993. 旅の四十一日目 ~テイワグナ・太陽の家族の歌
朝。ミレイオは一人で朝食作り。イーアンを出すわけに行かないので、イーアンは風邪でもないのに馬車にこもったまま。『病欠みたいですよ』ぼそっと呟き、ミレイオに宜しくお願いする。
「あんたが空に出かける前には、あの子も帰ると思うから。それまでの辛抱よ。ちょっと大人しくね」
はーい・・・鍋と食材を抱えるミレイオに了解し、イーアンは馬車の2階でひっそり。
暫くし、ドルドレンも起きて、ちゅーっとしておはようの挨拶を済ませると『手伝ってくるのだ』のろのろ着替え、朝食作りのお手伝いに、ドルドレンも馬車を下りた(※良い総長)。
テントの朝を迎えたジャスールとバイラも、早く起きる。
起きてすぐ、ジャスールはその辺で立ちションしてから、手をちゃちゃっと砂で拭くと(※手、キレイにしたつもり)ミレイオの熾した焚き火の側へ行く。
バイラもついて来て、彼に今日の話をしようとすると、ジャスールはミレイオの横に座った。ミレイオは彼を見て微笑む。
「おはよう。寝れた?」
「うん。体が痛いけど、寝れた。昨日、夕食有難う。手伝うよ、俺が出来ること言って」
「え?手伝ってくれるの?良いわよ、朝は簡単だから」
いい、いい、と断るミレイオに、ジャスールは何てことなさそうにニコッと笑い、籠に入れた根菜を一つ手にすると『皮剥けば良い?』と、手を出してナイフを求める。
あっさり手伝おうとする若者に笑ったミレイオは、小さいナイフを貸してやって『剥いたら4つに割って鍋に入れて』とお願いした。
「分かった。ここに出してあるの、全部やれば良いのか」
「そう。ありがと。優しいわね」
「出来ることするだけだ。優しいんじゃないよ」
へへっと笑うジャスールに、ミレイオも笑って頷く。ドルドレンの手伝いも、いつもこんな感じ。やっぱり、馬車の子って似てるんだなと感じる。
器用にクルクル、皮を剥いては、手の上で4つに切り分ける慣れた調子に、彼は毎日のことかもと思った。
下りてきたドルドレンも、その様子を立ち止まって見ていた。同じように、ジャスールの後ろに立ったまま、ぼうっと彼を見つめているバイラと目が合い、二人はちょっと笑う。
「おはよう。ジャスール。どうだ、体は」
「ああ、ドルドレン。おはよう。朝食手伝ったら、俺、帰るよ。多分、俺の家族は待ってるから」
「ここからだと、道を戻って2時間か、3時間くらいだと思う。急がないで食べて行け」
「有難う。でもいいよ。昨日、もらったしね。水だけくれるか?」
拍子抜けするような、気さくな感じ。ジャスールは若いけれど、付き合いやすいと思ったのは、ドルドレンだけではなく、その場に居合わせた大人は皆、同じように思う。
日焼けした肌は引き締まっていて、しっかりした体つきは、まだ背が伸びそう。焦げ茶色の髪の毛は、少しクセが入っていて、結べはしないけれど長めで、彼を少し幼く見せる。
彫りの深い顔立ちに、白目が目立つが、黒目がきらきらしているので、きつい印象はない。鼻筋も通り、ちょっと笑った時の歯並びに違いがあるのも、愛嬌のように見える。
「ジャスール。もうすぐお別れなのに、こんな事を訊くのも何だが。お前は幾つだ」
「俺か。24だ」
「えっ。そうなのか。もっと若く見えるな」
「まだ子ども扱いだろ?しょうがないよな、見てくれがこんなだからさ」
3人とも微妙に驚き。18くらいかと思ってたのに、24って(※大人から見たら変わんない)。自分が子供みたいな見た目、と自覚しているからか、カラッとしていて笑ったジャスールは『だから。目一杯戦える』と意気込む。
「魔物が出てるからさ。俺も倒しているんだ。龍の女に会えたら、一緒にね。旅に出るつもりだ」
「ん~~~・・・そうか~~~」
その話しになったので、ドルドレンはとりあえずうんうん頷いて、静かに流してあげる。
ミレイオも苦笑いで、ジャスールの剥いてくれた根菜を受け取り『強いのね』と認める。バイラも、ジャスールの後ろで笑うのを噛み殺す。
起きて来たオーリン。少しだけ話を聞いていたようで、皆に挨拶すると、ニヤニヤしながらジャスールに訊ねる。『お前。龍の女って、どんなのか想像付いているか?』その一言に、ドルドレンが冷たい視線を投げた(※イーアン=中年ってバラす気か!って気持ち)。
「そうだなぁ。俺よりは、年上なんじゃないかな。伝説だと、大人の女なんだ。今回、現れるのもきっとそのくらいじゃないかな」
とのお返事に。ドルドレンは、興味を持つ。オーリンの意地悪(※だと思う)な質問から、意外な情報が漏れたので、他には何かあるのかと続けて訊ねた。
ジャスールはドルドレンを見て『ハイザンジェルと同じ伝説じゃなさそうだな』と呟いた。ミレイオは、彼が頭の回転も速そうに思う。それはバイラも感じた様子。さっと若者を見た。
「うーんとさ。いくら何でも、龍の女の遺跡とかは知ってるよな?彫刻に残ってる、あんな具合だよ。
角と翼があって、顔つきが少し、普通の人間と違うんだ。もっとこう、大きい存在って分かる感じかな。男でも女でもイイ、って顔。超越した存在だからさ」
「男女を超越した存在・・・そんな誉め言葉は初めて聞いたな」
うっかり感心したドルドレンの呟きに、ジャスールは首を傾げる。『見たこと、あるのか?昨日はないって言っていたけど』ものすごく疑ってそうな言葉を返す若者。ドルドレンは大急ぎで『いや、そうじゃなくて』と濁した。
「なぁ、お前。ジャスールだっけか。お前よりも年上で、その上、女でも男でも通用する顔の相手に、お前『一緒に旅しよう』って言う気か?」
オーリンが話に挟まって、ドルドレンの失態(※ちょびっと)を消すが。
オーリンを見たジャスールは、質問に答える代わりに、彼の目を見つめ『目の色、変わってるな』と見つめた。
それからミレイオの顔も見て『ミレイオの目も綺麗だ。この色、見たことない』そう、独り言のように言う。ミレイオとオーリンは少し固まる。
「そういや、昨日の夕食で。俺の隣にいた若い子、綺麗な顔した男の子。あの子の目の色も、随分明るくて綺麗な色だったな。この旅の仲間は、何かあるのか?」
「ザ、ザッカリアのことか。あー、えー。いや、どういうわけか。皆、とても容姿に恵まれているというだけで。なんと言うか。特に条件があって一緒ではないのだが(※ウソ)」
「ああ、うん。そうだね。見た目、皆、目立つもんな。でも俺が言ってるのは、そういうことじゃないよ。ドルドレンも何かちょっと、雰囲気違うもんな。バイラは普通の人って感じだけど」
バイラが苦笑いするのを見て、ミレイオも笑いそうになるが、軽く咳払いしてから若者を見て首を振る。
「人間関係って、縁でしょ。縁で一緒に動いているだけよ。目の色も偶然ね。
あんたの家族は?皆、あんたと似てるのかな。焦げ茶の髪の毛と、黒っぽい目と。あんたもカッコいいわよ。家族もそう?」
思いっ切り、話を逸らしてくれたミレイオに、ドルドレンとオーリンは感謝(※下手に口挟まないことにした)。ジャスールは誉められて、ちょっと戸惑い、照れ笑いして『そんなじゃないよ』と口ごもった。
ここからは、やけに刺し込んでくるジャスールの会話は和らいで、一緒に食事をする。
出来上がった朝食を、最初にジャスールに差し出したミレイオは『食べな。お腹空いちゃう』ちょっと多かったのよと、彼の手に押し付けた。
「有難う。悪いな、昨日ももらったのに」
「良いわよ。うち、大食らいが多くてさ。多めに作ってるから平気。こいつらは昼も食べれるもの」
そう言って、後から来た親方とドルドレンを見たミレイオ。
二人はさっと目を逸らして、受け取った皿を持つと『ちょっと。馬車で食べる』ぼそっと断ってから、そそくさ馬車へ戻った(※愛妻、腹空かしてる)。
タンクラッドとドルドレンは、多めに盛り付けてもらって、それをイーアンに運ぶ。そーっと馬車の扉を閉めると、イーアンを小声で呼んだ。ひょこっと、2階から顔を出したイーアン(※腹ペコ)。
親方はそんなイーアンを見て、可愛いなぁと思って微笑む(※横恋慕は続く)。そして、そんな親方を横目で見たドルドレンは『タンクラッドは別に・・・あっちで食べても良いのだ』ちょびっと釘を刺した。
「いいじゃないか。俺とお前の分を少しずつ分けてやれば、イーアンの一食分だ」
「お世話かけます」
「俺の分、半分でも良いと思うのだが。おいで、イーアン。静かに下りなさい」
さくっと返した親方に謝るイーアン。もう一度、釘を刺してから、愛妻を下ろすドルドレン。3人は、馬車の荷台で食事を摂る。
「どうですか。彼は」
「うん。今、朝食を食べているが。この後すぐに戻るそうだ。どうもな、昨日も思ったのだが、彼の知っている馬車の伝説と、俺の聞いている内容が違うのだ。
ちょっと気になるから、もう少し、ジャスールの知っている伝説を聞かせてもらおうかと思う」
「ふむ。伝説が異なる。それはテイワグナの方が龍の信仰が根強いからでしょうか」
ドルドレンが匙に載せた食事をイーアンに向けると、内容の別を考えているイーアンは、ぱくっと食らいついてもぐもぐ。
それを見ていた親方も、同じように匙に乗せて口の前に出すと(※確信犯)イーアンは目の前に出されたそれも、ぱくっと食べる(※考え中は気にもしない)。
ぎょっとするドルドレンは『タンクラッドの匙で食べてはいけない』と、それはダメであることを注意した。
ハッとしたイーアンは(※ボケッとしてた)丁寧に伴侶に謝ると『タンクラッドのお皿から、ドルドレンのお皿に分けてもらいます』と親方に言い、つまらなさそうな親方のお皿から、ドルドレンはごそっとイーアン分を取り分けた。
それから、伴侶に食べさせてもらいながら、イーアンは、ジャスールに質問する内容を絞って、伴侶に伝える。タンクラッドも、若者の話に関心がある。ドルドレンに『馬車歌があるかどうか、訊いてみろ』と言った。
ドルドレンは了解し、朝食を終えると『もう出発するかも知れないから、訊いてくる』と言って荷台を下りた。
残ったタンクラッドは、イーアンに『もうちょっと食べるか』と(※確信犯2)匙を向けたが、イーアンは『もう大丈夫』と笑顔で答えた(※親方撃沈)。
話を聞こうと、荷台から下りたドルドレンは、もう自分の馬に準備し始めている若者を見つけ、急いで側へ行った。
「もう。行くのか。食べたばかりだ。少ししか食べなかったのか?」
振り向くと、まだ皆は食べている。ジャスールは、馬に毛布をかけてベルトで押さえながら『食べさせてもらったよ。有難う』と馬車の言葉で返す。ドルドレンの耳に、懐かしい自分たちの言葉が響き、ちょっと笑みを浮かべて彼を見た。
「ジャスールに少し聞きたいと思ったのだ。バアバックという男を知っているか?お前と似た雰囲気で、俺たちの馬車の家族にいた。それと、テイワグナの馬車の民に、馬車歌があるかどうか」
「バアバック・・・いや。分からないな。馬車歌はあるよ。そっちもあるだろ?」
バアバックの事は、一発で終了。まぁそれもそうかな、と思いつつ。馬車歌について訊ねることにする。
「歌。やっぱりあるのか。だが、内容がどうも違うのだ。昨日、お前の話で気がついて、夜にでも教えてもらおうと思ったのだが」
ああ、とジャスールは頷く。言い掛けたドルドレンに向き直って『そうか。俺、寝ちゃったからな』少し考えたようで、ジャスールは何やら呟いた。
「でもなぁ。俺、歌い手じゃないから。全部なんて分からないよ。好きな部分は覚えてるけれどさ」
「その、お前の好きな部分は?歌い手はお前の家族にいるのか」
「いるには、いる。でも馬車歌全部、って意味が・・・もしかすると違いそうだな。
ハイザンジェルはどうやって旅してるのか知らないが、テイワグナは散り散りなんだ。家系があって、それで歌も分かれてるよ」
家系?聞き返したドルドレンに、ジャスールは違いを認めたらしく『そう。大した意味じゃないけど』複数に分かれている、と教える。
「俺のいる家族は馬車3台だ。だけど、別のところは5台とか。一つの家族は多くないけど、ドルドレンもこれから、テイワグナを動けば会うと思うよ」
何となく意味を理解するドルドレン。彼が家族と呼ぶのは、親族血族ではない。家系も、恐らく本来の意味ではない。
小さな団体で、赤の他人でも一緒に動く、というのは、ハイザンジェルと変わらないし、ひっくるめて『家族』と呼ぶのは同じだが、テイワグナは一つの家族の人数が少なく、複数あり、各地に散っている。
「もしかして。馬車歌は、その家族ごとに」
「そうだよ。5つの家族がある。家系な。その5つがそれぞれ、受け継いでいる部分を歌う。俺の家族は最初の部分だ」
ジャスールの答えに、なんてこった・・・と思ったドルドンレンは、それが顔に出たのか、ジャスールに笑われる。
「そんなに愕然として。どうした?違うのか、そっちは。
俺は、自分の家族が歌う歌の、一部が好きで。そこしかちゃんと伝えられないけど、それでも良ければ教えてやるよ」
ジャスールの気前の良さに、放心している場合じゃないと頭を振って、我に返ったドルドレンはすぐにお願いする。彼の帰る時間も引き止めているので、歌ってくれたらそれで良い、と頼んだ。
「いいよ。ハイザンジェルから来た、太陽の家族に会えたんだ。俺たちはどこでも、いつ出会っても家族だ」
食事ももらったしね、と笑う若者は、馬に寄りかかると、息を大きく吸って歌い始めた。ドルドレンはハッとして、すぐに彼の前に座る。歌うジャスールを見つめて、その言葉と歌の意味を考え、分からない言い回しと単語は、しっかり覚える。
ジャスールの歌声は、側にいる仲間の耳に届き、それまで話していた皆は黙って、馬に寄りかかるテイワグナの若者の歌を聞く。
馬に寄りかかった歌う若者。その前の地面に腰を下ろしたドルドレン。その光景が、仲間の目には『流れてゆく伝説の一時』のように見えて、心が温かくなる。
時間にして10分足らず。
歌を終えたジャスールは、声を静めてから、自分を見上げている灰色の瞳を見て微笑む。
「分かった?」
「幾つか聞きたい。言葉が違う箇所があって」
いいよ、と若者は答える。立ち上がったドルドレンは歌の分からない箇所を訊ね、ジャスールはそれを教えてくれた。ドルドレンは幾つかのパートを、急いで真似して歌ってみて確認をすると、ジャスールは嬉しそうに背の高い男の腕を叩いた。
「上手いな。それにすぐ覚えた。ドルドレンは歌い手?」
「いや。俺も違う。俺の親父が歌い手だ」
「声が綺麗だ。俺の家族の歌も、歌ってくれ。テイワグナの空の下。この乾いた道の上で。太陽の家族の歌を、ドルドレンの声で歌い続けてくれ。その声は風と一緒に空を流れ、別の家族を導くだろう」
ドルドレンは、若い男の言葉に感動してゆっくり抱き寄せると、しっかりとその腕に抱き締め『元気でな。魔物に気をつけるんだぞ』教えてくれて有難う、とお礼を伝えた。
ジャスールもドルドレンをぎゅっと抱き返して、広い胸に顔をつけてニコッと笑うと『会えて良かった。俺はまた龍を探すよ。ドルドレンも気をつけてね。皆にまた会えるように祈っている』そう答えた。
ミレイオは離れた場所から、二人の抱き合う場面を見つめ、イーアンは見逃したなと思っていた(※目の保養)。
こうしてジャスールはお別れの時間を迎える。皆に手を振ると、ドルドレンに『またどこかで会おう』と笑って、来た道を戻って行った。
「ジャスール、元気でな!俺はドルドレン・ダヴァート。ハイザンジェルの太陽の民だ!」
「ドルドレン・ダヴァート!俺はお前を忘れないよ!俺はジャスール・アガラジャン。テイワグナの太陽の家族!家族よ、龍と共にあれ!」
大声で、走り去る馬の背中から叫び返したジャスールの最後の挨拶に、ドルドレンは、その姿が見えなくなるまで手を振り続けた。
「あいつが。もしも先にイーアンに出会っていたらと思うと。あいつは、器があるかもな」
ちょっと苦笑いするドルドレン。その呟きを後ろで聞いていたオーリンが、総長を見上げる。
「何か。総長が若い時って感じだな。あんなだった?」
「いや。もっと暗かった」
ハハハと笑うオーリンに、ドルドレンも笑って彼の背中に手を添え、焚き火へ戻る。
『あいつは、もしかすると。俺がいなかったら・・・そんなふうに思えてしまった』困ったもんだなと、自分を可笑しそうに見ている龍の民に呟く。
「何言ってるんだ。総長じゃなきゃ、イーアンはついて来ない。ジャスールはいいやつだったけど、総長は最高だぞ」
励ますオーリンに、微笑んで頷くドルドレンは、荷馬車に戻ってイーアンを抱き締めると『馬車歌を聴いたよ』と教える。それからイーアンを御者台に乗せ、旅の一行も出発の準備を始めた。




