第3話 人の皮を被った魔物
門を潜ってから、ゴツゴツとした岩が転がる場所を抜け、少し歩いた所でやっと町へと出た。
町へと着く頃には日が沈み初め、夕日が町をオレンジ色に染めていた。
歩いていると、徐々に人ともすれ違うようになり、センヤは普通の人々が生活している姿を見て安堵の息を吐いた。
「いらっしゃい!この剣はなぁんでも切ってしまう!試しに実演しよう!まずはこの鉱石!はいよぉーッ!」
「このオーブの中に自分の名前を入れて意中のあの人に渡せばあら不思議!すぐに自分にメロメロになっちゃうんです!」
「あそこの武器屋はホラ吹きさ!ゴブリンにすら勝てんよ!それに比べてこの盾!これはあらゆる攻撃から身を守るんだ!龍種の燃え盛る息すら防いじまう!」
「……魔法で防げぬ魔道具に対する呪い避けは如何かな?好きでもない人間に怪しい石ころを渡された時にそれを無効化する札がある」
夕暮れという事もあり、店仕舞いを始める店もチラホラ出てきたが、夜も営業を続ける店の方が圧倒的に多かった。
この辺ではあまり見掛けない上に、身長が高く人々より頭が飛び出ているセンヤは、様々な人々からの好奇の視線を向けられ、商人達からもこぞって声を掛けられた。
「に、賑わってるな……」
「この『デュラハルド大陸』は、1000年前、吸血鬼様が勇者に封印された後、全ての吸血鬼が倒されてしまった為に、誰もいなくなってしまったんです。それからと言うもの、人間と魔族がこの大陸を己が領土とすべく、決着の着かない小競り合いが常に起こっている状態なんです」
「この町は『ラグディス』という町で、この大陸で1、2を争う程には活気のある町なんですよ。……少々言い難いのですが、前述の理由のせいで、町や村はあれど、国が存在しないんです。何故か地脈から魔力も発生せず、常に争いが起こっている為、治安の悪い田舎の大陸扱いをされてたりするのですが……」
1000年前、この身体が封印された後の事を、少女は教えてくれた。
どうやらこの身体は勇者に封印されたらしい。
まぁ勇者なのだから魔族に属する吸血鬼を倒すのも………と、思った時に、少女の話に違和感を覚えた。
「この大陸は吸血鬼が支配していたなら、元々魔族が統治しているのと同じじゃないのか?何故また争いを?」
「吸血鬼様、やはり記憶が失われているんですね……吸血鬼と魔族は別物です。大まかなメインの種族は『人間』『魔族』『吸血鬼』『精霊』の4種類に分けられます。『吸血鬼』は完全に独立した種族なんです!」
なんと、どうやら吸血鬼は魔族では無いようだ。
しかしその巨大な一種族を滅ぼしてしまう勇者とは、どれだけの力を持つ者なのだろうか、そして、吸血鬼側にも滅ぼされる理由があったのだろうが、それは一体なんなのだろうか。
「だが……城の雰囲気からして今は没落気味だな……」
「これから盛り立てていきましょうよ!」
この少女はきっとこうして何事もポジティブに捉えて来たのだろう。
センヤも話していると気分が明るくなってくる。
しかし、徐々に少女の口数が少なくなり、その表情が曇り始めた。
店が並ぶ通りを歩いていると、暫くして少女は1つの店の前で止まった。
看板を見るに、他の大陸から輸入した物品を売っているようだ。
文字は明らかに日本語では無かったが、この身体のお陰だろうか、スラスラと読める。
「……着きま……あれ……?あれは……?………っ!」
店の窓から中を見た少女は、急にセンヤの後ろに隠れた。
事情を察したセンヤも、少女をコートの内側へと隠し、店と店の間の狭い路地裏へと身を潜め、壁へと耳を当て、中へと聞き耳を立てた。
店の中では、店主である腹のどっぷりと出た中年男性と、3名の聖騎士軍達が何やら話をしているようだった。
会話の内容と声色からして、あまり良い雰囲気では無いようだ。
「……だから先程から申しております通り、私は一切命令などしておりません。その事を知ったのも、今が初めてです。大方、あの奴隷が勝手に忍び込んで盗人稼業を働いていたのでしょう。奴隷が勝手に行った不法は、主人である私の責任ですが、私は少額の罰金のみで、実際に罰せられるのは奴隷のみでしょう?その辺は貴方の方がお詳しい筈だ。ファテナ殿」
センヤはコートの中の少女の顔を見るが、少女は首を横に振り、それを否定した。
つまりこの男は平然と嘘を吐き、あろう事かそれを全て、少女1人に擦り付けようとしている。
再びセンヤは中へと聞き耳を立てるが、勿論聖騎士軍も裏付けを取っているようで、店主の男を疑っている様だった。
「……しかし、お前の店はリズアニア大陸近海での戦闘が激化して、航路が閉ざされ暫く輸入品の仕入れが出来ていないはずだ。まぁ当然、金にも困ってる筈だ。店内も見ての通り、商品の入替えが行われていない。商品にうっすら埃まで積もらせるたぁ、商売人としてどうなんだ?」
店主の男はそれを指摘されて、チラチラと商品を見て、目を泳がせながら下ばかり向くようになってしまった。
センヤ達からは見えていないが、店主の男に詰め寄る聖騎士軍の女性、ファテナは、鎧の装飾が多く、小さな勲章の様なものがかなり多く付いており、先程の指揮官とは比べ物にならない程、階級が上のようだ。
「常連だった可愛い女の子達がいる店にも暫く顔を出さなかったらしいな。ま、アタシの方が美人だけどな。だがつい最近、また通い出したらしいじゃないか。宝石鑑定屋の親父も、お前が来たと証言してる。価値のある装飾品を150万メロで売ったらしいな」
アタシの方が美人のくだりで、下を向いていた男はギョッと顔を上げかけるが、ファテナの氷のような目と目が合い、再び下を向いた。
彼女は飲み屋や鑑定屋の書き記した、明細や取引記録の書かれた紙を机の上に並べる。
「あ、あれは奴隷が拾ってきた物を私が見付け、売ったのです。奴隷の所有物は全て主人の物でしょう!私は法に乗っ取り、それを行使しただけです!」
ファテナはチラリと目配せをし、後ろに控える2人の聖騎士軍を見た。
店主が自ら「売った」という事を話した為、それを彼らに書かせた。
「奴隷が150万メロで売れる装飾品を持ってると思うか?その装飾品が盗品だったらお前を法に乗っ取り問答無用で牢へとブチ込むぞ?売ったのは他ならないお前自身だからな。常識的に考えて、盗品だと知らなかったは通用しないからな?そもそも奴隷を買った時点で、ある程度の所持品は主人が把握する筈だ」
本人の口からボロを出させ、最終的に「やった」と言わせる為に、ファテナは更に責め立てる。
彼女の鋭い目線が、真っ直ぐと店主を捕らえる。
「あの装飾品の存在を隠すのはまず無理だろうな。なら、あれはつい最近手に入れた事になる。じゃあどこで手に入れた?お前は疑問にも思わなかったのか?何故、奴隷がこんな物を持ってるんだと。そんな事も気にせずに売ったのか?」
「いや……それは、その……」
「……お前、例え命令してなかったとしても、盗みの事は知ってたろ?目の前にあんなもんが現れりゃ、金に困ってるお前は盗品だと分かっていたとしても、売るしかないよなぁ」
彼女の目指す着地点は2つある。
1つ目は、盗品と知っていた上でそれを売った事を認めさせる事。
2つ目は、店主が奴隷に命じて、犯罪を行わせたという事を認めさせる事。
「悪いのは、自分の意思で盗みを働いた奴隷です。その時はあの奴隷をあなた方聖騎士軍か、宝石の持ち主に引き渡しましょう。なに、1人くらい減ろうがまた買い直せばいい。奴隷の処遇は次の主人次第です。殺すも生かすも、どうぞお好きに」
再び平静を装う店主は、まるで物を扱うかのように、少女の事を口にする。
それを聞いたファテナの殺気がメラメラと湧き上がるが、すぐに抑える。
(チッ、豚が……だから半端な成金は嫌いなんだ。何故こうも成金ってのはすぐに奴隷を買うんだか)
男に詰め寄るファテナは心の中で毒づく。
本当なら今すぐにでも、このふざけた豚を切り殺してやりたいところだが、立場上、そうする事も出来ない。
そもそも、需要が存在する為に奴隷商人は存在し、彼らも法で守られてはいるが、その実態は限りなく黒に近いグレーの場合が多い。
魔物や魔人によって滅ぼされる村があれば、彼らは雨後の筍のようにどこからか湧き初め、親を失った子供を保護の名目で奪っていく。
元々は『親を失った子供や、人間の世界では、人間の庇護無しでは生きられない、人間と共存する亜人、魔人の保護、身元引受け人』という、古くから存在する制度だった。
この制度がいつしか歪曲され『奴隷』という制度で定着してしまい、手に負えなくなった当時の世王が、後から奴隷に関する法を敷いた。
「……詳しくは本人が帰ってきてからだ」
「それでファテナ殿の気が済むなら良いでしょう!」
(なに、私は盗品を売った罪で捕まろうが、初犯なら罰は軽い!確かに、私はアレに命じた。しかし、それはアレの意思でやった事にすれば良い!)
過去に、自身の手は汚さず、奴隷を利用した犯罪が横行した為に、奴隷に命じて犯罪行為を行わせた者に対する罰は、かなりの重罰が課せられる様になった経緯がある。
店主はこれを回避する為に、あくまで盗みは少女自身の手で行ったという事にし、罰を最小限に抑えたい。
ファテナは奴隷へと命令した件も認めさせたかったが、やや決め手に欠けてしまう。
「参ったな…聖騎士軍はこのままだと帰ってはくれなさそうだ。幸い、聖騎士軍の中に話を聞いてくれそうな人がいる。どうする?先に1人で行ってみるか?危なくなったら俺がすぐ行く」
「………いえ」
少女は震える手でセンヤのコートの袖を掴む。
怯えた少女の姿を見て、普段から主人が少女に対してどのような扱いをしているのかが察せられた。
「分かった。俺も行こう。安心しろ、君には一切手出しさせない」
センヤは少女に付き添い、主人である店主と、聖騎士軍のいる店の中へと入る事にした。
願わくば、あの聖騎士軍の中に指揮官を殺害してしまった事を知っている者がいない事を祈る。
ふと気になったのだが、滅びて久しい吸血鬼にも法は適用されるのだろうか。
コンコン……
「私です……ただいま戻りました……」
「おや、戻ってきた様ですな。入れ!…………………………えっ」
少女はゆっくりとドアを開ける。
主人はそれまで笑っていたが、少女の背後が真っ黒な事に気が付いた。
目線を少女の頭上へと上げて行き、主人は身長2m越えのセンヤと目が合った。
ファテナと後ろに控える2人の聖騎士軍も、突如として現れた大男に、目を見開いた。
「あ、貴方は…ま、まさか!この奴隷が盗んでいた宝石の持ち主様で御座いますか!?あぁ〜これは失礼いたしました!本当にどう謝ったら良いか…勿論お金は全額補償しますとも!その奴隷は貴方様の好きにしてもらって構いません!煮るなり焼くなりどうとでも!もし不要だと言うのならこちらで処分致します故……どうか店だけは……!……このッ!」
主人である店主は、早口で捲し立て、騎士軍に余計な事を聞かれる前に、少女に状況を察しろと、訴えていた。
そして、あろう事か主人は少女に手を上げようと、拳を振りかぶる。
「待てよ……!」
ミシッ……
「っっ!!?あぁぁあーー!!!あがががががっ!!は、離してくれぇぇ!!」
少女に手を上げようとした主人の腕をセンヤは咄嗟に掴み、少しだけ力を入れて上へと持ち上げる。
主人の骨が軋む音が聞こえるが、お構い無しだ。
「せ、聖騎士軍!!私のっ……腕……たっ!助け!!あぁぁあーーー!!!」
それを見ていたファテナの後ろにいた聖騎士軍たちが、センヤを止めようと前に出ようとする。
しかしファテナはそれを手で制止し、あろう事かそれを見物しながら、ニヤニヤと呑気に煙草に火を付け、吸い始めた。
「今、俺が貴様にそうしている様に、お前は普段から抵抗できない彼女に暴力を振るっていたんだろう……少しは気持ちが理解出来たか?」
ドシャッ……
「ぶふっ」
これ以上は主人の腕が、彼自身の自重に耐えきれないと判断したセンヤは、手を離してやった。
男は床へと崩れ落ち、豚のような鳴き声を上げる。
そして煙草の火を消したファテナはしゃがみ、少女の目線の高さに合わせて尋ねた。
「……なぁ、お嬢ちゃん。君は自分の意思であの城に入り込んで宝石を盗んでたのか?」
「………確かに、盗んだのは私です。………ですが、ですが私は、ご主人様からの、命令で、お城へと……盗みに…………」
ファテナに尋ねられた少女は下を向いて、吐き出すように真実を語った。
床へと倒れていた主人は、目を見開き呆然としていたが、やがてその表情を変え、顔を真っ赤にしながら立ち上がった。
「ぐううううう!!!こ、このガキッ!引き取ってやった恩を忘れたか!!汚らしい奴隷如きが人間様に逆らうなどと!馬鹿にしおって!!!処分してやる!!!」
自暴自棄になった主人は懐から拳銃を出し、少女へと向ける。
そして室内なのも、聖騎士軍の目の前なのも構わず、無我夢中で引き金を引きまくる。
ダンッ!ダンッ!ダンッ!……
しかし、その銃弾が少女へと届く事は無かった。
確かに、目の前にいた少女へと撃ったはずだった。
「……な、なんだと……」
「お前は今、人の道を完全に踏み外した……!」
身体能力向上と共に、動体視力も格段に上昇していたセンヤは、瞬時に少女の前へと移動していた。
少女へと向かった銃弾は、全てセンヤの拳の中に収められていた。
拳からは焦げ臭い煙が立ち昇る。
センヤはその拳を開き、銃弾を床へと落とす。
カラン………カラン………カラン………………
「ヒ……ヒィッ!!?」
ゆっくりと主人の元へと、センヤは歩く。
恐怖に震える主人は夢中で残りの弾をセンヤへと撃ち込むが、僅かに服に穴が空くのみで、センヤの皮膚は一切の銃弾を通す事は無かった。
「外道が人を名乗るか……違ぇ!!お前は人の皮を被った魔物だ……!!」
ゴギッ……メギャ……ゴギギ………!!
怒りに燃えるセンヤは、拳銃ごと男の手を握り潰した。
銃の部品と共に、骨が砕ける音が鈍く響き、センヤの握りこんだ拳から、血液がドロドロと床へと流れ落ちた。
「あ…………あぁぁぁぁ!!!!???!!」
センヤは手に付いた血を、汚らわしいと言わんばかりに払う。
壁にビタビタと払った血が飛び散るが、そんなものお構い無しだ。
「先程、貴様はこの少女を好きにして良いと言ったな……?では、これよりこの少女は俺の物だ。これからは誰であろうとこの少女に手出しはさせない」
「んっ…」
センヤは少女の首筋に牙を立てる。
じわりと血が滲み、少女は目を瞑る。
次に少女が目を開いた時、少女の瞳はブラウンから、宝石のような赤に変わっていた。
「ひ、ヒィッ!?ばっ!バケモノォ!?!?」
男はズボンを濡らし、気絶してしまった。
聖騎士軍たちもザワつくが、ファテナだけはそれを無表情で眺めていた。
「荷物があったら取ってくるんだ。もう二度と、この店に来る事も、その男の顔も見る事は無いだろうさ」
「はい!」
少女は明るい顔で店の奥へと走って行った。
見送るセンヤの元へと、ファテナが歩み寄り握手を差し出した。
「……そこの吸血鬼の兄ちゃん、協力感謝する。あんだけ脅かされちゃなんでも話すだろーよ。アタシは聖騎士軍の支部長、ファテナ・クライスだ」
「俺はセンヤだ。少女への公正な聞き取り、ありがたく思う」
(良かった……まだこの女性までは指揮官殺害の話は来てなかったみたいだ)
その事に安堵しつつ、センヤは差し出された握手を快く握り返した。
ファテナの手は手袋がされていたが、しなやかで柔軟だが芯のある、そんな手をしていた。
「アタシは子供に理由も無く、度が過ぎた暴力を振るう奴が嫌いでね。兄ちゃんは今回あの男の手を握り潰した。本来なら暴行で兄ちゃんもしょっぴくが………拳銃が暴発したって事にしとくよ」
「すまない、恩に着る」
ファテナは任せとけと言わんばかりに、ニヤリと笑う。
そして奥から少女が、古い小さなカバンを持ってやって来た。
「さぁ、行こう」
「はい!」
センヤと少女は笑いながら店を出ていった。
店内には気を失った店主とファテナを含む聖騎士軍だけが残った。
「支部長、やはりさっきの男は……」
「聞いた通りだな。太めのコイツすら軽々と持ち上げ、銃弾すら受け付けない身体。流石は吸血鬼だ。目的は不明だが、取り敢えずアタシにも手に負えない案件だ。エトワールや勇者、大司祭レベルの案件だなこりゃ。勿論、この事も含めて、吸血鬼の事は全ての事柄で緘口令を敷く」
(ま、暫くは様子見だな。動向がさっぱり分からん。悪くは無い奴なんだろうが………しかし、指揮官は別件で城に左遷したんだが……まさか左遷先で泳がされてる内に死ぬとは思ってなかったろーよ。アタシもだけどさ。自業自得とはいえ運の無い奴だな)
「よし、その豚を立たせろ。ガッツリ絞ってやる。あー、手当ても軽くしてやれ。ま、この辺は魔法も使えんから全部手作業になるけどな。痛いぞー」
元主人は聖騎士軍に手の簡単な治療を受けた後、奴隷への不法侵入指示、盗品を売り捌いた罪で支部へと連行された。
吸血鬼復活の件により、緘口令が敷かれた為に、少女が罪に問われる事も有耶無耶となったのは不幸中の幸いであった。