985. 旅の四十日目 ~朝の会話
翌明け方。まだ太陽の光も見えないうちに、コルステインは側に来たホーミットのために、起き上がってタンクラッドから離れた。
『お前。ホントにタンクラッドが好きだな。毎日、一緒に寝るのか』
『タンクラッド。好き。コルステイン。守る。する』
『お前が女なら、タンクラッドも報われたかも知れんが。かえってツラそうに見える』
苦笑いで首を傾げる、ホーミット。言われている意味が、全然分からないコルステイン。何度か瞬きして『何?むくわれ?つらい。何?女?』何のことだ、と聞き返す。
『良い、何でもない。サブパメントゥと人間は違うと言っただけだ』
そんなの知ってるとばかり、コルステインは首をゆらゆら。ちょっと笑えるホーミットは、『まぁ良い』そう呟くと話を切り替えて、昨日の晩と、これからのことをコルステインに話した。
『こういうことで、今日からあの地霊は、こいつらの呼び寄せたい時に現われる。長い時間は居られないだろうが、呼ぶ時が偶々、夜のこともあるだろう。
だからな、お前も気をつけろ。気配を感じたら側へ寄らないように』
コルステイン。ホーミットが何でそんなことをするのか、理由がよく分からない。地霊を動かすなんて、ダメだろうと言ってみたが、ホーミットは『以前もやってたんだよ。少しの時間なら問題ない』と悪びれもしない。
少し彼を見つめ、賛成出来ない態度を見せる。コルステインとしては、地霊なんて気にもしない存在だし、これまでも同様、居ても居なくても考えたこともないが。
でも改めて、地霊のような小さな精霊を動かすことを伝えられると、良いとは言い切れなかった。
『お前は、そういうところが変に物分り悪いんだよな。気にしてないなら、それで良いだろ』
『地霊。大変。力。使う。する。ダメ』
『大丈夫だよ。俺がその辺は見てるから。コルステインは、ショショウィに・・・地霊な、あいつの名前だ。気をつけてくれたら良い。消さないように、ってだけだ。後は俺が見てる』
毎日来ないのに、と思うコルステインだが、ホーミットは以前からこんな感じだから、言っても聞かないのも分かる。
勝手にしろと話を終えて、タンクラッドのベッドに戻ると『タンクラッド』彼を起こしてホーミットに会うように伝えた。
寝ぼけ眼もすぐに覚める親方。『うん?おはよう、どうした。ホーミットか』親方は髪をかき上げると、きょろきょろした先に大男を確認する。
体を起こして、コルステインの頭にキスをすると(※既に挨拶)『分かった』と答えて、ホーミットの元へ動いた。
ニヤニヤしながら見ているホーミットは、タンクラッドの様子を眺め、朝一番で『コルステインが女代わりか』とからかった。親方は、大きく欠伸してから『いや。女だ』あっさり答えて、用件を訊く(※イーアン好きだけど、コルステインが女性と認識している発言)。
躊躇いもしない態度に少し笑ったホーミットは、頷きながら『お前は大した男だよ』と誉めてやり(※ちょっと違う)それから指輪を渡した。
「昨日、聞いたか?これが指輪だ。お前と、ショショウィに一つずつ。呼び出し方を教えてやる。よく聞け」
眠気も飛ぶ、魔法の指輪。手の平に受け取った奇妙なその指輪と、大男を交互に見ながら、説明をじっくり聞いて頷いた親方。
「上手く出来ない事はないのか?ショショウィに危なくないか?」
「ないだろうな。過去に使っていた男は魔法使いだが、魔法で呼び出していたわけじゃない。指輪がそういう代物なんだ」
今、やってみろとホーミットは言う。
タンクラッドは指輪を見つめ、もし何か、ショショウィに起こったら・・・と、不具合の心配はあるものの。試すなら、早いうちの方が良いのも分かるので、言われたとおりに動くことにした。
跪いて足元の土を少し、手で寄せて、小さな土の山を地面に作ると、指輪の石を擦って『ショショウィ』と呼びかける。
タンクラッドが名前を呼び切った数秒後、土の山にふわふわと煙のようなものが立ち上がり、ひゅっと白い影が現われた。
「ショショウィ・・・・・ 」
『タンクラッド。来た』
現われた地霊は、ちょっと小さめ。土の山の側にいて、タンクラッドを見てから、周囲を見回し、離れた場所へ移動したホーミットと、その奥に見える大きな黒い翼に目を丸くする。
『大丈夫、大丈夫だ。彼らは離れているだろ?お前を呼び出せるかどうか、今、やってみた。体は大丈夫か?』
『大丈夫。ショショウィ。すぐ動くした』
タンクラッドにナデナデされながら、ショショウィはサブパメントゥを見て呟く。親方は微笑んで頷き『これで、いつでも会えるぞ』そう言って、ショショウィの首に下がった紐と、対の指輪を見た。
『問題なさそうだな。よし、じゃ。約束は守れよ、ショショウィ』
指輪を持つ二人を確認し、ホーミットはそう言うと、すっと地面に消える。コルステインも空が白んできたので『コルステイン。帰る』親方に挨拶して、そのまま霧になって消えた。
タンクラッドはショショウィを戻すことにして、それを伝えると、地霊も了解。また後で呼ぶからと、頭を撫でてから、ショショウィの指輪の石を擦った。地霊は来た時と同じ、白い煙のように掻き消えた。
「これで。ショショウィは、一緒だな」
満足なタンクラッド。思いがけず、ホーミットの助力で行動を共に出来ることになった、カワイイ地霊確保(※同行)に嬉しい朝を迎えた。
「タンクラッドさん」
笑顔で土の山を均す親方の背中に、声がかかる。振り向くとシャンガマック。『おはよう、バニザット』早いな、と立ち上がる親方に、側へ来たシャンガマックは、聞きたいことがあると言う。
「何だ?言ってみろ」
「昨日の話です。どんな場所だったのかって。タンクラッドさんの食事の後、聞こうと思ったんですけれど・・・すぐに、コルステインが来たから」
ああ、それかと了解した親方は、シャンガマックに話してやる。
まだミレイオたちが起きて来ないので、焚き火を先に熾し、焚き火の側に座って、シャンガマックと30分ほど話をした。
「うーん・・・・・ これまでのとまた違う」
シャンガマックは資料をめくりながら、どことも似ていない状態に眉を寄せて唸る。『タンクラッドさんは、その龍の頭の人と話して、そこが何の目的であったのかとか、そうした事は』ページに手を置いて訊ねる褐色の騎士に、親方は首を振る。
「必要なことだけだな。話したのは。向こうの、質問と導きだけで」
「どんな人だったのか、もう少し詳しく分かりますか?壁画にもあったんですよね」
「あったが。壁画の彫刻よりも複雑だった。書くものあるか?」
タンクラッドは手の平を騎士に向け、シャンガマックがすぐに炭棒を出し、『ここに書いても』何も書いていない紙を見せて、親方に資料の本を渡した。
「えっとな。こんな・・・こうだったかな。それで。えー・・・こっちか。座っていたから、見えた部分だけ描いているからな」
昨日のことを思い出しつつ、親方は炭棒で、龍頭人間を紙に描く。
滑るような動きで、紙の上に描かれてゆく絵を見つめ『上手いですね。すごい、絵にしてもらえるなんて』わぁと喜んでシャンガマックが誉める。
描きながら、ちょっと笑った親方は『絵、って言ったって。見たまんまだぞ』俺の目に映ったふうにしか描けない・・・呟いて、龍頭人間の座っていた場所も少し描き足すと、『ほら』とシャンガマックに本と炭棒を返した。
「こっちのな。こっち側に、あの持って帰ってきた壷があった。いくつもあった。部屋の真ん中あたりは全部水浸しだ。溢れる水が床を覆って。あ、そうだ。この天井に孔が見えた。アムハールの空のような」
アムハールの空・・・シャンガマックは絵に感動していたが、ハッとして親方を見る。
「アムハール?イーアンたちが最初に上がった、アイエラダハッドの空」
「そうだ。あれを思い出した。何かあるのかもな。だが、この龍頭の人間の目は緑色で、イーアンたちのような龍じゃない。イヌァエル・テレンの龍族とは、関係ない気もする。
そこの谷の神殿も、この大きな墓のような遺跡も、始祖の龍の絵はあったが、それと別に違う雰囲気の絵が続いていた」
親方の説明で、シャンガマックは幾つかの推測を出す。それを確かめられるかも、と思うと。
「俺。出発前に、龍で見に行きます。中に入らなくても、外から見て。壁画は、外壁にもあるんですよね」
「ある。お前一人で行かせる気にならんな。俺も行くか」
龍で移動して、外を見て戻るならすぐだろうと、親方が言ってくれたので、シャンガマックはお願いする。
二人が話していると、馬車から音が聞こえ、イーアンとミレイオが下りてきた。食材と調理器具を持って出てきた二人に、朝の挨拶をしてから、料理を始める二人に出かけることを伝える。
「食事を作っている間に、行って戻れると思う」
「そうなの?歩いて3時間とか4時間とかだっけ。でもそうね、飛んじゃえばすぐね」
ミレイオに了解してもらい、親方とシャンガマックは龍を呼んで、朝っぱらから探索へ出かけた。
「シャンガマック。行きたそうでしたね」
「うん。ホントは、あの子が行くべきだった、って。フォラヴもちょっと言っていたのよ。私も行きたかったけどね」
後でタンクラッドに話聞かせてもらおうと、ミレイオとイーアンは笑って、朝食を作る。イーアンも遺跡は調べたいタイプ。
昨日。二人の騎士が戻った時、タンクラッドを待っていたらしく、フォラヴとザッカリアは詳しく話さなかった。それもあって皆は、昨日の話をほとんど知らないので、遺跡話はゆっくり後で・・・と、楽しみにした。
朝食が出来上がり、ミレイオは皆を集めて食事を配る。遺跡を見に行った二人はまだ戻らないので、先に食べる。
『彼らが見に行った』と教えたイーアンの伝言から、フォラヴが『そうなると思った』と笑って、遺跡の話をしかけたすぐ、ドルドレンが遮る。
「うむ、遺跡の話も後から。またタンクラッドたちが戻れば聞けるだろう。今はちょっと。別の話をしたい」
「何かありましたか」
イーアンが伴侶の表情から、どうしたんだろうと思って訊ねると、ドルドレンは静かに頷いて、自分に視線を注ぐ仲間を見た。
「魔物退治。遺跡の謎。異なる種族と進む、同じ未来。俺たちには、大きな使命がある」
突然の前置きが重く、何かと思う仲間は、話し始めた総長の顔を見つめて、食事を少しずつ進め、黙って続きを待つ。ドルドレンは言葉を考えながら、自分の思いを口にする。
「使命を重視するのが、一番ではあるが。俺は、『ナイーアの話』が頭から離れないのだ。
バイラは、このテイワグナの警護団で、ハイザンジェルで言うところの騎士修道会だ。
この国の、同じような立場の者も同行した今回。これは偶然ではないだろうし、バイラが単に道案内役だけとも思えん」
ドルドレンはそう言って、一呼吸置くと、全員の目を見渡し『民を守る為に動くのが、騎士修道会であり、警護団だ』それが基本であり、自分たちの使命もまた『世界の命を、存在を守る為に動いている』と続ける。
「偶然。館長と遺跡を調べることで決定した、今回の神殿。そこに、ショショウィのこともあったから、俺たちはナイーアとも若干だが、関わった。
ナイーアは、タンクラッドとバイラの心により、警護団施設へ行ったが、これで終わりとするのも・・・何か、中途半端のように感じるのだ」
「ごめん。ちょっと良い?」
ミレイオは何を察したか、すっと手を伸ばして、ドルドレンの言葉を止める。ドルドレンがミレイオを見ると、その金色の瞳は悲しそうに、自分に向けられていた。
「ね。それ。あんたの気持ちは分かる。でも、ティティダックの宿で、私がイーアンに話したことと似てない?ごめんね、イーアン。ちょっと蒸し返すけど」
イーアンはミレイオに謝られて、すぐ首を振って『大丈夫』と答える。頷くミレイオは、またドルドレンを見て『関わり。どこまで?って範囲じゃないの』と簡単に続けた。灰色の瞳はじっとミレイオを見つめ、無言で頷く。
「分かるわ。あんたの言いたいこと。『ナイーアのいた村』でしょ?その村の状況に、何か希望の光を落としたいんじゃないの?」
「簡単に言えば。そうなるかな。決定的なことではないが、何か改善の手助けをと思う」
「うん。そうかなって思った。でも、それって私たちのすることかな?
運命の旅人である前に、人として、って。それもそうだと思うけどさ」
黙って見つめるドルドレンに、ミレイオはあまり言いたくなさそうに濁す。ミレイオは分かっている。彼はイーアンのように、優しさ・親切が行き過ぎる性質、というわけではない、と。
彼は正義感が強く、その職に就いているからこそ、培った経験が物を言わせているとも理解出来る。でも、旅で関わる土地全てに、そんなこと出来ないのも現実なのだ。
「どうなの、ドルドレン。テイワグナって広いじゃないのさ。小さい村や集落、たくさんあるのよ。皆に同じことする気?」
「そこまでは。そこまでしようとは、俺も思っていない。だが、ショショウィの話からナイーアの状態まで、並べて客観的に見つめた時、警護団も育っていないテイワグナでは・・・魔物騒動も加わって、そうした弱い地域が、更に悪化するのではと」
「そうね。そうかも。だけど、それって。『テイワグナ警護団』の仕事なのよ。あんたの仕事じゃないでしょ?」
冷たいと思うだろうけどねと、ミレイオは言い聞かせるように優しく言う。ドルドレンも料理を一匙口に入れて、小さく頷き返す。言われると知っていてこの話をしているので、尤もな意見だと思う。
「ミレイオ。ミレイオはいつも。俺たちを丁寧に導く。行き先ではなく、心の方向を。思考に生まれる分かれ道を。
だから俺は、ミレイオと皆がいる場所で、この思いを話したのだ。タンクラッドとシャンガマック、バイラはいないが・・・でも。そう。何と言うか。
バイラは、今。そのために動いているのだ。ナイーアを保護する、最初の手伝いを行動に移した」
黙って彼を見つめるミレイオ。料理を静かに食べながら、視線で続きを促す。料理を飲み込んだドルドレンは、溜め息をつき、思うことを続ける。
「動いている俺たちだからこそ、出来ることがありそうで。
ここまで、旅を始めて一ヶ月超えたくらいだが。通り過ぎた町や村に、俺たちは何度か関わった。時に、人に、時に、その環境に。今回もそうじゃないかと。何かが出来そうな気がするから・・・・・ 」
特に何が、と思いついたわけでもない。だが、それも役目の一つに感じるドルドレン。
少なくとも、感じた気持ちが思い付きじゃないと判断出来たら、少しだけ時間を使っても良いのではと、そう思ったことを話した。
「ミレイオ。反対だよな」
「うん・・・何も見えないうちはね」
ぼそっと呟いたドルドレンに、ミレイオは即答で、でも条件を含ませて伝えた。
『何も見えないうちは』その言い方に、ドルドレンもイーアンも、ミレイオを見る。フォラヴとザッカリアは観客なので、成り行きを見守る(※総長に従う部下)。
「何か。見つけたらね。要はさ、手があるって思うなら。相談してご覧。その時、また返事、違うの言えるわよ」
ミレイオはそう言うと、頭っから否定しないとした姿勢を伝え、ニコッと笑って、料理の残りを食べ始めた。
その後ろの空には、二頭の龍に跨る仲間が、用事を済ませて帰ってくる姿が見えた。
お読み頂き有難うございます。




