事も忘れ、キリナはぽかんと口を開けていた。
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ギンッ!!!
ゴッ!!!
「随分タフだな……!」
「お互い様だろう!ハハハハハ!!!」
センヤとノワルはお互いの大剣同士を激しくぶつけ合い、一歩も譲らない戦いを続けていた。
ノワルの鎧をカチ割った時に吸収できる魔力により、センヤの鎧の装飾が光り始めているが、本人は気付いていなかった。
「センヤ様!!」
国跡入口のバリケードを軽々と飛び越え、サナが機械兵を殴り倒しながらセンヤの元へと現れた。
「サナ!?どうしてここに!?」
センヤはノワルと戦いながらもサナの方を振り向き、驚きの声を上げた。
サナは真っ直ぐとセンヤの瞳を見つめ、自身の思いを口にした。
「初めて会った日に!手伝ってくれと言ってくれたじゃないですか!だから私も………一緒に!隣に!並ばせてください!!」
「……サナ………!」
そうだ、サナと出会った日の夜、俺は彼女に『力を貸してほしい』と言った。
しかし、サナを大事にするあまり、センヤは彼女を後ろへと追いやってしまっていた。
彼女に申し訳ない、という気持ちも勿論あったが、それ以上に、サナ自身の判断でここに来てくれた事はとても嬉しかった。
「女の心配かァッ!!」
ノワルはサナに絢爛大剣を振り下ろすが、それより先に、先程より数段早い終告げる紅薔薇が、横薙ぎにノワルの脇腹へと叩き込まれ、彼は吹っ飛んで行った。
「サナに手ェ出してみろ………殺すぞ……!!」
センヤの身体の周りには、ヴァスターリアを彷彿とさせる、炎の如く燃える赤黒い瘴気のような、目視が可能な魔力が渦巻いていた。
起き上がったノワルはそれを確認すると、突如として興奮し、絢爛大剣を振り回し始めた。
「オオオオオオッ!良いぞ良いぞ良いぞォッ!!ンンン〜〜ッ!!!その様な顔も出来るとは!!魅せてくれるではないか!!!」
「サナ、周りの機械兵の相手を頼んだ。無理はしないでくれ。俺はアイツを倒す」
サナの肩に手を置き、センヤは初めて戦場での戦闘活動を彼女に頼んだ。
勿論、サナの危機にはノワルなど放置し、最優先で助けに向かう。
「……!はいっ!任せてください!」
センヤからの頼みに、笑顔で応えるサナ。
守られるだけの存在から、一緒に戦える存在になれた事が、彼女はとても嬉しかった。




