984. 指輪の夜・契約の夜
馬車はその場所から動かないまま、夕暮れを迎える。オーリンは『夜は上で寝るよ』と帰った後。
食事はもう始まっていて、タンクラッドとバイラを除く皆は、心配しながら先に食べていた。
――夕方、二頭の龍が降り立ったことで、総長や待っていた皆は戸惑った。
3人で出かけたのにと慌て、龍を下りたフォラヴに理由を聞いたが、もっと心配が募ったドルドレン。『迎えに行こうか』暗い森を見つめて呟くと、ミレイオが首を振った。
『ダメよ。目が利かないでしょ。行くなら私だけど・・・ショショウィがいるなら、私も行けない』待ちましょ、とドルドレンの腕に手を置いた。
イーアンも心配そうに『私は上からなら。タンクラッドの場所を見つけることが出来ますが』せめて位置の確認だけでも・・・そう持ちかけたものの、やはり『ショショウィに影響があっては困る』と皆に言われ、動けない。
「バイラは、先ほど連絡をもらった。彼は今日は、ナイーアの手続きと報告書作成で、施設に泊まるらしい」
ドルドレンは、フォラヴやザッカリアにもそれを伝えてから、暗がりの森にやはり目を向け『タンクラッド。強い男だが、真っ暗では』と不安そうに溜め息を付いた。
連絡珠でイーアンとやり取りさせるにしても、森では場所の目安も付かない。下手に珠を落として、時間を食うことも考えれば、余計なことは出来なかった――
で。夕食の焚き火を囲み、タンクラッドはいつ帰るだろうと、その話で時間は過ぎる。
「それは。俺に見て来い、と言っているか?」
暗がりの中から、声が届く。『え?』ザッカリアがびくっとして匙を戻した。ミレイオはハッとして『大丈夫よ、大丈夫。言うの忘れてた』そう言って、子供の顔を自分に向けさせて微笑んだ。
フォラヴも気にはなっていた様子。皆が何も言わないから、特に聞かなかっただけらしく、ザッカリアの反応を境に『誰ですか』とシャンガマックに囁く。一瞬、止まった褐色の騎士の代わりに、ミレイオが『あの』と先に言う。
「えーっと。あのね、うーん」
「もう、これだけの人数に言った後だ。構わんから、言ってやれ」
ミレイオの躊躇いに、影の声が少し笑ったように促す。ぎゅーっと眉を寄せる子供と妖精の騎士。『あの声。私は聞いた覚えが』フォラヴの呟きに、ザッカリアは目を丸くして『誰なの』と怖がる。
「8人目の仲間よ。ホーミット」
「8人目・・・ホーミット?」
ミレイオの言葉を繰り返したフォラヴは、そっと立ち上がる。『そこにいるんですね』影に訊ねると『そうだ』と返る。『眩しくてな』フフンと笑う声も聞こえ、フォラヴは理解した。
「あなたが。私を助けて下さいましたでしょう。その後はミレイオに助けて頂きました。あの時、あの花の魔物から」
ミレイオ、驚いてフォラヴを見た。イーアンもその話を聞いていたので、さっと彼を見る。皆も見守る中、お礼を急に告げた妖精の騎士に、影の声が少し間を空けてから『気が付いていたか』と。
「いえ。あの時は知りませんでした。でも、後から。私を救い出した気配が。あなたの」
「もう良い。恩を着せる為に助けただけだ」
『恩を着せる・・・』複雑そうな顔でフォラヴは黙る。横のシャンガマックはちょっと微笑んだ。ホーミットらしいな、と思いながら、彼が少し笑っている気がして、食事を静かに続ける。
ミレイオも苦笑いで、食べようとした料理をちょっと置いて『ね。あいつ、そういう言い方しか出来ないの』小さい声でフォラヴに伝えて首を振り『悪く取らないで』性格問題あるのよ、と教えた。
イーアン仏頂面。そんな言い方すんなよ・・・ぼやく。舌打ちもする。要らねぇ嫌な思いさせやがるよと、ぶつくさ言っている。
ムスーッとしている奥さんに気が付いたドルドレンは、急いで自分の匙から奥さんに食べさせ『気にしてはいけない』と宥めた(※イーアンと相性悪いってよく分かった)。
もぐもぐしながらイーアンは、据わった目で伴侶にお礼を言い、自分の匙で伴侶にも返してあげた。
ザッカリアもちょっと怖い。だけど、ミレイオが大丈夫だと言うし、皆も気にしていないようだし。
イーアンだけは怒っていそうだけど、自分も気にしないことにする。とにかく、8人目が来たのかとそれは分かった。
「それで。どうなんだ。俺に見て来い、って言ってたのか」
影の声が続き、ドルドレンは食事の手を休め『いや。そんなつもりはなかった。大丈夫だ』と答えるが、気持ちは心配。ただ、ホーミットを動かすのも初めてだし、何が気に障るのかも知らないから、戸惑う。
「俺が行かないと。そろそろ、コルステインが来るぞ。あいつが行くだろうな、タンクラッドがいないとなれば」
「え。それは困るんでないの?コルステインが近づいたら、ショショウィは」
「俺も同じようなもんだが、まだ俺の方がショショウィは怖がらない。俺の方がマシだぞ」
何だか。ホーミットが、積極的にイイ人っぽい気がするドルドレンは、どうしようと思いながら、ちらっと愛妻(※未婚)を見て、ぶすっとしているので、さっと目を逸らす(※こっちゃダメだ、の判断)。
ミレイオと目が合い、ミレイオが首を傾げつつも『でもほら。今日はさ、用事があるし』良いんじゃない?と促したので、ドルドレンも頷いた。
「あの。じゃ。ええっと、お願いしても良いか。タンクラッドがどの辺にいるかだけでも」
「良いだろう。コルステインが来たら、俺が行ったと言えよ」
ドルドレンの、どきどきするお願いに、あっさり答えてホーミットはその後何も言わなかった。
『もう。行ってしまったのか』早いな、と呟くドルドレン。横のイーアンが、むしゃむしゃ食べながら『だって、影の中動くんですもの。影だらけなら早いですよ』どーでも良さそうに教えた(※自分活躍出来ないから)。
そして。夕食は静かに後半も終わりに近づく頃。ホーミットが戻るまで10分もかからず、彼は呆気なく皆の心配を払拭してくれた。
がさーっと大きな音が聞こえ、驚いた皆が森の一方に顔を向けた時。どんっと、獅子が夜空に跳ぶ姿を見た。
「えっ?!」
驚いて腰を浮かしたドルドレン、シャンガマック、フォラヴ、ザッカリア。驚かないのはイーアン、ミレイオ。
獅子は、勢い良く焚き火の横を跳び越え、その時、人が飛び下りた。『おお、凄いことするな』着地してすぐ、驚いて笑うのはタンクラッド。茂みに消えた獅子の後を見送り、焚き火の周りにいる仲間に笑いかけた。
「ただいま」
「お帰り・・・って、おかしいのだ!いろいろ、今日はおかしいっ」
ドルドレン、今の獅子は何なのかと騒ぐ(※頭飽和)。笑いながら側へ来たタンクラッドは、ドルドレンに『あれも、ホーミットだな』と頷いた。
親方に向けられた灰色の瞳が困惑中。『ちが、違うのだ。ホーミットはデカい背で、お前が以前話してくれたように、イケメンで』言い掛けて、はーはー言っている総長の肩を押して座らせると、タンクラッドはもう一度『ドルドレン。落ち着け。あいつは二つの姿がある』そういうことだ、と笑顔で教える。
「俺が以前見た男も、ホーミットだったんだろ?名前は今、直に聞いた。
今は、獅子の姿で現われた。森で俺を背中に乗せると、凄い勢いで駆け抜けた。お前たちが待っていると」
「ショ、ショショウィは?ホーミットはもう、ちょっと置いといて(※ドル理解難しい)」
ああ、とタンクラッドは頷く。『大丈夫だ。ショショウィも同じくらい素早い。俺がいたから、合わせてくれただけで。ホーミットと同じ速度で付いてきた。
近くにいるだろうが、ちょっと。ホーミットがショショウィに話があると」
皆は、ショショウィにも驚く。あんなカワイイのに、野獣のような(←ホーミット)速さで動くのかと、そっちに意識が動く。
タンクラッドは、ショショウィの無事は信用したようで『ショショウィが。ホーミットが助けてくれたと言ってな』鍋の近くに座ると、ミレイオに料理をもらい『話しは、後らしい』そう言いながら、コルステインが来るから急ぐとかで、がつがつ食べ始めた。
ホーミットは、木々の影の上に出て、月明かりのある枝に座る。ショショウィも、少し離れた場所を選んで、同じくらいの高さの枝に座った。
『ショショウィ、お前。あいつらと一緒に動きたいのか』
昨日の夜の質問をするホーミットに、ショショウィは変わらずに頷いて見せる。『一緒。と思う』そう答える地霊に、ホーミットはちょっと笑って『そうか』短く答えた。
『俺は。お前を動かす方法を見つけた。だが、約束が要るんだ』
『なに。約束なにするの』
『お前には簡単だ。俺が頼んだ時、お前が動物にもらった力を、一つ、俺の為に分けてくれ』
『いつも?いつも、する?ショショウィ、死ぬ』
違うよと笑う、ホーミット。怖がる顔を向けるショショウィに、もう一度『いつもじゃない』と教える。
『お前が死ぬと分かって、頼むもんか。死んだら連れて行けないだろ?頼む時は、お前が大変じゃないように、時々、だ』
分かるか?時々だ・・・ちゃんと繰り返すと、ショショウィは困ったように、うんうん唸る。
時々、の意味が心配なのかと、気付いたホーミットは『おい、困るな。こっち向け』と自分を見させる。
『お前に頼む時。俺はお前に、死にそうな動物を運んでやる。それなら良いだろ?』
『死ぬする、動物。くれるの?』
そうだ、と頷くホーミットに、ショショウィは考える。それだったら、大丈夫かなと思って『ショショウィ、死ぬない?』と念を押す。
獅子は、大きく頭を縦に振って『約束してやる。お前は死なない』と答えた。
『力。獅子に、あげるする。それで。ショショウィ、タンクラッド。一緒に行く?』
『約束だぞ。一緒に行く方法だ。と言っても、いつもじゃないんだ。お前は、いつもはここ、この山で暮らす。それであいつらが呼んだら、動けるんだ』
意味が全く分からないショショウィは、首を傾げて大きな緑の目で獅子を見た。獅子は『教えてやろう』呟いて、その方法をゆっくり、地霊に分かるように話し始めた。
同じ頃。コルステインが来る少し前。
タンクラッドも、指輪の話を聞いた。その話を聞いたことで、タンクラッドの目に希望が灯る。『そうだったのか』呟きは喜びの表情を浮ばせた。
「これは、ホーミットが話していたの。ショショウィが頼んだんだって。『あんたと一緒に行きたい』って言うから、方法を探したって言っていたわ」
「ショショウィ・・・解決か!良かった・・・・・ 指輪は?その指輪はまだ、ホーミットが持っているのか」
「そうよ。ショショウィに付けるのが先だとかで、ショショウィにも話さないといけないからってさ。今、話している内容はそれじゃない?」
親方は、ミレイオに話を聞いて、心底嬉しそう。笑顔で立ち上がって、感謝の祈り(※一応)。祈っている最中に、ふわふわ青い霧が近づいてきたのを見て、いそいそ馬車にベッドを取りに行った。
「指輪・・・どこからそんなもの、見つけて来るんだか(※親子で同じこと言う)」
ミレイオは洗い物をしながら、午前に聞いた話を思い出す。二つの指輪で呼び出すという、不思議な方法。
馬車で待っていた午前。突然、森から呼び出されて何かと思えば。
結局、ドルドレンもシャンガマックも一緒に、暗い森の影の中に入って、親父の話を聞くことになった。
「何を企んでいるのか、分からないけど。まぁ・・・ショショウィに関しては。私たちじゃ、お手上げだもんね」
やれやれ、と首を鳴らしながら、ミレイオは親父の不可解な親切に、少し引っかかりは残るものの、鼻で笑って考えるのを止めた。
*****
所変わって、警護団施設の宿舎。
ナイーアは、初めて自分一人の部屋をあてがわれ、簡素なベッドに腰掛け、窓の外を見ていた。
バイラと一緒に施設へ着いた時間は、夕方。
本当なら『明日到着』と話していたが、バイラは、村の前を通るのを考えて『少し荒れる道ですが。近道も兼ねて、別の道で行きます』と言った。
そして、林の中を道のない場所を馬を操り、走り抜けた。『馬車ではこうは行きません』バイラはちょっと笑って、振り落とされないようにと注意し、しがみ付くナイーアに『夕方には到着かも』そう笑った。
走り抜ける林。走り抜ける風を受け、ナイーアは自分の人生が、凄い勢いで進んでいる気がした。それは、ずっと動かなかったこれまでをいっぺんに取り戻すような、そんな速さにも思えた。
そうして。本当に、夕方を過ぎる頃。バイラの馬は汗びっしょりになって、施設近くまで辿り着いた。
『この馬は、凄い体力なんですよ』この馬がいなかったら、今の自分はいなかったと微笑むバイラは、馬を歩かせて施設へ向かった。
施設に到着した時には、太陽が大きく見え、向こうの山のすぐ頂にかかるくらい。バイラは馬を休ませて、厩に入れて干草を与えた後、ナイーアと一緒に施設へ入り、業務を終える手前の団員に事情を聞かせた。
話を聞くに連れ、バイラの後ろに立つ姿を見る時間が延び、彼らも驚きの眼差しで村の生還者を見つめて『とにかく、バイラの要望に沿うかどうか、動いてみよう』と言ってくれた。
この後、バイラは保護と契約書類を書くという事で執務室に残り、ナイーアは別の団員に風呂に案内されて、食事をもらい、施設の中を説明された後に『明日の朝にまた』とのことで、部屋で休む時間を迎えた。
窓の外。まだ見える位置に月が浮かぶ。
勢いで、辿り着いたこの場所。勢いがなかったら。ここに居なかっただろうと思うと、まだ本当ではないような気にもなる。
「父と母。私を育て・・・いや。どうだったんだろう」
自分の兄弟がいたらしいが、彼らは村に居なかった。意識がはっきりした後、数日間は『自分の家』に住んだが、父母は、初めて見た顔のようにも感じたし、実際に、家族の感覚も正直なことを言えば、分からない相手だった。
彼らは自分を育てたのか。捨てなかっただけでも感謝しろ、と周囲は言うだろう。捨てられていたら、とっくに死んでいた、とか。もっと酷い人生だったとか。だがそれも、本当だろうかと今思う。
「もう。いい。終わったんだ」
ショショウィに助けられた後、私は感覚だけで村へ戻った。長い道のりを、迷いながら、何となく戻った。行きも同じようにフラフラと辿り着いた谷。帰りも同じ。そして明かりを頼りに村を見つけ、驚く村人が自分の名を呼んだ。
父母は最初、呆然としていて、家の戸口で自分を見つめただけ。それから名を呼ばれ、振り向いて彼らが近づく様子を黙っていたら。
「今更。今更・・・そう思ったんだろうな。私は彼らの目と顔を見て、私の心が戻ったことに喜びはないことを理解した」
父母は困惑し、少し触れて『良かったね』と言い、そこから会話は消えた。自分もどうするべきか分からなかった。後の話は、ショショウィのことと、これからの期待だけ。自分の今後なんて、誰も話さなかった。
ナイーアは思う。バイラが神殿で話してくれたこと。自分のような『重病人』はたくさん居る、そのこと。
彼らは、一生を―― そこまで考えて胸が苦しくなった。
『私に何が出来るだろう』呟く相手、月の光は徐々に白さを増してゆく。警護団に入って、まずは文字を覚えたり、仕事がどんなものかを知る必要がある、とバイラは言った。その続きは『ナイーアが動きたいものを見つけると良い』彼はそう微笑んだ。
村には、警護団から知らせを出してくれると、バイラもここの団員も協力的に伝えてくれて、『ナイーアはここで保護された』そういうことにしようと決まった後。保護、と言われなければ、きっと村人の都合で戻される状況も生まれる心配からだった。
『でも。ナイーアの意志を守りましょう。あなたの人生は、今、目覚めて動き出したんだから』
バイラの言葉。自分の気持ち。これから見つけるだろう、続き。
ナイーアは明日、気がかりを相談しようと思った。バイラは今日はまだ施設に居る。明日、旅に戻ると話していた。
「村のことを。まずは、私が居た村の・・・もう、私みたいな人間が、悲しい生き方をしないで良いように。私が何か出来たら」
窓の外の白い月は、神殿の谷で見たときと同じように。煌々と輝いて、ナイーアの新しい夜に、透き通った光を注ぎ続けていた。
お読み頂き有難うございます。
明日は都合により、朝の投稿がありません。夕方1回の投稿です。どうぞ宜しくお願い致します。




