第51話 城護る者達の休息
切りどころを見失い、気が付けば長くなっていました。
最近真面目な話ばかりだったので、変な話を入れてみたいなと。
「オラァッ!!」
「ッセイッ!!」
「避けんな!!死ねェいッ!!」
「………」
蜥蜴男型の魔人を、複数体相手にしているアッシャー。
彼女は、彼らの斧による攻撃を器用に躱し、限られた空間の中を舞うように飛び、跳ね、身を踊らせる。
「ハァ…!ハァ…!クッ、まだまだァッ!」
「疲れが見えていますね」
彼らの息が上がってきたタイミングで、アッシャーは腰から2対の日本刀を引き抜く。
「終わりです。お疲れ様でした」
ザザザンッ………!
ドサッ、ドサッ、ドサッ
蜥蜴男の魔人たちは瞬時に細切れ肉にされ、大地の栄養となった。
「これで、この領地一帯の魔物は殲滅ですかね……ふぅ………」
アッシャーの武器は2対の日本刀である。
他の城護は、魔将時代に使っていた武器をそのまま使っているが、アッシャーは武器を失った為に、城護となった際、当時のデュラハルド家の当主からこの武器を賜ったのである。
なんでも、知り合いの武器収集が趣味の吸血鬼から貰ったものだが、自分には不要、それに武器は使ってこそだと言っていた。
刀身の表面には薄く魔力を張っている為、常に切れ味は最高、そして付いた脂も瞬時に流れ落ちる。
二本の刀を腰の鞘へと収め、アッシャーは大きなため息を吐いた。
そう、連日連日仕事続きで彼女は疲れていたのだ。
『城護』となった彼女たちは、魔力は常に充填され、主が亡くなり、城も完全に破壊されない限りは、不老不死となる。
しかし身体の殆どを破壊されるダメージを負えば、自動的にその種族を象った石像化モードに移行し、ほぼ無敵になるが、自分からは動けず回復を余儀なくされる。
しかし、しかしだ。
体力、魔力が満タンでも『疲れ』は残り続けるのだ。
そもそも『疲れ』とはなんなのだろうか。
身体がクタクタになる疲れもあれば、精神的に疲労する疲れもある。
主にアッシャーが常日頃積み重ねているのは、後者の方の疲れである。
(………そういえば、あそこはまだあるのでしょうか)
アッシャーは千年前、勇者達に倒され石像化する前の事を思い出していた。
それと同時に、心にとある思いが湧き上がってきた。
(……少し、そう。私は働きすぎている気がします。いえ、きっと、きっと働きすぎている筈です。誰が何と言おうと。センヤ様だってあまり無理をするなと仰ってくれましたし。えぇ、私は無理をしているんです)
大工や精霊達の建築ペースから考えると、恐らく今日の夜まで掛かり、国跡への出発は、明日の朝になる筈だ。
一応領主として、この一帯の管轄をしなければならないが、ここの村や街の人々を困らせていたのは魔物がメインであり、ついでに魔人まで倒す事が出来た。
それ以外には特に問題は無く、正直、かなり余裕がある。
「……少し、寄り道をしていきましょうか」
アッシャーはワイバーンの翼を広げると、ここから南にある、とある場所へと飛び立った。
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「やはり、現在の地図通り、街が建設されていましたか」
アッシャーはデュラハルド大陸の南にある、大きな港町の入口に立っていた。
千年前、この辺りは街どころか、港すら存在しなかった。
そもそも、吸血鬼たちの大多数は、他種族に興味など無く、デュラハルド大陸内で自由気ままに過ごしていた。
ヴァスターリアが、種族間の違いだけで優劣を決めて戦争まで起こす人間、亜人達に対して、呆れた顔で『身体の一部や肌の色で争うなら、全て吸血鬼になれば良い』と言った事がきっかけで、本格的に他の大陸へと乗り込む準備はされていた。
そして、近々他の大陸に乗り込もうと考えていた時に、勇者ソルシエラ達が逆に乗り込んできたのだ。
しかもその理由が、当時の世王が『破滅の象徴の魔王を倒したが、コンタクトの取れない吸血鬼達は、何を考えているか分からないので、潰しておく』という、正にヴァスターリアが呆れた理由そのものであった。
「……ですが、この懐かしい感覚……確かに、まだ存在しているようで安心しました」
アッシャーは入口をくぐり、街の中へと歩き出した。
懐かしい感覚を頼りに、建物と建物の間を抜け、奥へ奥へと進んでいく。
やがて人の姿は消え、誰もいない小さな通りへと、アッシャーは進んでいた。
それは知る人ぞ知る、人間社会に溶け込む精霊と、中立な魔物達が訪れる場所。
「………!ありました!」
その最奥に、この世界にはとてもじゃないが存在しない、異国の建物が千年前と変わらない姿で存在していた。
とても懐かしく感じるアッシャーは、前にセンヤ様が言っていた事を思い出した。
「…昔から転生者が来ていたなら、もしかすれば昔の日本からも人が来てるかもしれないな。文化の継承……が行われている可能性も無くは無い…か?」
「センヤ様、『元の世界』について少しお聞きしても?」
「あぁ、構わない」
こうして、とても様々な事を聞いた。
魔法が存在しない事や、人々の生活について。
また、建物や食文化の事も。
「ま、この世界とあっちの世界は、時間の流れが違うかもしれないから、実際どうか分からないけどな」
恐らく、聞いていた情報と合わせると、この建物は確かに一致する。
もしかすればかなり昔、デュラハルド大陸に出現した転生者と精霊が手を組み、ここを造ったのかもしれない。
ガラガラガラッ……
「失礼します」
入って正面の受付に、ここの女将である、懐かしい精霊の姿があった。
「……おや、アッシャーちゃん。久しぶりだねぇ」
女将は見た目こそ若々しいが、かなりの長い時間を生きている。
しかし千年経っても、姿が変わっていなかった。
女将はエルフの精霊で、こちらの世界のエルフの亜人とは、また別の存在である。
区別する為に、こちらのエルフは『現実エルフ』と呼ばれ、魔法や弓など、繊細で手先の使う事が得意である。
一方、精霊界のエルフは『幻想エルフ』と呼ばれ、しなやかな筋肉を持ち、武闘派で大雑把な性格である。
「カームルバットさん、お久しぶりです。力を失って千年ほど石像化モードになっていました。また、宜しくお願いします」
「そりゃまた。千年は長かったねぇ……さ、千年分の凝りをここで取っていきなさいな」
精霊界出身の『幻想エルフ』であるカームルバットは、こちらでの生活が長い為、性質や気質は『現実エルフ』寄りになっていた。
「ありがとうございます」
アッシャーは頭を下げ、懐から5000メロをカームルバットへと渡し、女性用の大浴場へと向かった。
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「……服がありませんね、誰もいないのでしょうか」
衣服を入れるカゴが並んでいるが、どれも使われていなかった。
流行っていないのだろうか?
気兼ねなく服を脱ぐ事が出来て嬉しいが。
脱いだ服を綺麗に畳み、結んだ髪を解く。
服を着ている時、アッシャーの胸はさほど大きくないように見えるが、それは日常の様々な場面で胸が邪魔となる為、服の下でギッチギチに抑えているのだ。
実際はそこそこ大きく、その大きさはウェンゲージに迫る程であった。
スラリとした長い手足に、それなりに大きな胸、そして薄く割れた腹筋はまるで、凄腕の彫刻家が、石から切り出した美しい彫刻ののようであった。
そして一番上に、ちょこんと片眼鏡を置き、アッシャーは完全なる裸となった。
ガラッ
やはり、中には誰もいないようだった。
貸切状態という事が分かったアッシャーは、思わず微笑んでしまった。
隠していた翼を出して、身体全体に掛け湯をし、はやる心を抑えつつ、滑らないようにゆっくりと歩き、大きな湯船へと向かう。
つま先から片脚を入れ、更にもう片脚。
身体を少しずつ湯船の中に沈め、腰、胸、肩、翼、と浸かっていく。
「……ふ……ふ……ふー…………」ふにゃ
大きく息をつき、アッシャーの表情がふにゃふにゃと柔らかくなる。
私のこの顔を見た事のある者は、恐らくほぼいないでしょう。
やはり、来てよかった。正解だった。太い地脈の真上に作られている場所だから、新鮮な魔力がお湯を通して、古い魔力を放出しながら体内を巡るのがとても分かる…………あぁ………良い…………。
城の浴場では、他の城護たちが子供たち以上にはしゃぐ。主にブーケの事だが。
それにレイズヴェルとファテナが悪ノリし、気の弱いウェンゲージが、あうあうと強制的に巻き込まれる。
いつの間にかカテドラルも骨をカンカンと鳴らし参加し、ジューンはあらあらとニコニコしながら見守る。
3日に1回のペースで女性用の浴場が破壊され、その度にセンヤ様に、ほぼ全員が裸を見られている。
いえ、それは私自身決して嫌、という訳ではなく、もしセンヤ様から求められるなら、喜んでこの身体を捧げましょう。
しかし、今は私1人。
私はここでゆっくりと文字通り羽を伸ば────
ガラッ!
「やほー!ブーケちゃんだよー!!」
「レイズヴェルっすよー」
「し、失礼しまーす……ウェンゲージです…」
「かてどらる。からーん」
「そして皆のお母さん、ジューンです」
「どうして……どうしてですかね……」
アッシャーのふにゃふにゃ顔が更に崩れ、絶望と虚無の入り交じった某現場の猫のような不安定な顔になってしまう。
「全員すぐに仕事が片付いて、考える事は一緒だったって事っすね」
レイズヴェルがあっけらかんと話す。
アッシャーはすぐにいつもの仕事モードへと変わり、全員に告げる。
「良いですか、ここは城とは違いますから本当の本当に暴れないでください。ブーケ、特に貴女に言っているんですよ大量の石鹸を身体の下に敷いて滑るのを止めなさい」
「でもこれ楽しいよ?」
「……………」
「ごめん」
アッシャーの無言の圧力は、反省とは無縁のブーケから「ごめん」の三文字を引き出した。
しかし、なんだかんだ言って全員その辺りは弁えているらしく、特に大きな事も起こらず、皆ゆっくりと湯船に浸かっていた。
アッシャーも少し離れた別の湯で、またふにゃふにゃモードになる事も出来ていた。
「ひゃっ!滑りましたぁーー!!」
湯船に浸かろうとして、先程ブーケが遊んでいた石鹸に滑ったウェンゲージは、派手に前へとつんのめる。
その先に居たのはレイズヴェルであり、ウェンゲージの大きな双丘は、レイズヴェルの顔を両サイドからガッツリ挟み込み、その柔らかさ、大きさを心に叩き込んだ。
バシャーーーンッ!!!
「ぷはっ!レイズヴェルちゃんごめんなさい!!あの、滑っちゃって……!!だ、大丈夫…?」
ザバッ
「ハハ、大丈夫っすよ。身体は」
身体は無事だった。身体は。
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(ここは気分を変えるために、頭と身体を洗いに行くっす)
椅子に座り、頭をわしゃわしゃと洗っていると、後ろに人の気配を感じた。
「すいません、頭上失礼します」
「うぃー」
どうやらアッシャーが、棚の上に置いてある物を取りに来たようだ。
少し手を伸ばせば届くだろうし、レイズヴェルはそのまま髪を洗っていた。
「よいしょ……っと」
もにゅる……
ザバーーッ!!
ギロッ…!!
頭を瞬時にお湯で流し、親を殺された仇を睨む復讐者のような目で、レイズヴェルはアッシャーを睨む。
「……何か?」
「乳を小さく見せる贅沢を噛み締めて生きるといいっす」
「何か!?」
その後、レイズヴェルは椅子に座り、シャワーを流しっぱなしにし、ずっと下を向いていた。
別にアッシャーは張り合っている訳ではないのだ、勝手にレイズヴェルが張り合って比べているのだ。
この突き付けられた敗北感を誰にぶつけようか。
きっと、誰かにぶつけても惨めになるだけだ。
だからこうやって、敗北感を文字通り水に流そうとしているのだ。
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「こーら!カテドラルちゃん待ちなさい!ちゃんと身体を洗うわよ!」
「にげーるにげーる」カンコンカンコン
トトトトトトトト
滑る床を器用に走るカテドラルは、どこからが骨を出しカンコンと鳴らしながら走る。
カテドラルは楽しくなると、骨をカンカン鳴らす癖があるのだ。
その後ろを、走る度に巨大な乳をどえんどえんと揺らすジューンが追い掛ける。
彼女の種族はネレイスだが、こうやって見ると牛型の魔将なんじゃないかと疑惑が湧く。
「きゃっ!!」
大きく揺さぶられる乳でバランスを崩し、ジューンは倒れ込む。
勿論その先にいるのはレイズヴェルであった。
ヴォォンッ!!!
「ぐぇ」
ジューンの胸は、もはや顔だけに留まらず、肩すらも覆い尽くしていた。
多分弱い魔物なら乳で殺せるレベルっすよこれ。
効果音からしておかしいっすもん。
なんすか『ヴォォンッ!!!』って。
「レイズヴェルちゃん、だ、大丈夫?」
「……ジューンは規格外っすね……」
もはや比べる事すら、おこがましいサイズである。
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(カテドラルは除いて、やっぱりウチの仲間はブーケだけっすね)
謎の仲間意識を持ち、1人でうんうんと頷いていると、前からそのブーケが走ってくるのが見えた。
「ブーケちゃんボンバー!」
はしゃいだブーケが、滑る床で助走を付けて、お湯に浸かるレイズヴェルへと突っ込んで来た。
「わっあぶねっ」
湯船一歩手前でブーケは飛び、真っ直ぐとレイズヴェルの元へと飛びかかってきた。
レイズヴェルが躱そうとするが、ミサイルとなったブーケの方が早い。
ふわっ………
(あれ、ブーケとはあんまり変わんないって思ってたっすけど………けど……けど……)
平均サイズのブーケの胸は、仲間意識があったレイズヴェルの頬に、まるで抗議をするかのように、その存在を主張した。
ドバシャーーンッ!!
「ぷはー!!」
ザバッ!!!
「どいつもこいつも当て付けっすか!?ウチなんかしたっすか!?」
勢い良く立ち上がり、持たざる者は持つ者たちへと怒りと悲しみをぶつける。
悲しきかな、勢い良く立ち上がったのは良いものの、そこで揺れる胸すらないのだ。
「乳がそんなに良いか!デカいのが正義か!」
「時代はーーー!!スレンダーーーー!!!イエエエエエエ!!!!!」
涙声でシャウトしながら、レイズヴェルはダッシュで大浴場を出ていってしまった。
「世界とは、なんと非情なものか………」
神妙な顔をしたブーケの一言によって、この悲しき一件は幕を下ろした。




