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魔物資源活用機構  作者: Ichen
交わる世界の片鱗
972/2953

972. 涸れ谷の神殿 ~親方とショショウィ

 

 静かに話していた声を少し大きくして、タンクラッドが何度かナイーアの名前を呼ぶと、神殿の背後に続く廊下から彼は現われた。



「何ですか。大きな声は出さないで下さい」


「呼んだだけだ。すまないがな、ちょっとそこの廊下の左右を見たい」


「左右?右はありますが、左は部屋はないです」


 ナイーアは、神殿正面から右側を指差して『こっちに部屋はあります』と教えた。それから左を見て『あちらはないです。崩れているから』と。


「そうか。じゃ、右だけを案内してくれ。俺が一人で動いたら嫌だろう」


「分かりました。ちょっと待って下さい」


 ナイーアは少し困ったように息を大きく吐くと、すぐに廊下の向こうへ消えた。タンクラッドは彼の戻りを待ち、その間に館長が壁を調べながら『どこか見てくるのかね』と訊ねる。


「神殿の作りを知りたいのだが、勝手に動けないからな」


「ああ、そうだね。私はここを()()のに時間が掛かる。移動しないから、行って来ると良いよ」


 ペン先と壁を交互に見ながら、館長は呟く。タンクラッドはその様子を見て、シャンガマックも同じことをしているなと微笑む。あいつには、騎士よりも良い仕事があったような。余計なお世話でも、そんなことを思ってしまう。



「あ。もう大丈夫です。行きましょう」


 タンクラッドが余所見をしていると、横からナイーアが来て、タンクラッドを呼んだ。タンクラッドはすぐに後について、彼の後ろを歩き始める。


「右の部屋は小さいから。見るだけでしょう」


「ちょっと調べたいんだ。作りを・・・んん?」


「? どうかしましたか」


 一瞬、何かに戸惑ったような背の高い男に、ナイーアは振り返る。タンクラッドは首を振って『何でもない』と答えた。それから、特に喋ることなく、2分後には右の部屋へ入った。小さな神殿なので、あっという間。


「俺を見張っていろ。別に何もしないが」


「あなたは見張らないです。あの人を見ておきます」


「なぜ」


「彼は、夢中になって周囲が見えなくなりそうだからです」


 ナイーアはそう答えると、不思議そうに自分を見ているタンクラッドを置いて、廊下へ戻った。タンクラッドは、自分が信用されているのか、館長が危なっかしいのか、分からないところ。

 それにしても、ついこの前まで、全く話すことさえ出来なかった男かと思うと、それもまた不思議なくらいに、ナイーアはちゃんと会話をこなしていることが印象的だった。


 

 そして部屋の中で、天井と床を眺め、壁を調べていると、()()()()()()()()()が頭に響いた。


『誰。お前。どうして、居るの』


『やっぱり、聞き間違いじゃなかったか。お前だな?ここに棲んでいる』


『お前、人間。でも違う、分かる。どうして、居るの』


『お前は誰だ?俺はタンクラッド。調べたら出て行くよ』


 声は返らない。タンクラッドは行動を止めず、静かに調べながら相手の答えを待つ。

 タンクラッドの知りたかったのは、パッカルハンでイーアンが見つけた部屋の存在。イーアンがいればな、と思いつつ、あの遺跡の解説を思い出しながら、床や天井を見て、瓦礫をどかす。


 ふと、目の前の瓦礫をどかした真ん前、こっちを見て座っている白い大きなネコを見た。


 顔が変わっていて、カワイイ顔をしているけれど、何となく人の顔のようにも見える。

 白っぽい体は、薄い茶色い線が渦巻いて、斑点が入り、その模様は顔から尻尾の先まで全身を覆い、尻尾は体の長さに比べ、とても長い。大きな三角形の耳には房毛が伸びていた。


 フワフワした毛は、少し波打っていて、長い毛と短い毛が入り混じる。顔以外は大きなネコのようだが、よく見ると、腹側の毛は深くなく、少し人の腹側と似ているようにも。

 でもそれも、よく見なければ分かり難いので、パッと見は、変わった大型のネコそのものだった。


 じーっと見つめている大きな緑色の目に合わせて、タンクラッドも見つめ返し、何度か瞬きをした。二人の距離、僅か1m。



『お前。俺が怖くないのか』


『怖くない。お前。誰?タンク』


『タンクラッド。タンクラッド、だ。お前は』


『ショショウィ』


 タンクラッドは、屈めていた背中をそのままに、そっと膝を折って、白っぽいネコと同じくらいの高さにしゃがんだ。相手は身動き取らず、じーっと見ている。


『ショショウィ、って言うのか。どうして俺が怖くないんだ。隠れていたんだろ』


『タンク。ラッド。怖くない。ショショウィと同じ』


 何?拍子抜けする言葉に、タンクラッドはちょっと笑う。ショショウィは大きな目で見つめながら、笑った男の顔に、そーっと手を伸ばす。爪を出さないようにして、大きな手を伸ばすと、タンクラッドは意外そうに、その手を見つめる。


 ショショウィは、タンクラッドの手の平よりも大きな足の裏を、ちょっとだけタンクラッドの顔につけた。


 ひんやりした肉球から、土の匂いがする。タンクラッドも怖くはない。確かめようとする地霊が、自分を触っているのが、何となく嬉しい。まるでコルステインが、鍵爪でちょんちょん触る時のよう。


『タンクラッド。タンクラッド。どこ行くの。ショショウィ、山に帰るの。でもナイーア、待つ。どうしよう』


 タンクラッドはゆっくり頷いた。そうか。ショショウィは、ナイーアに親切を感じて帰りにくいのかと分かった。ショショウィの肉球が頬に触れたまま、タンクラッドは静かに答える。


『俺は、ここを調べたら出る。いろんな場所へ行くんだ。お前は、山に帰れるのか?魔物はいないのか?俺が倒してやるぞ』


『大丈夫。魔物、()()()()()()。言ってた。昨日。もう、いないの。ナイーア、どうしよう』


 獅子―― ショショウィの言葉に、タンクラッドは少し止まった。でもそれは、それ、として。とりあえず、ショショウィの相談に答えることにした。



 二人は、短い言葉でやり取りを交わしながら、5分くらいの時間を相談に使う。そして一応、解決。


 親方は、頬に当てられたショショウィの手を、自分の手で上から包んで、もっと大きく開いた緑色の目を見て笑った。


『お前。悪い人間と、良い人間。ちゃんと分かるか?これから、ナイーアじゃない人間に気をつけるんだぞ』


『分かる。タンクラッド、良い。ナイーアも良い。後、知らない。でも違う』


 ショショウィの『知らないから、答えようがない』そんな感じに、タンクラッドは心配も生まれる。


『俺が悪い人間じゃないって、どうして分かった』


 怖がらせる気はないけれど、大事なことなので訊ねる。その質問に、ショショウィは暫く考えて、長く太い尻尾をぴょいぴょい左右に振った。



『獅子。怖かった。大きい翼。怖かった。でも消すしない。悪いじゃない』


 タンクラッドも同じ、と言う。自分とも同じ・・・と、ショショウィが説明したので、タンクラッドは何となく理解した。


 ――この地霊は、コルステインとホーミットに出会っている。


 コルステインは話してくれたから知っているが、ホーミットもここへ来たんだな、と。

 その二人は、とても怖かったんだろうが、ショショウィは彼らに『悪意がない』ことは感じた。悪意がない・・つまりそれなら、ショショウィ(自分)と同じだし、タンクラッド()にも同様に感じていると言うところか――


『人間の悪いのもいるんだ。気をつけるんだぞ。お前は牛を食べるみたいだし』


 うっかり()()()と伝えたら、ショショウィは首を振った。『食べない。力、もらうの』食べるのと違うんだ、と訂正される。そうだったと気がついた親方は、牛の死体はどこかも訊ねた。


『土。土になる』


『ん。土か。どこかに、まだ土になっていない牛はあるか?』


 ない、と首を振る。力をもらうと土になると、教えてくれるショショウィに、親方は理解も遅く、どうにか納得。力を取った相手はすぐに土に還るのかも。もしかして、このショショウィの能力なのか。


 それなら、と思える部分。

 牛や家畜に限らず、ショショウィが今後、どこかで動物の力をもらっても、その辺に死体があるわけじゃないなら、人間に見られるなどで恐れられることもない。なら、まぁ・・・・・


 とはいえ、『人間は気をつけろ』それは念を押して、伝えた親方。


 ショショウィの手に重ねた手を、ゆっくり動かし、ショショウィを怖がらせないように頭に触れる。

 ビックリする顔が、一々、カワイイけれど。そこは笑わないようにして、ショショウィの耳の間、頭の部分をナデナデ(※親方愛情表現)。


『いいな。誰でも信じるな。ちゃんと良い人間だけ、選ぶんだぞ』


『うん。大丈夫』


 頼りない『大丈夫』の即答に、親方は微笑む。たどたどしい会話は、コルステインのようで(※コルステインよりは喋っている)こんなやつばかりなら、可愛いのになーと思う(※連れて帰りたい勢い)。


 そろそろナイーアが心配するだろうと思い、親方は立ち上がって、ショショウィに『俺は行くから』と伝えた。白っぽいネコは首を傾げる。


『しらべる。それ何?』


 しらべる・・・をしたら出て行く。そう言っていたのを、思い出したショショウィが訊ねる。


『ああ。調べるってな、探すんだ。俺は探した。もう行くよ』


『もう。いない?タンクラッド。もう、ショショウィに、見ない?』


 ショショウィのつぎはぎの言葉に、タンクラッドは立ち去り難い。カワイイなぁと思う・・・(※動物系に弱い)仕方ないけれど、連れて帰れないし。うん、と頷く。大きな緑色の目が本当に綺麗。


 もう一度だけ背中を屈めて、ショショウィの頭をそーっとナデナデ。


 フワフワの柔らかい毛を撫でると、ショショウィは目を閉じて、ふーんと顎の裏を見せる(※カキカキを望む)。

 親方は無表情を決め込み、ショショウィの顎の下もカキカキしてやった(※とても連れて帰りたくなる)。


『よし。じゃな、本当に行くからな。気をつけるんだぞ』


 心を鬼にして、もう一度ナデナデとカキカキしてやった後、タンクラッドはショショウィに背を向け、廊下に出た。


 ちらっと振り向くと、こっち見てる・・・・・ 頑張って心を鬼にし続け(※必死)タンクラッドはよろめきながら、館長のいる部屋へ戻った。


 部屋に戻ったすぐ、ナイーアと鉢合わせた。『迎えに行こうと思った』と言われて、調べ物が済んだことを告げ、館長を見ると、まだ書いていた。


「館長。まだかかるか」


「うー・・・ん。そうだねぇ。後、1時間は待ってもらえるかな。他は崩れちゃってるし、ここだけだから、そのくらいで出られるよ」


 折角、何日もかけ、怪我までして調べに来たわけだ、と思えば。

 館長の調べ物に付き合う了解をしたタンクラッドは、1時間の間、左の壊れた場所も調べることにした。


 見渡すと、ナイーアはもういなかった。表に出て、外を見てくると館長に伝えると、彼はこちらを見ないで『いいよ。ここから動かないし』と答えたので、タンクラッドは神殿を抜けて外へ出た。



「ショショウィ、か。コルステインが気にしていたからな。元より、怖がらせる気はなかったが。まさか懐かれるとは」


 うちの連中(※女龍・龍の民・サブパメントゥ・妖精・精霊のご加護付き人間等)が問題なかったら、連れて帰るのに・・・・・ タンクラッド、ここで自分の仲間に、人間がほぼいないことを知る(※遅い)。


「あいつらが近づくだけで、崩れて消えるなんて知ったら。とてもとても、連れて行くわけにいかん」


 カワイイのになぁ・・・残念感満載のタンクラッドは、ショショウィの無事と安全を祈るだけしか出来ない。



 神殿の階段を下り、正面から左に回って崩れ落ちた屋根の上を歩く。

 かなり前の一部損壊。他が無事だった理由は分からないが、壊れた場所には、崖から落石した岩が積もっている。


「これじゃ。調べようもないか」


 瓦礫や岩をどかすとなると、一人でどうにかなる量でもない。諦めて中へ戻ろうとしたが、ハッと立ち止まった。神殿の壁の影に、ショショウィがいた。


『お前。明るいところ、大丈夫か。そんな程度の影じゃ』


『大丈夫。ショショウィ、昼も動く』


『そう。そうか。でも、ナイーアが心配するから、戻れ。それでさっき、話したみたいに、お前は山に帰れよ』


『ショショウィ。うーん』


 悩んでいるショショウィ。タンクラッドも悩む。困るなぁと思いながら、側へ行って、頭をまたナデナデ。『戻れ、って。何で出てきた』よしよししながら聞いてみると、大きな緑色の目を向けて、じーっと見つめる地霊。


『そんな目で見るな。ダメだぞ、俺とは一緒に行けないからな』


 頑張って顔を逸らし(※負けそう)多分そうなんじゃないか、と思って伝えると、ショショウィはがっかりしたように目を伏せる(※当たったらしい)。親方は悩む。


『ナイーアと友達になったんだから。お前は、山に帰って、それで時々、ナイーアに会いに来るんだ。分かるか?』


『分かる。でも、ナイーア、村の人間と次来る。治すって、言う。治すの、ショショウィ出来ない。力、あげるだけ』


『何だって?治す?他の人間も治せと、言われているのか』


 タンクラッドは眉を寄せる。ショショウィは、あまり長い言葉は分からないけれど、何となく頷く。親方は、ショショウィの話と、報告で聞いた話・ナイーアのことを組み合わせた。



「そういうことか」


 困っているショショウィは、下を向いている。


 この素朴な地霊は、どうして良いか分からないんだと、全体を理解した親方は、顔をすっと上げて『ナイーアと話してくる』そう言うと、ショショウィに隠れているように伝えた。

お読み頂き有難うございます。

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