第17話 1000年の邂逅、運命の日。
クリスマスの夜は1人でゆったりとした時間をお酒と共に過ごしました。誤字多いかもしれません。
千年の時を超え、勇者と吸血鬼は相対した。
千年前とは違い、栄華を極めた吸血鬼の城は今や見る影もなく、2人の周囲には、まるで地獄のように千を超える人間と吸血鬼の死体が、折り重なり濃厚な血の匂いを充満させている、という事もなかった。
異様な緊張感がその場を支配しており、言葉を発する者もおらず、鳥のさえずりすら聞こえない。
びゅうびゅうと山上に吹く風の音のみが周囲に響き渡り、まだ昼間だと言うのに、不気味な沈黙だけが場を支配していた。
「……お前の名は何だ、勇者」
「私は『勇者』です。『世界』は『勇者』という存在にだけ、価値と希望を見出したのです。かつて『私』を成していた『私』でさえ、『勇者』という存在には不純物の1つに過ぎません。故に、捨てた」
センヤの問いかけに、勇者は薄く微笑みながら返答する。
サナが渇望した自身の名前。
それを勇者は、不純物と見なし、既に捨て去ったと言った。
目の前に立つこの者は、どうやらとうの昔に自身を『世界』の一部とし、『勇者』という生物になったらしい。
しかしセンヤには、勇者が名前だけでなく、それ以外にも、何か大事なモノすら、削ぎ落としている様に感じた。
「捨てた、か」
「ええ、ですが、貴方は知っている筈だ。私がまだ未完成だった頃、貴方が最後に戦い、その果てに1000年の封印をしたのは、紛れも無いこの私なのだから」
「……封印されていたからな、まだ記憶が曖昧だ」
こちらにやって来たばかりのセンヤは、彼の名前など知る筈もない。
そしてこういう時に限って、内側からの声は聞こえてこない。
勇者は少しだけ陰りのある表情を見せたが、すぐに元の表情に戻り、やはり薄く微笑みながら、センヤへと返答する。
「ふふ、寂しいですね」
しかし、勇者のこの一言で、1つ分かった事がある。
違う。
何も感じていない。
寂しさなど、微塵も。
まるでブラックホールのような、黒い虚無。
「私がここを訪れたのは他でもありません。兵たちから話が聞こえてきたもので。ファテナ支部長は隠蔽を図ったようですがね。処罰は追って下しましょう」
やはりファテナが警告した通りだった。
しかし、今は彼女の無事を祈るしか無い。
まずは目の前の勇者を、退けなければならない。
「危険の芽は潰します。勿論、その同胞たちも。もう少し『私』が『私』だった頃の話を聞いておきたかったのですが……あまり時間がありません」
勇者が背中に背負われた剣の柄に手を掛ける。
引き抜くと同時に、鞘はキラキラとした蒼い粒子となり、太陽の光に少しだけ反射を繰り返すと、完全にその形を失った。
「綺麗……」
「宝石みたい……」
子供たちが呟く。
確かに、それは、敵対しているセンヤでさえ見惚れてしまいそうな程、美しいものだった。
瞬間、空気が激しく振動した。
ギィィンッッ!!!
「ぐッ……!!全員城へ戻れ!!!早くッ……!!」
勇者からは一瞬足りとも、目を離していなかった筈だった。
しかし、彼はセンヤに動きを全く気取られずに、瞬時にサナの目前に現れたかと思うと、既に蒼い長剣を振り下ろしていた。
センヤはギリギリでサナの前に飛び出し、彼の長剣を、赤黒いレイピアで抑え込んだ。
「セ、センヤ様!」
「サナちゃん!戻るよ!早く!」
「皆!今のうちに!」
キリナは1番の年長者である為、サナと子供たちを連れ、急いで城へと戻っていく。
「無意味な事を……千年眠っていた貴方に私の相手が務まるとも?貴方を倒した後、彼女たちも纏めて殺します」
「ぐっ……!!させるかよッ……!」
剣を剣で押さえ込んでいる筈だ。
しかし勇者は片手で剣を掴んでいるのだが、対するセンヤは横に構えた剣を、片手は刀身を掴み、両手で抑えているので精一杯であった。
勇者は余裕の表情だったが、センヤにはそれがまるで、巨大な岩石を押し返している様に感じる程の重さに感じており、少しでも気を抜けば、一瞬で押し負ける。
そしてこんな時に限って、内側からの声の主が全く気配を見せず、逆に身体の同調率を、大幅に下げ始めている。
勇者は先程と変わらぬトーンで、センヤへと語り掛ける。
「身体は千年前の物ですが…中身が違うようだ。おまけに、その玩具はなんでしょう…?」
勇者は、センヤが蒼い長剣を押さえ込む為に使っている、細身の剣へと視線を移す。
「私の終知らぬ蒼薔薇は、例え千年経とうとも、美しき輝きを放ち続けています。姉妹剣である貴方の大剣は何処へ?」
センヤが今押さえ込んでいる剣は、終知らぬ蒼薔薇という名前らしい。
勇者は姉妹剣であると言う大剣の事を尋ねてきたが、この世界で目覚めて、棺桶から起き上がった時には、既に身につけていたので、センヤが知る筈もない。
「ゴチャゴチャ……喋るなッ!」
「おっと」
終知らぬ蒼薔薇を押さえ込みながらも、センヤはガラ空きだった勇者の横腹に、蹴りを叩き込んだ。
勇者は横へと飛ばされるが、やはり鎧を身に付けた相手に蹴りはあまり効かない。
宙ですぐに体勢を立て直し、勇者は回転しながら静かに地へと着地する。
「蹴りでここまで飛ばせますか。やはり身体は王の物………なんでしょう。この胸に広がる違和感は…………今、私は貴方に『怒り』のようなモノを感じている」
「怒り……だと?」
勇者は頭を振るい、前髪をかき分け、額へと手をかざす。
今まで前髪で隠れていてよく見えなかったが、勇者の額には蒼いサファイアのような、綺麗な宝石が埋め込まれていた。
「スキル『高速移動』」
フッ…
「……ガッ…!?」
…何が起きたか分からなかった。
勇者の額にある宝石が光り、勇者の姿が視界から消えたかと思うと、次は腹に鈍い衝撃が走り、遥か後方へと吹き飛ばされていた。
「………」
センヤを見る勇者の目が、とてつもなく冷たく、そして気のせいだろうか、少し寂しげにも見えた。
かなりの距離を吹き飛ばされ、センヤは瓦礫の山へと突っ込んだ。
瓦礫にぶつかった衝撃と、勇者の発した『スキル』という言葉に、センヤの頭は混乱し、空回りしていた。
(ハァッ…ハァッ…スキルだって…?ゲームじゃないんだぞ!?)
しかし、無表情でこちらへと向かってくる勇者は、確かに『スキル』と言った。
内容は『高速移動』。
確かに、センヤは勇者の姿が全くもって捉えられず、気が付けば吹き飛ばされていた。
「クッ……まだだ…!」
同調率の低い身体は、ダメージを通し、吸血鬼の治癒能力を全く働かせていなかった。
全身に痛みが走るが、センヤはなんとか立ち上がり、剣を構える。
「いえ、スキル『武神の激励』『怪力』『風神の加護』終わらせます。これ以上、その身体で私を、王を愚弄するのは………我慢ならない」
ビリビリと感じる程の殺意を纏った勇者が、一瞬で距離を詰め、センヤへと斬りかかってきた。
ギィンッ!ギンッ!ギンッ!
(クッ……まともに正面から受けたら腕が折れるぞ…)
終知らぬ蒼薔薇を、センヤは細身の剣を使い、流し、いなす。
センヤは防戦一方、隙が見つからない。
下手に切りかかればその時点で終わりだ。
どうしても受け切れない剣はかろうじて躱すが、それでも完璧には躱せず、掠った場所からは血が勢いよく血が吹き出す。
肉に掠ればまだ良いが、それが骨なら話は別だ。
確実にヒビが入る。
しかしそれでも尚、精神力が痛みを凌駕し、何度でも立ち上がる。
「センヤ様………そんな……」
「兄ちゃん、負けちゃうの…?」
「まだ……まだ、分からない。センヤさんも今、全力で頑張ってる。だから、私たちも全力でセンヤさんを信じるの。分かった?」
不安がるサナと子供たちに、キリナはしっかりと言い聞かせる。
しかし、キリナも分かっていた。
この戦いの結末は、勇者の勝利で終わる。
勇者とセンヤの斬り合いは長時間に及び、陽は徐々に沈み始めた。
太陽の赤と月の紫が交わり始め、雲は黒く影を帯びる。
間もなく、夜が訪れようとしていた。
ギィンッ!!!
「ぐッ……!………カハッ………」
勇者の終知らぬ蒼薔薇を流す事も、躱す事も出来ず、剣でモロに受けてしまった。
センヤは城の入口手前まで弾き飛ばされる。
背後には、城、そして、家族。
危うく気を失いかけるが、不意に爺さんの言葉が心に蘇る。
『千夜、1人で戦うなら、己の誇りの為。例え倒れても、誇りを守りきれたならお前の勝ちだ。悔いなく死ねるさ』
『だが……護るべき者の為の戦いならば、お前は決して倒れてはいかん。お前が倒れてそこで終わりでは無い。次に手を掛けられるのは、お前が護るべき者達だ。……ま、だからこうやって稽古をつけてるんだがな』
『お前は優し過ぎる。そりゃあとても良い事さ。……だからこそ、お前には『覚悟』を覚えてほしい。』
『『覚悟』……?って何の覚悟だ……?』
『なるべくならその機会に恵まれない方が、良い人生だ。しかし、そうなる場面が来ないとも言えん。答えは自分で見つけろ、千夜』
中学生の頃、爺さんと特定の型が無い複合格闘組手をしている最中、蹴りを食らって倒れたセンヤに爺さんが放った言葉だった。
もっと、教えて欲しい事が山ほどあった。
しかしそれを教えてくれる者はいない。
センヤ自身が決断し、この世界を生きていかねばならない。
「ハァ……ハァ……そうだ…爺さん、俺は……倒れねぇ……倒れちゃ…いけねぇよな……!」
全身の骨にヒビが入り、血が出ていない場所など殆ど無かった。
前方の勇者の姿を、目が霞みながらもしっかりと見据える。
センヤは立ち上がる。
護る為に。
「まだ立ちますか、貴方は……どこまで私を侮辱すれば気が済むんですか……?」
「訳わかんねぇ事……言うんじゃねぇ……立つさ……何度殺されようが、死んでも立つ。俺の家族が傷付けられるのは……!家族を、亡くすのは……!死ぬより辛ぇ……!」
ドグンッ…
「今度は封印ではありません。生き物としての『死』を迎えてください」
センヤの顔に、終知らぬ蒼薔薇の切っ先が突き付けられる。
満身創痍ながらも、センヤも剣を勇者へと突き付けた。
「……俺は……サナに、あの頃の俺自身に、誓ったんだ……!奴隷の子供達が…普通の人生を送れるように……!世界を変えると………!!」
「『希望』は…消えねぇ…!!」
ドグンッ……!
「いいえ、死ねばもう立つ事はありません。さようなら、千年前の宿敵を騙る者よ」
勇者の終知らぬ蒼薔薇が、無情にもセンヤへと振り下ろされる。
「家族すら護れないで…何が『王』だ…」
ドグンッ…!
「もう二度と…!」
ドグンッ…!!
「俺は誰も失いたくねぇッ!!!」
────────────────ッ!!
……ゴォォォッッ!!!
「なっ……!?この、気配……まさか!?クッ!?」
瞬間、センヤの身体から黒く大きな、炎の様に揺らめく影が現れた。
勇者はソレに弾き飛ばされ、間一髪、終知らぬ蒼薔薇が、センヤに振り下ろされる事は無かった。
茫然とするセンヤに、黒炎の影が人型の形を取り、語り掛ける。
『…貴様の願い、王としての在り方、しかと聞き届けた。そうだ、優しさと甘さは違う、例え他者の命を奪ってでも、お前には護るべき者が居る筈だ!!その『覚悟』が出来たな、紅月千夜!!!』
「ハァ……ハァ……お前は…………」
そうだ、これこそが、センヤに語り掛けてきた『内なるモノ』の正体。
そして………
『我はヴァスターリア・クルス・デュラハルド。この身体の持主であり…千年前の貴様自身だ』
「なッ…!?千年前の……俺だと…!?」
『内なるモノ』がこの身体の持ち主である事は予想がついていたが、後半に、誰もが予想だにしない、とてつもなく大きな爆弾があった。
『…詳しい話は後だ。勇者……ソルシエラを退けるぞ』
ソルシエラ。
どうやらそれが勇者の元々の名前らしい。
『…この夜は我であり貴様。今こそ真に千年の眠りから目覚める時……貴様はソレを知っている筈だ…!!』
ヴァスターリアの影が、再びセンヤの身体へと取り憑いた途端に、様々な記憶が蘇り始めた。
それと同時に、ずっと拭えなかった違和感が、そして、感じていた同調のズレが、雪が解けるように消えていった。
「…ヴァスターリア……ありがとう」
センヤは細身の剣を倒して前方へと構え、刀身部分、その根元を掴み、ゆっくりと先端に向けて、手をずらしていく。
血がボタボタと流れ出るが、不思議と痛みは感じなかった。
刀身に流れるセンヤの血液は黒き炎となり、刃には黒炎が走っていた。
「…。夜を統べよ」
「真血…解放ッッ!!」
瞬間、刀身に纏っていた燃え盛る黒き炎が、センヤの身体を飲み込んだ。




