964. サブパメントゥによる視察
夕方。明日はタサワンの近くまで行けると話すバイラの指示で、馬車を岩の張り出す場所へ寄せ、今夜はそこで野営を決めた。
「岩が多いと、乾くのも早いです。大雨の影響でぬかるむ場所よりは、道から離れますけれど、岩場の方が都合が良いでしょう」
街道を外れた奥に進んで、岸壁がずっと続くその下。地層がしっかり見えていて、戻ってきたイーアンは興味深くそれを調べていた(※この世界の地層に化石ってあるのかと)。
イーアンとミレイオは(※後からオーリンも)戻って来て、旅の仲間は合流。
戻るなり、ミレイオはドルドレンに『ちゃんと食べた?』と笑って、すぐに馬車に入り、食材と調理器具を抱えて下りる。焚き火を熾して料理をし始め、イーアンも練り生地を焼いて主食作り。
「タンクラッドに渡したらさ。ホントに全部食べちゃったみたいなのよ」
平焼き生地、残ってなかったわと笑うミレイオに、イーアンも笑いながら『彼はとても良く食べる』と頷く。
夜は少なくても良いわよ、とミレイオに言われて、夕食はライトなメニュー『焼き生地・お芋と葉っぱのスープ』が用意された(※昼食い過ぎた)。
夕食が軽いことを、誰も口にしないまま(※自覚ある)静かな食事の時は流れ、後片付け。『物足りないんだけど』とぶーたれるオーリン(←この人とばっちり)に、仕方なしイーアンが、ちょいちょい挟んだ燻製肉サンドを渡すと、オーリンはそれを食べてから空へ帰って行った。
「オーリン。どうなんだろう。また女でも出来たかしらね」
ミレイオはオーリンの様子から、ちょっと笑ってイーアンに訊く。イーアンは首を振って『違う』と答えた。
「彼の恋愛事情は難しいので、ノリがないと付き合うに届きません」
「どういう意味よ」
年齢と老化の釣り合いが、空と地上で大きく異なるから・・・濁したイーアンに、ミレイオは何となく理解した。『あ。オーリンは年相応って、地上の話か』相手は違うのね、と言う。
「地下もそうよ。ずっと地下にいると、あまり年取らない気がするわ。地上は、体に影響する場所なのかもね」
「悲しいかな。でもそうなのです。オーリンを好きになってくれる人は、初めは『彼が大人びて良い』と思うようだけど。年齢が変わりませんから、徐々にね・・・・・ 」
顔と年齢って、気にしたくないわねぇと二人で頷き合いながら、オーリン恋愛事情に同情していた(※職人組全員中年)。
この後、ミレイオはイーアンと洗濯物・お風呂を済ませに、ドルドレンに断ってから、地下へ出かけた。
同じ中年でも。相手が全くと言っていいほど、年齢や見た目を気にしない、幸運な相手の場合は、安心の幸せを味わう。
タンクラッドは、馬車の間に置いたベッドで、今夜もコルステイン待ち。
もう来る頃だろうと待っていると、青い霧が近づいてきて、ひょっと人の姿に変わる。笑顔で迎えるタンクラッドに、コルステインもニコッと笑う。
コルステインは、タンクラッドの顔や年齢なんか、どーでも良い。笑顔が好き、優しい顔が好き。表情が好き。優しい態度が好き。思い遣りが好き。それで充分。
ぎゅーっと抱き締めて、頬ずりしながら幸せな夜が始まる(※寝るだけ)。
『タンクラッドは今日、何をしていたの(※親方翻訳後)』と毎晩お馴染みの質問をされ、親方は、夕方前の印象的な話を思い出して伝えた。
ふむふむ、聞いてくれるコルステイン。何か引っかかったか、青い大きな瞳でじっとタンクラッドを見つめる。
『お前。知る。したい?』
『ん?その魔物のことか?そうだな、行けば分かるだろうが』
『魔物。違う。それ』
『何だって?コルステインは知っているのか』
知らない、首を振るコルステインに、親方は止まる。『知っていそうだから』そう呟くと、コルステインは言われた方向に顔を向け『魔物。違う』ともう一度教えた。
『もしかして。魔物の気配じゃないと・・・そう、言っているのか』
うん、と頷くコルステインは、タンクラッドに、その相手をどうする気か・・・と訊ねる。
『そうだなぁ。魔物なら倒そうと思ったが。違うなら、難しいぞ。会ってみないと分からんな』
『お前。待つ。する。コルステイン。見る。する』
えっ?タンクラッドが、驚いて聞き返そうとした途端、コルステインはするっと彼の腕を抜け、青い霧に変わった。『おい、コルステイン。行くのか』慌てて声をかけたが、青い霧はふわふわと遠ざかってしまった(※即決)。
ぽつーんと、ベッドに残されたタンクラッド。コルステインは頼もしいが・・・夜なんだから、一緒にゆっくりすれば良いのに、と思う(※夜が活動時間の人に言う言葉じゃない)。
親方はそのまま布団を被り(※待つしか出来ないし)一人寂しくベッドに転がって、コルステインの戻りを待った。
普段。夜はそのままベッドに入るシャンガマックも、遺跡の神殿が近いので落ち着かず、外へ出て星空の下、タサワンの方角を見ていた。
「明日は近くまで行けるはずだ。館長は後から来るのか。別の道でもあるのか」
滞在する場所も、道沿いには特になかった。誰かを雇って一緒に来るのか、一人で向かうのか。『危なくないと良いけど』神殿までの道のりに魔物が出ないことを祈る。
「神殿か。いつの遺跡なんだろうな。ホーミットなら知っているのかな」
ふと、金茶色の髪を揺らす大きな男のことを思う。『彼に知らない場所なんか、この世になさそうだ』数百年も生きているんだから・・・ちょっと笑って、またあの男と話したい気持ちに心を掴まれる。
「ホーミット。俺が呼べば来ると言っていた。きっと、緊急の用事でしか呼べない。また会いたいなぁ」
フフッと笑う褐色の騎士は、岩の壁を伝いながら、星空を見上げて友達になったサブパメントゥに会いたくなる。『ホーミット。お前の話が聞きたいな。何でも知ってる。過去も世界も・・・きっと未来も』呟いた声は風が攫う。
「買いかぶるな。未来なんて知らないぞ」
低い声が聞こえ、ハッとしたシャンガマックの前に、黒い影が星の明かりに照らされて浮かび上がる。大きな体を岩壁に寄りかからせて、碧の瞳が可笑しそうに光っていた。
「ホーミット。何でここに」
「お前こそ、何で俺を呼んだ」
「え?」
シャンガマックは顔を手で拭って、瞬きを何度かすると、相手の顔に笑みが浮かんだのを見て、笑った。
「そうか。俺が呼んだと思って」
「呼んでいただろう。何度も名前を言うから。俺に会いたいと言っていた」
聞こえていたのかと、恥ずかしくなるシャンガマック。照れて笑う騎士の側に来て、ホーミットはちょっとだけ頭を撫でる。見上げた漆黒の瞳に、嘗ての友人を見ながら、少し離れた場所を指差した。
「そこに座れ。今はコルステインもミレイオもいない(&イーアン)。少し話せるぞ」
大きな岩の影を示されて、シャンガマックとホーミットはそこへ歩く。馬車を背にした岩の反対側に座り、ホーミットはすぐに質問した。
「何か知りたいのか。緊急でもないようだが、俺が知っていることは教えてやる」
「まさか。来ると思っていなかったんだ。呼び出して悪かった」
良いから言え・・・からかう大きな男に、シャンガマックも笑って、これから向かうタサワンの神殿の話をした。
「古い遺跡らしいから。首都で知り合いになった学者が、調査に来る。彼は何度か」
「そこの神殿のことか?行くのはやめておけ」
ホーミットは無表情。すっとシャンガマックの顔の前に指を一本出して、彼に黙るように合図し、驚いている顔に『行かない方が良い』と教えた。
「お前が行くんだろ?イーアンも。やめておけ」
「それは・・・何かあるのか?魔物とか」
「違う。魔物じゃないが。精霊の類だろう、お前の加護を持った精霊とは違うやつがいる」
「え。精霊?じゃ、俺は」
「バニザット。まだ知らないのか。お前と相性は悪いぞ。お前の精霊は、この世界を守る一人。
俺が今、教えてやった精霊じみたやつは、もっとずっと小さい」
きょとんとする騎士に、ホーミットは頭を掻く。『肝心の部分を知らない。精霊の魔法も使えるのに』変なヤツだな、と苦笑いして、分かっていない騎士に、きちんと違いを話してやる。
「精霊と呼ぶから、理解し難いんだな。言い方を変えれば、地霊か。精霊と言い切るには弱く、妖精ではないし、無論サブパメントゥでもない。肉体があるようで、ないが、コルステインたちのような意志や力の強さもない。
光の中でも動けるけれど、移動出来る範囲は限られている。その場所から出られないくくり付きだ」
「でも。館長は・・・学者は、そんな話をしていなかった。前に彼は一人で訪れたようだけど」
「魔物が出る前の話じゃないのか。魔物が出た後、弱い精霊の類は動き出した。魔物が嫌だからだ。
お前やイーアンが、そいつの側に行ったら、勿論、俺やコルステインもだが、そいつは消えるぞ」
行かなければ乱さないんだから、行くな・・・ホーミットは、困った子供に教えるように言い聞かせた。
「でも」
もう向かっているし。例え、自分が行くのを止めても、館長はこの話を知らないから行ってしまう。どうしようかと考える、シャンガマック。
いきなり聞いた話に、何を対処するべきか悩んでいると、それを見ていたホーミットは立ち上がった。
「話が出来る距離かどうかは、賭けだな。俺が見に行ってやる。お前たちが近いうちに行くなら、その間だけでも逃げるように伝えられるかもな」
「ホーミット」
「俺も知っているだけだ。遺跡のある場所は大体、見て回っているから。その遺跡は龍の遺跡の一つだが、大きな意味はないぞ。新しい知識くらいにはなるだろうが」
ホーミットは豆知識も教えてやり、すぐ戻るからこの場所で待つようにと言うと、ぽかんとしている騎士を残して地面に消えた。
「彼は。面倒見が良いんだな。俺のためでもあるだろうけど、地霊のためにも。地霊・・・か」
ナシャウニットのような、偉大な精霊のことしか知らなかったシャンガマック。自分の世界はどれだけ小さかったんだろうかと、少し恥ずかしくなった。
壊れかけた神殿の外。コルステインは霧のまま、じっと神殿を見つめていた。
中にいる相手は、コルステインを怖がって出てこない。どうしようかなーと思うコルステイン。無理やり出すと、相手は消えると思う。だが、このままだと話も出来ない。
頭の中に呼びかけても、怖いからなのかちっとも応答しない。コルステインはそのまま待っていたが、少ししてサブパメントゥが近くに来たことを感じ、それがホーミットと分かって、霧の姿から人の姿に変わった。
『ホーミット』
『コルステインか。どうしてお前がここに・・・いるとは思ったが』
ホーミットは、神殿の屋根の上に獅子の姿で飛び乗った。足元の屋根に顔を向け『ここに何かいるだろう』とコルステインに言う。
『お前。何。する。これ』
『あいつらがここを目指している。コイツに逃げるように言いに来たんだよ。お前も俺も、あいつらも、コイツには痛みだからな』
『言う。ない。出る。ない。これ。怖い。する』
ハハッと笑った獅子は、コルステインを見上げて『お前がいるんじゃ、怖いどころじゃないだろう』と教える。カクッと首を傾げ、月光色の髪の毛をバサッと揺らすコルステイン。何もしない、と伝える。
『する、しない、じゃない。お前はダメだ。戻れ。俺が話す』
『ホーミット。どう。これ。何。話す。する』
『だから。あいつらがここに来る間だけ、どこか逃げろって言うんだ。イーアンやバニザットが来たら大変だろう』
コルステインは、タンクラッドに教えてあげたいから、どんな姿をしているのか見たい。それをホーミットに話すと『下がってろ』と言われる。
『もっと離れてくれ。呼べば外に出るだろう』近づくなよ・・・獅子に言われて、コルステインはもう少し遠くに離れた。
ホーミットは、神殿の中で怯えている小さい存在に話しかける。知らせに来た、と何度か声にして伝えると、中で気配が動き、暫くして柱と柱の間から小さな影が出てきた。
星の光を受けたその姿は、中途半端な動物の姿で、ホーミットは、もうちょっと、ちゃんと形にすればいいのにと思った(※自分は獅子)。
『お前は。誰なんだ。お?人の顔みたいなツラだな。それ以外の姿はあるのか』
『ない。これだけ。ショショウィ』
『名前か。ショショウィ?何をしている』
『魔物いる山。嫌い。ここ来た。力もらう。牛の力。でも、人間にあげた』
ふーん・・・獅子は理解した。
――これまで山に引っ込んで、自然の中で過ごしていただろうに。魔物が現われて、神殿に逃げたのかと分かる。人里近い場所に来て、気力を取りに家畜を。人間にあげた意味は分からないが――
『そうか。あのな、もう1~2日したら。分かるか?あと1回か2回、夜が来たら。ここに龍と精霊の力が来るだろう。少し逃げて』
おけ、と言い切る前に、ショショウィはさっと隠れた。ホーミットは苦笑い。
『まだだ。よく聞けよ。後1回か2回の夜の次だ。人間とな、龍と精霊の力がここを見に来る。だから逃げておけ。すぐに帰るだろうから』
『龍。精霊。何で来る?ショショウィ、死ぬ』
『死なないように、俺が教えてるんだ。俺も、そこにいる大きいヤツも。お前にこれ以上近づかない。いいな。隠れるだけじゃないぞ、逃げろよ』
ホーミットはそう言うと、柱の影から、そっと顔を出した小さなショショウィを見て、その顔を記憶に留めた。
『山の魔物。どこだ』行こうとして振り返り、場所を聞くと、ショショウィは顔を神殿の背中に向ける。神殿の背に立つ岩の向こうに、山々が続き、ホーミットはその辺に魔物がいることを知った。
それから何も言わず、ホーミットは屋根から大きく跳んで地面に下りると、そのまま姿を消した。
空中で見ていたコルステインも霧に変わって空に消え、小さなショショウィはドキドキしながら神殿の中に戻った。
お読み頂き有難うございます。




