995. 男龍に聞く ~空の孔と精霊と、タンクラッドのこと
「『アムハールの空』と、お前たちが呼んでいるあの場所。ああした場所は、幾つかあった。中間の地と行き来がしやすい。
母の時代。母も通ったが、中間の地からは、勇者と共にサブパメントゥたちも上がっていた。その時は、彼らは船で移動した」
イーアンはハッとする。あの『白い船』の話題が再び出て驚くが、その話がここに繋がっているとも思わなかった。しかし、船の言葉はここだけ。
ビルガメスは少し言葉を選んでから、静かに話を続ける。
「ズィーリーたちの時代になると。アムハールは例外にして、当前だが、他の『空の孔』は閉じている。ただ、全く開かないわけでもなかった。それは精霊が動いた時だ。龍の力の後を使う精霊は、龍の様子を見える形にして、相手に映した」
「ちょっと、後半の意味が理解し難いです」
「だからだな。精霊が現れる時、精霊そのものの姿ではなかったんだ。
龍の作った孔を、精霊が使う場合、精霊はその姿に龍を模した。精霊と対面する相手には、龍のように見えたかも知れんな」
ああ~・・・そういう意味、と了解するイーアン。
つまり、龍じゃないんだけど、龍っぽく見える、そういうビジョンで精霊は登場して、対面する人間とか他の皆さんに、お会いしていたのだ。龍に気を遣ったのだろうか。
「その、龍を模した姿の精霊・・・では、ないのですよね。ノクワボたちは」
「違うな。遺跡にいたのは、もっと力の弱い精霊だ。
彼らの願いを聞き届け、上にいる大きな力の精霊が力を貸してやったような、まぁ手伝ってやったんだろう。
ノクワボという精霊は、従う大きな精霊の姿を、自分たちに取り込んだのかも知れん」
ここから、ビルガメスの話が少しゆっくりになった。話せる内容を考えているらしく。時折、黙っては話を繋いだ。
龍と違って、精霊や妖精は、中間の地に関わる場合が多いと言う。
だが、大きな力の精霊は、いつも中間の地にいないし、イヌァエル・テレンではないがその辺りにいると(※ここで思いっきり話を濁された)。
通常、中間の地に存在する精霊たちを導く時、大きな力を持つ精霊は、離れた場所から力を貸してやるような、そういったことがあるらしかった。
「ということは。その、お空の孔を使って、水を注いだり、その水に聖なる力を含めてくれたりしたのは、龍族ではなくて」
「そういうことだ。精霊だ。前に話しただろう、『ドルドレンたちが乗る龍は精霊が生む』と。ああした力を持つ精霊は、中間の地にはいない。違う場所にいるんだ。
シャンガマックの龍・ジョハインは、大地の精霊が関わっている。だから精霊の結界にも強い。いろいろあるんだ(※がっつり濁す)」
おじいちゃん情報を、うんうん頷きながら聴くイーアンは、もう一つ食い込む。
「では、祈祷場だった遺跡とやらですが。そこに最初は誰かがいたわけで、それは置いておいて。
後年、あの場所に住んだ、龍頭の精霊たちは、空から大きな精霊の意向を授かって、動いたような感じでしたか」
「そんなところだ。それで納得しておくことだ」
「どうして助けてあげたのでしょう。貴重な力を含む水を与えて。そして閉ざしたのに、今再び」
「イーアン」
ビルガメスは、横に座るちっこい女龍の角を、ぴっと押して顔を上向かせると、その顔を覗きこみ、首をゆっくり振る。
「お前たちが動けば。求められているなら、物事は運んで行くだろう。それを以ってして理解としろ」
角を押されたままなので、上を向いた状態で、イーアンは、うんと頷く(※もう訊くな、ってことだなと)。でも。ここまで分かれば、後はやんわり解釈すれば良いのかなとも思える。
お礼を言って、イーアンは『水は大切に使う』と話した。ルガルバンダもビルガメスも、ちょっと笑って『大切な使い方を考えるんだ』と言い直した。
これ以上は、訊いても答えないと分かる。イーアンが質問の仕方を変えようかと考えた時、ビルガメスは立ち上がって、珍しく『家に戻る』と短く告げると、子供をわさわさかき集め、そのままあっさり帰ってしまった(※子供でかくなったから、一度に10頭くらいしか運べない)。
ぽかんとした顔で見送ったイーアンに、ルガルバンダが少し笑い『ビルガメスは。お前に質問されると思ったんだ』と教えた。
「以前も言ったが、お前たちが知り過ぎると負担になる。時期が来るまで、知らない方が良いこともある。想像し、知り続けると、壁が出来る。自分で、自分の答えを阻む壁を作るもんなんだ。
ビルガメスはそれを良いと思わない」
イーアンは特に知りたがるから、と言われて、イーアンはちょびっと恥ずかしい。でもそうだなと思えたので、頷いて『気をつける』と答えた。
それから、子供部屋に残ったルガルバンダを見つめ、ささやかな質問をする。
「ルガルバンダ」
「何だ」
「さっき。ズィーリーが『祖国で崇めた相手を見た』と。そして、私も同じような反応をしていると仰って」
「そうだ。そう言った。だからあの精霊に何かあるのだろう」
「そう見えましたか?私が喜んでいるように」
「違うのか?ズィーリーは、普段は顔に出さない人だった。あの時は懐かしい相手に会えたような笑顔が。お前は逆で、いつも笑っているが、なぜか今回は、見つけた相手を知り合いのように確かめようと、真剣だ。
俺には、お前とズィーリーの反応が同じに見える」
そうですか・・・微笑んで頷いたイーアン。ズィーリーは、やっぱり本場の人だったんだなと思った。私は日本だけど、彼女は『龍の国』の人だった、と。
ノクワボの姿を、親方に絵にしてもらったシャンガマックが見せてくれた。それを見た時、イーアンは心に熱く懐かしいものが沸いた。何重にも重ねた着物と、日本や中国に伝わる龍の頭。その姿に、イーアンはとても嬉しく感じた。
ここの龍とは違うけれど、ズィーリーも自分も、同じ龍の懐に居た。少し、彼女と近くなった気がしたイーアン。龍の繋ぐ縁に、壮大な宇宙を感じながら、ルガルバンダの後押しにお礼を伝えた。
少し照れたようなルガルバンダは、イーアンの頭を撫でて『俺は二回も。ズィーリーの横顔を見ている』と微笑んだ。それは既にいない、愛した人に似たイーアンが、嘗ての彼女を思い起こさせる一時を齎したことから、呟いた言葉。
その意味が伝わるイーアンは、ニコッと笑って頷いた。
「もう戻る時間だな。俺が送ってやる」
子供部屋でイーアンと他愛ない話を続けた後、機嫌の良いルガルバンダは、昼は送って行くと言い張って聞かなかった(※断ったけど、結局ついてきた)。
ミンティンとルガルバンダが一緒の帰り道。イーアンは疑問が一つ残っていた。小さな疑問だが、それは『ズィーリーが、龍頭の精霊を見た』こと。
彼女は女龍だったのに、なぜ精霊の近くへ行けたのか。その時も、ショショウィのような案内する精霊がいたのだろうか。だとしたら、彼女が近づいて平気だったのか。
精霊が居る遺跡に入れたという、その部分だけを取っても、イーアンには疑問だった。
横を飛ぶルガルバンダに、ちょっとだけ。しつこいかなと思いつつ、それを打ち明ける。『私は地霊にも近づけないのに。ズィーリーは大丈夫だったのかと』気になりますよ、と言うと。
「お前。前に話した事を覚えていないのか。お前の龍気は、ズィーリーよりもずっと強い。ズィーリーは男龍から受け取る女龍だったが、お前は男龍に与える女龍、と前に言っただろう。角、生えた時に」
そう言って、イーアンの角を指差す。ぬ。そうでしたね、と思うが、ちょびっと頷いて『それだけが理由に思えなかった』と誤魔化しておいた。
「うーむ。お前にも同じことが起こるか、それが分からないから、あまり言いたくはなかったが。
もう一つは『時の剣を持つ男』だろうな。あの男の剣が、中和する役目を果たす。ズィーリーは、当時のその男と一緒に動いて遺跡へ入ったから・・・って。
俺も見ていないし、後から聞いた話だから、そうだろうと思うだけだ」
少し固まるイーアン。え・・・じゃ。私もタンクラッドと一緒だったら、ショショウィ(※とりあえず最初の目的)に近づけるんでは。
何やら目論んでいる様子の女龍に、ルガルバンダは眉を寄せる。
「ちゃんと聞いていたか。ズィーリーとお前じゃ、龍気の強さが違うんだ。
今回、タンクラッドが、時の剣を持つからといって、彼と一緒なら、精霊や他の存在に影響しないわけじゃない。そんなことで、うっかり消したら問題だぞ」
ぬぅ・・・読まれたか。イーアンは、さっとルガルバンダを見て、『はい』と頷いておく。この前、ショショウィのことをルガルバンダに話しちゃったから、これはバレたかと知る(※バレるもの)。
この後、馬車に着くまでの間。
イーアンはどうにかしてショショウィと触れ合えないか、真剣に考えていた。ルガルバンダはちらちら見て、困ったように『無理な事を試みるな』と止めていた。
そして間もなく馬車へ到着。お昼時の馬車は、昨日同様、周囲に誰の姿も建物もない場所に停まって、煙が一すじ昇っている。
『お昼に間に合いました』イーアンはそう言って、ぴょ~っと降りた。ルガルバンダもミンティンと一緒に側へ降りる。
戻ってきたイーアンと(※オーリンではなく)ルガルバンダが登場したことで、ドルドレンは大喜びして迎え入れた。
久しぶりのルガルバンダに、ミレイオも食事の手が止まる。メロメロしてひたすら見つめ続ける、目の保養時間だったが。
ルガルバンダは、思い出した序とばかり、タンクラッドを捉まえて『ちょっとお前に話がある』と少し離れた場所へ移動した(※羨ましいドルとミレイオ)。
親方も、暫く会っていなかったルガルバンダ相手に、少し緊張気味。何も言わずに後について行き、どさっと地面に横になるミンティンの側で、二人は立ち止まった。
「俺に。何かあるのか」
「お前のことを度々、イーアンから聞いている」
「俺の話を?イヌァエル・テレンでしているのか」
ちょっと嬉しい親方(※内容前向き想像)。そんなタンクラッドに、少しだけ呆れた感じで笑ったルガルバンダは『勘違いかもしれないぞ』と釘を刺す。喜びの微表情が真顔に戻る親方。
「お前が、コルステインと一緒だから、グィードの皮で保護力を保っているやら。俺の祝福の効果が薄いやら、な。言いたいこと、分かるか」
「う。それは。俺が人間で弱いと」
「間を抜かして、答えだけ言えば、そういうことだ。
龍の皮を持たせてやっても、コルステインを気に入って一緒に過ごす以上、お前を龍の力で守ることも出来ない。グィードは確かに、唯一、サブパメントゥに無事な龍だが。お前は今、そのグィードの皮さえ身に着けていないじゃないか」
ルガルバンダの言葉に、黙る親方。ショショウィのために、龍の力に頼れない部分を指摘され、どうしたものかと返事に詰まる。
そんな親方を見つめる金色の瞳は、少しの間、彼の答えを待ち、全然返事をしないものだから笑う。それから、タンクラッドの額に指を当てて押すと、自分を見上げさせた。
「どれか。選んでおけ。お前はこの仲間の中で、少々風変わりな立場だ。
俺の与えた祝福は、薄いわけじゃない。お前の体を守る条件はない祝福だっただけだ。今、ここで新たに与えてやることも出来るが、それは断るだろ?コルステインのために」
「そうだな。コルステインが近寄れないのは困る」
「ドルドレンは、ビルガメスの毛を受け取った。あれを外さなければ、まず、誰が頭に入り込むことも無い。そして滅多なことで、龍以外の存在の影響も受けない。
タンクラッド。俺はお前に、龍を見つける力を与えた。だがそれだけでは、お前を守ることは出来ない。それで困ったことは無いのか」
薄緑色の輝く肌を、昼の光に照らした、4本角の男龍は、見上げさせている男に訊ねる。
タンクラッドは『困ったこと』を思い出し、溜め息をつく。困ったけれど・・・かといって、コルステインを受け付けない体になるのは無理だ。
「困ったことは、あった。精霊の結界に、ドルドレンたちは入れた。その中の魔物の力に、体をやられることなく、彼らは戦ったんだ。俺は『外で待っていろ』とイーアンに言われて」
剣があっても、戦えない場面があるのは困る、と正直に話す。ルガルバンダは、彼を見て首を傾げた。
「お前は。自分の剣の使い方も、まだよく分かっていない。そして、協力しようとする相手を、未だ選べないのも。それが、今回の『時の剣を持つ男』の条件かどうか、分からんな。
以前、ズィーリーと旅を共にした男は、もっと強かった。心も強く、厳しい男だった。選ぶものを知っていた。お前も・・・これからそう、育つのか」
親方はルガルバンダの、困ったような顔と、その形良い唇から囁くように流れた『比較』に傷つく。俺は、47(※今年8)にもなって、まだ成長が足りないと。そう言われているのか――
答えの返せないタンクラッドに、ルガルバンダはやや同情した様子で(※この表情も傷つく)『今は。待つか』と呟く。
仕方なさそうに、自分を見上げて愕然とするタンクラッドの頭を両手でそっと押さえると、額にかかった髪をどけて、そこに少しだけ口付けしてやった。親方、真っ赤。
「タンクラッド。俺がお前に祝福を重ねたのは。お前がイーアンを守るためだ。だが、お前がコルステインを選び、精霊と共に歩むなら、これ以上は授けることも敵わん。
イーアンを導け。今出来ることはこれくらいだ。そのための感覚だけは与えたぞ」
言うことだけ、きちっと伝えた男龍。
親方の頭から手を離したルガルバンダは、さっと馬車に顔を向け、こっちをじーっと見ている彼らを見てから、『じゃあな』と挨拶し、ミンティンを起こして、あっという間に空へ戻ってしまった。
立ち尽くすタンクラッドは、まだ顔が赤いまま(※慣れない)。そんな親方を、ドルドレンもミレイオも羨ましさに、はーはー言いながら、同じように赤くなって見守っていた(※♂♂萌えイーアンもイイもの見た)。
お読み頂き有難うございます。
心温まるメッセージを頂戴しました!ここへ立ち寄って頂けますだけでも、本当に感謝なのに。
メッセージにイーアンやドルドレンのこと、嬉しくお伝え下さいます思い遣りには感涙だけです。ただただ、嬉しい・・・温かなメッセージ、本当に有難うございます!頑張ります~




