979. 過去の男の力を
狭間空間に戻っているヨーマイテスは、自分の根城であれこれ調べては、幾つか可能性の見えるものを用意して、展開を想像していた。
「一番、効果的なのは。やっぱりこれだろうな。だが、これを使うのも気が引けるな」
ふーむ、と唸って、ヨーマイテスは目の前に置いた、二つの指輪を眺める。
指輪は同じ模様、同じ形で、違うのは嵌っている石の色だけ。骨で出来た黄ばんだ指輪に、不釣合いなほど輝く妖しげな石。
骨の本体に刻み込まれた無数の模様は、溝に黒く汚れも入り、はっきりとした模様が分からない状態。
「もったいないんだよなぁ」
これしかないか~・・・悩むヨーマイテス。出来れば使いたくない。これだって、自分が目指すその日の準備に、集めておいた宝なのに。
「でも。バニザットが使っていた時には、本当に便利そうだったから。これが、今回の目的には適している・・・いやしかしなぁ。使いたくないなぁ」
でもな、だけど、と何時間も繰り返し同じことを呻き、大きな獅子は、床にゴロゴロ転がる(※悩んでいる状態)。
「ショショウィを。地霊を、その地から引き離すのは、さすがに一大事だ。俺とて無理をしたら、何をされるか分からん。知れた日にはタダでは済まないだろう。
だとすれば。『いつでも呼び出す』方法しかない。普段、地霊は山に居て、こっちが呼びたい時だけ引き寄せる。
それくらいだと、バニザットも好きに行っていたし、咎めもなかった。俺が同じことをしても、目には留まるまい」
バニザットが使っていた、不思議な宝の一つ。ヨーマイテスは、その効果を教えてもらった後、バニザットが指輪をもう要らないと言い出したので引き取った。
「こんなの。俺だって見つけなかったのに。本当にあいつは、どこから見つけてきたんだか」
大した男だよ、と笑う獅子。二つの指輪越しに、もう遥か昔に居なくなった男の影を思い出す。
「あの、ショショウィ。あいつの力で、バニザットと話せれば」
その呟きは、呼吸くらいの小さな声でどこにも響くこともない。
ヨーマイテスの頭の中で、バニザットと再び会話をする淡い期待が、ぐるぐる回る。それはこの前、若いバニザットと一緒に訪れた『記憶の部屋』で知ったことが理由にある。
「あの場所は。ガドゥグ・ィッダンの、過去を司る一部だ。入った者の、一番近い他人の記憶が包み込む。
あの時、俺が最初に入ったから、バニザットが出てきたんだ。恐ろしい場所だが、耐えられれば、得られるものは、至上の宝と並ぶ貴重さだ」
空に在る、天地創造の神殿遺跡、ガドゥグ・ィッダン。その一部が、遥か昔に、中間の地にも落とされた――
『これを教えてくれたのは、バニザットだ。俺が、もしかして、と・・・その範囲でしか知り得なかったことを』ヨーマイテスは思い出す。老魔法使いに教わった、数々の知恵と知識。
その一部に入り込み、必要な宝を集めながら、ヨーマイテスは『ガドゥグ・ィッダンの予言』を信じて、追い続ける。
この前の『記憶の部屋』も、時空を越えるガドゥグ・ィッダンに間違いないと思った。
昔のバニザット自身の記憶が埋め尽くすあの空間で、ヨーマイテスは、あの場所でしか得られない情報を、若いバニザットと話しながら探した。
そして見つけた、幾つかの情報の一つ。『バニザットは一時的に、現在へ来れる』そのことは、何よりもヨーマイテスの心を揺さぶった。
だが勿論、簡単じゃない。記憶の部屋のバニザットは、無数に鏤められた、絵の板の中で動き回りながら、記憶のはずなのに、ヨーマイテスに語りかけていた。
「あいつは俺に教えたんだ。あいつが、俺をあの場所へ導いた。今こそ、俺があいつの助言を必要としていると知って」
何度も。壁に浮ぶ、動く絵の中のバニザットと目が合った。
昔、ずっと昔・・・よくそうやって笑ったように、少しだけ顔を傾けて、薄っすら唇を開く。その目は鷲のように自分を掴んでいるのに、表情は軽い。
「あの笑い方。バニザット。お前はあの中で、俺を見ていた。お前の声を聞こう」
バニザットの体を包んでいた、この緋色の布に『命の力』を注げば。バニザットは話し出す。強力な力を持った魔法使いだった彼だから出来る、とんでもない荒業をヨーマイテスに伝えてきた。
「命の力。お前がそれを伝えなかったら、俺はショショウィのことなんか、気にもしなかっただろう」
そう呟いてすぐ、思う―― ちょっとは・・・気にしたかもしれないけど。ちらっと過ぎった、白いネコの顔を思い出して、ヨーマイテスは笑った。
「これも巡り合わせだな。待ってろ、バニザット。お前の声を何百年ぶりに聴けるよう、頭を使って・・・もったいないが。これも使って。そうだな、引き換えみたいなもんだな」
苦笑いして、獅子は二つの小さな指輪を、爪に引っ掛ける。
「お前の声と引き換えだ。高くない」
そう言うと、獅子は大きな体を震わせて、金属質な輝きを持つ人の肌に身を変え、指輪を左右の指に通す。不思議な指輪は、骨で出来ているはずなのに、大きな太い男の指にすんなりはまった。
「さてショショウィ。お前の悩みを解決してやる。その代わり、俺にも役に立ってくれよ」
金茶色の髪の毛を揺すると、ヨーマイテスは狭間空間を抜け出て、中間の地へ上がった。
*****
お空のイーアン。子供たちと毎日のように遊びながらも、ショショウィのことで凹む。やって来たファドゥに、ジェーナイと遊んでとお願いされて、一緒に遊ぶものの。
「どうしたの。イーアンが悲しそうで、ジェーナイが気にしているよ」
ファドゥに見抜かれ、イーアンは今朝の話をした。小さなジェーナイを抱っこするイーアンは『あなたのようにね。こうして仲良くなれたら良いのに』と話しかける。ジェーナイはニコニコして頷くだけ(※よく分かってない)。
話を聞いたファドゥは、地霊そのものも、身近な記憶にない(※当然)ので考える。それから『ルガルバンダに聞いてみようか』と提案する。イーアン、びっくり。
「ルガルバンダ。いくら彼でも」
「そう思うだろうけれど。中間の地のことを教えてくれるのは、彼だけだから」
「地霊ですよ。サブパメントゥよりも、空に関係ない位置の」
「だけど。ルガルバンダなら、何か教えてくれるかも知れない」
男龍で、中間の地に関わりがあるのは、確かに彼だけ。イーアンはそれは分かるものの、呼んで訊いてまで分かるとは思えなくて、呼び出さなくても良いとファドゥに伝えたが。
「もう呼んだよ」
笑顔で言われ、イーアンも笑ってお礼を言った。ファドゥの言葉通り、間もなくしてルガルバンダが子供部屋に入って来て『おはよう。朝から用か』と微笑んだ。側に座ったルガルバンダは、イーアンの苦笑いを覗きこんで『どうした』ゆっくり話を聞こう、と言う。
「地霊のことでね。ルガルバンダなら知っているのでは、と私が呼んだ」
「何て?地霊?」
ファドゥに先に告げられた言葉に、ちょっと面食らうルガルバンダを見て、イーアンは『やっぱりな』と思う。『旅の案内についた地霊なので、長くは一緒にいないと思うけれど』期間付きであることを前置きにして、知らなくても良いと先に断る。
ルガルバンダはイーアンを見て『どんな地霊だ。何がしたい』と本題に直接入る。イーアンは男龍の率直さに、少々感謝を持って、話しても無理だろうと思いつつ、事の流れと現状を伝えてみた。
「一時的な参加ですけれど。でもね、とても可愛い地霊です。触れないから寂しくて」
「それは無理だ。お前は自分を分からなさ過ぎる。女龍じゃ、絶対に触れないぞ。コルステインに触れるだけでも凄いのに。だがあれだって、考えようによれば。コルステインくらい強いから叶っているだけで、他のサブパメントゥじゃ、側に寄るだけでどうなるか」
あ、と思うイーアン。それは大丈夫である、と伝える。
だって。お風呂と洗濯物でミレイオの家に行く時、帰り道はサブパメントゥの中を歩くし、自分に触る(※誘うともいう)サブパメントゥもいると教えると、男龍の親子はビックリしていた。
「お前に至っては、謎しかないな。これまでの知識が役に立たん」
本気で驚くルガルバンダに、イーアンは『そうなんだ~』と思うだけ。弱いサブパメントゥの方が、自分に触るの平気なのですよ・・・と言いたかったけど、止めておいた。
「ますます、難しいな。地霊のことも俺はほんの知識程度だ。ビルガメスでも分からんだろう。地霊なんて、精霊にでも訊かないと」
「そうでしょうね。私も、非常に豊富な種類に驚かされています。精霊に訊くなんて、また大層なことで」
「いや。大層でもないが。しかしな、ほんの一時に関係する程度だと訊きにくい」
そりゃ、そうだよね・・・理解するイーアン(※ランク別って意識)。
ルガルバンダに、呼び出して来てもらったことに、改めてお礼を言い、気にしないでほしいと伝えた。
「お前の力になれなくて。少し心苦しい」
「良いのです、気にされないで下さい。とても可愛い地霊だったから。怖がられては悲しいと思っただけです」
「イーアンは怖くないよ。だけど、そうかも知れないね。龍が近づくだけでも、消えてしまう儚い存在もいるから」
ファドゥの言葉に、イーアンは頷く。それが棲み分けなんだな、と思うところ。
「あ。でも・・・あれ?あいつは何だったかな。あれは・・・うむ、思い出せん」
ルガルバンダは何かを思い出しかけて、額に指を当て、目を閉じる。
イーアンとファドゥは顔を見合わせて、ルガルバンダの記憶の呼び起こしを待つ。ジェーナイがうんうん言い始めたので、イーアンは抱っこを下ろしてあげる。ジェーナイは、ひゅっと龍の姿に変わった。
「よく頑張りました。長くなりましたよ。あなたは本当に頑張り屋さんです」
龍のジェーナイの顔を撫でて、イーアンがちゅーっとしてあげると、ジェーナイもちゅーっと返して笑った。二人でニコニコしていると、ルガルバンダが『それだ』と一言。なに?イーアン振り向く。
「思い出したぞ、イーアン。いた、一人な。バニザットが飼っていたやつだ。ズィーリーの側にいても平気だったんだ。あー・・・っと。バニザットが呼んで。えー。どうだったかな」
イーアンは可能性のある発言をくれた男龍に、目を見開いて『バニザット。あの、今のシャンガマックの先祖の方』そう呟くと、ルガルバンダは思い出しつつ、頷いて『そうだ。彼は人間以上の力と知識を備えた、相当な男だった』と答えた。
「彼は常にズィーリーの近くにいた。彼女が慕う、心を許すたった一人の相手だった。悔しいが仕方ない(※ウン百年前のこと)。
あの男は、何かを触る度に。あれは、何だ。水霊か。水が近い場所でもないのに、器に注いだ水が。そうだ、そうそう。器に水を張って。バニザットが指を擦ると、水霊が現われたんだ」
「水霊。また新しいのが出ました」
「似たようなもんだ。地霊だろうが水霊だろうが。指だ、指。姿を変えさせるような・・・ちゃんと見ていなかったな」
ルガルバンダは、ジェーナイが姿を変えたのを見て、思い出したと言った。『極端に変わるんじゃないが。でも、どうだったけなぁ』言い掛けてまた、悩む男龍。
そこまで覚えていたら、大した記憶力ですよ!とイーアンは誉める(※数百年前の出来事を思い出せる記憶力に脱帽)。
「俺がいようが、ズィーリーがいようが。水霊は無事だったんだ。俺は不思議だった。バニザットは何てことなさそうに・・・水の側で、その水霊と話していた。
形が。水から現われた時と少し変わったんだ。もっと大きいんだろうな、本当は。だけど小さくて。うーむ、理由は知らんが、とにかく、俺たち龍が、側にいても関係なかった。そして形が少し違った」
ルガルバンダは、うんうん唸りながら過去を辿り、それから『時の流れを見てみようか』と言い始めたので『そこまでしなくて良い』とイーアンは止めた(※もう充分です、の意味)。
「指だ。イーアン、訊いてみろ。シャンガマックに。何か知っているかも知れん。指を擦った時、水のある器に水霊が現われた。あれは、バニザットの力だけではないはずだ」
ルガルバンダは、眉を寄せながら『これ以上、覚えていないなぁ』と悲しそうに呻いていた。
お読み頂き有難うございます。




