番外編 残雷…1
更新がかなり遅れて申し訳ないです。
気を失うように寝て、目が覚めれば職場へ行く、ワークライフバランスへ真っ向から喧嘩を売りに行く生活となっております……
今回は残された人の話です。
轟鬼雷造 64歳。
過去、日本の警察のとある部隊に所属しており、その部隊の隊長、そして教官も務めていた。
頑固だが面倒見がよく、様々な武術、学問に精通しており、誰からも慕われる男であった。
ある日、雷造の率いる部隊の新人隊員が、雷造の上司、蛭沼に呼び出された。
蛭沼は目的、出世の為なら手段を選ばない男であり、組織内でもあまり友好的な者は存在せず、雷造を除いて、誰もが彼の前で弱みを見せる事を恐れた。
過去に有望株だった者も、言葉巧みな蛭沼にうっかり弱みを握られ、地方へと左遷、または自主退職へと追い込まれる事も多かった。
呼び出された雷造の部下は、浮かない顔をして蛭沼の部屋から戻ってきた。
「どうした?浮かない顔だな。蛭沼からネチネチした説教でも食らったか?」
「実は……」
部下は泣き出しそうな表情で、事の経緯を雷造へと話し始めた。
「んだとォ!?」
どうやら別の部隊に所属する蛭沼の息子が、暴力事件を起こした為に、その責任を歳が近く、背格好が似ていただけの、雷造の部下へと全て被せようとしていたのだ。
少し前に蛭沼の息子が所属する部隊との合同訓練中、彼は蛭沼の息子に誤射をしてしまい、それが原因で、息子は利き腕の右腕を怪我をしたと蛭沼に言われ、弱みを握られていたのだ。
勿論怪我は嘘であり、息子から誤射の話を聞き、元々甘やかされて育てられてきた息子の出来の悪さを理解していた蛭沼が、何かを起こした時の為に身代わりとして使う為であった。
「利き腕を怪我して人を殴れる馬鹿が居るか!自身がのし上がる為ですらなく、己の馬鹿息子の尻を他人に拭わせるとは……ッ!!」
自身が散々甘やかしてきたツケを雷造の部下に支払わせるなど言語道断。
神様仏様が許しても『鬼』が許さない。
「最早我慢ならんッッ!!今度という今度は潰すぞォッ!!蛭沼ァァァ!!!!」
「ら、雷造さん!?」
服をビリビリと破き脱ぎ捨て、強靭に引き締まった筋肉を露わにして、雷造は鬼神のような顔付きで廊下を進んでいく。
途中、雷造は何人かとすれ違ったが、雷蔵の剣幕に誰も声を掛けることが出来なかったと言う。
蛭沼の部屋の外開きのドアを内側に蹴り破り、室内に鬼神が現れた。
「と、轟鬼!貴様何をしている!?そ、そうだ、貴様の部下の件で話が───」
「俺の話が先だァッ!蛭沼ァァッ!!ゼエエェイッッ!!!」
ドゴォッッッ!!!
「んぎぃっ!???」
ボコォッ!!!
胸倉を掴まれ立たせられ、渾身の鉄拳を顎に喰らった蛭沼は、いとも容易く天井に突き刺さり、歯を数本吹き飛ばしながら気を失った。
「俺の部下を利用しようたァ良い度胸じゃねぇか……蛭沼……テメェの様な屑が『正義』名乗るなんざ……恥を知れ…!」
「ゼェアッ!!」
ピキィッ……ピシッ!!
パァンッ!!
雷造は手刀で蛭沼の机に置かれていたネームプレートを真っ二つに叩き割り、部屋を後にした。
蛭沼は天井に突き刺さったままで、数時間後に部下から発見されるまで、天井からツクシの様に生えていたという。
後に『地を這う悪蛭、天突く雷鬼の大成敗』と語り継がれる一件であった。
内部は大騒ぎとなり、話が外部へ漏れる事を恐れた為に、結局、事件は有耶無耶になった。
上には雷造に世話になった者、そして仲が良い者多く、蛭沼が行おうとした事はすぐに明るみになり、程なくして蛭沼は息子共々、僻地の警察署へと飛ばされた。
部下達、そして元教え子達からの嘆願もあり、雷造が何らかの罪に問われる事は無かったものの、蛭沼も別に根回しをしており、暴力を振るった事の責任は取らざるを得なくなった。
「雷造さん……!!俺はまだ貴方から教わりたい事が山ほどあるんだ………こんなのってねぇよ……!」
「……俺という後ろ盾は居なくなるが、代わりに蛭沼も消えた。後はお前達の努力、自身の実力のみでのし上がって行ける様になったんだ。……頑張れよ。次の時代はお前達が創っていけ…!」
「……はい!ありがとうございました!!」
全員から惜しまれながらも、彼は部隊を、警察組織を去った。
「……部下の手前、格好は付けたが、今後の事はなぁんにも考えちゃいねぇな。ま、帰ってから考えるか」
雷造は独身であり、仕事と家での料理が趣味であったので、特に金を使う事も無かった。
なので蓄えはかなりのもので、これから死ぬまで働く必要も無かったが、昼間から家にいるのは周囲に体裁も悪いし、なんだか落ち着かない。
「……働きに出るか」
雷造は仕事を探し、就職をしては辞めてを繰り返した。
何をしても落ち着かない、上手く馴染めない。
これまでとは勝手の違う職場に、雷造は苦悩した。
そんな生活が数年間続いたある日、雷造の元へ1人の小学生が現れた。
両親が死に、親戚をたらい回しにされているという。
過去に暴力事件を起こしたという話がどこからか漏れ、雷造の元へと来るのは最後となったらしい。
「…お前さん、色々苦労してきたみたいだな。今まで何があったかは聞きはしねぇさ」
雷造の元へ来るまでに、様々な苦労を重ねて来たのだろう。
雷造はそれをわざわざ思い出させる様な真似はしたくないと思ったので、あえて尋ねなかった。
「…ありがとう……ございます……これから、よろしくお願いします……頑張って働きます……何でもしますから……お金は…もう殆どありません……許してください…ごめんなさい…ごめんなさい……」
彼は雷造を虚ろな目で見るなり、自身の所持金はもう無い事、それと、その事に対する謝罪を口にした。
……雷に打たれたようだった。
この子は何を言っている?
何故、初対面の大人に小学生が金を持っていない事を詫びる?
今まで彼に関わってきた大人達は一体何をしていた?
このような、このような子供がいて良い筈がない。
雷造の瞳からは自然と涙が流れていた。
「…!子供が…」
「子供がそんな事言うんじゃねぇ!!!」
「俺はお前さんの事情は知らん!だがな…だが…!こんな子供に……こんな悲しい事を言わせる様な生き方をさせた奴らを…!俺は許さん!!!」
この子に必要なのは『愛』だ。
「良いか!俺は今までの奴とは違う!お前さんに必ず年相応の生活を送らせる!覚悟しておけ!!」
雷造は少年を抱きしめた。
現場を離れて力は衰えつつあったが、今自分が出来る精一杯の力で、力強く、力強く。
千夜は笑わなかった。
笑いかける事はあったが、すぐにハッとした表情となり、怯えるような表情でこちらを見上げる。
「……良いんだ。お前さんは笑っても。嬉しいなら笑え、悲しければ泣け、悔しければ怒れ。感情とはお前が生きている証。絶対に失ってはいかん」
独り身で仕事が人生の男だった雷造は、千夜に己の生きる意味を新たに見出したのだ。
雷造の優しさに触れ、千夜は徐々に子供らしさ、そして人間らしさを取り戻していった。
雷造は自身が学んできた事を全て千夜へと伝える事にした。
老い先の短い自分が居なくなっても、1人で生きていけるように。
雷造の教え方の上手さ、そして飲み込みの早い千夜は、次々と知識を己の物としていった。
そして千夜は中学を卒業し、高校へと入学した。
高校の入学式では、こちらを見て少し恥ずかしそうに笑っていたのを見て、彼が一切笑う事の無かった中学の入学式を思い出し、雷造は軽く涙ぐんでしまった。
そんなこんなで千夜も高校二年生になった。
もう少しで彼も高校三年生だ。
千夜には、雷造が現職時代に関わった犯罪者からの逆恨みを避ける為に、前職と、預金がかなりある事は伏せているが、大学に進みたいというなら喜んで金を出すつもりだ。
部活に入れ、とは言うのだが、千夜は俺に気を使って部活には入らず、帰ってきては料理を作ってくれる。
流石に申し訳ないのと、自身の料理の腕が落ちるのも心配だった為に、当番制にはしたのだが。
しかし千夜はまだ他者と関わる事があまり好きではないようだ。
決して無理強いはしないが、もう少し他者と関わり、人は決して1人では生きていけない事を知ってほしい。
何か大きなきっかけでもあれば嬉しいんだが……
千夜には料理や人生の心構え、そして降り掛かる火の粉を払う為の武術。
あらかたの事は教えたつもりだ。
後は千夜自身が決断し、彼なりに自分自身の行き方、そして幸せを見つけていってほしい。
リリリリリ………リリリリリ………
「……珍しいな」
家の電話が鳴る。
大体連絡を寄越すのは千夜か昔の部下くらいだ。
千夜がこの時間に連絡を寄越すのもあまり無いし、休みがバラつく部下からの連絡も、俺に気を使ってか土日にしか連絡を寄越さない。
「貴方は……紅月千夜さんの保護者の……轟鬼雷造さんですね?」
「……あぁ、そうだが」
見知らぬ番号と、見知らぬ人物の声。
突然出された千夜と自身の名前に、雷造は警戒する。
「………落ち着いて聞いてください。紅月千夜さんは──────」
電話口の人物は、少し躊躇い気味に話を始めた。
「………何を、言っているんだ……?」
雷造は受話器を落とし、その場に力無く崩れ落ちた。
電話の向こうの人物は言った。
千夜が強盗から老人を庇い亡くなったと。




