960. 魔物退治 解説~地下版・ビルガメスの一歩
その夜。馬車に来たコルステインは、ベッドを出してもらう側から、タンクラッドに今日の話をし始めた
ベッドを整えながら、タンクラッドはコルステインに『どこも怪我をしなかったか』と一応先に質問。しないだろうと分かっているが、気にはなる。
コルステインは、カクッと首を傾げ『ケガ。何』と訊き返す。
その返答に親方は、話を遮ったことを謝り、話を続けてもらった(※ケガを知らないと理解)。
『龍。いた。コルステイン。待つ。した。ずっと』
『そうだな。お前は龍が来るって知っていたと、ミレイオが話していた』
『ずっと。龍。いる。魔物。倒す。した。イーアン。男龍。いた。コルステイン。違う。ここ。来た』
『ん?ずっと・・・って。イーアンたちは後から来ただろう?』
『そう。他。魔物。倒す。後。イーアン。男龍。来た。ここ』
タンクラッドは、よーく考えてから、もしや『既に龍は来ていた』と言っているのか、と確認する。そう、と頷くコルステイン。
『何で先に来て。どこにいたんだ。コルステインが来る前にもう地上にいたと言うなら』
『龍。遠く。いた。他。魔物。倒す。した』
コルステイン語を翻訳中の親方。コルステインはどうやら、龍が先に、別場所で魔物を倒しに来ているのを知っていて、様子を見ながらこっちへ来てくれたのか、と見当を付ける。それを伝えると、コルステインは頷いた。
親方が、丁寧にコルステインの言葉を解読し、都度確認しながら理解したこと。
今日、あの魔物一頭ではなかった。テイワグナだろうと思うが、別の地域でも出没していたらしい魔物を、どうもイーアンとビルガメスが倒していたようで、コルステインはそれを知っていたと話した。
魔物に気が付いたコルステインは、地上に出ようかどうしようか、少し考えたらしかった。
空は真っ暗で、出られる条件は叶っていたが、離れているとはいえ、地上に既に龍が来ていることで、自分がどう動いて良いのか迷ったようだった。
でもどういうわけか、龍はなかなか近づいてこなかったので、タンクラッドたちのいる場所に現われた魔物は、自分が倒そうと決めたと、コルステインは教える。
『龍。来る。いつ。分かる。ない。コルステイン。困る。でも。タンクラッド。守る』
タンクラッドを守らないと危ないと思ったから、龍がいつ来るか分からなかったけど、魔物を相手にしていたとのことで、タンクラッドは心から感謝した。
『有難うな。お前・・・龍が2頭も同じ場所にいて。平気だったか』
『少し。困る。する。でも。大丈夫』
それで、龍が最後の魔物を倒しに向かった時、コルステインは戻ってきたんだなと、理解した親方。
力を使おうにも、龍に影響すると分かっていると、コルステインもやりにくかったのだ。一発で倒せる相手も、様子を見て・・・・・ 可哀相に、と思う親方。
イーアンたちも気が付いていたはずだから、ちょっとは遠慮すれば良いのにと思ってしまう(※コルステイン味方)。
『明日。イーアンに話しておこう。コルステインが困っていたと』
『いい。大丈夫。コルステイン。困る。ない。言う。ない。大丈夫』
がつっと断られた。
親方、じっと青い目を見つめ『良いのか』と確認。今後もあると思うぞと、次回以降のことも念頭に入れて話すと、コルステインは首を振って『大丈夫』と答える(※プライド)。
何となく、感じるのだが。コルステインは、強さに無自覚ではないのだ。
彼女は自分が、とても強いことを知っている。龍との間合いを気にはするが、それは龍が強いからではなく、相容れない力を持つ、お互いの境界線を気にしているから。
だから、イーアンにこの話をするとなれば『自分は龍に困る』と言うような具合なんだろう。『ダメ』と却下したのは、そう思われたくない・・・そんなところがあるんだなぁと思うと、ちょっと笑うタンクラッド。
笑った顔に、コルステインは不思議そうに首を傾げて『何。笑う。どう』理由を訊くが、タンクラッドは『お前が強いから』とだけ答えた。コルステイン、納得(※当然だ、の気持ち)。
『コルステイン。光。ない。動く。大丈夫。する。魔物。倒す。する』
ベッドに寝そべって、コルステインは眠る前にそう言った。今後、暗い時間は自分が来て倒す、と宣言。タンクラッドはコルステインが、今日の同時発生の魔物を考えて決めたと思い、お礼を言ってそれをお願いした。
*****
ビルガメスの変化は、男龍たちには大きな衝撃だった。
勿論、彼はまだ龍王ではないが、その姿が『龍王への一歩』とした変化だろうことは、誰もが感じた。今は、中間の地へ魔物退治へ出かけたビルガメスを待っているところ。
「(シ)戻ってきたか」
「(タ)来たね。家に向かうか。私たちがいる場所へ来るか」
「(ル)俺たちに報告しないとは思えない。ここへ来るだろうな」
「(ニ)自慢しにな」
フフンと笑うニヌルタ。その家に集まった4人。
ファドゥは『名前を言えるようになった!』と喜ぶ、息子・ジェーナイの世話に忙しいため、この場を欠席。
――朝。子供部屋へ出かけて、ルガルバンダから『イーアンとビルガメスが話し合いをしている』と聞かされた男龍それぞれ。
一人二人、三人。集まった側から、その結果を聞こうと子供部屋で暫く待っていたが。全然戻ってこないので、子供を預かり、各自、家に戻った。
間もなく、ニヌルタの家にシムが来て、二人で話しているとタムズも来て、最後にルガルバンダも加わった。
赤ちゃんだらけの床に座れず、長椅子に掛けて『龍王の話が振り出しに戻るかも』と、わちゃわちゃしている子供たちを見て笑っていると、大きな龍気が急に動いたのを感じ、会話は止まった。
それがビルガメスであることは分かったが、いつもと違う様子に『イーアンか?』眉を寄せて、皆で正体を探り合っていたら、どーんと、ビルガメスが登場した。
その姿に、相当驚く。
イーアンを片腕に乗せ、威風堂々降り立った彼の体からは、イーアンの3倍はありそうな幅の翼が6枚出ていたのだ。
何があった!と、訊こうとして、見上げたビルガメスの表情から『訊かなくても話が長くなる』と察した4人は黙った(※変に訊かない方がラク)。
彼らが話を始める前に、ビルガメスは振り向いて空を見ると、そのままイーアンに視線を向け『魔物だぞ』と一言。
この後、二人は中間の地で魔物を退治する、と男龍に伝え、すぐに出かけて行った――
「おお。来た来た。イーアンは置いてきたか」
ニヌルタがちょっと前屈みになって、柱の向こうに光る白い塊を見つめる。『すごい龍気だな。あれで使った後か』ハッハッハ・・・笑っているニヌルタに、タムズたちは、彼は本当に何も気にしないな、と思う。
「ニヌルタ。ビルガメスが龍王に近づいたのに、笑っていられるのか」
「これからだろ。龍王かどうかも分からん」
余裕なニヌルタ。生来の性格が、そのまんま男龍の特徴の彼は、それはそれ。これはこれ。で、済ませているようで、立ち上がって、床の子供たちを両腕に抱え始めた。
「ビルガメスが来ると踏まれる。集めておけ」
「そうか。そうだな(※踏まれた経験ある)」
4人は、遊ぶ子供をがさがさ腕に集めて、イヤイヤする赤ちゃんをがっちり両腕に抱え、重鎮到着を待った。すぐに重鎮は降りてきて、これ見よがしに翼を、ばさーっと広げ直してから畳む(※迫力の6枚)。
「魔物相手にどうだった」
シムの一声で、ビルガメスは少し微笑んで見せた。『物足りない』大して疲れもしない、と自慢。ビルガメスが中に入り、ニヌルタに長椅子を勧められて腰掛けると、4人は子供たちを床に放牧。
「俺も連れて来れば良かったか」
「何言ってる。もう入らないぞ。こんだけ居るんだから」
状況を無視する発言のビルガメスに、ニヌルタが笑って止める。『子供同士で遊ばせないと、可哀相だな』ぼそっと呟いた重鎮の言葉に、皆は何となく固まる。そんなこと、誰の影響で言うんだ(←女龍)と怪しむ。
「さて。まぁな。子供は明日でも良いか(※やっぱりこれが素)。俺の話を聞きたいだろう。何があったかを話すぞ」
「ちょっと待て。その翼。私みたいに消せるのか」
タムズがビルガメスの話が始まる前に、確認。ビルガメスはちらっと彼を見て『さぁな。まだ知らん』と一言。それから挑戦してみて、翼は消せた。
「中間の地ではどうか分からないな。ここでは龍気の具合で、消すことも出来るようだ」
翼があると、座りにくかったようで(※幅取る&寄っかかるの違和感)あっさり消した翼のことはそれで終了。タムズもそれ以上、何も言えなかった(※消せなかったら教えてあげようと思ってた)。
「翼が見えなければ、俺は特に変わりなく見えるだろう。だが能力は、イーアンの力も受け取っているぞ」
「イーアンに能力なんて、まだ未知だろうに(※イーアン実力不足と認知)」
「そんなことはない。あいつは能力は高いんだ。使い方を知らないだけで。いつも一緒だったから、それは分かる。先ず一つ、だな」
遮ったルガルバンダに、大きな男龍はニコッと笑った。『龍王への道程。それは一つずつのようだ』自分が最初の一つを受け取ったことを踏まえて、ビルガメスは皆に平等に知恵として教える。
「この翼は、イーアンのそれだろう。だが、これじゃないんだ。俺が感じている能力は。
今日。中間の地で魔物が出た時、離れた計4箇所で出現していた。
コルステインも気が付いていたようで、俺たちが降りた時には動き出していた。
俺もそれは分かっていたが、不思議なことに、俺とイーアンが揃っていても、コルステインの動きを鈍らせることは、最後までなかった」
接近した最後だけ、コルステインが地下に戻ったのを合図に、ビルガメスは魔物を攻撃したと話し『サブパメントゥに、気を使ったのはそれくらいだ』と続けた。
驚く男龍たちは目を見開いて、ゆっくりお互いを見てから、可笑しそうにしているビルガメスに訊ねる。
「つまり。お前が話していたように・・・イーアンが『サブパメントゥ寄りの龍』だから、その力を」
「そうとしか思えん。コルステインも特に大変じゃなさそうだった。俺とイーアンだぞ、同じ場所にいるのが。それでコルステインは無事だったんだ。
俺は、離れた場所で魔物を消した。その度に龍気は動いただろう。しかしコルステインは、自分の持ち場で力を使えていた。龍に遠慮はしていただろうが」
「待て。それが、龍王への一歩という意味か?一つじゃないだろう、翼もあるのに」
「これは見て分かる形だろう。何かの記念のような。イーアンに与えられた、角と同じだ。俺は翼がなくても飛ぶんだから。タムズやファドゥと同じだ」
シムの疑問に、ビルガメスは何てことない顔で答える。飾りとまでは言わないが、翼でさらに早く飛ぶ、その感覚は知らないようだった。
タムズはそのことについて触れず、翼を使った時の彼の速度を、近いうちに見るだろうなと・・・思うに留めた。
「強さは。お前が相当強いのは分かるけれど。もっと体感するのか」
ニヌルタは、ビルガメスの横に座って、彼の体をしげしげ眺める。笑うビルガメスは、ニヌルタの顔をちょっと覗きこんで『強いな。体が疼く』初日だからな、と囁いた。
「俺の中に力が暴れ回る。この感覚に慣れるだろうが、今日は力に吹き飛ばされそうだ。ニヌルタ。お前がもし手に入れたら、お前はどこかを壊しかねんぞ」
「ほほう。面白いな。そんなか。一歩目がそれじゃ、続きは入れ物が心配だ」
「そうだ。俺が思うに、この翼。もしかすると、入れ物の余分でもあるのかと思うぞ」
翼を消した背中に視線を向けるビルガメス。ニヌルタはじっと彼を見てから、他の男龍を見た。『どうだ。どう思う』ルガルバンダと目が合ったニヌルタは、彼の意見を聞く。4本角の男龍は目をすっと懐疑的に細めて首を傾けた。
「どうだろうな。そんな視覚的なものじゃないだろう。翼はまた別だ。精霊が物質にこだわると思えない」
「そうか。では、力は出しっ放しということか。どうだ、お前たち。俺の龍気は増えたが、以前と比べて」
ビルガメスは答え、質問を振る。
「相当だよ。『倍』ってことは、ないだろうね」
タムズが即答し、その目はあまり好意的ではなかったので、ビルガメスは笑う。『妬くなよ。お前も機会がある。俺はイーアンと話せた』それが大きかった、と教えた。タムズは続きを待ち、他の男龍も黙る。
「俺が話し始めた時、イーアンに諭された。変なもんだ。あいつに諭されるなんて。
だが、話を聞いてもらいたかったし、俺に出来ることは何でも受け入れたかった。理解さえ、これまでの感覚を閉ざし・・・いや、捨ててでも。変えたかった。
彼女は俺を抱き締め、俺に諭しながら、自分が思う『龍王に代わる愛』の想いを、彼女の視点で話してくれた。俺はそれを感じ、考え、同じようにしたいと思ったんだ」
黙り続ける友達の男龍。ルガルバンダは髪をかき上げ、顔を逸らして溜め息をつくと、呟くように訊ねる。
「ビルガメス。お前は本当に。イーアンを愛したのか。俺がズィーリーを愛したように」
「分からんな。お前の愛と、俺の愛じゃ。また違うだろう。だが俺なりに、それは感じる。イーアンは俺に愛を持っても、それは子供たちと並んでいるようだが」
苦笑いするビルガメスの最後の一言に、男龍は大笑いした(※だと思った、的な)。ビルガメスも笑うしかなくて『それは構わない』と続ける。
「だから。お前たちに言えるんだ。恐らくだぞ。話に聞いていた愛と中身が違うんだ。俺の愛と釣り合うか、俺が認めるか。そんなことじゃない。
『龍王』は、相思相愛なんて、小さい範囲が出口ではない。それは僅かな入り口だ。現にこの状態で、俺は翼と新しい力を得た。
お前たちも出来るだろう。イーアンの想う、イーアンが願い信じ続ける、空の道。それを共感しろ。共に愛せ。龍王になれるのは、たった一人だとしても、進めるのも一人とは限らん。
考えてみろ。イーアンは言った。『あなたたちは充分強い、自分もいる。何が足りないのか』。
そうだ。考えようによっては。俺たちはそれぞれが、イーアンの能力を得て、今以上に強くなるんだ。全員だとしたら?どうだ。想像がつくか」
タムズは口をぱかんと開け、大きな男龍を見つめる。
こんな事、考えられるなんて。自分はそれが出来ただろうかと思うと、すぐに頭に否定が起こった。ビルガメスだから・・・ビルガメス。越えられない、男龍。タムズは感覚で彼を崇めた。
ルガルバンダも絶句する。この男龍はどこまで。俺を越えるんだろうと。
それは、ニヌルタも、ビルガメスの息子シムも同じ。大したやつだ、と笑い始めて、ビルガメスの笑顔に笑顔で返す。
「おお。ビルガメスよ。お前が龍王でなくて誰であろう。
お前だけじゃないか。龍王に既に肩を組んでいるぞ。俺はそう感じる。お前と同じ時間に生きる、この魂に俺は今日ほど感動したことはない」
ニヌルタは笑みを深め、ビルガメスの大きな肩に腕を伸ばす。
ニコーッと満足そうに笑ったビルガメスは、ニヌルタを両腕に抱き寄せて『お前は俺よりも強いぞ。その気になればな。手に入れろ、女龍の力を』そう励ました。
抱き寄せるニヌルタから、他の男龍に向き直ると、大きな男龍はにやっと笑う。
「全員だ。俺たち全員が、龍王一歩前まで進むぞ。良いな、イーアンは了解済みだ。なぜなら、彼女がそれを望んだからだ。
彼女は、自分より強い存在を望まん。俺は彼女に従う」
そう言うと、ビルガメスは笑い出した。
「イーアン。俺の愛する女龍よ。お前の前に出る者は、この空に一人もいない!」
笑いが止まらない大きな男龍に、つられた男龍も、足元にわちゃわちゃする赤ちゃんたちも、一緒になって笑う。
その爽快な笑い声は、暫くイヌァエル・テレンの空に響き、離れた場所で聞いていた龍たちも新しい風を感じて、普段は無表情な顔に笑みを浮かべていた。
お読み頂き有難うございます。




