974. 涸れ谷の神殿 ~それぞれの行き先
馬車で待っていた仲間は、戻ってきた館長から、イーアンとミレイオを守る午後(※あまり効果ない)。
――あの後、タンクラッドたちが戻る前に、イーアンが先にお空から帰った。
上から見つけた馬車のある所から、もっと奥に降りたイーアンは、そこからてくてく、徒歩で谷を戻ってきた。
飛んでいる姿を見られて、館長に羽交い絞めにされては大変と(※警戒中)普通っぽくした行動。
徒歩で馬車の裏から戻った汗だくイーアンに、ミレイオは『どうした』と驚いて心配し、昼のクソ暑さと、皿にこびりつく料理のグチ(※全ては、ゲームに負けていたことによる)は吹っ飛ぶ。
クロークを脱がせて汗を拭いてやり、水と食事を用意する。
「でも。これ冷めちゃたし。上、乾いてるし、美味しくないかも(※クリングラップのない世界)」
顔をしかめるミレイオから、取り置いてもらった豆の煮込みを受け取ると『問題なく美味しい』とイーアンは喜び、食事に遅くなったことを謝った。
『行くのが遅かったので。いつもより長くいることになって』遅れた理由を話し、ミレイオによしよしされながら、遅い昼食を終える。
それから、タンクラッドと館長も戻り、館長は『食事は大丈夫。朝は頂いてしまったけれど』世話をかける気がないことを伝え、保存食を口に入れるとすぐ『それよりね』と、恐れるミレイオを見つけて近寄った。
その横にいた、イーアンとも目が合って、好都合。二人が、うわっと声を上げたのも聞こえない。ニヤニヤしながら、痛む足を引いて片腕を伸ばす(※調査対象目前で頑張れる人)。
こんな館長に危機を感じる、ドルドレンを始めとする騎士たちは、二人と館長の間に急いで入って引き離し、館長の粘りを一生懸命交わして交渉し、その隙に二人を馬車へ隠した。
それを横目で見ながら。タンクラッドも、取って置いてもらった昼食をかき込んで食べ終えると『よし、バイラ。一緒に』横に待たせた彼を連れ、再び、馬で神殿へ向かった。
ミレイオとイーアンを隠した馬車の前で、ドルドレンは遠ざかる二頭の馬を、目の端に確認。『タンクラッドの気持ちが叶うと良いが』簡単に伝えてもらった話に、ドルドレンも同意していた。
神殿に目を向けて余所見している間に、再び忍び寄る館長に慌て、ドルドレンは両腕を広げて馬車の扉を守る。
「今日は。ここで一泊するから時間はある。ゆっくり、彼らを脅かさずに、丁寧に、俺たちのいる場所で、話をしてくれるなら」
「君たちがいても良いよ、って、ずっと言ってるだろう。ただ、調べたいからねぇ。ちょっといろいろ見せてもらいたいって頼んでるんだよ」
「それは困る。ミレイオもイーアンも怯えるし、本意じゃないのだ。俺たちが了承する範囲で」
「総長じゃ、話にならないなぁ。シャンガマック!シャンガマック、こっち来なさい(※既に自分の生徒)!一緒に交渉しないと」
ええ~、嫌ですよ~・・・褐色の騎士は仲間を売るような真似は出来ない。そう言いつつ、館長の近くに寄り、交渉手段その2に頑張った(※その2=『自分が代わりに話してあげる』)。
そんな仲間はさておき、神殿に入る手前。
バイラは、タンクラッドの話を聞いて、何度も頷いていた。馬を下りる寸前まで『どうにか出来れば』と頼み込む剣職人に、バイラも、自分が出来ることは何でもしようと思った。
「どうなんだろう。警護団は、何か条件があるんだろうか」
馬を下りながら訊ねるタンクラッドに、バイラは首を少し傾げて『いいえ。最近も変更などは聞いていないから』多分、特にないような・・・馬を下りて、手綱を柱に繋ぐ。
「私はリマヤ地区に入って、そのまま。異動も何もなかったから、当時の自分の入団条件しか覚えていないんですが。でも、ここから出る時にでも、また施設へ寄って聞いてみましょう」
「すまないな。すぐに思いつくことが、警護団しかなかった」
「いいえ。国のために役立つ、その意味は。『民のために役立つ存在』であることが最初の目的です。至って、正確な判断ですよ」
バイラの言葉に、タンクラッドは微笑む。『有難う』礼を言ってすぐ、神殿を見上げ『ちょっと待っていてくれ』とバイラに言うと、先に階段を駆け上がり、神殿の中で名前を呼ぶ。
階段の下で待つバイラは、もう一度タンクラッドの姿を確認した時、彼の後ろについて来た男性を透かして、この話の問題を見た気がした。
男性は痩せ細っており、衣服も粗末で、彼の髪の毛はまとめてあるものの、きちんと切られた様子はない。彼が、この神殿の噂の当事者であるなら、彼のいる村の現状は、未来が見えないと思った。
バイラとしては、彼を保護し、仕事と健全な生活を与えると共に、彼のような若い人を増やさないために、地方の状況の改善を少しずつでも進めなければ、こうした問題の根本は解決に向かない気がした。
剣職人と男性が階段を下りてきて挨拶をすると、バイラは笑顔で挨拶を返し、階段に腰を下ろす。
タンクラッドとバイラの間に座らされ、ナイーアはおどおどする。タンクラッドが彼を覗きこんで『大丈夫だ』と安心させ、バイラに、自分の言葉で気持ちを伝えてくれ、と頼んだ。
「でも。何から話せば良いか」
「私が質問します。それで答えてくれますか?嫌なら、答えないでも良いですよ」
怖気づくナイーアに気を遣い、バイラは彼に微笑みながら不安を解こうとする。ナイーアは、頷くのを繰り返して、了解しているのか、心配しているのか分からない態度を見せた。
「うん、ではね。名前を教えて下さい。私はバイラです。ジェディ・バイラ。警護団の者です」
「はい。私はナイーア。名前だけです。苗字はなくて」
「分かりました。年齢を聞いても良いですか」
「29です」
これには。顔に出さないものの、バイラもタンクラッドも内心、驚いた。そうかもしれない、とは思っていたが、20代だったと改めて知ると、見た目の差に戸惑いが生まれる。
「でも。そう教えられただけだから、本当は分からないです」
嘘でもついた心地悪さのように、ナイーアは言い直す。それを訊ねると『この前、村の人が教えてくれた』とのことで、戸籍があるとは思えない雰囲気に、バイラの胸中が絞られるような苦しさを覚えた。
「そうですか。大丈夫ですよ。それで、この前までの生活は、言わなくて結構です。あなたに訊ねたいのは、村を出たいかどうかです。出て、仕事があるなら」
「それを恐れました。私は何も出来ないです。字も書けないし」
「ナイーア。こっちを見て。私は可能なことしか言わないです。仕事はね、作ればあるんです。空いている場所だけが、行き先じゃないです。
簡潔に言いましょう。もしナイーアが村を出て、仕事をして、普通に皆が行うように生活したいと望むなら、私は手伝います。あなたが村を出て、自分の力を育てるために、その最初の手伝いをします」
「だけど私は。何も持っていないし、何をすればいいかも分からない」
断りたくないだろうに、断る言葉しか出てこないナイーアに、心から同情するバイラとタンクラッド。タンクラッドは、ナイーアの腕にちょっと触り、自分を見させて質問した。
「村に。居るか?居たいと思えば、この先の人生もあの村で過ごせる」
「それは」
単刀直入な質問。否かどうかの即答が出来ないナイーアは、言葉に詰まる。
たった今。人生の矛先を変える話が突如、齎されて、本当に自分が望むものを考える時間がないことに、段々、逃げたくなってきた。
「今日。ゆっくり考えます」
「ナイーアにすまないと思うが、私たちは明日には出発する。私があなたを連れて行けるとしたら、それは明日の朝です。
私は、タサワン近くの警護団施設へあなたを連れて行き、それから施設で仕事をもらいます。
あなたが出来ることだけを伝えて、あなたをちゃんと、健康的に生活出来るように頼みます。近くの施設には、私の知り合いもいるから大丈夫ですよ。あなたを責任持って、丁寧に育ててくれます」
タンクラッドとしては、バイラのこの責任感強い姿勢は、本当にイイ奴だなぁと感心するばかりなのだが。
当の本人、ナイーアからすれば、今話している『バイラ』じゃない誰かに引き渡され、本当にやっていけるのかも分からない不安に、心臓が体を揺らすほど鼓動を強める。
ナイーアの、見開く困惑の目に涙が再び浮かび、どうしても怖い気持ちが表に出てきた。
「私は。私は、村に居たくないです。でも、出て行ける自分でもない」
涙が落ちた若い男に、バイラは小さな溜め息をついた。『怖いでしょう。分かりますよ。ただ、あなたの人生は、今、2度目の機会を教えているんです』そう言うと、バイラは空を見た。
「あなたは『話せなかった』と。報告書を見ました。それが、気の好い魔物のお陰で、今のあなたがここにいる。偶然じゃない。あなたがこれから出発するための準備だったと、私は思うんです」
ナイーアは両手を顔に当てて、指の隙間から落ちる涙に手と腿を濡らしながら、前屈みになって、鼻をすすり上げ、バイラの話を聞く。
長話は良くないだろうな、と思うバイラは、手短に。自分が知っている『重病人』の話をした。それは、警護団だから知ったことで、それまでの人生では関わることもなかった、そうしたことも教えた。
「一生。本当に、赤子で生まれて、年寄りになって消えるまで。『重病人』で過ごす人もいました。家族も死に、周囲に少し食べ物をもらうだけ。普段の生活なんて、家でさえない場所でした。
そうした方もいれば、家族の中に守られていそうなのに、部屋の鍵を開けてもらうことも出来ず、国の手当てのお金をもらうためだけに、生きている人も。
国が・・・『重病人』の人にはお金を渡すんです。それを家族が使うという」
「バイラ」
タンクラッドが止めようとして、バイラと目が合い、彼が小さく首を横に振ったので黙る。バイラの話が、かえって残酷に聞こえたタンクラッドは止めたかったが、バイラは同情で一杯の眼差しを向けていた。
「誰に知られることもなく、重病人のまま、生きていかなければいけない人たちもいます。
今、ナイーアの・・・全てが突然、動き出した今への怖さ。私も違う形で知っています。
でもね。続きがある時は動くんです。覚えておいて下さい。それがどんなに不安な姿をしていても、続きがある時なんですよ。
その続きは、絶対に悪くならない。
最初だけ、怖さで目が見えないと全てが悪く思える。でも、違うんです。
目を開ければ。ちゃんと見れば、少しずつ自分の時間を取り戻せるんだ」
バイラは静かに、そう言うと『私はナイーアを明日の朝、警護団施設へ連れて行きたいですよ』と伝えた。『あなたの人生を、あなたが生きれるように』そうなると信じている、と続けた。
泣きじゃくるナイーアの横で、タンクラッドも彼の背中を撫でながら、その骨ばった、背骨と肋骨の浮き出る背中に、思うところが膨らむ。村にいたら。彼は繰り返す。別の辛さを味わうだろう――
彼のために。何を言えば。タンクラッドが息を吸い込んで、話そうとした時。
「え。あれは」
呟いたバイラの目が丸くなって、自分たちの後ろに釘付けになった。ハッとしたタンクラッドは、振り返る。後ろの柱の間には、白っぽいネコ・・・ショショウィがいた。
『ショショウィ』
呼んでいないのに出てきた!慌てるタンクラッドは、急いで立ち上がり『ショショウィ、まだ中に居るんだ』と教える。
ショショウィはバイラを見つめ、タンクラッドを見て、泣き顔で振り返ったナイーアを見た。
『ナイーア。どうしたの』
「ショショウィー。お別れかもしれないよ」
バイラは、突然、変わったネコに話しかけたナイーアに視線を戻す。タンクラッドはバイラに『コルステインと同じだ』と小声で教えた。頷くバイラ。それから、黙って不思議なネコとナイーアの様子を見守る。
しゃくり上げて、よろよろと立ち上がるナイーアは、ショショウィの座る場所へ進み、その体を撫でた。
「私は。私はね。あなたとも離れて。村とも離れて。でも村も嫌なんだ。だけどどうやって生きれば良いのか」
『ナイーア。大丈夫。ショショウィも、ここ来た。怖い、でも。来た。ナイーア、いた』
ショショウィは、何かを感じたのか。驚くナイーアに、自分もここまで来たから、ナイーアと会えたことを伝えた。ナイーアが、新しくどこかへ出るんだ・・・と、それを理解したショショウィに、言えることは励ますことだけだった。
『ナイーア。良い人間。ありがとう』
ワッと涙が湧くナイーアは、思わず、白い地霊を抱き締めた。
それを見ていたタンクラッドとバイラも、なぜかショショウィの声が頭に響いていて、もらい泣き(※ショショウィは『皆、良い人』と教えたつもり)。
おいおい大声で泣くナイーアに、涙を流すことを知らないショショウィは、長い尻尾で彼の体を巻いてあげる。ナイーアの胸中は分からないが、彼は暫く、小さな地霊を抱き締めて泣いていた。
「タンクラッドさん。あの。ショショウィ・・・良い地霊ですね」
「そうだな。とても良いやつだ」
二人で鼻を赤くして、涙を手で拭きながら頷き合って、ショショウィとナイーアの、感動的な場面を見守る。
「カワイイだろ?あいつはな。俺が好きで(※コルステインにもそう言った)一緒に来たがってな」
「そうなんですか?連れて行ってあげれば、あ。ダメか」
タンクラッドは、バイラの気がついた理由に、涙目を向けて頷く。『そう。ダメなんだ』ちらっと馬車を見て『あいつらが強烈だから(※今ほど仲間が面倒臭いと思ったことはない)』悔しそうに呟く。
バイラも眉を寄せて、そうなんだ・・・残念そうに頷く(※面倒見ても良いかなって思えた人)。
「カワイイですね。ショショウィ。オスなんですか?メスですか?」
「いや。地霊だから、性別はないだろうな。どっちでもカワイイから構わん」
「うーん・・・一緒に行きたいと言うのに。置いていくのかと思うと、胸が張り裂けそうです(※本音)」
「そうだろ?俺はさっき張り裂けかけた。しかし、奴らのために(←仲間)ショショウィが消えるなんて、冗談じゃない。心を鬼にして立ち去るしかないんだ」
二人の男は目を見合わせて、眉を寄せたまま大きく溜め息(※心底残念)。
・・・・・せめて、テイワグナだけでも連れて行けたら、と呟くバイラ(※仕事終わったら引き取る気)。旅の間、魔法で安全確保出来たら、と本気で悩むタンクラッド(※バニザットあたり、どうにか出来るだろの気持ち)・・・・・
大の男が二人で、うーんうーーん悩んでいると、後ろで『ショショウィー・・・こんな、有難う』の一声が聞こえた。声が明るくて、何かと思って振り返ると。
ナイーアが涙を拭きながら、自分たちを振り向き、笑顔で手の平を見せた。その手の平に、小さな金色の塊があった。
「何だ、それは」
驚いたタンクラッドは座っていた腰を浮かせ、ナイーアの見せてくれた手の平に、目を見開く。バイラも同じように体を動かして、手の平に乗った金色の正体を見ようとする。
「牛・・・?うん、牛だよな。何だ、それは。どうした」
タンクラッドには牛にしか見えない。四肢を畳んで、座る牛の姿。金で作られた、その精巧な飾りに、タンクラッドはナイーアを見てから、ショショウィに視線を動かした。ナイーアは『ショショウィーが。くれたんです』と微笑む。
『ショショウィ・・・これは。お前のものか?』
『違う。あった。ショショウィ、牛同じと思った』
ショショウィは、神殿の奥に顔を向けて、またタンクラッドに顔を戻す。タンクラッドの心が躍る。
「あの、それ。牛ですか?お供えのだろうか」
バイラも手の平の金細工を見て、思いつくことを呟く。その言葉にさっと反応するタンクラッド。『お供え』続きを言え、と迫ると、バイラは急いで『ちょっとしか知らないですよ』と剣職人を恐れる。
「ちょっとでも何でも良い。教えろ」
「お供えですよ。神殿に・・・神官がいる神殿ですが。祈祷を頼む時に、お供えでこうした、家畜を模した高価なものを渡すんです。家畜だけじゃないですけれど、一般的なのは家畜で」
「テイワグナの習慣なのか?」
「いえ。分からないですが。その、落ち着いて下さい(※タンクラッドの気迫が凄い)。
昔はよくあったんですよ。祈祷の度に、生き血なんて。家畜が減るだけですから、代わりに細工物を供える、というか」
バイラの話に、黙ること3秒。
タンクラッドはショショウィを振り向く。大きな目で自分を見ているショショウィに、そっと訊ねる。
『ショショウィ。これはまだ・・・神殿にあるか?』
『これだけ。でも違うに、ある』
『え。違う、どこだ?』
『違う。山。山のあっち。ショショウィ、あっち見るの、いっぱい』
いっぱい――――――
ショショウィは、タンクラッドの頭の中を感じ続け、ちょっとだけ笑うように顔を動かした。タンクラッドも極上のイケメンスマイルで微笑む。
『ショショウィ。山に帰るか』
『タンクラッド。一緒。行く?』
『勿論だ』
ナイーアは、金の牛を持ったまま、なぜか見詰め合って微笑んでいる、ショショウィとタンクラッドの二人を見ていたが(※声聞こえない)バイラがそっと、彼の肩に手を乗せて振り向かせ『それは大切に仕舞っておいて』と促した。
貴重なもので、人に見られたら羨まれる・・・そう囁くと、ナイーアは牛をぎゅっと握り締めて、バイラを見つめた。
「バイラ。私は決めました。行きます」
ショショウィが励ましてくれた、この気持ち。これが自分のこれからを導くなら。そう思えたナイーアの目は、しっかりとバイラを見て気持ちを言えた。
「そう。分かりました。一緒に行きましょう。あなたの決断は、必ず大きな未来に繋がります」
ニコッと笑ったバイラは、彼の肩に置いた手を力強くして、未来を祝福した。
この二人の後ろでは。
宝の匂いにやられた剣職人と、ちょっとの間でも一緒にいられることを喜ぶ地霊が、微笑み合って見つめたままだった。




