963. タサワンの神殿噂話
シャンガマックは午後、タサワンの神殿についてバイラと話をしていた。
バイラは、神殿跡地の様子を彼に伝え、『かなり前の話だから、今は崩壊も進んでいる可能性がある』と教えた。タサワンはとても乾燥していて、時期にならないと雨が降らないそうで『豪雨が来ると、乾いた石が砕けるほど』凄いですよ、という。
「じゃあ。神殿は脆いですか」
「かなり前のものでしょうし、よくまだ形が残っていると思います。倒壊はしないでしょうが、地震の後ですし、どうなっているか」
近隣の村が管理しているけれど、修繕などはしていないからとの話に、シャンガマックも頷いた。
それから、シャンガマックは『神殿跡』のキーワードにより、以前、総長に聞いた、ヨライデ国境の妖精の話を思い浮かべる。そのことをバイラに言うと、彼は頷いた。
「ありますね。報告書でこの前読みました。私が護衛の時に回った頃は、その神殿に誰もいなかったんですよ。あれはでも・・・比較的、ちゃんと形が残っている方です」
これはフォラヴも聞きたいかな、と思ったシャンガマック。バイラに待ってもらい、御者台にフォラヴも呼んで、隣に座るように促す。
「ザッカリアが、お昼の食事を満腹まで食べて、眠いと。今、眠りましたから丁度良かったですね」
フォラヴはそっと御者台に腰掛けると、シャンガマックを見て微笑む。『私に何の御用でしょうか』空色の瞳は、これから話す内容が、何か自分に関係あると見越して訊ねた。
「本部で総長が教えてもらった、あの神殿のことだ。ヨライデの近くの神殿」
「妖精が居るという・・・・・ 」
「そう。さっきまで、これから向かうタサワンの神殿の話をしていたが、あの妖精の居る神殿も、バイラは知っていると言うから」
フォラヴはバイラを見て『あなたはテイワグナの隅々までご存知で』と感心する。バイラは少し笑って『仕事でしたから』と控え目に返した。
「でも、シャンガマックにも今話したのですが、私が警護団に入ってから、妖精が棲みついたようですし。私は見ていないのです」
「どんな場所なのでしょう。妖精は草木の多い場所が好きです」
それは、とバイラは頷く。『とても豊かな自然に囲まれている』その場所だけ空気が違う気がした、と教えると、フォラヴは微笑んだ。
「元々、そうした場所だったのですね。それなら妖精が棲んだと聞いても納得します」
「はい。美しい場所ですよ。ヨライデの海も見え、風も穏やかで」
「バイラ。ミレイオは『岸壁ばかりの場所』と話していましたよ。違う場所ですか」
「ん?岸壁?」
シャンガマックに言われて、バイラは疑問を持ったように聞き返す。それから記憶を探り『どうだろう。離れた場所は確かに岸壁があるかもしれない』と呟いた。
「ミレイオの見た場所と、私が見た場所が違う・・・とも思えないな。あそこにハディファ・イスカンの神殿の名があるのは、あそこだけだしな」
独り言のように呟きながら、眉を寄せて考え込むバイラに、シャンガマックとフォラヴは顔を見合わせる。
「海沿いには間違いないですね。海から見れば、砂浜がありませんから、岸壁は続きます。でも・・・その上はこんもりとした木々が生えて。小さな川も見えたし、殺風景ではなかったんですが」
「角度や、通った道が違うのかもしれないですね」
バイラの記憶の言葉に、シャンガマックが言葉を添えると、彼は何か引っかかるようにゆっくり首を傾げる。
「そうなのかなぁ。俺と一緒にいた護衛のやつらも、神殿で一休み・・・あ、私。私と一緒に仕事をしていた相手も、あの神殿で一休みするのを楽しんでいたようだったけれど」
記憶を探りながら喋るバイラは、つい、素地が出て、慌てて言い直した。シャンガマックもフォラヴも、そこは突っ込まないで、うん、と頷く(※バイラ、ユータフ相手に素だったから)。
「とにかく、綺麗な場所だったとしか。変ですねぇ、見た時代がそれほど異なるわけでもなさそうなのに」
「ミレイオも結構前に、ヨライデを出ているようなので。風景に変化があるかも知れないですよ」
シャンガマックとバイラの会話を聞いているフォラヴは、妖精が棲みついた時期を考えていた。
もしかして。妖精が来てから、自然が豊かに増えたのでは。
バイラが見た時は、まだ居なかったというけれど。妖精はもう近くにいたのかも知れない。もしくは、妖精が来る前に何かがあって、その後に妖精が来たのか。
いずれにしても、ミレイオの知っている神殿付近と、バイラの話している神殿付近は環境が違うから、理由は他にありそうな気がした。
「ところで。妖精自体は、報告書にはどのように書かれていたのでしょうか」
フォラヴは環境のことはさておき、次に聞きたいことを質問。バイラは報告書に書かれていたままを伝える。
「人に似ているそうです。男女のどちらでもない雰囲気で、物静かと。特に喋りかけなければ、ずっと微笑んでいるような」
「フォラヴみたいだ」
シャンガマックは友達の顔を見て、ニコッと笑う。フォラヴもちょっと笑って『私は物静かではないですよ』と冗談めかして答えた。バイラも笑顔で『フォラヴの雰囲気は通じる気がする』と言う。
「穏やかな妖精ですよ。本人がそう言わなければ、人間と思われたかも知れませんね。年齢も分からないそうですが、怪我をした子供が来た時に治してあげて、そこから頼られるようになったとか。
病人は神殿に連れて行き、妖精が側に来ると治るそうです。お礼も何も受け取らないから、崇めるだけのようで」
そこまで話すと、バイラは前を見て『あ、そろそろ。ちょっと前に行きます』施設が近いからと、前の馬車に動いた。
「妖精か。フォラヴくらいしか、こうして近づくこともないと思っていたが」
「あなたは精霊の近くにいつもいるでしょう。だからですよ」
笑うフォラヴに、シャンガマックはふと気がついた。『フォラヴ。そう言えば。俺に触って平気か』真横に座らせていたけれど・・・今更、気にする褐色の騎士に、フォラヴはニコッと笑う。
「全然。イーアンが龍になっても、私は平気ですよ。コルステインだけはちょっと、遠慮した方がお互い良さそうですが。シャンガマック自体は人間ですもの」
「そうか。お前に負担があったなら、と・・・いや。同じ馬車で眠るのに、気が付かなくて」
「問題があったら、もっと早くに相談します。線引きは分かり難いですけれど、感じたらそれを伝えます」
この話。フォラヴにも、最近意識をするようになった類なので、まだ理解が追いついていない。
男龍のニヌルタもタムズも、自分には触れ難そうだった。でもイーアンは大丈夫。彼女の角を触っても、違和感もない。彼女の作ってくれた龍の上着も、着ていて体に異変はない。
それに―― 龍になったイーアンとビルガメスの頭の上に乗ったこともある。
その時。彼らの体に問題はなかったし、自分も別に。
龍の子供に出会った際、タムズは『龍は強い』と言っていたから、もしかすると龍の状態であれば、彼らが自分に触ることは問題ないのか。フォラヴは全くと言っていいほど・・・気にもならなかったけれど。
何がどう、反応するのかは、体感でしか判断出来ないのが、今、分かる正直なところだった。
それを話すと、シャンガマックも興味深そうに頷いて、自分の体験したサブパメントゥ(※ホーミット)についても教えてくれた。
騎士二人が御者台で話している間に、前の馬車はバイラに案内されて、警護団施設の敷地に入る。
放牧地をずっと越えた続き、畜産農家が集まる場所に警護団施設もあった。施設はべたっとした平屋建てで、土地が広いから建物も大きいが、そこに勤める人数はそうでもなさそうだった。
「ゼヘリ地区の、警護団地方行動部です。ここは暇なので、すぐ終わると思いますよ」
馬車を敷地の中に停めて、バイラは総長にそう言って笑う。総長は、タンクラッドと部下に『挨拶してくる』と声をかけ、バイラの申請がてら、中で簡単に話してくると一緒に施設へ入った。
タンクラッドは、ミレイオもイーアンもオーリンもいないので、一人伸び伸び、荷台に長い足を伸ばして、ゆったりとナイフの柄を作っていた。
「タンクラッドさん。俺が以前貰ったナイフ。柄の革がほどけてきて」
シャンガマックが最初に貰った、魔物製のナイフを持ち込んで見せると、タンクラッドは受け取って見てやり『これはイーアンだな』と笑う。
「俺が巻いた革だから。イーアンに言って、編みこんでもらえ。そっちの方が長持ちする」
刃はどうだ、と言われて、シャンガマックは荷台に腰掛け、ナイフの切れ味を見せる。タンクラッドは少し面白そうに笑みを浮かべ『さすがに魔物製といったところか』と呟いた。
「まだまだ研がなくても良さそうだ。頻繁に使うなら研ぐが、これくらいだと必要ないだろうな」
「頻繁には使います。でも剣のような使い方じゃないし、持ちが違いますね」
「そうだな。ちょっと切るくらいだろう。使ってくれて嬉しいよ」
剣職人に微笑まれて、シャンガマックは少し照れる。そんな褐色の騎士に笑って、タンクラッドは冗談で『お前が誰かを好きになったら、いつも黙りこくるのかな』とからかう。
恥ずかしいシャンガマックは、何も言えず、下を向いて赤くなっていた(※カワイイ)。
その様子を見ていたフォラヴが側に来て『タンクラッド。からかってはいけません』丁寧に窘める。タンクラッドは少し黙った後に、ちょびっと謝っておいた(※フォラヴ苦手)。
こんな雑談も短く、中へ入った総長とバイラはすぐに戻って来て、馬車は再び動き出す。
「タンクラッド。前に来てくれるか」
ドルドレンは御者台に乗ってすぐ、タンクラッドを呼んだので、何かと思った親方も作業を休めて、前へ回る。御者台に座り『何かあったか』訊ねると、ドルドレンとバイラの表情が少し硬い。
「どうした。タサワンに行けないのか」
「いや。そうではないのだ。目的地の神殿のことだが」
「シャンガマックを呼ぶか?史実資料館の館長と約束している場所だろ?」
「そうなのだが・・・お前はあの時いなかったから、館長の人となりは分からないと思うが、彼は行きそうなのだ」
何だ、何を話している、と見えない話に突っ込む親方。ドルドレンはうーむと唸ってから『魔物が棲んでいそうなのだ』と呟いた。前を進むバイラも振り向いて、心配そうに見つめる。
「魔物?倒せばいいじゃないか。そこへ行くんだから」
「難しい。魔物を相手に村人が支えている」
「何だって?魔物だろ?隠さないで全部話せ」
ドルドレンは、警護団施設で申請したさっきに、団員がバイラに、タサワンで困っていることを話したのを耳に挟んだ。バイラも『総長に言おう』と相手に促し、そこで話を聞いた。
「神殿に魔物が居るのだ。恐らく。最初に報告が上がった時、退治しようにも、村人が少ないことと若い者がいないので、村は放置したようでな。
村から神殿は離れているが、神殿が行き止まりの場所にあってな。魔物が村に来るようなのだ」
「それは。目的は」
「生け贄だ」
「老人の?」
「今のところ、家畜だ。人ではない」
親方も眉を寄せる。その目を見て、ドルドレンは溜め息をつく。『警護団は当然。村の報告を聞いているが』そこで濁した。バイラが首を振って『いいです、気にしないで下さい』と察して促した。
「警護団は様子を見ることにしたらしいのだ。理由は、怖いからというのもあるだろうし、もう一つ・・・本当であれば、こっちのが問題だ。村人が」
「支えていると」
親方は、その展開がなぜ生じたのか、それは分かるのかと訊ねる。ドルドレンは彼の目を見てから『如何せん』真実かどうか、と躊躇った。
「重病人をな。治したそうだ。治してくれと頼んだのではなく、その魔物が居る神殿近くへ行ってしまった重病人だ」
「意味が分からん。なぜ、その者は重病人で動けて、その行き止まりの神殿へ行ったんだ」
「タンクラッド。いろんな意味の重病人があるぞ。
彼は動けるが、意識が。普通ではなかったのだ。生まれつき、言葉も喋れず、人として生きるのも難しく、年老いた親元で日々を暮らすだけの男である。
彼がフラフラと、迷い消えたある日。これは最近で、魔物に食べられたかと、皆が恐れていた夜だ。彼は戻ってきた。憑き物が取れたように、普通の男として」
「何だと・・・・・ 」
頷くドルドレン。バイラも眉を寄せて首を傾げる。『信じられないですけれど。そのう、重病人自体は、地方に多いんです。出来事は初耳ですが』と。親方は続きを促す。
「それで。彼は」
「彼はな。何が起こったかを話してくれたそうだ。度々、生け贄を求められた『夜の影』に・・・『夜の影』と呼ばれているそうだ、その魔物。それに何をされたのか。
『生け贄を受け取っているから、返してやろう』と、そいつは男に言ったそうなのだ。
魔物に与えた生け贄は4頭。『自分は、最初の一頭の命を受け取った』と彼は伝えた。つまりな、動物の命と引き換えに、それを人間に与えるという」
「そんなこと出来るのか?違うだろう、絶対」
「だから、分からないのだ。話だけだから。どっちみち、これから向かう神殿にその魔物は居て、尚且つ、村人は魔物に生け贄を差し出すことを、嫌がっていないのだ。既成事実があるから」
タンクラッドは後ろを見た。シャンガマックに聞こえていたら、どう思うだろうと気にした。それは総長も同じ。
「それで俺に。相談か」
「そうだ。シャンガマックと待ち合わせた館長は、謎のためなら、怪我をしてでも潜りこむ変わり者だと聞いている。
この話はさすがに最近の話だし、彼も知らないと思うが。例え、知っても行きそうだ。
シャンガマックも遺跡に目がない。魔物が居るならどうにかして、と奮闘しそうでな」
「お前はどうするべきだと思う。俺は、館長とシャンガマックは一先ず捕まえておいて(※物騒)俺たちが先に、手を打つべきだと思うぞ」
親方は、ややこしくなりそうな二人に懸念がある。ドルドレンも頷く。『言えば。知れば。きっとシャンガマックはムキになる』あれは、血気盛んなところがあるのだ、と頭を支える。
「普段は冷静なんだがな」
「そうだ。シャンガマックはしかし、戦うことを好む。お前に剣を作ってもらった時も、魔物を倒すのが楽しくて仕方なかったのだ。それはもう、狂ったように・・・・・ 勇ましいというか。
考えてみてくれ。遺跡で神殿、そこに魔物。謎めいた噂が立って、館長も来るとなれば、シャンガマックは」
「うーん。そういうところ、若いんだよな」
タンクラッドの困った顔に、そうなの、と頷くドルドレン。『彼は迷わず、自分が行きたいと、言うであろう』困るんだよねと呟く。
「やっぱり。とっ捕まえて縛ってからのが良いだろう。シャンガマックと館長は」
「館長は、もう向かっていると思う。どういう形で来るか分からないが」
タンクラッドとドルドレンで、うーんうーん考え、バイラがとりあえずの一案を出す。『村に入る道が一本だから』そこで館長を待ったら、と。
「そうしよう。魔物退治するなり何なり。片付けるのは、遺跡の謎じゃなくて、そっちが先だ」
親方と総長は顔を見合わせて、この相談は終わる。
怪しげな神殿への道を進む馬車は、もう夕方を迎え、そろそろ野営地に停まる時間だった。
お読み頂き有難うございます。




