第50話 午前3時に夜空へ触れた
Hey You オンジは感無量
チェッチェケチェケチェケチェ
「……ん」
午前3時をまわった頃だろうか。
不意に、目が覚めた。
辺りはまだ暗く、起きるにはまだ早い時間であった。
隣のベッドでは、メロがフードを目深に被り寝息を立てていた。
フードにはウサギの顔と耳がデザインされており、可愛らしさに少し微笑んでしまった。
そして反対側には、センヤ様が………あれ?
隣のベッドはもぬけの殻だった。
ゆっくりと身体、手を伸ばし、ベッドを触る。
「……?」
………冷たい。
ベッドを抜け出してから、それなりに時間が経っている。
寝る時は一緒だった筈だが、どこへ行ってしまったのだろう。
サナは皆を起こさない様に、ゆっくりとベッドを降り、センヤを探し始めた。
(センヤ様はよく夜空を見上げているので……2階、でしょうか?)
一段登る度にキィキィと鳴る階段を登り、サナは各部屋を覗いた。
(2階にも……居ませんね)
階段を降り、今度は地下室へと続く入口がある、奥の部屋を覗く。
木製の蓋がしてあった地下室の入口には、死術者の魔力の残滓が残っていて、彼女が動き出す可能性があるかもしれない、との事で重石が乗せてあるため、きっと中には居ないだろう。
「……外、でしょうか」
先程の事もあり、外に出るのは少し怖かったが、センヤが居ない事の方が気掛かりであった。
立てかけてある2つに割れた盾を持ち、サナは拠点を出た。
扉のとなりには分身が2人立っており、軽く会釈をして歩き出した。
「……わぁ…!」
人がいない国跡には、松明等の灯りなどは存在しない。
故に、雲一つない夜空には、満天の星々が、大きな月が浮かんでいた。
月は優しく、平等に国跡を、サナを照らす。
未完成の国跡に、実際に人々が住み、生活をしていた記録など存在しないはずだが、崩れ去った建物たちを見ていると、かつて、本当に人々が暮らしていたのでは無いかと考えてしまう。
(………まるで、世界が滅んで、私1人だけが生き残ってしまったような…………いえ……ふふ)
奴隷だった頃にも、何回かこんな夜空を見た事があるが、頭上に広がるただの黒い空間、という認識で、その時は何も感じる事は無かった。
ただ、淡々と、主人の命に従い、仕事をこなす。
殴られても、虐げられても、笑う。
全ての、自分の出来事ですら、誰か別の人間を俯瞰しているような、物事にリアリティが感じられなかった。
そんな彼女が、唯一、自分を、想いを感じる事が出来たものが『歌』であった。
誰かの想いを、豊かな情景を、私が知らない世界を。
歌詞を通して思い馳せる事が出来た。
そして今では、人を、花を、月を、空を、過ぎ行く日々を。
歌を超えて、自分自身の体験として、とても愛おしく感じる事が出来る。
(……私、変わったんですね。センヤ様と出会えて。………今は、この夜空が、まるで………私を、包んでくれているようです)
深夜の特別な全能感と、周囲に広がる非日常の光景に、サナは年相応の少女が抱く、誰にも話す事の無い、淡く、吹けば消えてしまいそうな感情を、心に秘めていた。
……ザッ………ザッ………
(……この、音は………?)
空を見上げるサナの元へ、どこからか規則的な音が聞こえてきた。
盾を構え、音のする方へとゆっくりと歩き出す。
……ザッ……ザッ……
音が徐々に大きく聞こえるようになってきた。
恐らく、あちらの崩落した建物の角の先に、その音の主が現れるだろう。
サナはできる限り足音を消し、ゆっくりと建物に沿って歩き始めた。
そして角から顔を出すと、そこには、見慣れた格好の後ろ姿があった。
「……センヤ様?」
「……サナ!ここまで来て大丈夫だったか!?」
そこに居たのは、手にスコップを持ち、遺骨を埋葬するセンヤだった。
驚いたセンヤはスコップを放り出し、すぐにサナへと駆け寄る。
「さっき、目が覚めてしまって……隣にセンヤ様が居なかったのが気掛かりで、探しにきちゃいました」
サナが無傷な事を確認すると、センヤはほっと一息をついた。
「心配掛けてすまない。……せめて長い間、不本意に人々を傷付け、傷付けられていた彼らに、一刻も早くゆっくりと眠ってほしくてな……」
「センヤ様、私もお手伝いしますよ!」
サナは盾を置き、腕まくりをする。
しかしセンヤは手袋を脱ぎ、サナの捲った袖を元に戻し、頭を軽く撫でた。
「ハハ、あとこの1つを埋葬すれば終わりだ。彼ら1人1人の関係は分からないから、1つの場所に纏めさせてもらったけどな。サナからは気持ちだけ貰っておこう」
そう言うとセンヤは最後の1つを埋葬し、埋められた遺骨の真上に大きな石碑を置いた。
大石を切り出して作られた石碑の表面には『此処に眠る全ての人々に、魂の安らぎを』と書かれていた。
これで、彼らの埋葬は全て完了した。
センヤは石碑の目の前で少し沈黙したあと、ふらりと石碑に手を付いた。
「………センヤ様?」
いつもと様子が違うセンヤに、サナは心配そうに声を掛けた。
「……腐死人の群れの中にな、小さな子供が何人か居たんだ。……もう、手遅れだった、蘇生できそうな状態じゃなかった………子供たちだけじゃない、まだ俺より若い冒険者の遺体も、沢山あった………俺が、もっと、早く来ていれば………!!」
「………センヤ様」
センヤは肩を震わせていた。
あの魔人たちは、センヤがこの世界に来る前から存在していたものだ。
おまけに、魔人が現れるのは夜間、広大な廃墟である国跡で、人々が次々と殺されていたのは確かだが、今の今まで噂の1つすら無かったのだ。
故にこの出来事はセンヤの責任でも、なんでもない。
逆に、センヤがこの国跡を利用する事を考えなければ、犠牲者は更に増えていただろう。
しかし、彼自身には後悔と自責、悲しみの念が渦巻いていた。
「………センヤ様……いえ、いいえ……!」
サナは数歩、前へと歩き、後ろからセンヤを力いっぱい抱きしめた。
「既に過ぎた過去は、変えられません。だから、センヤ様。私たちは、ここで犠牲となった人達の為にも、平和な国を……世界を、創るんです。もう、同じ事が起こらないように。誰かが傷付く未来を変えるんです」
マントも、鎧も身に付けていないセンヤの背中には、サナの温かい想いと、体温が、優しくじんわりと伝わった。
(………人の為に剣を握り、人の為に怒り、涙を流す。そして、人の為に命を賭ける事すら厭わない、どこまでも、優しい人。……私は、貴方に出会えて……本当に、良かった)
「………サナ………………ありがとう………」
この世界で、血の繋がった家族がいない2人は、今、お互いの想いを、悲しみを分かち合える本当の家族になれた気がした。




