表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔物資源活用機構  作者: Ichen
交わる世界の片鱗
957/2953

957. 今昔不変恋譚 ~ビルガメス会得

 

 頷いたイーアンの前に降り立つ、大きな男龍。


 自分の半分にも満たない背の、小さな女龍が見上げる顔をじっと見つめて『お前の声が聴きたい』と呟く。イーアンはもう一度頷いて『いつでも』今後も。どうとも取れる言葉で返す。


「聴かせてくれ。俺の話を聞きながら、音で戻してくれ」


 ビルガメスの伝えたい意味がはっきりしないイーアン。つまり、会話したいという意味かなとは思う。翼を出すと『あの場所へ行きますよ』と男龍に言った。


 ビルガメスは『あの場所』がどこか一瞬分からなかったが、すぐに、イーアンがオーリンと一緒にいた、高い丘の上だと気が付いた。イーアンが浮上したので、ビルガメスも浮かび、手を差し伸べる。自分を向いた鳶色の瞳を見つめると、笑顔はないものの、彼女はいつものように腕を伸ばして、大きな手を握った。

 イーアンは握られた手を引くように、ビルガメスの少し前に出て飛んだ。



 子供部屋から見送った形の(※覗き見)ルガルバンダとファドゥ。ジェーナイはお兄ちゃんなので、小さい赤ちゃんたちと遊んでくれている中、ルガルバンダとファドゥの親子は空を見続けた。


「あれ。絶対に。ビルガメスは」


「ルガルバンダは何を話したんだ。彼のために?」


「しいて言えば、男龍のためだ」


「でもあれじゃ。ビルガメスのために見えるよ。イーアンは優しいから、傷ついても話は聞いてくれる」


「俺の時は、一切相手にされなかったぞ」


 それは、ルガルバンダが強引だったから、と息子は眉を寄せる。『ビルガメスは別に()()()()い』その話は聞いているよ・・・ちょっと辛辣なファドゥの言い方に、ルガルバンダも言葉を返さなかった(※自覚ある)。


「イーアンは。ビルガメスを受け入れると思うか?」


「どうだろう。彼女の伝える()と、ビルガメスの感じる()は違う気がする。イーアンの愛は、女龍として子供たちやイヌァエル・テレンへの愛だと思う。だからこうして、いつも力を注ぎ、見ていてくれる。

 でもビルガメスは、同じことを言っていても・・・愛が魂の存在を示すように聞こえるんだ」


「 ・・・・・それは。ビルガメスの立場、と」


 ファドゥは父親を見て、ちょっとだけ首を傾げた。『違う?』優しい顔が困ったように曇るのを見て、ルガルバンダも溜め息をつく。『そうかもな』同意して、一呼吸置いてから答えた。


「俺も、ズィーリーにそうだったのかも」


「だとしたら。愛の意味を拡大しないと、得ることも失うことも出来ない。取り残されるだけだ」


 銀色の頬に金の涙の痕が残る、ファドゥ。ビルガメスはきっと、初めてあんな気持ちになったんじゃないかと察する。


 龍の中でも一目置かれ、常に誰よりも広い感性と能力で、イヌァエル・テレンを導いてきた男龍。


 大きな愛情の持ち主だけれど、矛先を一つに絞るには難しい大きさの愛であることを、多分ビルガメス本人が気がついていないような。相手の問題ではなくて、本人の・・・・・


 そして、龍王の話をした後であれば、尚の事。思い込みや、決め付けや理屈は、心を越えない。拡大する愛は、至極素朴な形で現われる。それをビルガメスが感じられるかどうか。


 彼の愛は、彼自身が角度を変え、深さを知らなければ――


『イーアンは何て言うかな』空を見つめるファドゥには、男龍全体の境目よりも、ビルガメスの一区切りのためにある時間に感じた(※父親は横で悩む)。




 大きな男龍は、高い丘の上に降りる。イーアンも降りて、目の前に雲の海を眺める二人。風は吹き続けて、朝の光は海と化した雲の流れを、一層生き生きと動かしている。


「綺麗な場所です」


「そうだ。イヌァエル・テレンは美しい。多くの美しさに満たされている」


 イーアンは彼を見て、座るように促した。その場に腰を下ろしたビルガメスの、風になびく髪を一房、手に取ると、イーアンの目は髪の毛から雲海に向けられた。


「あなたの髪の色は、まるで朝の海のようだと。初めて出会った時から思うのです。丁度この、今私たちの前に揺らぐ、雲海のよう。とても綺麗です」


「有難う」


 ビルガメスはイーアンの腕をゆっくり掴んで引き寄せると、胡坐の前に座らせて、前屈みに背を丸めた自分の髪の毛で、彼女を包む。

 それは光のカーテンのようで、風に揺れながらたゆたう、柔らかな雲そのものだった。


「お前にどう思われたのか。決して()()()()()()()ことは伝えたいと思った。俺はお前を愛しているんだ。それは何も間違えていない」


 髪の毛に包まれて、見上げるイーアンにはビルガメスの顔だけが見える。その金色の瞳は、少し寂しげに見え、普段の自信に満ちた、あの見透かすような雰囲気はなかった。


「龍王になれば。お前は俺とずっと一緒だ。ドルドレンも連れて来たって良い。俺への愛が彼を上回ることがないとしても、俺と同等の愛をお前が注いでくれたら、俺はそれで良いんだ。分かるか」


「理解は出来ます。話の意味を理解するだけであれば」


「彼から奪おうなんて、俺は考えていない。最初から考えなかった。タムズはそれを指摘した。

 お前がドルドレンを愛しているから、俺への愛情は異なる質だと。だとしても、俺には分かる。沢山の形があるのが愛だ。

 生まれ出る泉を増やせとは言わない。既に生まれた泉から流れる愛が、ドルドレンに注ぐ川の流れではない、別の川に流れてくれたら良い。それが俺だ」


「龍王になりたいのですか」


 愛は大事だけど。(それ)すっ飛ばしてそうですけれどねぇ、と思いつつ、それは触れないイーアン(※冷)。

 女龍の答えが直接的で、ビルガメスは誤解を生みたくないために、即答せずに口を噤んだ。



 イーアンは昨日、コルステインと話して本当に良かったと思った。


 コルステインは、とても単純に物事を片付けてくれる。余計なものを思慮に入れないのだ。見やすく、分かりやすい言葉。

『男龍が欲しいのは、イーアンではなく、子供でもなく、力だ』イーアンもそう感じていた、それをはっきりと言ってくれた。そして『それ、そんな大事じゃないでしょう』とも、続けてくれたのだ。



 黙るビルガメスに、イーアンはコルステインのことは言わないけれど、自分なりに感じたことを伝えた。


 じっと、鳶色の目を見ながら、大きな男龍は、両手で女龍の小さな顔を包んだ。


「俺が。力だけを望んで、お前の愛情を貰おうとしていると。そう言っているのか」


「龍王になる意味が私に伝わらないからです。充分強いです。皆さんは、充分。そこに私もいます。何が足りませんか」


「龍王は空を統べる。昨日の話を思い出せ。龍族だけじゃない。空の民も入っている。空全てを守るんだ。その大きさは今の想像を超える存在。守る範囲が違うんだ。広さだけじゃない、()()()()も」


 時の流れ(そこ)まで話していなかったな、とイーアンは頷いた。ビルガメスは分かっていて、口にしたのか。また少し黙った。


「ビルガメス。()()()()()()と」


「そうだ。お前に出会ったから。お前の寿命は、俺の残された命と同じくらいだろう。だが空に生きれば、もっと長く一緒に生きられる。

 ドルドレンも来れば良いと言っただろう。ティグラスのようにはならんが、ドルドレンも時間の流れが変わる」


「それと、龍王との関わりが」


「龍王は(ついで)だ。お前と生きるための手段。空の全てを守る存在として、生きる時間が増える。子供たちと空を守りながら、2000年の時を越えた龍となる」


「ビルガメスはそうしたいのですか」


「俺が生き続けた1000年以上の時間。その意味を考え始めた頃、想い囚われて何夜も過ごした。答えはいつも分からなかった。知りたいとは思わなかったが、理由があることは感じていた。


 そして、もう死期を感じるようになった最近。お前が来た。イーアンが、俺と出逢った。

 分かるか?ズィーリーとも俺は出会っている。だがズィーリーの時は、何とも思わなかった。お前だからだよ、イーアン」


 一呼吸置いて、大きな男龍は空を見上げた。煌く髪の毛がふわーっとなびいて、オパールのような、柔らかな光に透ける彼の体が、一層、神秘的に輝く。



「あのな、簡単に言うと、簡単に聞こえるだろ。だから言いたくないことがある」


「仰って下さい。たまにはそれでも良いかも知れません」


「お前の笑顔を見て生きていたい。もっと見ていたい。お前が好きなんだ」


 空を見上げて呟いた言葉に、イーアンはニコーっと笑った。素朴な言葉は心に温かい。彼の言葉は彼の素朴な思いで(※それはそれとして)イーアンには嬉しく感じた。

 顔を上に向けるビルガメスは、困惑しているような表情をこちらに見せない。彼は大きく深呼吸した。


「子供が生まれただろ。ずっと生まなかった卵。お前が孵すなら、と思い続けて、それがある日に形になった。

 お前の腕の中で、あの子供は生まれた。俺の子供が、お前と俺の見ている前で。

 あの時の喜び、あの時の愛、あの笑顔。そして、今。イヌァエル・テレンに子供と遊ぶお前がいる。俺はまだ生きていたい。もっと見たいと思う」


「龍王にならなくても、叶うことです」


「龍王になった方が、後悔しなくて済みそうだから、だ。空の統治者であれば、死を気にせずに守り続けることも出来る」


「それがビルガメスの使命のように感じますか」


「理由は絡み合う。お前と逢わなければ、龍王のことも考えなかった。そのために俺が生きていたと」


 イーアンの質問に、空を見ながら答えていたビルガメスは止まる。イーアンは立ち上がって、座るビルガメスの体に、腕を広げて抱きついた(※デカイから貼り付いている感じ)。


「イーアン」


「龍王にならなくたって、限りある命は、承知の上ではないですか」


 ニコニコしながら胸に貼り付く女龍を、ビルガメスはそっと両腕に包む。それから笑顔を見つめて『承知している。だから、もっとだ』低い声で静かに繋ぐと、イーアンは笑顔のままゆっくり頷く。


「もっと生きたい。俺は死にたくないとは言わない。死は多くを教える。生きる時間よりも多くを、残される者に渡す。

 俺が望むのは、生きている時間にお前の笑顔を見たいことだ。その時間をもっと長くするだけだ。それが龍王で叶うなら、俺はそれをこの手に入れる」



「私の笑顔だけではないでしょう。赤ちゃんたちも、他の男龍たちも、龍の民も・・・私が知らない相手ですが、空の民も。龍王となれば、()()笑顔でしょう」


 温かなイーアンの背中に添えた手。ビルガメスは彼女の温度と言葉を心に留め、自分がそれを望んでいるかと、今一度自問する。

 そして『そうだ。皆の笑顔をもっと長く、見ていたい。生きている時間を受け取れるなら』すぐに出てきた答えに、自分も満足して微笑んだ。


 イーアンは彼の答えに笑顔で頷いて『私も同じですよ』と続けてから、ビルガメスの胸に顔を当てて目を閉じた。


「皆さんを守ると誓いました。私は皆さんを守るのです。ビルガメスも、赤ちゃんたちも、男龍も、龍の民も、空、イヌァエル・テレンの全て。私の存在が出来ることは、出し尽くしてでも守ります」


「ドルドレンは」


「ドルドレンも勿論、守ります。約束出来たということは、叶える方法があるのです。大丈夫です」


「イーアン。お前はイヌァエル・テレンのために戦う。生きて、守り、そして中間の地も守ろうとする。

 俺の愛がお前に届くか、俺には分からない。だが俺もお前を愛している以上、お前の守りたいものを守る気でいる」


「いつもそう仰います。だからいつだって、ビルガメスはそれで充分なのに」


「足りないんじゃない。もっと、与えられると知っている。時間が加われば、更に多く」


 ビルガメスは微笑みながら、女龍の顔を見下ろした。イーアンは彼の言いたいことを理解した。


 でも、龍王の立場なんてやっぱり関係ない気がする。

 好きなら守ると、コルステインが言った。自分もそっち派だな、と。長生きして守ってもいいけれど、限られた命の時間で守る意識が、先ずは大事。


 笑顔を見ていたい。好きだから守りたい。愛している力が、限界を超えさせてくれる。


 個人に向けても、団体様に向けても、力の限りを注いで尽力する愛は愛・・・イーアンはそう思う。ビルガメスも、同じだと良いなと、心の中で彼に願う。


 愛してくれるのはとても有り難いことだが、私という対象が先ではなくて、()()()()()()を最初に心に置いてくれたら。龍の愛で、命と存在の采配まで行うのだから・・・守ることにも、無条件に愛があれば。


――それならきっと。龍王になる・ならない関係なく・・・命の限りはあるにしても、龍王と同じ影響力で、協力して守れる気がする。ちゃんと、皆を守りたい『愛』さえあれば――


 そう願う目を見つめ返すビルガメスは、ゆっくり顔を下ろし、イーアンの頭にキスをした。



「イーアン。俺にしか出来ないことなら。俺はこの存在の全てで、俺にある愛をイヌァエル・テレンに限らず、どこへでも注ごう。お前の愛と同じように」


 微笑んだ男龍が囁いた時、朝の光が空に弾けた。


 突然爆発したような光に、ビルガメスはイーアンを腕に包んで守る。眩い光はすぐに薄れ、二人は閉じた目を開けてお互いを見た。


「今、何が」


「分からん。あ、いや」


「え。それ」


 イーアンは彼の体の左右を見て、目を丸くする。ビルガメスも後ろを振り向いて、唇が開く。


 ビルガメスの背中に大きな広い翼が6枚。それは朝の雲海を閉じ込めたような、彼の髪の毛と同じ色で、輝きながら彼の体を縁取っていた。



お読み頂き有難うございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ