961. 旅の三十六日目 ~バイラの思い出話
翌朝。バイラを先頭にして、中継の施設を出発した一行。
朝食は施設で作らせてもらって済ませ、馬車に乗って昨日のお礼を伝えると、逆にお礼を言われ(※倒してくれたから)団員の皆さんに見送られて、道へ出た。
「今日、午後。夕方よりは早く、ゼヘリ地区の警護団施設に着くと思います。そこで申請を出してからタサワンに向かえば、警護団が先に馬を走らせて、村へ伝えてくれるでしょう」
「中継施設は、申請を出す場所じゃなかったのだな」
ドルドレンは、バイラがあの施設で書類を出したから、それが申請かと思った。バイラはすぐに『あそこからだと、私たちの方が早い』と笑った。
「さっきの施設では、私の任務の報告書提出です。行く先々、どれくらい立ち寄れるか分かりませんが、施設近くを通ったら、現在地と状況報告を出します」
それが本部へ常に届けられる、と言う。『施設を辿って、旅の道順も報告』そうした意図もあるらしい。
「魔物退治の記録も、警護団より、総長たちの記録の方が、ずっと慣れていて読みやすいでしょう。魔物のことを報告する、皆がそれをちゃんと出来るように、警護団に役立ててもらいたいです」
バイラの言葉に、総長は頷く。そうなのだ。警護団は・・・悲しいほどに、消極的。
本部で連日、どうにか演習を試みたが。地方はまだまだ、そんなこと考えもしなさそうで。バイラの気持ちを汲めば、ドルドレンも役に立てることは頑張ろうと思った。
「そういえば。あまり首を突っ込むのも失礼でしょうが」
「ん。何かあるのか。聞いてくれ」
「あのう。龍の人が来ましたね、先日。あの赤い体の堂々とした」
「うむ、タムズ。彼は最高だ(※いつでも)」
「はい。あの方はもう・・・怒っていないでしょうか。昼に来て、怒ったようにイーアンと空へ。昨日はまた、別の方の名前が出ていたから、タムズではなかったのかと思いまして」
ああ~・・・それか。ドルドレンは、了解。
そうだね、怒ってた状態しか知らないものねと、心配しているバイラに教えてあげることにした。
「昨日、イーアンと一緒に来た、もう一頭の龍。あの龍は、ビルガメスという。彼も非常にカッコイイのだ。彼は、男龍の中で最も強い。
それで。先日に来たタムズの怒りについては、恐らく大丈夫だろうと思う。イーアンは昨日、タムズのことを話していなかった。一昨日の夜も、まぁ。そう、特には。解決したのだと思う」
総長の説明に、ホッとした様子のバイラ。『それなら良かったです』微笑んで、また会える日を楽しみにしていると結んだ。
バイラが前を進む道で、後ろについて行くドルドレンの馬車。そろそろイーアンが出勤である、と思っていると『行ってきます~』の声が聞こえ、後ろからびゅーんと白い光が飛んで行った。
「最近。一人でも飛ぶのだ。あれ、慣れたのだろうか」
さすがだね・・・頷きながら、愛妻(※未婚)の成長っぷりに感心するドルドレン。バイラには濁したが、イーアンから聞いていた一昨日の話を思い出すと、やっぱりイーアンは強いのだと思わされる。
――タムズが怒ってしまった一昨日。お空で一悶着あって、ビルガメスに掴みかかったタムズは、ビルガメス相手に、龍の体で挑んだらしかった。
『ビルガメスは遠慮しなさそうなのだ』タムズの几帳面な感じからすると、いい加減にしてくれ!と思ったんだろうなぁと、察する(※当)。
でも、場所が場所。その時、逆上したタムズの理由まで分からなかったにしても、子供部屋の上で争い始めた二人に、イーアンはキレた。
『これが一番怖い』絶対嫌である、とドルドレンは眉を寄せて呟く。
【愛妻報告】で聞いた分だと、『翼で飛んでビルガメスの前に立ち、龍に変わって押し留めた』そうだが。『何したのだ、と思うよね』ぶるっと震えるドルドレンは、幾つか想像した。
確か。ビルガメスが攻撃する時は、空間が変な形に歪むのだ。音も色もない、ぐにゃっと潰されるような、奇妙な歪み。あれを真ん前から受け止めたのかと思うと・・・・・
『ビルガメス。驚いただろうな。タムズも』
イーアンを消しちゃった!と思ったのでは、と。それも最初の心配だが。『愛妻は強敵なのだ』あの人、消えるわけがないのだ(※恐)。
『ちょっと齧ってやりました』
とか何とか、話していたから、きっとビルガメスに齧りついて、その後タムズも噛まれた気がする(※当2)。まさか女龍に噛まれて怒られるなんて、彼らの長い人生で考えたこともなかっただろう――
うちの奥さんが強くて・・・何よりである。ドルドレンは手綱を取りながら、青い清々しい空に微笑む(※俺は絶対噛まれたくないと願う)。
「昨日はビルガメスにとって、大きな変化の一日だった。彼らは充分強いが、更に強くなる道を選んだ。それはイーアンなしでは辿り着けないようだけれど、ちゃんと話し合って進めば、何も難しくはない」
ドルドレンが思うに。この旅の主題は『愛』じゃないかな~と、よく感じる。
「愛って」
ぼそっと呟く声に、バイラが振り向いて『はい?』と聞き返したので、ドルドレンは急いで首を振った。ニコッと笑って前をまた向いたバイラに、彼にもいつか、愛の話をする日が来るのかと、余計なことを思った(※バイラ独身だから)。
午前の風は涼しい。
ゴトゴト馬車が進む道は、大雨だった前の日の名残でぬかるみもあるけれど、道の両脇に農家の大きな牧草地が広がるのもあって、風通しは良い。草の濡れた匂いと、ひんやりする空気が風に運ばれる。
こんな天気の日は。空を見ながら音楽。
ドルドレンはザッカリアを呼んで、横に座らせた彼に音楽を頼んだ。『何でも良いのだ。歌う』覚えなさい、と言うと、喜ぶ子供は自分が好きな曲を奏で始める。
振り向くバイラも微笑んで『良いですね、音楽が聴けるなんて』と言い掛け、すぐに驚いて黙った。
歌い始めた総長にまず驚いたが。びっくりするような総長の上手な歌声。それに、聞いたことのない言葉。
目を丸くして笑みを浮かべたバイラに、二人は歌いながら笑いかける。ザッカリアが引く手を止めずに、バイラに『総長は馬車の民なんだ』と教える。
「馬車の・・・そうだったんですか。どうりで聞いたことのない言葉で」
歌いながら頷く総長に、バイラは首を振り振り『皆さんは、魅力が次から次へと』と笑った。バイラは少し黙って彼らの音楽を聴いていたが、何かを思い出しているようで、時々振り返っては微笑みかけた。
馬車歌の一区切りを歌い終わった総長に、バイラは拍手を送る。恥ずかしそうな総長に、『大変、歌が上手いです』と誉めた。
「馬車の民。テイワグナにもいますよ」
「え。いるのか?」
今度は総長が驚く。ザッカリアも、バイラと総長を交互に見て『いないんじゃなかった?』と訊ねる。青毛の馬を少し下がらせ、御者台の横に付けて歩かせると、バイラは自分の記憶を話した。
「人数は少ないし、テイワグナは広いので、会わない可能性もあります。
でも私が護衛で回っていた頃、何度か会いましたよ。話をすると、普通にテイワグナの言葉を話しますが、彼らが仲間同士で話していると、全く分かりませんでした」
「その、その馬車。どんなだ。俺たちの馬車と似ているか?」
「いいえ。もっと地味ですね。地味って言うかな・・・色はそれほど目立ちませんよ。でもテイワグナの馬車に見えないので、すぐに分かります」
バイラは興味津々の総長に、自分が出会った彼らの様子を思い出しながら伝える。
「ええっと、もう随分若い頃ですから。今はどうか分からないですけれど。
馬車は、縦に長いんですよ。警護団の馬車よりも少し長さがある。色は目立たない色ですが、模様がありました。呪いみたいに見えました。馬車を包んでいる模様です。
5~6台で移動しているようでしたが、他の地域にもいたから、家族単位で分かれているかもしれないですね」
「馬車の民。そうなのか。いるのか」
場所は?と訊ねるドルドレンに、自分が彼らを見たのは、もっと山寄り・・・と、答えた。『テイワグナは山だらけですけれど、何て言えば良いかな。何泊もするのに都合の良い、岩棚が多い地域にいましたよ』きっと雨や日差しを避けるからではと、付け足す。
「そうかも知れない。俺の家族も、停留地に半月ほど滞在する。そういうのは同じだな」
「総長のこの馬車は、ハイザンジェルの馬車の民の」
「そうだ。俺の(※親父と言いそうになって黙る)。うむ、馬車の民の使う馬車を買った」
「綺麗な絵ですね。それに中は快適ですよ」
「あ。中は違うのだ。空っぽの馬車を買った。内装と車輪は、ミレイオやタンクラッドや、オーリンが仕上げたのだ。この旅用に彼らが設計し、一から作り始め、この2台の馬車は出来ている」
ええっ!ビックリするバイラ。ザッカリアは得意そうに『ベッドの布団は、イーアンが縫ったんだよ』と胸を張る(※母自慢)。
「布団ではない。布団袋である」
綿は買ったんだよ、と総長に言われ、ザッカリアは『そんなの小さなことだ』と否定していたが、バイラはほぼ手作りの馬車に、じっくり見つめて感心していた。
「凄いことしますねぇ。頼もしいです」
「そうなのだ。職人だけど、あれこれ出来る人たちで大変助かる(※費用かからない)。家も自分で建てられるような人たちだから、任せておけば知らない間に、住まいも食事も衣服も調う」
「本当ですね。料理も上手です。総長も料理をしますし、ミレイオやイーアンも作るから。恵まれた旅ですよ」
ハハハと笑うバイラに、ドルドレンはちょっと昔話を聞けるか、興味本位で訊ねた。バイラは顔を向けて頷き『はい。私が若い頃』バイラは、自分の旅話を始める。
「14か、15くらいの時だったかな。もう年齢まで覚えていませんけれど・・・私はそのくらいの年まで、リマヤ地区の一角に、家族と暮らしていました。
親は仲が悪くて。仕事はすぐ辞めるし、酒浸りだし、彼らはケンカばかりだし。暴力も日常茶飯事。
私は学校をよく休みました。家にいれば理由もなく殴られるのも嫌だったし、何かしら働いていないと、食べれないから。勉強する暇は、なかったんですよ」
アハハと笑うバイラに、一緒には笑えないドルドレンは、うん、と頷いて(※それしか出来ない)じっとしているザッカリアに(※こっちも驚いてる)小声で『思い出話の曲にして』と、無茶なリクエストを頼む。
「結局。家にいるのも意味がないと思いまして。学校も行けませんし。行っても、頭は良くないから、きっと辞めたでしょう。
働いてそのまま、自分一人で暮らすのが一番だと思い、私は護衛の仕事に入れてもらいました。
町で家を借りても、子供だから稼げる金額は高が知れていて、家賃なんてとても支払えないです。だったら、動き回って持ち物もなく、稼いで暮らす方がって。
親は私なんて、いてもいなくても一緒ですから、特に探されることもなく、そのまま。志願した日以降、護衛業が私の仕事になりました」
「そうなのか。バイラは大変だった」
そうとしか言えないドルドレンに、バイラはちょっと笑って『いえ。大変でも』自分みたいの、沢山いますからと微笑む。
「それで護衛の仕事を覚えるんですが。子供みたいな自分に出来ることは、荷物の揚げ降ろしくらいです。
剣は、大人の護衛の戦い方を見ながら、学ぶような。剣は渡されるけれど、使い方なんて教わらないので、盗賊のとばっちりを食らった時が、初手合わせという感じでした。
客は大切ですが、護衛は客にほぼ話しかけません。客の要望を聞きますが、無理があればその場ではっきりさせて、後は引きずらないです。
仲間内でも、さほど喋らないため、無言の時間が長い仕事ですね。
でもその分、場所や道を覚えるのには、無言は好都合でした。お陰で、テイワグナのいろんな地域を覚えました」
「友達は?いた?」
ザッカリアはちょっと気になる。無言で、一人で、寂しくなかったのかなと。バイラは子供に微笑み『いないね』と当然のように答えた。
「世話をしてくれるのは、大人の役目だったけれど。彼らも無口だからね。探らないし、打ち明けないし」
「世話って。お風呂とか」
「お風呂はないよ。何日も入らない。水がある場所へ行けば、時々ね。でも水浴びなんて客がいるのに出来ないから、大抵は、仕事が終わった日に風呂に入るような感じだ。
世話の意味は、食事や具合の悪い時だ。干し肉はいつも用意して、水と干し肉が足りなくなったらくれるんだ。体調が悪くなると、荷物と一緒にいて良い、とかね」
友達ナシ。会話ナシ。具合が悪い時は、荷物と一緒。食事=干し肉と水。お風呂、何日もナシ。
ザッカリアは暫く黙って、バイラを見つめる。
自分も・・・厳しい辛い生活だったけれど。自分の場合は、子供でどうにも出来なかったから、そうされている年月だった。
だけどバイラは。自分からその生活を選んで、我慢よりも受け入れることで過ごしたのだ。厳しい生活なのに、それを選び続けて『大したことじゃない』と笑い飛ばす人。
肩に手を乗せられ、総長を振り向く。灰色の瞳が静かに理解を求めたので、ザッカリアは何も言わずに頷いた(※出来た子供)。
「ケガした時とか。あるでしょ?そういう時は」
「剣で刺された時はね、それはさすがに次の町で医者にかかったけど。稼ぎから出すし、護衛隊の足止めもするから、本当に居心地悪かったね」
剣で刺されたのに。居心地悪いのが、先に来る思い出・・・・・
ドルドレンにも、ザッカリアの戸惑いが伝わる。思うに、仲間に非難されるのだ。怪我をして足止めして、稼ぎも減って。大怪我しても、そっちが先って。
「バイラは逞しい。ヒジョーに逞しい。おみそれするのだ」
「何を言うんですか。私みたいな人生、幾らもいますよ」
ハハハと快活に笑う男に、ドルドレンは、彼の肝っ玉はイーアン並みと認識した(※愛妻も波乱万丈人生の人)。
振り向くザッカリア。ドルドレンに『バイラは、イーアンみたい』と囁いた。自分とは違う大変さ。でもそれに負けないで、強く笑って立ち上がる人。
それを聞いて、ドルドレンもがっちり同意。そりゃあ・・・その護衛時代に比べれば。今回参加した旅は、快適だろうなぁと思う。
衣食住揃っている上に、宿があれば宿泊して清潔を保ち(※バイラの最初は、貴族の家スタート)会話もわいわい、仲間も笑顔、お互い思い遣っては、常に仲良し小好しである。
食事も手作り三食で、寝床は布団付き、洗濯はミレイオに任せると、きれいになって返って来るとなれば。
ドルドレンは、バイラの前半期に脱帽。彼をこの旅の仲間として迎えた今、お別れする日まで大切にしてあげたいと心から思った。
バイラはちょっと二人の会話が聞こえて、何かなと首を傾げる。
「あのね、バイラ。イーアンもね、若い時にすごく怪我したんだよ。ケンカばっかりして」
「え。イーアンがケンカ」
「ザッカリア、それは言わないで良いのだっ」
「お金ないから、学校行かなかったんだって(※バラす)。それで働いてね、暴れて頑張ったの」
「イーアン・・・大変でしたね」
「ザッカリア!言わなくても良いのだっ」
子供の口に大きな手を当てて、抱きかかえる総長(※奥さんの過去隠す)。バイラに同情して、気持ち分かるよと伝えたい為に、母・イーアンの過去を持ち出すザッカリア(※同情の仕方が違う)。
バイラは二人を見つめ、笑いたいけれど笑うのを我慢した。
そして、イーアンはどうやら自分と似通うと、それだけは分かった。『光栄です』ちょっと微笑んで、そういうに留めた、清々しい青空の下。
空を見上げると、向こうに小さな光が見えた。
お読み頂き有難うございます。




