989. 風の強いお昼・秘境の遺跡話
馬車に戻ると、バイラも帰って来ていて、どうやらタンクラッドと騎士二人を待っていた様子。
「とりあえずは・・・良いかな」
ドルドレンはちょっと笑って皆に言うと、皆も笑顔で頷く(※総長カワイサ)。『話は昼に』として、馬車は昼休憩の出来る場所まで、移動することになった。
馬に跨ったバイラは、前を進み『林を抜けて道に出たら、街道近くへ行きます。その手前で昼にしましょう』と総長に伝える。総長も了解し、木々の中の狭い道を村を背にして上がり、最初の道に出てから、街道へ向かった。
時間的にはもう昼なのだが、水のお陰で腹も空かないドルドレン。不思議な水だなぁと思う。あんなのが昔は、川になって流れていたのかと考えると、ここはきっと、ずっと昔は豊かな地だったと想像する。
「しかし。人の欲とは悲しいかな。いつしか『常に手にあるもの』と勘違いして、過ちを踏む」
恩恵。齎された祝福。天の恵み。
それらに胡坐をかいてしまった、悲しい人々の性が、この乾いた地域を作ってしまった。伝説に残った話は、許されることなく続き・・・そして、今。ひょんなことから、伝説は再び動き始めた。
「この・・・ひょんなこと。これもまた、運命だったのだろうか」
呟くドルドレンの声は、誰にも聞こえない。
ゴトゴト揺れる馬車の音に消されて、熱い日差しが降り注ぐ道へ出ると、吹き抜ける強風の音も加わって、独り言は、舞い飛ぶ乾いた砂と共に風に攫われる。
「総長。あの木の下にしましょう。枝が大きいから、影になっています」
前のバイラが振り返って、前方に見える数本の木を指差す。『分かった』ドルドレンは頷いて、バイラの馬の後に続いた。
「ねー、埃っ!凄いんだけど」
料理に入っちゃうわよ、とイライラするミレイオ。焚き火もおっかない。風が吹きぬけるどころか、旋風が馬車を抜ける。
『ちょっと、これ。どうすりゃ良いのよ』苛立つミレイオは、鍋の蓋を置いて『開ける度に砂が入る』と怒っている。
「もう、やだぁ。これ絶対、食べたらジャリジャリ言うヤツよ!私の料理に砂なんて、頭に来るわっ」
「怒ってはいけない。砂入りでも、美味しいものは変わりないのだ」
「でも、砂入ってんのよ!入れたくて入れてるわけじゃないのに、食べたら、皆嫌な顔するでしょ」
ちまちまちまちま怒るミレイオに、ドルドレンは一生懸命宥める(※これだけで疲れる)。ミレイオが怒っている時は、大体・・・振り返ると、皆が離れている。誰も応援に来ない。
「ちきしょう、砂っ!!!」
「大丈夫だ、俺は食べれる。怒ってはいけない、ミレイオは優しい印象だから」
「あんたはそう言うけどさぁっ。あっ!やだ、火が付いたっ!もーいやよ、これぇ!」
裏声で、足元に火が付いたと騒いで怒りまくるオカマに、必死なドルドレンは、大急ぎで火を消してやり、頑張って落ち着くように頼み、空を見上げて『イーアン早く助けて!』と祈るばかり。
その祈りは、ささっと叶う。お空は見上げたそこに、きらーん。
「あっ!俺の天使(←お助け龍)!」
「何?今度は天使?誰よ、それ」
イーアンだよ、と言いながら、大喜びのドルドレンは両腕を振って、奥さんの名前を連呼で叫ぶ(※助かった!の気持ち)。『イーアン、イーアン、イーアン、助けてっ!!』笑顔で必死なドルドレンは、最後の方に気持ちが漏れても分かってない。横で睨みつけるミレイオ。
「あんた、今。『助けて」って言ったわね?」
「イーアン、早くっ!イーアン、助けてぇ!」
あんたねぇ!怒るミレイオに、間に合ったイーアン。そそくさ翼を畳んで、抱きつくドルドレンをよしよし撫でながら『戻りました』と、ミレイオに笑顔で挨拶。仏頂面ミレイオは、うん、と頷く。
後からやって来たオーリンも、現場の様子を察して、距離をとっていた皆の方に降りる(※安全)。
「イーアン。心から待っていた」
「いつもそうでいらっしゃると思います。はい、ではね。ドルドレンはあちらで休んで」
ほらほら、と伴侶を逃がし、イーアンはミレイオのお怒りを理解しながら『強風で』と言い、お鍋を見る。
「今日は、お昼になるのが遅かったのですね」
「そうよ。まだ遅くなるわよ、この憎たらしい風のせいで」
お怒りミレイオ。うむ、と頷くイーアン。自分が出来ることは、一つ。
お空から戻った時、近くになーんもないと思った、この辺り。
家は疎か、公共施設も牧地もない。当然、人もいない。殆ど、交通のない街道手前の、簡素な場所。人目もなく、誰の邪魔にもならない。
ということで。イーアンは、龍になった(※発想が極端)。ミレイオびっくり。
『あんた、何してんの?!』戻んなさい、これ、ちょっと!と、下で叫ぶが、イーアン龍は、驚くミレイオ(※以下皆さん同様)の言葉は聞かず、よいしょと地面に寝そべって、馬車と皆さんをぐるっと巻いた(※壁のつもり)。
巨大な白い龍が現れたと思ったら、どっこらせとばかりに地面に寛ぐその姿。呆気に取られるミレイオに、ドルドレンはハッとして『今、風が来ない。イーアンが壁になって』と教えた。
「え。風・・・まさか、風除けのために?」
「そうだ。と、思う。ミレイオが風に怒っているから」
ドルドレンの言葉に、ひええと顔を歪めるミレイオ。
自分たちを小山のように守る、風除けの白い龍に焦って、大急ぎで料理の続きを行い、とんでもない風除けに恐縮しながら、10分未満で昼食を作った(※ちょっと、煮があまい)。
「ごめんね、イーアン!もう良いわよ!」
そう教えても、イーアンはミレイオをちらっと見ただけで、また瞼を閉じる(※寝たふり)。
「食べ終わるまで、こうしているんじゃない?」
ザッカリアがイーアンを見ながら、ミレイオに言う。皆で、顔を見合わせて『早く食べなきゃ』と慌てて料理を皿に移す。
大きな白い龍の包む中。馬車2台と旅の一行は、木々の日陰もあり、龍の日陰もあり、風も来ない状態だが、暢気に昼食を食べられるはずもなく。皆は焦って食事を済ませた(※腹減ってる龍と、ちらちら目が合う)。
「イーアン。もう終わった。片付けも。後はイーアンが食べるだけだ」
ドルドレンは白い龍の足に触って、こっちを見た龍に話す。
瞬きした大きな白い龍は、光をふわーっと放って小さいおばちゃんに戻る。縮んだ光に駆け寄って、ドルドレンがイーアンの背中を支えると、イーアンはふらふらしていた(※龍気消耗)。
謝るミレイオが料理の皿を持ってきて『馬車で食べさせるから』と、ドルドレンに言い、ふらふらイーアンを荷台に乗せ、一緒に馬車に入る。皆もそれぞれ、馬車に乗り込み出発準備完了。
「せっかくのイーアンの好意だし。ちょっと体調が心配だが、出発しよう」
御者台に座るドルドレンは、シャンガマックに馬車を出す合図をし、バイラもイーアンを心配しつつ、馬に乗って街道へ進んだ。
こうしてイーアンは、ミレイオに介抱され、昼食を寝ながら口に運んでもらい(※起きるのツライ)食べ終わるとすぐに寝た。
「ごめんね、ホントに。あんたはいつも。私に何も聞かないでこうやって」
あっさり寝たイーアン(※お疲れ)を撫でる困り顔のミレイオに、親方とオーリンは苦笑い。
親方はナイフを作りながら、ちらっとミレイオを見て『話を。しようかと思っていたんだが』そう言って、どうするか任せる。
「良いわよ。後で、この子にも話すから。さっきの村でしょ?どうだったの」
「何かあったのか」
親方とミレイオのやり取りに、作りかけの弓を引っ張り出したオーリンが訊く。
親方は『面白いぞ』と口端を上げ、座るようにオーリンに手を動かし、オーリンが座ったところで『さっきな』手前の村に立ち寄ったことを話した。
昨日、手に入れた遺跡の水を使って、村の井戸水を変えたと話す親方。それを聞いたオーリンは『遺跡にあった水、どんななの』遺跡は一体、何だったんだと訊ねた。親方は頷き『それを、これから教えるんだ』そう言うと、横に置いた壷を手に取る。
「これだ。この中の水が、伝説の代物でな。イーアンには、直に聞かせたかった。イーアンは遺跡が好きだから」
壷の蓋を開け、ちゃぷちゃぷ、音を立てる水をオーリンに見せると、まずは地霊・ショショウィの話から。
「今、寝台馬車でも、話している」
ほら、と笑って親方が指差す後ろ。御者台に、ザッカリアとフォラヴが座り、シャンガマックの話を聞いている様子。
「ショショウィってな。カワイイ地霊なんだ。オーリンは見ていないな。今度、見せてやる(※既に我が物)。
ショショウィと出会わなかったら。いや、ショショウィが俺を好きにならなかったら、この水に会うこともなかったし、無論、あの村にも変化はなかった」
「その言い方。よしなさいよ。気持ち悪いわねぇ」
「黙って聞け。ショショウィは、谷の神殿で金の牛を見つけたんだ。俺はもっとあるのかと聞いたら、違う場所にあると言う。それで案内された遺跡に、確かに金の牛は山のようにあった」
オーリンは黙って親方を見つめ、ミレイオも眠るイーアンを撫で続けながら、『それで』と小さい声で促す。
親方は粗布の袋を引き寄せると、金細工の牛を出して、二人に見せた。目の色が変わる二人に、一つずつ持たせてやる。
「凄い話だ。ミレイオ、オーリン。お前たちにこれを話す意味を、先に言う。
今回の遺跡は、今までのと類が違ったんだ。今後、もしかすると同じような遺跡に出くわす可能性もある」
「思い出せってことか」
「そうだ。俺が案内された遺跡は、墓だったんだ。巨大な墓で、それも・・・中に入ると、遺跡に時間が蘇るという」
親方は静かに、見たままを語る――
ショショウィが壁画に触れると、遺跡に命を吹き返したように、色も鮮やかに扉となり、それが勝手に開いたこと。
中に入ると、埃も瓦礫もない磨かれた床と、古びてもいない部屋が現れた。それは、時を越えた状態だったこと。
奥へ導かれ、水浸しの部屋へ入った時、龍の頭を持つ大きな人間に話しかけられたこと。
その龍は、思うに龍の一種だろうが、イヌァエル・テレンの龍と異なること、そして衣服も違うこと。
龍頭の人物に、壷に水を持ち帰るように言われ、『この金の牛も、分けてもらった』親方は手の平に乗せた金細工を見て話す。
そして、今朝。
シャンガマックと一緒に、親方が再び遺跡を訪れると、シャンガマックが『ここは。ここを、谷の神殿が崇めていたのでは』と言い始めた。
中へは入らなかったが、外壁に刻まれた絵を、ざーっと見たシャンガマックは『二つの時代に、分かれている』と親方に伝えた。親方は、彼にその理由を訊いた。
「二つの時代。あいつなりに、谷の神殿と遺跡のかかわりを、考えていたようだ。
谷の神殿も、森の遺跡・・・墓にも、始祖の龍の話がやはり見られた。だが、墓には別の誰かが描いたような壁画も多く残っていた。
それを見て『最初は始祖の龍の時代に建てられ、時代を経て、別の文化に使われたのではないか』と言ったんだ」
「別の文化。それが、その龍の頭の誰かってことか?誰なんだ、そいつは」
オーリンが知りたそうに、親方を覗き込む。親方は首を振って『誰か、までは。だがバニザットの見解では、ショショウィと一緒にいたことから、龍ではないと』人差し指を上に向け、空の龍と違うと教える。
「ここからは、バニザットの推量で、ざっくりだ。
初期。森の中の遺跡は、恐らくアムハールの空と同じように、本当に天の龍を近くにする場所だった。
不思議な遺跡は、すり鉢のような地形の中にあるのに、遺跡から溢れる水は、すり鉢の上に向かって川が流れている。その水が、森を潤しているんだ。そんなことが起こるとなると、これは大きな力の介在しか考えられない。ここは、イーアンに聞いてもらいたかったな。
そして、時が流れ、何かによって、遺跡は別の誰か・・・別の文化に使われる。それが、思うに龍頭の人間たちだ。ザッカリアが遺跡の中で『何十人も居た』と言い、ショショウィは『水をもらいに人間が来た』と話した。
遺跡の水は、最初に話したとおり。飲めば腹が満ちるという、不思議な水だ。これを求めたか」
口挟むわよ、とミレイオが手を掲げる。『水。今も、川になって溢れてるんでしょ?それ、昔もそうだったんじゃない?わざわざ人間が、もらいに来る必要って』推量が違う、と指摘する。
「そこが面白い・・・と言ってはいけないか。『一度、涸れた』とバニザットは壁画を見ながら呟いた。その誰かによって、なのか。谷の水は今も涸れたままだが、あれは名残で、きっと全部の川が、ある一時期に涸れたんだろう。
人々は、それで水をもらいに行った・・・とすれば、あの山のような金の牛。こいつだ、これも分かる」
「神殿は?谷の神殿には」
「オーリンも良い質問だ。神殿は、初期の時代の壁画を残していたが、その壁画には手が加えられていた。バニザットは、館長に見せてもらった写しを見て『神殿は、別の場所のために作られたのでは』と言っていた。
早い話が、森の遺跡の水が流れてこなくなった後。あの谷の水も涸れ、神殿を建てて、水を戻してもらうように、祈りを捧げたんじゃないかと」
親方は、神殿を調べた話をミレイオにする。『パッカルハンを思い出した』それで、宝石が嵌っていたであろう、石の柱や彫刻の窪みを見つけたというと、ミレイオも頷く。
「オーリンは知らない話だが、ティヤーの島にあった神殿遺跡が、宝石だらけだったんだ。イーアンはその宝石に留まらず、神殿の作りから、貢物を隠した部屋を見つけ出した。
その話を思い出した俺は、谷の神殿にも同じものがないか、調べた。部屋はなかったが、宝石などはあったと思われる、その痕跡を見つけたって話だ。長い時間の間に、宝石は奪われたんだろうが、それはつまり」
「水?水を求めて、神殿を建てて、そこを飾って」
そうだと思う、とオーリンに頷く親方。オーリンは笑う。『すげぇ話だな。いきなりそんなのかよ』それで?と続きを笑顔で訊ねる。
「そのくらい。水は凄まじい存在だったんだ。
バニザットが読んだ絵では、水があったと見える時代の部分で、この辺一帯は緑豊かで、穀物も多く、動物もたくさんいた。ここらは、遥か昔、豊かで栄えていた。
しかし、続きがあった。俺もその絵を見た時、これが最後だったのかと思った」
水を確保する人間たちの絵と、水が涸れた後の様子。水を再び求めて訪ねた、龍頭の人々の場所。その約束を交わした龍頭の人々と、空。
「空に向かって、天井に開けられた穴があるんだ、墓の真上に」
親方は詳細を付け加えてから、最後を話す。
「壁画の龍頭の人々は、空に両腕を伸ばしていた。空から水が落ち、再び水は満たされて。そこでお終いなら良かったのに。一度、失ったことで、確保でもしようとしたか。人間は約束を破ったんだ。
龍頭の人々は、そのために消滅した。一番、立場のある『ノクワボ』という者が命を落とし、彼の死を以って、一族全てが消えた」
親方の話を聞きながら、ミレイオは想像することを呟く。明るい金色の瞳を向け、タンクラッドと目が合う。
「その・・・ノクワボ。彼が、もしかして。墓から動かないで、あんたたちと話した」
「そうだろうと思う。ショショウィが一度だけ、彼に向かって『ありがとう。ノクワボ』と言った。そして、彼は死んでいるとも」
「私。聞いてみます。誰かご存知かも」
親方の、ミレイオへの返事に答えたのは、イーアン。3人がハッとして、ミレイオの膝の上に頭を乗せたイーアンを見ると、その目は開いていて、頷いた。
「起きていたのか」
「途中からです。ぼんやり聞こえていました。アムハールのような空の穴。あれ以外にあるとは知らないのですが。ビルガメスに聞いてみましょう」
凄い話ですね、とイーアンは笑みを浮かべる。親方もニコッと笑って頷く。『だろ?お前にもう一度、最初から話すよ』そう言って、横になるイーアンの頭に手を伸ばして撫でた(※今でも愛犬イーアン)。
もう一つ、ミレイオは疑問をタンクラッドに訊ねる。
「龍頭の人が持たせてくれた水。それ、村の人たちの井戸に、ちょっと流しただけで効果が蘇ったの?」
「そうだな。許された、と解釈したほうが良いのかな」
俺もどうなるやらと思った・・・そう呟いてタンクラッドは、金の牛と、水の入った壷を並べ、後ろに見えるシャンガマックに顔をすっと向けて笑った。
「何にせよ。とにかく、今回はバニザットの活躍だ。あいつは大したもんだよ。何で騎士になったんだろうな」
寝台馬車でも、シャンガマックはフォラヴとザッカリアに、親方と同じ話をしていた。
彼らもミレイオたちのように、遺跡の話に驚き、心を躍らせ、少し悲しく顔を曇らせ、聞き終わった後、褐色の騎士にお礼を伝えた。
水のお陰で、警護団や、他人が来るようになれば、あの村は放っておかれることも無くなる。
そして、見張られることで、歪んだ閉鎖的な状況も変化して行くだろうと、シャンガマックは願う。奇跡の水はこの時代においても、また別の形で人々を守ると感じた。
街道を進む、馬車の午後。御伽噺のような時間はゆったり流れる。
そんな旅の馬車の後ろ。一頭の馬が、砂煙を立てて近づいていた。背中に乗る若者は、遠くに見え始めた馬車を見て呟く。
「龍。龍・・・あの人たち、見ているはずだ」
お読み頂き有難うございます。




