983. 古代墳墓ノクワボ・サドゥ ~龍頭と命の水
「私の目を見て。龍ではないと思ったか」
大きな人間は、水を吸い込んで透明に透ける衣服をまとい、光に輝く姿で、タンクラッドに質問する。
荒い息を懸命に押さえ込みながら、タンクラッドは答えを探す。悪い相手に思えない、この感覚に戸惑う。
――目の前にいる、大きな人間。腰掛けているが、立てば身の丈5m以上あるだろうと思う。男龍よりもずっと大きいが、衣服を何重にも着ているし、手足や姿勢は人間のよう。俺の知る龍ではない、と判断する。
あの服・・・イーアンが俺に作ってくれた(※いいえ、皆さんに)着物みたいな形。イーアンも『着物は重ねて着る』と話していた。
龍の顔は、確かにザッカリアの話したとおり、俺たちの龍とも、イーアンたちが龍の姿の時とも異なる。
角は短くて枝分かれした一本が額から出ているし、肌は赤っぽく鱗が見えない。
壁画では棘が出ているだけだったのに、頭を覆う白い鬣が顔にも届いて、ヒゲのように顎まで包む。
長く突き出した鼻と口にも、長く揺れる2本のヒゲ・・・触覚?落ち窪んだ眼窩は、石を嵌め込んだような目が輝いている。その目の色は緑色――
龍族なら、金色の瞳。向かい合う相手の異質な雰囲気に、龍族以外の何か、全く別の存在のような畏怖が沸くタンクラッド。
黙りこくるタンクラッドを見つめる、龍頭の人間は、左右の人間も一人ずつ見てから、静かに頷いた。
「ショショウィ。面白い組み合わせだ。人間じゃないぞ」
『人間。と思った』
「違うな。タンクラッドは人間だ。だが、その白っぽいのは妖精だ。隣の子供は空じゃないのか」
『空』と呼んだ相手を、一番興味深そうに眺め、ゆっくりと大きな首を傾げる動きに、ザッカリアは生きた心地がしない。タンクラッドの腕にしがみついて、顔を伏せ、泣きそうなのを頑張って耐える。
「ふむ。お前、タンクラッド。背中に何かあるだろう。剣か」
「け。剣だ。そうだ。俺の剣だ」
「その剣。お前、お前が。そうか。もうそんなに時が流れて」
子供から目を移した龍頭の人間は、タンクラッドの肩から突き出て見える、剣の柄に目を留め、不思議なことを呟くと、少し体を起こして白い地霊を撫でた。
「ショショウィ。お前が出会ったのも運命だ。力になれるならそうしなさい」
『どうするの。金の』
言い掛けたショショウィに、また意識を戻した親方。大慌てで『だから!牛は要らないんだって!』もう帰るから!と遮り、龍頭の目を怯えるようにさっと見る。緑の目が笑っていない(※怖)。
「今も、昔も。いつの世も。人間は形と共に。良いだろう、ここにあっても役に立つこともない。少し運べ」
『ありがとう。ノクワボ』
龍頭の人物は、金の牛を持って行っても良いと、足元に沈む宝をちょっと見て告げると、ショショウィはちゃんとお礼を言った(※正直)。
親方もおっかなびっくり。何てこと言うんだ、と思いつつ。嬉しいのもないわけではない。悩みながらも『すまない。気を遣わせて』と礼を伝える。
「タンクラッド。お前たちがここへ来たのも、理由があるだろう。それは、お前たちの思う理由ではなく。
ショショウィが人間を連れてくるとは思わなかったが、これはショショウィの采配ではない。
ここを出る前に、水を汲め。壷はある。水を持って戻り、いずれ使う時に頼るように」
龍頭の人間は、思うことをすっかり伝えたように、そう言うとすっと消えた。大きな姿が消えた後、石段の上から、ショショウィがぴょんと飛んで、タンクラッドたちの前に立つ。
白い尻尾をぶんぶん左右に振って、少し嬉しそうにショショウィは親方を見上げて言う。
『もらう。出来た。水も』
『ショショウィ。お前は一人で生きていたんじゃないのか?今のは?ここは墓だと言っていたが、生きていただろう?』
『ショショウィ。いつも一人。あれ、違う。生きるない。死ぬするの。中入る死ぬの』
親方は、まだ頭が追いつかない。しゃがんで白い毛を撫で『お前は。ビックリさせるな』そう言うのが精一杯で、ちょっと笑った。ショショウィはじーっと親方を見て、それから騎士たちを見て、奥にある暗がりを見た。
「タンクラッド。あれではないですか・・・壷と言っていましたが。あそこに並んでいるのは」
地霊の視線の先にある壷を見つけ、フォラヴはタンクラッドに教える。
「本当だ。壷だな。意味が分からん。壷は普通の大きさだ。小さいのもあるし。さっきの人物のような大きさが、使う物じゃないだろうに」
他の物が全体的に大きい理由は分かったところで、人間サイズの壷は不自然。
それを聞いたショショウィは、タンクラッドに『人間。居る、した。前』と、さっきも話したことを繰り返して教えた。親方たちは『ああ、そうか』あっさり納得。それから壷を取りに行った。
実際には。ショショウィは、人間がいた時のことを知らない。時代が違い過ぎて、その場面に一度だって出くわした事もない。ショショウィが来た時には、既にここは誰も来ない場所だった。
だが、中に入った最初の日。龍頭の人間ノクワボが今のように出てきて、話をした。
それで、ノクワボが死んでいると知っている。人間がここへ来ていたことも知っている。ノクワボの眠るこの石段を、ショショウィは『龍の石』と呼んだ。『空の龍とは違う』そのことも、ノクワボから聞いていた。
ショショウィは度々、この場所へ来てノクワボと話した。未だに、ノクワボが誰なのか知らないが、龍の頭を持っている、それ以上は特に、ショショウィに知る必要もなかった。
魔物が出た時。ショショウィはここを思い出さなかったのも、ショショウィには理由なんて分からない。
でもそれは、さっきノクワボが話したように、他の誰かがそうさせたのかも知れなかった。
この場所は、頼る場所ではない。そしてノクワボも、頼る相手ではない。ショショウィに分かっていたことは、それくらいだった。
タンクラッドたちは、床に置かれた壷をそっと触り『いつのものだろう』と呟きながら、程度の良さそうなのを2つ選び、蓋を外して中を見る。空っぽ。
「これに水を入れれば良いのか。何に使う、と言ってもな。水だし、腐る前の話だな」
「でもタンクラッド。あの言い方・・・あまり『普通の水』には思えません」
「あれ。誰だったんだろうね」
腕を離しても消えない。それは何となくもう、信用出来る3人。それぞれ、離れないように気を遣うものの、さっきまでの緊張は消えて、少し会話も増える。
「お墓の水を汲むなんて。しかし、生きている様子から、お墓とも言えず」
「妙なこと言うなよ。墓じゃない、ってことにしておけ」
フォラヴの言葉に眉を寄せて、親方は苦笑いで、堀の水中に壷を入れる。壷の中の空気が泡になって出て、壷自体にも細かな泡がたくさん浮んだ。素焼きの壷の表面は銀色の膜を貼ったように水の中で輝く。
手に持った壷を沈め、水をざっぷり汲むと、親方は壷を引き上げる。もう一つの壷も同じように沈め、同じように水を汲んで、二つの壷に蓋をした。
「(タ)後は、牛か」
「(フォ)要らないと言ったのに」
「(タ)くれると言ったんだ。少しもらって帰っても、もう心配ない」
「(ザ)タンクラッドおじさんは、宝大好きだね」
子供の一言に『ミレイオもイーアンもオーリンもな』と、タンクラッドは言い添えて(※俺だけじゃない強調)堀の中の牛に手を伸ばす。そっと一つに触れ、異常なしと認めると、一つを手に引き上げた。
「これは。お供えという話だが。本当に全部を金で作っているのか」
小さいのに重い・・・呟きながらタンクラッドは、堀を埋めるほど『いっぱい』ある、牛や他の家畜を模した金の置物を、10個ほど選んで手にした。
「少し。だな。10個くらいなら、非常に控え目で、本当に少しの範囲だ」
「少しって。普通は2~3個では」
「フォラヴ。全体の量を見ろ。お前の価値観じゃなく、この場所の量から臨機応変に考えるんだ」
妖精の騎士は黙る。こうして宝物を得る知恵を覚えるのかも、と思いつつ、何も言わずにタンクラッドに頷いた。
タンクラッドは金細工を丁寧に拭いてから、腰袋から取り出した粗布の袋に仕舞い、それをちゃんとベルトにくくり付ける。それから壷の一つを持ち、もう一つをフォラヴに持たせる。
「よし。帰るか。とりあえず、長居は無用だ。時間も分からん」
そう言って、側で待っていたショショウィに『帰ろう』と言うと、ショショウィは頷いて、また先頭を歩き始めた。
この時。ショショウィを連れて帰る気でいた親方は、『帰ろう』と口にしながら、まだ問題が残っていたことを思い出す。ショショウィをどうやって、連れて行くのか――
その問題は、遺跡を抜ける間ずっと、親方の頭の中に回り続け、折角手に入れた宝や不思議な出来事もそっちのけにさせるほど、意識を占め続けた。
遺跡の壁まで来て、ショショウィは振り向き、また尻尾をタンクラッドの足に巻きつけると『皆、一緒』と指示。全員が繋がっている状態を望まれたので、騎士二人の腕を掴んで、タンクラッドは『良いぞ』と教える。
白い地霊が壁の絵を触ると、壁は再び鮮やかな色を伴った大きな扉に変わり、地霊と3人は開いた扉をくぐって外へ。外へ出てすぐ、扉が閉まり、その扉は何もなかったように壁に変わった。
「本当に。不思議で」
呟くフォラヴに、親方も頷いて、ザッカリアとフォラヴの腕を離す。外はもう夕方。午後の早いうちに着いたはずなのに、随分時間が流れた気がした。
タンクラッドは、フォラヴとザッカリアに『龍を呼んで、飛んで戻れ』と言う。『龍を呼ぶ』言葉に驚くショショウィに、親方は『俺はお前と一緒に戻る』ちょっと安心させるように微笑んだ。
「お前たちは歩きがきついだろう。俺とショショウィから離れたら、龍を呼べ。総長たちの待つ場所へ戻るんだ」
「タンクラッドは?夜になりますよ」
「大丈夫だ。ショショウィと一緒に戻る。コルステインが来たら、ベッドで待ってもらってくれ」
フォラヴは、親方の水の壷も預かる。こうして、心配する騎士二人を送り出し、タンクラッドはショショウィと一緒に森の中へまた進んだ。
この帰り道で。夜になるだろうが。馬車に戻るまでの間で、どうにかショショウィを連れて帰る方法を考えるつもりだった。
『タンクラッド。大変?』
振り向く地霊に、タンクラッドは笑って『大丈夫だ』と答える。森の中はもう随分と暗い。夕方の光も差さない場所なので、盆地を抜けて森を歩く頃には、森はすっかり暗がりに変わっていた。
ショショウィは、タンクラッドは人間だから、もしかしたら歩くのは大変かもしれないと思う。『乗って』背中を見せると、タンクラッドはハハハと笑って『さすがに俺はやめておけ』と断った。
『俺は重い。お前に乗るなんて出来ない。有難うな。大丈夫だ、一緒に動けば』
『大丈夫』
また、大丈夫と言う・・・タンクラッドは白い地霊をナデナデ。『優しいな。でも大丈夫だぞ。暗い道でも、お前が一緒だから』そう言って、地霊を立たせ、また一緒に歩き出した。
思うに。3~4時間の森の道。だが、ショショウィが前なら草に躓くこともない。白い姿は暗くても見える。体力なら問題ない。
実際、長く歩くことよりも、親方はショショウィを前にして、帰り道の数時間で答えを出さなければいけないことに焦っていた。




