976. 旅の三十九日目 ~ショショウィお披露目
翌朝。馬車の朝食作りの時。
ホーミットのことを、今更思い出したミレイオは、イーアンにそれを話した。
「あのさ。谷に来る前なんだけど。あの、あんたを攫ったサブパメントゥ。夜に来てたんだよ。目当ては私じゃなくて」
「あ、知っています。昨日は朝からいろいろあって、話そうと思ったのに忘れていました」
「そうか。あんたも気が付いていたのね。あれ、シャンガマックでしょ?」
シャンガマックは何も言わないが、地霊の話を知らせたのは、あいつだったのではと、二人は推測した。
日にちが合わない情報であることについては、ミレイオもイーアンも、眉を寄せて顔を見合わせ、もしかして・・・知らない間に、二人は度々話している可能性がある、と不安を抱いた。
でも。一番心配なことは、シャンガマックの無事。まずは、シャンガマックが無事そうで、以前もあいつ(※名前は二人とも言わない)に好意的な発言があったので、無理はない様子とし、見守ることになった。
「気をつけよう。仲間でも、合流するわけじゃないし」
「そうですね。読めない相手ですから」
イーアンは、お鍋をくるくるかき混ぜながら頷いた。あのサブパメントゥは、トリックスターだと思う。
敵のようにも振舞うし、ひょんなことで味方にも早変わりする。彼の立ち位置は、もしかするとそうしたことなのかもと思うが。
如何せん、読めない上に難しい。相性の悪さはこの仲間内で、自分が一番悪いと感じるイーアンは、名乗りもしないサブパメントゥに、溜め息をつくだけだった。
今日の予定は、別行動で始まる。
朝食時に、ドルドレンが皆にそれを話す。バイラとナイーアは一度道を戻って、警護団施設へ向かうこと。自分たちは次の目的地へ向かうこと。
何日かかるか分からないので、親方はバイラに連絡珠を渡すことにした。それでバイラが迷わないよう、もしくは自分たちが道へ出てくるために、逐一、連絡を取り合おうと決める。
館長は。『私?』そうだね、とシャンガマックを見る。シャンガマックも、昨日の間に教えてもらった、この神殿の情報を資料にし、次の指令を待つ(※生徒)。
「私は資料館に戻る。次に行くのは」
そう言ってシャンガマックの横に行き、資料から地図を出して見せると、二人でふむふむ話し合い、何やら決定したようだった。『じゃあね。シャンガマック。怪我に気をつけるんだぞ』館長はニコッと笑って、シャンガマックにそう言うと、保存食を片手に護衛を立たせ、『よし。帰ろう』潔く帰りの挨拶。
「足は。大丈夫なのか」
「心配要らないですよ、総長。タンクラッドさんが杖をくれましたからね。後、帰るだけだし」
魔物も倒してもらったみたいだからね・・・館長は笑って、杖を片手に馬に乗せてもらう。護衛も食事は簡素なので、特に名残惜しいものもなし。
二人はあっさりと旅の仲間に別れを告げて、来た道ではない、安全な方の遠回りの道へ向かう。
崖道を上がる二頭の馬を見送り、時々手を振って、彼らが見えなくなるまで、馬車の仲間はその姿を見ていた。
「シャンガマックの薬は、効果覿面ですから」
何度もお世話になりました、と呟くイーアンに、シャンガマックも笑って『そうだと良いけれど』と答えた。足、治ったのかもね・・・皆で、館長の素早い退散に感謝し、その感謝は当然、シャンガマックに捧げられた。
「イーアンとミレイオに執着はないのだな」
昨日のこびりつき方を思い出すドルドレンは、そっとシャンガマックに、思ったことを言うと。
褐色の騎士は『知りたいことは得たようですけれど』と言い淀み、ちょっと頭を掻いて『次回って。言っていました』ちょびっと申し訳なさそうに付け加える。
ドルドレンは、それを聞かなかったことにし、食事を終えた部下の手から、そっと皿を引き取って、洗い物は自分が引き受けた。
そして出発準備。タンクラッドは神殿へ最初に向かう。
「とりあえず。遠目でな。あいつが大丈夫な距離で、姿を見せるから。近づくなよ、絶対に」
タンクラッドは念を押し、しつこいくらいに念を押し、ドルドレンたちが『分かったから』と手を振って(※しっし、って)行かせるまで繰り返してから、神殿へ馬を走らせた。
「(ミ)ね。地霊?でしょ?大丈夫なのかしら。私たちがいるのに」
「(ド)タンクラッドはどうしても、と言うのだ。まだ詳しいことは。俺も殆ど知らないが」
「(ザ)地霊って何?怖いヤツ?」
「(バ)怖くないよ。ちっとも、全っ然怖くないよ」
「(ナ)そうだよ。ショショウィは何も怖くない」
「(イ)次の目的地に関わるのですね?その地霊は」
「(ド)そう話しているが。詳細はホント、俺も知らんのだ」
「(フォ)ミレイオの心配が気になりますよ。その地霊、わざわざ近づけてなんて」
「(シャ)そうだな。地霊が気の毒だが。タンクラッドさんに何か、案でもあるのか・・・・・ 」
案なんてありません―― バイラはそう思ったが、言わないでおいた。
だって、カワイイから。言っても無理だろうから、見たら。見せたら。その姿さえ、見れば(※バイラも願う)!!!
俺は絶対に、あのカワイイ地霊を養おう、と心に誓うバイラ(※テイワグナだけの巡回だし、の気持ち)。
あの地霊のためなら、この辺鄙な場所に部署を移しても別に良いや、と思える自分が、年齢が嵩んでちょっと寂しがりになったのかなと、少し気にした。
タンクラッドは、神殿へ迎えに行って、ショショウィを呼ぶ。
ひょこっと出てきたショショウィは、タンクラッドに、ちょっとだけ笑うような顔を見せる。頑張って笑顔を出す、その状態にタンクラッドの胸の内が激しく揺れ動く(※超カワイイ)。
『行くぞ、ショショウィ。馬は平気だろ?俺の前に乗るか?乗れるんだ』
『ショショウィ。タンクラッドと一緒。それが良いと思う』
お月様にお願いしたそれを、ちゃんと伝えるショショウィ。
タンクラッドは目を閉じて、はーーーっ・・・息を吐き出してから(※大嬉)馬を下りようとした矢先、白い影がふっと前に現われた。
あまりに早い動き。驚くタンクラッドに振り向き、タンクラッドの両腕の内に挟まったショショウィは『一緒が良い』もう一度そう言った。
『当たり前だろっ(※コルステインに諭されてるけど)一緒だ。一緒にな、行くからっ』
『牛、見たら。タンクラッドいないの?ショショウィ、見ないになるの?』
『ならないっ!ならないから、大丈夫だ』
言い切っちまったよ、と思いつつ。親方は、腕の内に収まる白いネコを、ちゃんと抱えて馬を進めた。
「来た!」
ドルドレンが最初に見つけ(※視力最高)横で目を細めるイーアンに指差して『あそこ、あのヘン。見える?』教えてあげる(※イーアン、遠目利かない)。
「ぬぅ。どれです。あなたはさすが、戦場で鍛えただけある視力。私全然分かりません」
「イーアン。あそこだよ、あれ。ほら、動いているだろう」
「ぐふう。どれですか~・・・・・ 」
間近なミリ単位に通じる職人イーアン。全く以って遠い場所が見えない。
つまんない~と、こぼしている間に、ミレイオもフォラヴもシャンガマックもバイラも、ナイーアも。そしてザッカリアも(※イーアンまだ)『来た!馬がこっちに来ている』と興奮する。
「ショショウィに、最後の挨拶をしたいです」
バイラに頼むナイーアに、バイラは『勿論そうしよう』と答えた。
皆が見守る中、乾いた谷の土を蹴る馬は、どんどん近づいてきて、その背中に乗る剣職人と――
「あ。白い」
「何、あれ。なに?動物?」
シャンガマックとミレイオの声は、すぐに消える。ちょっと離れた場所で、勢い良く止まった馬の土煙が収まると、その姿は全員の目に入った。少し遠いにしても、それはイーアンにも見えた。
「か。か、か・・・カワイイ」
イーアンがビックリする声を出したすぐ後、ミレイオが横で目を丸くして『何、あれ。超カワイイんだけど』と口を開ける。
馬上のタンクラッドは、皆に見えるように、ショショウィの脇を両手で持って持ち上げて見せていた。
ショショウィ、大人しい。ぶらーんと垂れ下がって、タンクラッドに『高い、高い』されている状態。これ、何だろうと思うものの、タンクラッドに持ち上げられているから気にしない(※従順)。
『近づけないからな。とりあえず、これでお前を紹介出来るだろう』
『あれ。龍?精霊、いる?まだいる?』
ショショウィは、力が空気に滲む相手を見つけて戸惑う。近付き過ぎていないから、無事だけれど。あれと一緒に動くのは、さすがに少し怯む。
『ショショウィ。大丈夫だ。確かにな、お前が苦手な相手ばかりだが。山の中に入れば。お前が案内する時は、怖くないくらいに離れていれば良いんだ』
それを聞いて、ぶらーんとしたまま振り向き、うん、と頷くショショウィ。タンクラッドは、カワイ過ぎて、抱えこみたくなるが我慢(※手触りフカフカ)。
見ている仲間も、わぁわぁ騒がしい。
「あれ?!あれが、地霊なの?カワイイじゃないのっ、大きいネコみたい!精霊の類にしては、小型だろうけど」
「顔が変わっているのだ。少し人間のようである。まぁ、可愛いには可愛いが」
「ドルドレン。あの仔は(※既に仔扱い)これから一緒なのですか。でも、私があの仔に害獣って」
悲しむイーアン。うううっ、コルステインにもちゅー出来ないし。あんな可愛いのにも近づけない私って・・・そう思うと涙が出てくる。
「イーアン、害獣なんて言うものじゃない。相性の問題だ。距離を開ければ大丈夫のような」
悔しそうに、クロークの裾を噛む愛妻を慰めながら、ドルドレンは、タンクラッドにぷらーっとされているままの地霊をもう一度見る。確かに。可愛い。ありゃ、大きめネコ・・・と思う(※老後ネコ飼う予定)。
「可愛らしいですねぇ。フワフワして。私も触れたら良いのに」
「俺も触りたい。でも俺が触っちゃ死んじゃうのかな」
フォラヴとザッカリアも悩んでいる。白っぽい長めの毛がフワフワキラキラ、谷を渡る風に揺れて、ぼえーっとした顔に目立つ、大きな緑色の目がとても魅力的。
「ショショウィ。あんなにタンクラッドさんに懐いて」
「本当に・・・ショショウィは、人間が怖くないんだなと思います」
バイラとナイーアも感慨深い。シャンガマックは白っぽいネコを見つめ、胸中に彷徨う気持ちは『昔、ああいうネコと暮らしたなぁ』と子供時代を思うだけ(※北東の自然豊富な地域育ち)。
タンクラッドは、皆の騒いだ様子を満足して眺めてから、ショショウィを戻して座らせ、顔を覗きこんだ。
『ここで下りるか。俺はあいつらと一緒に動くが。お前は離れていないとな』
『タンクラッド。一緒が良い』
ずっぽり胸に刺さる言葉に、タンクラッドはよろめきながら『あのな。この馬は、仲間の馬で』と、馬を返さないといけないことを伝える。
ショショウィはそれは承知したようで、『分かった。下りる』そう言ってぴょんと地面に下りて、見上げる。
素直・・・・・ タンクラッドは眉を寄せて、カワイイ地霊に鷲掴みにされる心をどうにか立て直し、ショショウィに待っているように伝えると、馬車に馬を進めた。
『そこにいるんだぞ、すぐだから。すぐな』
『待ってる。大丈夫』
うん、と頷くタンクラッド。何度もちらちら後ろを見ながら(※心配)親方は馬車へ急いで向かい、仲間に『あれがショショウィだ』と簡潔に告げる。
「お前の気持ちは分かった。無理のないように、動こう」
全員代表、総長。どーんと剣職人の真向かいに立って、『同行了解』を伝えた。
総長の後ろ、並んだ仲間は、タンクラッドではなく、ずっと向こうでちょこんと座る、白いフカフカの地霊を見つめていた(※こっちおいで、の眼差し)。




