第76話 困惑の筆頭と霧雨の森
目の奥に小人がいて、ハンマーを持って暴れているのが、今のハネルです。目を外して指を突っ込んで小人を引きずり出して考えうる限りの痛みを味あわせたい。
各魔人筆頭たちは、通信機を持ちながら絶句していた。
筆頭たちの実質的な纏め役となっていたレザールも、先程まで連絡を取っていたガイネスが死んだという事に、部下の前でも動揺と驚きを隠せなかった。
「ひ……筆頭、一体何が………?」
部下たちもただならぬ雰囲気に、何かを察したのか、レザールへと尋ねる。
答えて良いものか、と迷ったのだが、彼は伝える事にした。
「……恐らくだ。ガイネスを含め、今回参加したオーク族は全員………死んだ」
「なっ……!?」
筆頭クラスが殺されたという情報は一気に全体へと広がり、彼らもレザールと同じ顔つきになる。
「やはり城護だろう。正直、私も舐めていた。……一刻も早く、ノワル様やアスワード様と合流しなければ。城護と遭遇すれば、我々も全滅は免れないだろう」
しかし、魔将の2人、ノワルは単騎で国跡へと突っ込み、アスワードに至っては既に黄昏の城へと戻っている。
彼らは文字通り『将』に恵まれていなかった。
「……もし、家族を残している者がいれば、戻ってもらって構わない」
「なっ!?レ、レザール様…!?」
ザワついていた部下たちも、レザールの急な言葉に驚き、沈黙していた。
「良いか。メンツだ何だとは言うが、大事なのは命だ。本能の赴くまま、攻撃するのは魔物と同じだ。我々は魔人。友人もいるし家族もいる。誰も上に報告する者などいない。遠慮なく手を上げてくれ」
レザールが本心からそれを口にしていると言う事を悟った部下たちは、少し考えた後、その何名かが手を挙げた。
「レザール様………すまねぇ………俺はまだ、子供が生まれたばかりなんだ……俺が今死んだら、アイツらは路頭に迷っちまう……」
若いリザードマンのオスが、絞り出す様な声でレザールへと、それを告げた。
「パウル、気にするな。お前はまだ若い。子供が父を知らずに育つなど、あまりにも不憫だ」
レザールから背中を優しく叩かれたパウルは、全員から見送られながら、最初に着いた海岸へと戻っていった。
彼に続き、彼と同じく子供がまだ幼い者や、訳ありの者が何名かが、国跡への侵攻を辞退した。
「……レザール様、よろしかったのですか?」
「戻る者たちを愚かだとは思わない。寧ろ、我々という『種』を残す選択をしてくれた事に感謝をしたい」
ムスコロ、シュランゲも同じ選択を取ったらしく、彼らの中からも何名か離脱した様だった。
(誇り、メンツ、命、家族、命令………か。人間も、そうなのだろうな)
「さぁ、行こう。人間を蹴散らし、この地を我々の土地とする為に!!」
彼らは魔人筆頭。
上から任せられた仕事をこなしつつも、部下の思いを理解出来る、頼れる中間管理職である。
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「坊主の戻りが遅すぎる……」
あれから幾つかの街に壁を作り、移動を繰り返していたロッシュ達だったが、一向にテンガイの戻る気配がなかった。
「アルム・ルブラよ」
ロッシュが武器化しているアルム・ルブラに話し掛けると、彼は武器化を解き、精霊体へと戻った。
「言いたい事は理解している。行くといい」
自分が一派のお目付け役になる事を理解したアルム・ルブラは、ロッシュを送り出そうとする。
「テンガイ様の所へ行くのですね!私達も……」
一派の面々が同行を申し出るが、ロッシュはそれを断った。
「いいや、待つんだ。あの時、坊主はお主らを逃がす為に1人残った。事を構える雰囲気では無かったが、こうも戻りが遅いと何かあったと考えるのが自然だ」
ロッシュも胸の中に、何か言葉にできない、嫌な胸騒ぎを感じ始めた。
今まで生きてきて、このような経験は幾度となくあり、いつもその胸騒ぎは、最悪のケースとなってロッシュの目の前に現れる。
「そ、そんな……テンガイ様が……」
「酷な事を言うが、坊主より強い奴など幾らでもいる。センヤもそうだ。だが、伸び代はまだまだあるから安心しておけ。……すまん、急がせてもらう」
ロッシュは彼らをアルム・ルブラに任せ、1人、来た道を戻り始めた。
………
……
…
「……なんだ?急に霧雨が………」
先程、テンガイと別れた森の近くまで来ると、森の上にだけ薄暗い雲が発生しており、ロッシュの髭にうっすらと細やかな水滴がつき始めた。
局地的に降る雨に、気味の悪さを感じたロッシュは、年齢を感じさせぬ健脚で森の中心へと向かった。
(フッ……フッ………坊主………!どこだ………!)
すると、視線の先、深い森の中心部に、何かが横たわっているのが見えた。
「あれは……!!坊主ッ!しっかりしろッ!!」
倒れているテンガイを見つけたロッシュは、慌てて彼を抱き起こすが、目を覚ます気配はなかった。
「息はあるが……なッ!?…これは……!!」
ロッシュはそこで初めて、テンガイの両腕が切断されている事に気付いた。
そしてその断面を見て、更に言葉を失った。
(この断面……!流血を少なくする為、多少焼かれているな……しかし医療的に接合出来ぬように傷口はズタズタにされておる………そしてこの小さな『歪』……まさか、呪いか……!)
複数人での戦いから、個人のみでの戦いまで、テンガイは慣れている筈だった。
しかし、近くに落ちていた両腕に握られている彼の小刀には、一切の血が付着していなかった。
それは彼が敵に一太刀も与える事が出来ず、一方的に倒されてしまった事を意味していた。
「儂と坊主が束になっても……いや、まずは坊主をなんとかせにゃならん」
今、自分では対処の出来ない状態となっているテンガイを安全な場所まで運ぶ為に、ロッシュは彼の小刀と両腕を袋に入れ、身体を持ち上げた。
(坊主を治せるのは……センヤしかおらん!……むっ!)
夜間の霧雨で視界が悪かった為に、テンガイは魔物に襲われる事は無かった。
しかし、深い森には徐々に陽が差し込み、雨も止み始めた。
視界が開けた事により、血の匂いの元を探し回っていたオオカミの魔物が、とうとうテンガイらを見つけてしまった。
「ヴゥルルルル…………」
(1、2、3、4……………15はいるな………こんな時に)
周囲から発せられる野生の殺気に、ロッシュはテンガイを肩に乗せつつ、構えを取った。
「なに、貴様らなぞ素手で手なずけてやるわ」
ロッシュはオオカミの魔物を蹴散らしながら、一派の元へと急いだ。




