975. 涸れ谷の神殿 ~満月の下で
この日。涸れ谷で、野営することになった一行。仲間に加えて、館長、館長の護衛、ナイーアも一緒という、外部者付きで夜を迎える。オーリンだけは、難を逃れて(※難=館長)お空。
思ったよりも強敵の館長に、イーアンもミレイオもぐったり。しつこいったらなく『その粘り強さは、職人を抜く』と嫌味を言ったら、誉められたと思ったようで喜んだ(※苦手なタイプ)。
シャンガマックがどうにか挟まって、憔悴するイーアンとミレイオを守りに入っていたが、大して効果もなく、館長の猛攻撃には焼け石に水だった。
結局。夕方に入ったところで、側で見守るフォラヴに『可哀相です。二人は充分答えたではないですか』そう叱られた館長。
ようやく、二人がぐたっとした顔に気がついて、興味深い研究を止めた(※研究ってほどでもない)。
「私。食事作れないかも」
「ミレイオは無理されないで下さい。私が何かしら」
「あんたも疲れてるじゃない。さっき、爪、無理やり観察されてたし」
うえ~ん・・・・・ 思い出すと泣きたくなるイーアン。
さっきまで、爪を無理に出させられ、龍気が減るから嫌がったのに『何で、これ。こんな硬いの?どうすると硬くなるの。モノは何なの?』とか『角は消えないんでしょ?角ちょっと、比べるから見せて』とか、あちこちぐいぐい触られて、されても答えようのない質問を受けながら、館長に捕まっていた。
ミレイオも似たような具合で、館長に近寄られて気持ち悪いし、見つめられて怖いし、顔を背けて『見て良いって言ってない』と断っても、『素晴らしいねぇ!これ、ギダ文明のはしりじゃないの』最初っから興奮して聞いてくれなかった。
どんなにミレイオが嫌がっても脅しても、館長にはどこ吹く風。
一切、何も通じず『凄いよ、凄いね!これ全身あるの??』の関心から、上着の肩から出している腕を掴まれ、離せと言っても『どこのだろう、どこの部分だ?!』鼻息荒く、自分の記憶と比べ始め『見える部分だけだから!』とか何とか言い、刺青の見える箇所は隈なく調べた。
相手が人間だけに、手も足も出ない二人に出来ることは『やめてくれ』と『それ以上触るな』の抵抗だけだった(※無意味)。
解放された二人は、馬車の荷台によろよろ上がり、パタッと倒れる。
ドルドレンは、フォラヴたちと見守る間、あまり酷いようなら止めさせようと考えていた。
だが意外にも、館長がすごーく失礼なことをしたかというと、終始そうではないレベルに思えたので、そのままだったという。
とはいえ、疲れ切った愛妻(※未婚)とミレイオを見ると、根掘り葉掘り聞かれて、答えたくないことを隠しながらの数時間は、止めた方が良かったのかなと(※鈍い)可哀相に思った。
「イーアン。大丈夫か」
「そう見えますか」
床にうつ伏せに突っ伏したまま、答えるイーアン。答えがおざなり。ドルドレン、ちょっとやっちまった感に瞬きをする。『その、えー・・・ミレイオは大丈夫?』矛先を変えて、質問。
「どうすりゃ、大丈夫に思えんのさ」
床に横倒れになったミレイオは、ドルドレンを見ないでぞんざいに答える。ミレイオの顔が怖いので、ドルドレンはそっとその場を離れ、皆に『今日は俺が夕食を作る』と伝えた(※責任を取る姿勢)。
館長の護衛は『食事は結構です』と断って、自分は保存食で済ませると言い、館長も記帳に忙しく『私も、朝頂いたので充分。夕食は気にしないで』そして、せっせと記録に励んでいた(※龍と刺青)。
シャンガマックはドルドレンのお手伝い。真似してザッカリアもお手伝い。フォラヴは肉の匂いが脂ぎっているので、静かに焚き火の側を離れ、倒れる二人の介抱(※慰め係2)。
バイラはナイーアと一緒にいて、これからどうするのか、詳しいことを相談した。
「ナイーアは。村に寄らないで良いんですね」
彼の話だと、そうした雰囲気だったので、改めて確認をした。ナイーアは頷いて『村に戻れば。きっと止められます』と答える。
「ショショウィをどうしたのか、それを訊ねられると思います」
「そうですね。ショショウィは・・・山に帰すでしょう。明日、ナイーアと一緒に、私は警護団施設へ行くけれど。タンクラッドさんが、帰すと思う」
ナイーアは力なく首を縦に動かしてから、タンクラッドにされた『ショショウィの為を思うなら』あの話を考えていた。
「また。会えることがあれば。その時を待ちます」
「うん。ショショウィは、ナイーアを変えてくれた。それだけでも充分、素晴らしい出会いだったと思いますよ」
バイラは、痩せたナイーアの手をぽんと叩いて、目が合って微笑んだ。『食事は。肉料理だけど、食べられそうですか』それも確認すると、ナイーアはお礼を言って『少しで良い』とお願いし、バイラは総長にそのことを伝えた。
総長は、ナイーアの今後のことを聞いた後なので、立ち上がってナイーアの側へ行った。
「俺はドルドレン・ダヴァート。バイラの仲間の一人だ。
ナイーア。話を聞いた。今は不安も多いだろうが、人は必ず成長するのだ。自分を信じることが出来なくても、成長は続く。人生を手に入れろ」
「はい。有難うございます」
「うん。大丈夫だ。そろそろ食事が出来るから。それを食べて行け。今日はここで眠るのだろうから、一つ教えることがある」
ドルドレンは、自分の仲間に偉大な存在がいることを、先ず最初に伝え、夜間にその存在が来ることを教えた。
横に立つバイラが続きを引き取り『知らないかもしれないが。夜の守り神です。テイワグナの』とりあえず説明。
案の定。そうした知識はないナイーアなので、バイラは、テイワグナの国民が大体は知っている、基本的な精霊や龍のことを、彼に教えてあげた。『ショショウィみたいな存在が、沢山いる。ここにも夜、必ず来る』それを言うと、ナイーアは怖がらないで、会いたがった。
「ダメです。とても大きな存在だから。相手が会おうとしない以上は、こちらから近づけない。人間同士じゃないから」
「そうですか。分かりました。でも、教えてくれて有難う」
ここまで話が進んだところで、ドルドレンが『食事だぞ』と呼ぶ。荷台に乗る二人には届けてやり(※動きたがらない)他の者は焚き火を囲んで夕食を摂った。
この後。予備のテントを出して寝床を用意し、今夜バイラは、そこにナイーアと休むことにし、館長や護衛のテントも張って、それぞれの夜が来た。
親方は、煩い館長がいるのが理由で、コルステインと休む場所を変えるとか、ブツブツ言いながらベッドを脇に抱えて出て行った。
親方が出て行った後。バイラにも、ドルドレンにも気になることがあった。
バイラは、ショショウィの無事。
ドルドレンは、見たことのない地霊を頼りに向かう、次の行き先。と、それよりまず、地霊そのもの。
馬車の仲間には、まだこのことは話されておらず、とり急ぎで、神殿から戻ったすぐの、親方とバイラから聞いた話だった。詳しくは明日、ということ・・・・・
まだ。イーアンにも言えない。館長と彼の護衛がいるから、タンクラッドは伏せた。明日、ゆっくり話してもらえるだろう。
でも。と思う、ドルドレン。
ぐったり疲れ切って、早々に眠った愛妻(※泥のように眠る)に布団をかけてやり、気になる姿を思い浮かべる。
「タンクラッドが。バイラが。二人が・・・カワイイって言ったのだ。どんだけ、そいつ可愛いんだろう?」
二人は、地霊の名前を『ショショウィ』と呼び『カワイイから、置いていくのは心配だ』と言い切った。
ドルドレン的には、彼らの最初の懸念でもあった、種族別の相性の悪さが過ぎったが、タンクラッドもバイラも『どうにか、解決案を見つけたいから』とのことで、明日以降、行きたい場所に案内してもらえることもあり、ショショウィと動く許可を求めていた。
――『行動している間に、どうにか。どうにか、何か、あいつを連れて行ける方法を見つけるつもりだ』
『そうですね。何か。方法がありそうな気がするんですよ。もう、私の人生、初めてだらけの最近なので、きっとショショウィの対処も、上手い具合に抜け道がありそうで』
『お前も見たら分かる。カワイイぞ』
『それはきっと、総長も否定しませんよ。カワイイですから』――
「って。あの二人が。あんだけ男前の二人が。大真面目な顔で『カワイイ』を連発していた。
『カワイイから、置いていくのが心配』って。今までずっと、その地霊は、一人で生きていたと思うんだけど」
そんなにカワイイのかなぁと、ドルドレンは天井を見て、想像もつかない相手を思う。
うちの奥さんの方がカワイイと思う(※地霊と比べる)。角もイイ具合にちっこいし、目も垂れてるし。髪の毛もくるっくる。じーっとイーアンを見つめて、よしよし、撫でるドルドレン。
「それに。コルステインもいるのだ。どうする気なのか。コルステインはヤキモチ妬かないけれど、きっと寂しいのでは」
タンクラッドの愛情が分担されるのは、コルステインからしたら悲しいような。
どうなるにしても、明日にならないと分からないこと。ドルドレンはそこまで考えてから、ランタンを消して自分も眠ることにした。カワイイ地霊・・・どんな姿か、聞いておけば良かったと思いながら。
*****
タンクラッドはコルステインと、馬車から離れた岩の影でベッドに寝そべる。
今日の話をし、ショショウィを連れて行こうと思うことを話すと、コルステインは少し考えたように黙った。
タンクラッドとしては、昼夜関係ないショショウィだし、後は仲間の力に触れないように気をつければどうにかなるんではと、そう考えていたのだが。
『それ。動く。ない。山。棲む。する』
コルステイン、暫く考えた後のお言葉。タンクラッドは、彼女が置いていくように言っていると思い、少し言い訳してみたのだが、次の言葉に衝撃を受ける。コルステインは首を振って、まっすぐタンクラッドを見つめて言い放つ。
『それ。動く。無理。それ。山。精霊。守る。する』
『え・・・ショショウィは、山の精霊と言っているのか?だから、身動き取れないと』
『そう。小さい。でも。力。大事。山。出る。動く。ダメ』
小さい存在だけど、その山に居るように与えられた力なんだから、そこから出てはいけない・・・コルステインは、きちんとタンクラッドに教える。
タンクラッドは、衝撃で頭を打たれたような気持ち。
でも分かる。コルステインは地下の頂点なのだ。長い長い時を越えて、存在しているコルステインは、人が思うささやかな感情の動きより、大切な役目を重視する。
それが棲み分けであり、そうして、人の知らない世界が守られている。
『皆。同じ。力。使う。大事。いる。いつも。ある』
『そうか・・・誰にでも、与えられた力を使う場所があるんだな(※親方翻訳優秀)』
うん、と頷くコルステイン。残念そうなタンクラッドの頬を、鍵爪の背で撫でてやり、この山の中だけなら一緒に動けるだろうと、岩壁の上を見上げて教えてあげた。
『有難う。そうだったのか。じゃ、あいつは一人ぼっちでまた生きるんだな』
『大丈夫。それ。人間。違う。心。強い』
人間と違って心が強いから、心配ないことを教えてあげるコルステイン。優しく強い、偉大な存在に慰められて、タンクラッドは微笑む。
それでも残念でならないけれど、溜め息をついてコルステインを抱き締め、明るい月明かりに照らされて眠りについた。
*****
神殿には、ショショウィとサブパメントゥが一人。
『逃げなかったのか』
屋根の上からヨーマイテスは、ショショウィに訊ねる。煌々と照らす月明かりは、不思議な明るさで周囲を明と暗にはっきり分ける。夜の時間は二人とも、一番明るい月の下に。
ショショウィは、離れた場所の階段の上に座って、距離をあけた相手を見つめた。鬣のある大きな獅子は、丸い月を背にして一層、力強く見えた。
『逃げろ、と言ったのに』
『逃げない。ナイーア、待った。それで、タンクラッド。ショショウィと行くの。山に』
『うん?』
タンクラッドの名前が出て、ヨーマイテスは少し黙った。続きを話すように、顔を動かすと、地霊は頷く。
『山に行くの。タンクラッド。牛見るしたい、だから』
少し考えたヨーマイテス。ちょっとずつ言葉を確認して直し、きちんと理解する。
『タンクラッドが・お前の案内で・山の中の・・・金の牛を見つけに行くのか』
うん、と嬉しそうな地霊に、苦笑いのヨーマイテス。金の牛、忘れていたなと思う。それより。
コイツは・・・カワイイ奴だが、ちょっと単純だなと溜め息をつく。『牛を見つけたら、お別れだぞ』と教えると、分かりやすいガッカリを見せて、ヨーマイテスは少し笑った。
『おい。おい、って。ショショウィ。俺を見ろ。そんなに落ち込むなよ。分かってるだろ?』
『タンクラッド。一緒違うの。嫌だ』
ヨーマイテスはその答えに、ちょっと笑った。コイツなりに友達だと思えたのかと考えれば、少し気の毒に思えなくもない。
しかし、馬車の仲間は、それぞれの世界の頂点に近い者ばかり。現時点では、その実力を育てている最中とはいえ、種は既に、他と訳が違うのだ。そして、コイツも動けない条件が。
『ショショウィ。寂しいか』
小さな地霊は何も言わず、コテッと倒れた。ハハハと笑うヨーマイテス。分かり易いにもほどがある。
『何てザマだ。仮にも精霊の仲間だろうに。人間ごとき、何の意味がある』
『ショショウィ、タンクラッドが一緒。良いと思う』
控え目な願望に、ヨーマイテスも笑って悩む。可哀相にも思うから、少しは手伝ってやってもと思うものの。
こればかりは、俺じゃどうにも・・・『参ったな。お前に同情している俺にも参るが。これは俺の範囲じゃないぞ』まともにお願いするなら、可能性は限られた誰かだけ。
それを叶えるなら。ショショウィも、旅について来れるのか。
しかし。苦笑いで悩んだ獅子は、全く以って簡単じゃない、そのお願いに現実味が湧かない。とりあえず、ここで確認。
『ショショウィ、ほら。おい、倒れてないで。こっち見ろ。そうだ、俺を見ろ。お前、先にナイーアと言ったな。そいつは誰だ。人間か』
『そう。ナイーア。寂しかった。でも大丈夫。違う、生きるするの』
『そうか。で、何でタンクラッドが出てきた。あいつと喋ったのか。タンクラッドも人間だが』
『タンクラッドは。獅子と、大きい翼。同じ。強い。怖い。でも怖くない』
ははぁ・・・そーいうこと。
ヨーマイテス、地霊が思ったよりも敏感な能力と、そして、単純で素朴な力関係を理解していると知る。
ショショウィは、ナイーアという名の人間と知り合っていたが、その人間はどうも、仲良しや知り合いの範囲なんだ。
だが、タンクラッドは。同じ人間でも、俺たちと近い力強さを持っていると知ったんだ。
それはショショウィからすれば、怖いことでもあるが、タンクラッドは自分を消すわけじゃないから、彼について行こうと思ったのか。きっと優しくされて、それで決めたんだろう(※当)。
ここでヨーマイテスは、ふと・・・考える。もしかすると。もしかするな。地霊は確か。命のやり取りを・・・・・
二、三つの質問をして、地霊の答えを聞いた後。
ヨーマイテスはニヤッと笑う。『ショショウィ。お前は明日、金の牛に連れて行ってやるんだっけな』もう一度確認すると、地霊は頷いた。
『そうか。俺はお前が、タンクラッドたちと一緒の間に。もしかしたら、お前を動かす方法を見つけるかも知れない。よし、どうなるやらだな』
え・・・ショショウィが顔を上げると、獅子はひょいと、満月を背に屋根を飛び下りた。
着地してすぐに振り向いた獅子は、大きな目で見つめる地霊に『明日だ。明日、またお前と話す』そう言うと、すーっと地面に消えた。
ショショウィは、獅子の言った言葉に、少し希望を感じて、何があるんだろうと思いながら月を見上げる。その月はまん丸で、何でも聞いてくれる気がした。
小さな地霊は『タンクラッド。ショショウィと一緒が良い』そう、大きな丸い月に呟いた。
お読み頂き有難うございます。




