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第28話 聖騎士軍大元帥 エトワール・スターダスト

風邪か、インフルか。

ハネルの明日はどっちだ!!




久しぶりの『聖合』を受けた勇者・ソルシエラは、身体を安定させる為に、数日間の休息を余儀なくされた。

『転生者』を食らった後、気を失ったソルシエラの姿は、日が経つに連れて元の人間の姿に戻っていった。




しかし魔王が統治するグァンダレラ大陸から、兵は全て引き上げられ、リズアニア大陸から最も近い位置にあった国を奪還する作戦は、ソルシエラの独断により失敗に終わった。







「……ハァ…」




リズアニアにおける実質最高指導者であり、アラガ教の大司祭でもある、リラ・キールは年端も行かぬ少女であったが、窓辺で憂うような目で空を眺め、ため息を吐く姿は、どこか少女らしからぬ雰囲気だった。




(…教皇であるお父様は、時期が来れば私に教皇の座をお譲りする筈……そうなればいよいよ私も……いえ、良いんです。これで、何もかも。誰かが犠牲にならなければ……)




教皇・ゴッデス・キールは身体を病に侵されており、本人の寿命も近い為、最早、魔法でどうこうなるものでは無い状態であった。

アラガ教の階級は、『教皇』を第一階級とすれば、『枢機卿』は第二階級、そして『司教』は第三階級になるのだが、第四階級の『司祭』に属するリラが何故、時期後継者に指名されているのか。




それは月に一度行われる『聖徒全祈』。

祈りを捧げる為、リズアニアに散っていた枢機卿や司教が、バンデッタにある大聖堂へと向かう際に起きた。




突如、魔王直属の幹部である『魔将』が各『アラクネラ』の中に現れ、彼らを皆殺しにしたというのだ。

多くの死体は弄ばれ、千切られた頭部が別々の人間の首の上に乗せられていた。

アラクネラ内の壁には血文字で




『神はお前の救いを聞き届けたか?あの世で告解でもしてくるんだな』




と、皮肉が書かれており、その事件は事実上の第二、第三階級の全滅を意味した。

また、それに伴い、目撃者が存在しない筈だが、『魔将』の仕業だと何故断定できるのか等、一部の者達の間で、ゴッデス教皇の娘であるリラが、教皇を継ぐために賊を雇い、彼らを惨殺したのではないかという噂がまことしやかに囁かれた。







「…リラ、やはりここに居ましたか。…また、迷惑を掛けてしまいましたね……申し訳ありません…」




「ふぅ……聖騎士軍からの責任追求に対して、これから何と答えれば良いのか…胃がキリキリしますよ、ソルシエラ様?」




後ろで頭を下げるソルシエラへと振り返るリラ。

しかしその表情は怒っているものではなく、逆にソルシエラが無事で安堵しているというものだった。




「リラ、それに関しては完全に私の独断です。私も同行します。今回の事は貴女が責められるべき事ではありません」




「いえ、吸血鬼が何者であるか分からなかった以上、千年前に相対していた貴方が適任だとは私も考えてはいました。しかし……もう少しタイミングというものがあります」




「すいません…なんだか、懐かしいような、そんな記憶が蘇ってきたのです。千年前の私を覚えている彼に、無性に会いたくなったというか……まだ私にもこんな思いが残っているなんて……未熟ですね」




「………ふふ、ソルシエラ様の笑ったお顔を見るのは久しぶりです」




(『嬉しい』じゃなくて『未熟』なんだ…やっぱり、この人は…)




永い時は、正気を保ちながらも、人である事を辞めるには十分な期間だった。

彼は人類を愛しており、庇護の対象として見ているが、誰か1人を愛することは無い。

彼の『愛』は草花や動物、物へと注がれる『愛』であり、恋が交わる『愛』では無いのだ。

昇華された意識は、例えるならそれは『神』のようなものであった。




幼い頃から身近にあったソルシエラの存在。

求められた役割を淡々とこなし、求められる立ち振る舞いをする。

私はいつの間にか彼に自分を重ねていた。

それと同時に、徐々に惹かれていった。

しかし、彼は私とは違う。




きっと、私が胸に抱く、この憧れを超えた感情に、幸せな結末など存在しないのだろう。

人間が太陽に触れる事は叶わない。

その輝きで、私は焼き尽くされてしまう。










「リラ・キール、ソルシエラ、入ります」




聖騎士軍本部と、大聖堂を繋ぐ渡り廊下の中央から、その部屋には行ける。

しかし入れるのは聖騎士軍を束ねる元帥と、幹部である聖羅十傑(せいらじっけつ)、そしてアラガ教の第四階級以上に属する者だけである。




部屋には横長に作られたテーブルが置いてあり、その右端には白と金を基調とした服を着た、髪の短い金髪の男が座っていた。

テーブルが入口から縦に置かれていないのは、あくまで聖騎士軍元帥と、リラは対等である、という表れである。




「よう、勇者。身体は無事だった様だな。お前程の奴がやられるんだ。相当強いんだろう?」




「面目ありません、私も本調子ではありませんでしたが、千年前よりも格段に強くなっていました」




「おっと、少し嫌味っぽくなってしまったな。すまない。そんなつもりはサラサラ無かった。ま、座ってくれ」




その男は人の良さそうな笑みを浮かべ、頭をポリポリと掻いた。

本当に嫌味ではなく、思った事を口にしたのだろう。

リラは席につき、ソルシエラは座らずリラの斜め後ろに立っていた。




「エトワール元帥、貴方だけですか。聖羅十傑の皆さんは?」




「全員出払ってる。最近はこの大陸でも、魔物の数が爆発的に増えているからな。本当は俺も現地に向かいたいが、立場上そうする事も出来ん。俺は1人の拳士として生きたいのだがなぁ」




「『規格外(アンノウン)』……貴方は強すぎた故にその立場に収まったのです。それは貴方の強さの証明にはなりませんか?」




「ハハ、褒められるのも悪くは無いが、俺は強い奴と戦いたいだけの戦闘バカさ。戦って戦って、そして戦い抜いた。今こうやって元帥してるのも亡き師匠の頼みを断りきれず…ってやつだからなぁ。それじゃあ早速、本題に入るか」




エトワールは、今回の奪還戦についての作戦指示書をパラパラと捲り、直ぐに目をこちらへと向ける。




「うん、分かるぞ。強い者とは戦いたいよな。しかし俺も貴方も立場がある。ま、千年ぶりの宿敵とか燃えるよな。分かる。実に分かる。俺がリリカには上手く言っとく。今回の件はこれで構わないさ。何人か兵を失ったが弱い奴は死ぬ。それだけだ」




エトワールは笑いながら、今回の件についての追求はそこで終わりにした。

14、15の少女に大の大人が口やかましく責任を求めるのも、気が引けるからであろう。

リラはほっと胸を撫で下ろした。




「ハハ、正直、リリカが居なくて良かったろ?」




「えっ……いえ、正直に話しますと……はい」




やはり見破られていたようだ。

この場に聖羅十傑の1人、リリカが入れば、この時間は余裕で5時間を超えていただろう。




「真面目で根は良いんだが融通が効かんのよなぁ。アイツも苦労してるみたいだから大目に見てやってくれ」




「…エトワール元帥、感謝します」




リラの隣のソルシエラは頭を下げる。




「ハハ、勇者も気にすんな。それより、今度その吸血鬼とやらを紹介してくれ。こればかりは俺の曲げられん性なんだ」




「ええ、場所などはお教えしますが…彼は人ではありません。千年前と同様に、世界を吸血鬼で埋め尽くす事を望む男である可能性もあります。世界から排除せねばなりせん。それだけは覚えておいて頂ければ」




「おうよ!」




「それでは、失礼しました」




リラとソルシエラは部屋を後にした。

静かな部屋には、目を瞑るエトワールだけが残された。




(…今回も、裏でやってる事についての言及は無し、か……勇者が人を食う。事実が事実なら、俺は正義をす聖騎士軍の元帥として、勇者に拳を向けねばならん…だが)




「……吸血鬼、ねぇ……人の拳が何処まで届くか。……滾る」




拳が音を立てて固く握られる。

元帥である前に、大人である前に、彼は拳士である。

次に彼が目を開いた時、その目には、元帥になる以前に、強者を求め大陸を渡り歩いていた頃の、熱き炎が燃え滾っていた。







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