997. 出張戦闘後 ~親方の相談
目の前にどーんと現れた、白い神々しい龍。
何度見ても感動するそれ。その姿を見上げながら、小さく首を振って『お前は、ホントに最高だな(←カツレツの時も、コルステイン相手にも言ってる)』惚れ惚れしながら、にやける親方。
バーハラーも、ぐんぐん龍気を上げてイーアンの呼応を増やし、白い龍がグワッと口を開けたところで、斜め後ろに飛んで下がった。
鳶色のぎらつく目を魔物の群れる山に向け、イーアン龍は開いた口から、カーッと空間を歪ませる何かを吐き出す。
それは異様な光景で、イーアンが口を向けた先にある魔物は、見る影無く消えてゆく。白い龍が口を開き続けるだけで、その向かう先に動いていたものが、何も残さず存在を消す様子。
「初めて。こんな真ん前で見たが、凄いことするんだな。コルステインも似たようなことをしていたが」
呟いた親方は、イーアン龍の首が、獲物に向けて動く様子を眺めながら、敵だったらと思うと恐ろしくなる。
「木は・・・木や、自然には影響ないんだな。木の葉一枚、消えはしない。これが龍の特徴なのか」
選んだ相手しか、消していない気がする。龍の命の采配は、ビルガメスたちの話で、親方も少なからず知っていたから、こういうことなのかなと、肌で感じる。
ただただ、畏怖を感じながら魅入る、神話の力。
タンクラッドは、ルガルバンダに言われたばかりの『イーアンを導け』の言葉を、頭の中でなぞりながら、こんな偉大な存在に、俺がどう導くのだろうと考えていた。
この戦闘。と、言って良いものか。
タンクラッドは観客。動いたのはイーアンと、自分の乗るバーハラーだけ。出る幕じゃないから、仕方ないかと思いつつ、終わるまで見守っていた。
白い龍がそこかしこに首を向け、魔物を隈なく消し去った後。白い光を放って、その姿は元に戻る。時間にして15分くらいだった。
「終わったか」
「はい。見える部分は恐らく。でも大玉がいますから、それを倒しに行きましょう」
まだいるのか、と訊ねる親方に、イーアンは頷いて『大体、こういう感じの時は毎回、離れた場所にいるのです』と教える。
「わかった。じゃ、行くか」
親方はニコッと笑って、イーアンの翼に手を伸ばした。触りたいのかな、と思って、イーアンも翼の先っちょを向けてあげる。親方は微笑んで、白い翼をナデナデすると『お前は偉大だ』と誉めた。
えへっと笑うイーアンは『ただのイーアンですよ(※どんなイーアン)』と答えて、照れ隠し。
その顔が、かわいいなぁと思う親方は、それはそれとして。彼女を促して、大玉の敵がいる場所へ急いだ。
今この、二人の時間で。何か、答えに繋がることを見つけたいと願って。
15分かかっただけでも、龍の状態で戦うことに、どれだけ龍気が必要か、イーアンは理解した。ティティダックの村では、もっと長い時間を龍で動き回ったが、確かにあれじゃ倒れるなと、ようやっと自覚。
今は、お空で特訓もこなしているので、自分の龍気の消耗を、体感で知ることが出来る。お手伝いしてくれるバーハラーの様子まで気が回るのが、イーアンとしては、一番有難いと思った。
そんなことを思いつつ。敵を発見したイーアン龍はグワッと口を開き、向かい合ってすぐ、攻撃しかけた大玉の魔物を消し去る。大玉は、先ほどの魔物同様に、一瞬でその場からいなくなった。
「呆気ない。本当に、あっさりだ。ドルドレンが、自分の役目を(※勇者)疑う気持ちが分かる」
消滅と気付く暇もないほどに、すんなり掻き消えた大きな魔物の跡を見つめ、呟く親方。その横で、イーアンは元に戻り、翼でパタパタ飛びながら『乗せて下さい(※疲れた)』と頼む。
珍しく自分から乗りたがるイーアンに、親方が断るわけもなく。翼を仕舞うように言って、引っ張り寄せて乗せてやった(※約束の座席の上だけど、ちょっと離れてる)。
「疲れたのか」
「はい。能力を使うと、かなり消耗します。バーハラーも疲れているでしょうから、早く戻さないと」
「少し・・・どこかで休もう。空にすぐ戻らないといけないくらい、バーハラーは消耗していないだろ?」
どうかなぁと、イーアンは心配そうに、龍の顔を見る。龍はちょっとだけ横目でイーアンを見ると、つーっと視線を逸らした(※意地)。
「うーん。早めに戻してあげたいですね」
「そうか。だが、お前だけでも少し休ませたい。まだ夕方にならないから、その辺で」
タンクラッドは、休ませたい気持ちもあるが、少し二人でいたかった。バーハラーには申し訳ないと思うものの、馬車に戻れば二人で話す時間も少ない。
今。ルガルバンダに指摘されている自分の状態が、イーアンにどう思われているのかも知りたい。『時の剣を使いこなせていない』それも気になって仕方なかった。
「少しだけな。10分、その程度ならバーハラーも大丈夫だろう」
「うーむ、そうですね。はい、では」
イーアンは何となく、タンクラッドのこういう時は覚えがあり、何かあるんだろうなと察し、付き合うことにした。もしかしたら、男龍に何か言われているのかとか(※それだけ)。
二人を乗せた龍は、すぐ近くの岩山の上に向かい、その突き出した岩端に降りた。
「凄いな。それにしても」
「何がですか」
「お前の力だ。魔物を消すだろ?だが、木々を消しはしなかった。あの様子は不思議だ」
「あ。言われてみますと、そうですね」
知らなかったのか、と親方は驚く。イーアンは、親方の目を見つめながら『えー』言葉を探しているので、やっぱり知らなかったと分かる。
「でも。ビルガメスが同じことをしますけれど。彼がああして消す時、魔物以外の物も消してしまう気がします。岩の魔物の時がそうでした。魔物じゃない岩も消えたような」
「そうなのか。岩の・・・って、あれか。俺は馬車の中で寝たきりだった(※不名誉な802話)」
そうそう、と頷くイーアンは、照らし合わせて『本当。言われるまで、気がつかなかったかも』と今更のように自分の攻撃を考えている。
「お前の力なんじゃないのか?他の命は消さないというか」
「だとしますと。それはとても有難いことです。だって、人が混ざっていても平気ですものね」
「もしビルガメスなら、動物なんかも。あっさり消していたかも知れないわけだろう?お前も知らないでやっていたから、そういった心配はあったわけで」
そう言われると、うへぇとビビるイーアン。ヤバイ、忘れてた~・・・顔に出るのを、親方は苦笑いで『仕方ない。魔物にもやられるかどうか、瀬戸際で戦うんだから』と慰めてくれた。
「場所は選んでいましたが。動物たちとなると。あっ、そうですよ。ショショウィみたいな地霊もいたかも」
いや~!自分が嫌い~!! 頭を抱え、今更、それを恐れるイーアンに、親方は宥めて『大丈夫だろう。気配がすれば事前に逃げるだろうし』と背中を撫でてやる。悲しそうにちらっと見たイーアンに、微笑んで『大丈夫だ』ともう一度言ってやった。
「さすがに。お前たちの気配が来て、その場に居続けるわけないと思うぞ。気が弱いからすぐに逃げる」
「そうでしょうか。そうだと良いのですが」
大丈夫だよ、と笑う親方に、イーアンも反省した情けない顔で頷く。そんなイーアンをみていると、タンクラッドは『彼女はやはり人間』とも思える。偉大な存在に変わった今であっても、やっぱり、自分たちと変わらない心や悩みを持って。
「お前が。お前が龍で良かった」
呟いた親方の言葉に、イーアンは話が少し変わった気がして、ちょっと彼を見つめた。同じ色の瞳が少しの間、じっと見つめ返し『立場の話だ』元気のない囁きで、タンクラッドは答える。
「今日。ルガルバンダが来ただろ?俺は彼に。呆れられてしまったような」
「呆れ・・・そんな。そんなことありませんでしょう」
「いや、違うんだ。お前の後を追ってこれたのは、きっと、彼の新しい祝福の力なんだが、こうしたことが瞬時に起こると、悩まないわけにいかん。
彼に『これ以上は、授けるのに躊躇う』と言わせてしまった」
何でいきなりそんなことをと、イーアンが親方を見て呟くと、タンクラッドは岩の上に腰を下ろして、頭を掻く。イーアンも横に並んで座り、親方を見上げて返事を待つ。
「うむ。あのな。別にそうは言われていないが。優柔不断という意味だろうな」
「あなたが『優柔不断』。タンクラッドが?それ言ったら、大体の人が優柔不断ですよ」
「イーアン、有難うな。でもそうなんだ。多分、そういう意味だ」
フフッと情けなさそうに笑って、タンクラッドは、自分を見上げるイーアンの髪の毛を撫でた(※愛犬)。
イーアンは、親方が優柔不断なんて、思ったこともない。こんなにバサバサ決めて、何でもハッキリ動く人なのに。ルガルバンダは、どうしてそう思ったのかと不思議になる。
「そりゃ。男龍から見たら。彼らは即決ですし、過去も拘らないし。って、違った。ルガルバンダはそうでもありませんよ。
そうだ、そうそう。彼だけは、ウジウジすることもありますのに(※恋愛男龍だから)。
男龍では貴重なウジウジする(?)ルガルバンダに、あなたがそう言われるなんて。よほどタンクラッドの方が」
「でもないんだ。イーアン。ちょっと聞いてくれ」
親方が、んなワケないでしょう~と、眉を寄せる女龍。タンクラッドは苦笑いで、イーアンに昼の話を聞かせることにした。
そして、お話を聞き終えた後。イーアンは少し同情。
滅多にない、自信のない表情で、タンクラッドが沈んでいる様子に気の毒に思う。何て言えばいいのか、考える。
そんなイーアンの顔に、親方はちょっと笑って、垂れ目を垂れさせている女龍の頬を撫でた(※コルステイン風ナデナデ)。
「な?お前も思うだろう。優柔不断、とまで言われなかったが、状態はそうだ」
「難しいです。タンクラッドは、コルステインにもすぐに優しく接した方です。ショショウィにだって、そうです。
あなたの優しさが、そう言われる理由になるとは。コルステインやショショウィは、自分に優しくしてくれる人が出来て、本当に嬉しかったと思います。偶々、彼らが別々の存在であっただけなのに」
「俺は優しくしようと思って、そうしたわけじゃない。ただ単に、コルステインにも、ショショウィにも、自分がそうしたかったからだ。
とはいえ。ルガルバンダの言葉を解釈すると、龍の祝福を最初に受け取ったはずの俺が、なぜなのかと疑問に感じるのかもな」
相手が、サブパメントゥ。相手が、地霊。それだけの事だというのに。
龍の祝福が強くなれば、彼らに近寄ることも叶わず。かと言って、龍の祝福をなくして今後に進めるのかと言えば、サブパメントゥのコルステインや、地霊のショショウィに、タンクラッド本人を守るような要素はない・・・といった、この状態。
「お前が。俺の話を空でしていた、とルガルバンダが。お前もそう思っていたのかなと」
「え。私が?そう言われましたか?私があなたのことを話したのは、こんな関連ではありませんよ」
考え込んでいたイーアンの返事を待つことなく、そう言って寂しそうな微笑みを向ける親方に、ビックリしたイーアンは、がっつり否定した。
『タンクラッドが、コルステインを気に入っているため、龍の祝福を強めることが難しい』とか『地霊を一緒に動かしたい』といった話はしたが、それは別に、タンクラッドが優柔不断などと、そんなこと考えてもいない話題であって。
それを伝えると、親方は頷いて『そうか』と呟く。
『でも、ルガルバンダには。そうしたことから、俺の弱点になり得る部分を見つけたんだろう』悲しそうに、理解したよう。
「だからって。過去の・・・お名前、何でしたっけ。時の剣を持つ、その方と比べるのも違うでしょう」
別人なのにと、嫌そうな顔をしたイーアンに、タンクラッドは溜め息をついた。
「コルステインが。ヘルレンドフのことを話してくれたことがある。彼女の話でも、ヘルレンドフがどれほど自分に厳しい男だったか、知ることが出来た。俺は甘くはないと思うが、彼に比べれば」
「タンクラッド。比べないで下さい。あなたと彼は違う人です。お顔や背格好が似ていようが、何だろうが。全く違うのです。役割も同じで、運命に操られた出会いを、繰り返すにしても、です」
イーアンは、親方を覗き込んで首を振って『別人』と言い切る。
ルガルバンダ~!と、思う今。また、過去の誰かと並べやがって(※初っ端、自分がそう扱われた)!
「だって。考えてみて下さい。ドルドレンなんて(←伴侶が良い例え)お父さんにもお祖父さんにも、そっくりですよ。彼の叔母さんにも、そっくり。年が近いからだけど。でも、どうですか。そうでしょう?
それにコルステインは、ギデオンと間違えたくらいに、ドルドレンは顔も姿も似ているのです。
何百年も前の人と、同じ家系だからって・・・似過ぎるくらいのドルドレンは、性格だけが違うことで、全てが救われるではありませんか(※これスゴイ重要)」
真剣にそう教えると、親方は笑い出した。ドルドレンを、引っ張り出して例えにされたら・・・イヤでも納得する部分(※勇者の務め・別件版)。
「そうか。そうだな。確かに、お前の言うとおりだ。ドルドレンは、苦難の星の下にいるか。
彼以外が最悪だからな。そう思えば、同じような条件で生きているにしても、別人であろうとすることは、比較云々の話とまた違うか」
笑った親方は、イーアンの背中をナデナデしながら、ニッコリして『有難う』とお礼を言う。
イケメンスマイルだけど、周囲がイケメン尽くしなので、もう慣れたイーアンは、美の世界に感謝しつつ、親方の笑顔に笑顔で返した(←こっちはワンちゃんスマイル)。
「タンクラッドにしか出来ないことが待っている、それが今回です。私はそう思います。私も、ドルドレンも、そうであるように」
過去に合わせて、性格や考え方を変える理由がないでしょう、とイーアンが言うと、親方は柔らかい微笑を湛え、女龍を見た。
「何だかな。お前に諭されるとは」
「お嫌ですか。でも仕方ありません、私にお話下さったのだから」
『違うよ』と笑って、タンクラッドはイーアンの胴体を引っ張り寄せた。
ぬぅ、と唸ってイヤイヤするイーアンを、やんわり両腕に抱え、その頭に顔を乗せると、目を閉じたタンクラッドは『少し、こうさせていてくれ』と頼んだ。
「龍の加護が得られなくても。祝福をこれ以上、受け取れなくても。俺の命じられた相手が、お前であれば。やっていけそうな気がする」
頭の上で呟かれた言葉に、イーアンは少し、きょとんとした。弱気にも本音のようにも聞こえる、素顔の声。タンクラッドのそんな呟きを、耳にするとは思わず。イーアンは、ゆっくり頷く。
こんなに堂々とした親方でも、こうして時々、自信を失うんだな・・・と思う。それは少し、扱いにくい不安にも似て、早く安心したくなるのだろう。
「大丈夫ですよ。あなたは私を導いて下さいます。ザッカリアが最初に、そう言っていたように」
「うん・・・そうだな。龍とお前を。そうだ、俺の役目だ」
うんうん、頷くイーアン。その頭に頬を乗せて、目を瞑ったまま微笑むタンクラッド。抱き締めるわけではなく、ちょっと両腕の間に入れただけのイーアンに『お前に励まされている』と伝えた。
「弟子に」
「そうだ。弟子に。親方のくせにな」
ハハハと笑うイーアンは、頭の上で同じようにちょっと笑った親方へ。
トントンと、自分の前にかかる腕を叩く。何かと思って、目を開けた親方は、イーアンの顔を見た。鳶色の瞳がいたずらっぽく笑っていて、さっと片手を親方の顔の前に出す。
「何だ?」
「ここに何がありますか」
「何?何もないだろう。何も持っていない」
そう言った途端、タンクラッドはハッとする。イーアンがニコーッと笑って、開いた5本の指をぐっと握って振ったすぐ、次に開いた手の平に、透き通った水色の小石が乗っていた。
「ハハハ。手品か」
「はい。これどうぞ」
どうぞ、と言われて体を起こしたタンクラッドは、彼女の手の平にある水色の小石を摘む。『これは』と笑って聞くと、イーアンはもう片手でも同じようなことをして、ピンク色の小石を見せた。
「これ。飴」
ちょっと笑って、ぱくっと口に入れるイーアン。可笑しくて笑ったタンクラッドも頷いて、水色の飴を口に入れた。
「帰ろうか」
「帰りましょう。ルガルバンダには、私から話しておきます」
彼に冷たくしないでくれ・・・親方は立ち上がって、イーアンの背中を撫でる。イーアンは親方を見上げて『冷たくしません。ちょっと説教します』と笑った。
それから二人は、丸まって寝ていたバーハラーを起こすと、夕方の始まりの空を、馬車を探して飛んで戻る。
親方は、この温かい時間に満足し、前に座らせたイーアンの頭にまた顎を乗っけて、ルンルンしながら帰り道の時間を楽しんだ(※イーアンは我慢はするけど、目が据わっていた)。
自分は、過去の男と違う。それはそれで、きっと丁度良い役目があるからだと、すんなり思えることが嬉しかった。
お読み頂き有難うございます。




