988. 名も無き村に続く道 ~息吹く伝説
ドルドレンとシャンガマックも、村の人と話をしていた。
『ハイザンジェルから来た、魔物退治の騎士』の自己紹介は、『魔物退治』の言葉に反応する、村人の好奇心を惹きつける。この自己紹介のお陰で、思ったよりも早く話を聞くことが出来た。
とはいえ。シャンガマックが最初に気にしたように、詳しく聞こうとすると、度々、彼らは違う言葉を話し出し、互いの意見を交換し、答えることを決めた後に、共通語で話すような、そんな会話が続きもした。
ドルドレンはさっぱりなので、褐色の騎士をちらと見るが、彼は表情を変えずに少し首を傾げるだけ。
でも、その漆黒の瞳は、意味あり気に総長を捉える。ドルドレンは、きっと彼は理解しているんだろうなと思った。
二人の騎士の周りにいた村人は、皆60代以上の年齢に見え、女性は少なく、実際に話している男4人と女性2人との会話を中心に、状況調査は進んだ。
ドルドレンたちの年齢からすれば、親くらいの年(※残念ながらドルの親は、15違いだけど)相手に話していて、気に入られるのはシャンガマック。
ドルドレンは口調も生真面目、ちょっと顔がきついのもあってか、シャンガマックの仔犬瞳のウケは、非常に良い。
なので。最後の方は、ほとんどシャンガマックが村人と喋っていた(※何か知らないけど食べ物ももらう)。
「お兄ちゃんみたいな若い人がね。いたら、違うんだろうけど」
おばちゃん(※シャンガマックから見ると、おばあちゃん年齢)は息子懐かしの眼差しで、溜め息をついて、シャンガマックにそう言うと、横にいるおじちゃん(※33歳から見れば、同様におじいちゃん)も頷く。
「そうだね。もう年寄りばっかりだから。自給自足も、いつまで出来るかねって。そんな末期だよ、この村は。誰も来ないし、子供も寄り付かないし」
魔物にやられて、皆殺しが最期の時かもねぇと、恐ろしく後ろ向きな未来予告も飛び交う状態に、二人の騎士は言葉を探す。ドルドレンは、手伝うような支援の福祉はないのかと訊ねてみる。
「畑。そうしたものも、体にきついだろう。誰か買出しに出たり、畑を手伝う奉仕の者は」
「そんなの、ハイザンジェルにはいるの?ここにそんな、親切な人いないよ。
畑は、自分たちで管理するのが普通だから、水運ぶのだって、やっとこさでね。井戸から水汲むのも、腰が痛むんだよ。水が年々少なくなるし、ナイーアが」
おじさんは、ナイーアのことを口にしかけて黙る。他の人も、合図のようにさっと口を閉じ、自分たちの言葉で何か話し合い、また騎士に向き直る。
「ナイーアは、警護団に入ったんでしょ?こうなると、若い人間は一人もいなくなったわけだから、ナイーアに次に会う時、魔物退治もだけど、村に支援を向けてもらえるように、頼むくらいしか出来ないかね」
「無理だろ。警護団だって、滅多に来ないんだもの。ナイーアだって、もう帰らないよ」
「引っ越せとか、平気で言う人もいるんだよ。引っ越せる先があるなら、ね。そんなものないから、どうにもならないよ」
村人たちの状況説明は、嫌な言い方をすれば『文句』だけ。だが、これが現実かと思うと、彼らの説明は『文句』ではない。改善されることなく、じわじわと悪化していく現状に、誰一人手が出ないのだ。
ドルドレンもシャンガマックも、答えはすぐに出せない。これから、警護団に伝えられることは、極力伝えると、それだけは約束した。
「伝えてくれるの、有難うね。でもね、何も変わらないよ」
諦めたような笑い方で、一人の村人が皮肉を言うと、周りの村の人たちも笑う。
ドルドレンたちは笑えない。本当に。これでは魔物にやられるどころか、自滅する。魔物に襲われたって、誰も気が付いてくれない可能性が大きい。
これはいわゆる、何でもありの状態である。
「誰かが・・・見回りに来れば、良いんですよね。せめて、週に何度か」
シャンガマックが呟くと、おばちゃん(※シャンガマック気に入った)は『無理よ、無理無理』と否定に入る。そしてさり気なく、シャンガマックの手に触る(※褐色の騎士はちょっとずつ下がる)。
「お兄ちゃんみたいに、真面目に考えてくれる人、いないから(※大問題)。
『警護団』なんて、名前だけよ。腰抜けが揃ってて、魔物も嫌がるし、こんな辺鄙な場所に見回りなんて、絶対来ないのよ」
「お兄ちゃんたちは、旅の人だから。もう行っちゃうのか。残念だな、こんなに話を聞こうとしてくれる人たち、初めて見たよ(※大問題2)」
否定的な意見は続く。それは、ずっとあしらわれてきた人たち特有の状態、と分かる。
ドルドレンは、これ以上は聞いても同じと判断し、お礼を言って彼らに別れを告げた。
村の人たちは『また、近くへ来たら様子を見に来て』と手を振った。
孤立した場所だが、この村は閉ざされた空間、という感じはしなかった。
ドルドレンがそれを話すと、シャンガマックは首を振り、ちょっとだけ振り返ってから、小声で『そうでもないですよ』と総長に答える。
「彼らが自分たちの言葉で話していた内容は、ナイーアに働かせていたことでした」
「働く?ナイーアは理解出来なかっただろうに」
「ですけど、水汲みや単純なことは、やらせていたみたいですね。『ひっぱたけば、言うことを聞いたのに』と言っていたから」
「ひっぱた・・・何てことを」
シャンガマックは、疲れたような表情を見せて『俺も問題だと思います。いろんな意味で、巡回の誰か。来た方が良いですよ。こういう場所は』総長に思っていたことを告げる。ドルドレンは眉を寄せたまま、首を振って『大問題だ』病んでいる、と呟いた。
「はい。でも。これは閉ざされ続ける場所に、起こりがちな状況でもあると思います。
見張られている場所は、行き過ぎることがないんですよ。隠れた所で、悪いことはあるにしても。だけど、ここ自体がもう丸ごと『隠れた所』です。常識は、外だけの話で」
「シャンガマック。お前は、見回りのことを口にしたが。そういう意味でだったのか」
「それもあります。でも、俺には可能性があると思えたから。見回りに誰かが来る可能性が」
村の中を抜け、馬車が見え始めた時、褐色の騎士は、ふと横を見て立ち止まる。奥に動く人影が手を挙げたので、そちらを見ると、タンクラッドが笑って手招きしていた。
「あ・・・もしかしたら」
いきなり明るく微笑んだシャンガマックに、ドルドレンは不思議そうに彼を見た。『何だ?タンクラッドに何かあるのか?』今の話は?と続きを聞こうとしたら、『総長、タンクラッドさんのところに行きましょう』と笑顔を向けられる。
「何だというのだ。話の続きを聞かせてくれ。可能性は何の意味」
「総長。その可能性を、タンクラッドさんがもしかすると、見せてくれますよ!」
驚くドルドレンに、良いから行こうと、部下は笑顔で腕を引いて連れて行く。シャンガマックに引っ張られるまま、話を聞きたがるドルドレンは、タンクラッドのいる建物の横へ入った。
「ドルドレン。バニザット。どうだった、話は出来たか」
「はい。少し。後でバイラに言おうと思います。この井戸、タンクラッドさん」
「察しが良いな。お前の遺跡好きが、最初の功を奏したぞ」
その一言で、褐色の騎士の顔がパッと明るくなる。ドルドレンは部下の喜びに『?』の状態で、部下と親方を見て『何だ、さっきから』と事情を訊ねた。
「この人がね!水を変えたんだよ」
ハッとするドルドレン。建物の向こうから、おっさんが近づいてきて、水を飲むための器を幾つか手に持っている。ドルドレンは、彼は誰かと親方に訊ねた。
「この者は」
「ああ。井戸に案内してくれた。俺を騙そうとしたが、まぁ言うことは聞いてくれたな」
「お前さんが怪しいからだよっ!騙すところだけ言うなよ」
ハハハと笑う親方に、おっさんはちょっと怒って『ほら。持って来たぞ。ちゃんと洗ってある』そう言って、井戸の横の台に、容器を置く。
「ほら、ドルドレン。水を飲んでみるか。バニザットも」
「え。いきなり、人様の井戸で」
「あ!はい、下さい」
躊躇う総長の横で、褐色の騎士は喜んで容器を受け取る。親方も笑顔で井戸から水を汲み、桶の中に容器をくぐらせると、騎士に渡した。シャンガマックは嬉しそうに親方を見てから、一口飲む。総長は懸念がありそうに、彼を見つめた。
「どうなの、水いきなり飲むって。他人の村なのだ。お前はさっきも、おばちゃんに食べ物をもらって」
「ん。あっ。本当だったんだ!こういう意味だったのか」
総長のしかめた顔を無視して、シャンガマックは親方に、はち切れんばかりの笑顔を向けた。満足そうに片眉を少し上げた親方は、腕組して頷く。
「大当たりだったな。大したもんだ、バニザット」
二人の会話に、総長は意味が分からない。何を喜んでいるのか。水を変えたって何の話なのか。何が可能性なの、とドルドンレンはチンプンカンプン。
眉を寄せて、嬉しがる二人を交互に見てから、横にいるおっさんを見て、彼と目が合う。『お兄さんも、飲んで良いよ』なぜか許可をくれた。
「うむ。そうか。だが、急に見ず知らずの」
「良いから、飲んでみろ。ドルドレン。水一口でうだうだ言うな」
親方は、総長の手に水の容器を押し付け、その後ろでおっさんが『普通は、この人みたいな反応のはずだよ』と、親方の図々しさを責めていた(※親方、おっさんを無視)。
黒髪の騎士。おっさんにちょっと申し訳なさそうに、頭を軽く下げてから水をもらう。一口飲んで、フツーの水。何これ・・・部下と親方を怪訝そうに見てから、もう一口ごくっと飲んだ。
そして気が付く。一秒、二秒、三秒もすると、腹が満腹のように感じ始めた。『ん?』ドルドレンがお腹に片手を当てた仕草に、シャンガマックが『分かりますか?』と笑顔で訊く。
「これ。水なのだ。何だ?俺は腹はそこまで減っていないが。腹が膨れたような」
「そうです!この水が、そういう水なんですよ。遺跡の解読は合っていたんだ!」
総長が容器の水を見つめて、また一口飲み『腹が満ちている。なぜ』そう呟く様子に、親方も笑みを浮かべて『だろ?』の一言。
「谷の奥に、伝説があったんだね。神殿は知っているけど、あんなの読む人いるんだね」
驚いているままの総長に、おっさんは『この人が話してくれた』と親方を指差す。親方、自慢そうに大きく頷いて返す。
「この人、エラそうなんだけど。だけど、まぁ。すごいことしてくれたから、エライのかな(※認める)」
「今回は俺がエライわけじゃないな。俺の行動は逸早かったが、この彼のお陰だ。彼が解読したからな」
「そうなんだ。お兄ちゃん、頭良いねぇ。すごいよ、本物なんだね(※何が)」
おっさんは『親方の態度が偉そうだ』と眉を寄せたが、水の効果は認めたので、示されたシャンガマックにお礼を言う。褐色の騎士は笑顔で首を振って『俺だけの力じゃない』と遠慮がちに答える。
ドルドレンは思う。タンクラッドはどこへ行っても、誰に会っても『エラそう』なんだな、と(※ここは外国)。
そして、こんなことで。水を通して、一体何が起こったのか。
親方とシャンガマックは、おっさんとドルドレンに『満ちる水』について説明をした。最初から聞かせてもらい、それでも結構、端折っているだろうが、その内容の大きさにドルドレンもおっさんも、感心しかない。
「ってことだな。村の人間に教えてやれ。それからな、この村の水の話を、警護団に伝えよう」
「え。他の人間にあげるのか?貴重な水だぞ」
「おい、オヤジ。それで減るもんじゃないんだ。この水の権利は、村のものだろ。この水の話題で、警護団がちょくちょく、見に来てくれたら良いだろうに」
「でも」
「ケチケチするな。伝説の最後を話してやる。ケチったやつが供え物もせずに、溜池に水を集めたことで、水は涸れたんだ。それが、谷が遥か昔に涸れた理由だ。あんた、今すぐ繰り返す気か」
親方の話に、おっさんはびくっとして躊躇う。親方は、困った相手に、ちょっと知恵を分ける。
「警護団が水の交渉をしたら。村の財産と言え。それで警護団に、支援を頼むんだ。取引だな。水の瓶一本と引き換えに、畑仕事や、医者の訪問診療なんかを頼め。年寄りばかりで放っとかれても困る、ってな」
「あ。そうか。お前さん、エラそうだから説得力あるね」
「エラそうかどうかは、俺の知ったことじゃない。とにかく、そう言え。分けろと言われて断る理由はないが、これが村の財産なら、金品と引き換えにするよりも、即戦力の巡回を増やした方が、よほど融通が利くぞ」
シャンガマックもドルドレンも、親方のこういうところに『へぇ~』と感心する。
目の前で、村のおっさんに知恵を付け、奇跡的な水を使って、すぐに取引を思いつくあたり『自分たちにはないなぁ』と思ってしまう。
「すごいのだ。俺はそこまで頭が回らん」
「はい。俺も。多分ですよ、イーアンとかミレイオも言いそうです(※当)」
この人たち、世渡り凄いよね・・・総長に囁かれて、部下も頷いて同意する。『きっとバイラもじゃないか』とドルドレンが付け加えると、シャンガマックも『多分、オーリンもです』と人数を増やす。
二人でひそひそ、知恵の回る予想を立てていると、一通り話し終えた親方が振り向いて『じゃ。行くか』あっさり終了を告げた。
「え。村の人に話さないのか。説明してあげたら」
「それは、このオヤジが話すだろう。そこから先は、彼らの自由だ。俺のすることはここまでだぞ」
言うだけ言ったしな、と満足そうな親方。急な終了に驚いている、総長と褐色の騎士の背中に手を当てて『じゃあな。オヤジ。後は上手くやれよ』と言うと、騎士二人をぐいぐい押して、さっさと引き上げた。
あのおじさんは大丈夫かと、シャンガマックが振り返ると、彼もぽかんとして見送っている状態。
「あ。あの、タンクラッドさん。やっぱり、皆に話した方が良いんじゃないですか」
「バニザット。ミレイオが言ったろ?やり過ぎるなって。頼られて世話出来ないぞ。ここまでやれば御の字だよ。使い方も教えてやった。それをどうするかは彼らの判断だ」
「タンクラッド、また涸らすかも知れん。予備の何か」
「勇者ドルドレン。優しいのは結構だが、俺の行動は充分、お前の気持ちを手伝ったと思うがな。それの礼はまだか」
う、と詰まるドルドレン。背中を押されたまま馬車へ歩く騎士二人は、親方を見上げて『有難う』のお礼を一先ず伝えた。
フフンと鼻で笑ったタンクラッドは、馬車の横に寄りかかって自分たちを見ている、ミレイオに片手を挙げた。ミレイオも片手を挙げて返し『お人好しねぇ』と大きな声で笑っていた。
お読み頂き有難うございます。




