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魔物資源活用機構  作者: Ichen
交わる世界の片鱗
956/2953

956. 男龍、今昔不変恋譚

 

 波立った一日の翌朝は、普通。朝食はイーアンが作って、ミレイオはちょっと手伝うだけ。

 ミレイオが注文したので、イーアンは、鍋に野菜と豆の汁物を作り、その蓋の上で、粉生地で肉を包んで焼いた。



「私。あんたのこういう料理好き」


「喜んでもらえると張り切ります。いつも同じですけれども」


 ミレイオとイーアンは楽しく食べて、その横でドルドレンも『イーアンの包み焼きは美味しい』と喜ぶ。

 親方も、自工房ではよく作ってもらった料理だから、その話を騎士たちやバイラに聞かせる(※軽く自慢)。朝の和やかな時間は、ゆっくりと過ぎた。



 昨晩。


 空から戻って、コルステインと話すまでの時間。最強だ何だと、その立場を意識しないといけない変化の中で、自分も()()()()()()()()求められているのかと悩んだ。

 どこまで譲歩するのか。どこまで受け入れるのか。例え嫌でも、そうしないといけないのか。イーアンは空の統一の話に対し、自分の立ち位置への理解が難しかった。


 でもコルステインが、本当に大切なことだけを教えてくれたことで、自分の意思がはっきりした。イーアンはコルステインと話して納得し、自分の感覚を通そうと決めた。


 約1時間。相談に乗ってくれ、夜の貴重な時間を割いてくれたコルステインと親方にお礼を言い、イーアンは馬車に入ると、眠る前、心配している伴侶に少しだけ空の上の出来事を話した。


 誰にでも話せることではないし、言ってはいけない類の内容でもあるため、伴侶にも大まかなことだけを伝えた。それを了解していても、ドルドレンは自分に話してくれたことを感謝し、一緒に考えてくれた。



 ざっくりと話を教えてもらった、ドルドレンとしては。複雑っちゃ、そうだけれど。


 でも話の流れで、ビルガメスの心境に囚われ、何か我が事のように感じてならず、大切な話をしてくれた彼に、理解を示すのも大事と、愛妻に教えた。


 愛妻はそれを最初、眉間にシワを寄せ、拒んだ(※『え~』って)。

『私が愛されていようが何だろうが。それは別に、大きな意味を持たない』愛妻はがつっと言い切った。


『そこではなく、赤ちゃんたちのことを思うと、どうなんだろうと』子供たちへの感覚が、自分と彼らは大きく異なるのか、守り方や、気持ちの向き方、感覚が違う。そのズレに、愛妻の懸念や不信が募ったようだった。


 ドルドレンは、彼女の反応を見ていてつくづく・・・愛妻は、心も頼もしいと感じるだけ。


 どんだけ男龍に愛情を注がれていても『それはそれだ』と言い切る辺り(※勝手に愛してくれ、って感じ)。ドルドレン愛以外は相手にしてないらしいので、彼女の意識を占めるのは、赤ちゃんたちの無事と尊厳だけである。


 女龍カッコイイ~~~・・・とか思うけど、そんな場合ではなくて。


 この度の件、愛妻の眼中に残るは『子供たちのみ』。私欲にも似た男龍の行動から、子供たち、どう守ろう・・・と、気にしているイーアン。そこだけが引っかかっているのは、見て分かる顔。

 コルステインと話して、幾分か気持ちの整理が付いたようだが、()()()()()が変わったのは分かる(※距離できた)。


 だけどやっぱり。イーアンの気持ちは勿論、理解出来るにしても。ドルドレンは同じ男として・・・と言うか。


 自分も愛されていると知っている相手、ビルガメスの、言い難い話だっただろう内容を聞けば、愛妻に誤解される恐れを抱えて、勇気を出したような気もした。


 彼らは悪気などないのだ。彼らの世界にも、彼らの都合があっただけで。それは常に、どこかで絡み合う。そう、思う。


 それでイーアンに『明日。空へ行ったら、ビルガメスがきっと話してくるから』その時は聞いてあげると良い、と教えた。愛妻の目が据わっているものの、それは女龍云々ではなく、心の通う付き合いだよ・・・と、説得した。



 そんな夜を越えた後なので。皆の心は和やか。昨晩の揺らぎは消えて、今日も旅路は始まった。


 朝食の片づけを終え、馬車は出発。


 馬車が動き出して間もなく、イーアンはふーっと息を吐いて『空へ行きます』同じ荷台にいる、ミレイオとタンクラッドに告げ、二人が送り出す中、翼を広げて飛んだ。


 御者台にいるドルドレンは、青空に白い星が飛ぶのを見送り、イーアンの心が、男龍たちを理解することを祈った。


「ビルガメス。俺を愛していると言ってくれた。俺も愛しているよ。

 俺に手伝えることは、男龍の状況がイーアンの理解を得られるよう、彼女に教えることくらいだ。イーアンの心に届きますように」


 御者台で祈りを呟いたドルドレンは、お昼にイーアンが戻ったら、良い報告を聞けると良いなと微笑んだ。



 *****



 伴侶に諭され、コルステインに教えてもらい。イーアンは心に思うことを定め、子供たちのためと気持ちを固めて、イヌァエル・テレンへ向かう。


 呼んでいなかったのに、空の境目より手前でアオファが来てくれて驚いた。誰かと一緒かと思ったが、関係なさそう。多頭龍はイーアンの横に浮かんで、龍気を補いながら一緒に進んでくれた。


「アオファ。あなたが迎えに来て下さるなんて、嬉しいですねぇ」


 イーアンの笑顔で、アオファも大きな頭を揺らして答える。大きな大きな、アオファの頭に手を添えて、イーアンは一緒にイヌァエル・テレンへ入った。


 アオファは子供部屋のある近くまで付き添ってくれて、そこでお別れ。御礼と挨拶をしてから、降りたイーアンは子供部屋へ入った。



 今日も、赤ちゃんだらけの子供部屋。

 赤ちゃん、赤ちゃんと呼んでいるけれど、彼らの成長は瞬く間。もうすっかり大きくなって、小さい子でも、抱っこは2頭までの大きさに育っている。


「皆が元気で何よりです。皆さんは、私が命に替えても守りますからね」


 笑う赤ちゃんたちに、イーアンも笑う。


 そうだ。私がこの子たちを守るんだ。龍王になりたい男龍の望みは、さておき。私は、この子たちの笑顔を守る空に、自分の力と存在を使えるのだ。そう思うと、イーアンは気を引き締める。


「龍王は。話で聞くに、私よりも強いそうです。でもね。お母さんが一番強いものですからね。龍王なんかに負けませんよ。

 私が強ければ良いだけの話(※龍王要らんだろ、の気持ち)。私があなたたちを守ります」


 アッハッハと笑うイーアン。そんな頼もしいイーアンおばちゃんに、赤ちゃんsもつられて笑う。子供部屋は朝から笑い声が響き、元気一杯。



「おはよう」


 イーアンはふと気がつく。後ろから挨拶をされて、振り向くと銀色の男龍が立っていた。『おはようございます。気がつかないで(※笑ってたから)』イーアンはファドゥに微笑む。


 怒ってはいなさそうな、笑顔のイーアン。笑い声もしたし、ファドゥは少し躊躇いながら昨日のことを謝る。


「昨日。嫌な思いをして可哀相なことを。私はすぐに謝りたかった」


「何を仰るのですか。ファドゥは謝らないで下さい」


「でも。私も知っていたことだから。私はそんなこと・・・龍王のことなんて、考えなかったけれど」


 控え目で優しいファドゥに、イーアンはニコッと笑う。『ファドゥは、小さな幸せを大切に出来る方です』それはとても素晴らしいこと、と誉めた。


「違うよ。私だって考えてみたんだ。だけど、私が万が一、龍王になれたとしても今度はイーアンが寂しい。ドルドレンを愛しているのに、引き離すなんて出来ない。私は離れる痛みをよく知っているから」


 思い遣りのあるファドゥに、イーアンは心が温かい。彼の顔を引き寄せて、おでこにちゅーっとすると、嬉しそうなファドゥに微笑む。


「本当にファドゥは温かい方です。相手を常に考えて動いたズィーリーの心が、あなたにも在るのでしょう。考えて下さって有難う」


「母もきっと。同じことを言う。私はもう、中間の地に降りられるから、イーアンと会いたかったら行けば良い。それで充分だよ」


 ずっと思っていたことを伝えたファドゥは、イーアンの額にもちゅーっとキスして、一層、微笑みを深めた。

 イーアンは、彼の優しさが本当に嬉しい。こういう時、これがズィーリーの性格だったのだろうなと感じる(※良い息子さんに育って・・・と思う時)。それを伝えようと、イーアンが口を開きかけると、再び背後で扉が開く。


 そこには、意外なことに、タムズ。

 ファドゥは、彼が気配を消して来たと分かり、向かい合っていたイーアンに、さっと背中を向け、肩越しに『私が話すから』と彼女に囁いた。頷いたイーアンは、彼に任せようと思う。


「タムズ。おはよう」


「おはよう、ファドゥ。イーアン」


 タムズは、少し緊張しているようで、ファドゥの後ろにいるイーアンを見た。じっと自分を見ている女龍の顔に、いつものような表情がないのが気になる。


「ファドゥ。イーアンと話したい」


「昨日の今日だよ。まだ考える時間があるはずだ」


「考えたことは決まったから、話しに来た」


「私は、彼女を傷つける発言を良しと思わない。今日もこうして、子供たちのために来てくれたけれど、本当なら昨日の話は、私たちが遠ざけられるような内容だった」


 ファドゥははっきりそう告げる。イーアンは彼の背中で、ファドゥは本当に良い人だなぁと、しみじみ思う。

 この細やかな時間のかけ方。彼のこれまでに、男龍としての時間よりも、龍の子や、母親ズィーリーを思う時間が、遥かに長かったからなのか。


 ざくっと、サクッと、『昨日のことは過去のこと~』と切り捨てる、あっさり味の男龍風味が、ファドゥには少ない気がする(※こういうところが、人間っぽくて助かる部分)。


 ファドゥが『龍の子』時代。人間と感情の振り幅が、随分違うことに驚かされたが、思い遣りや寄り添う気持ちは、最初から強かった。

 彼が男龍になった後、感情の表現が大きいのは専ら、シムやニヌルタに顕著で、他の男龍はそうでもない気がしたが、ファドゥは彼らの中に入ると、全く目立たないほど、大人しい性質に見えた。



「ファドゥ。私だってちゃんと、そのくらい(わきま)えている。考えたから伝えに」


「そう思えない。考えたことが言い訳では、傷を深めるだけだ」


 話そうとするタムズに、ファドゥは丁寧に『それは違う』と伝え続ける。眉を寄せるタムズは、少し苛立ったような表情を向けたが、すぐにそれは引っ込めた。


「なぜ。言い訳だと思うんだね」


「私が聞きたい。なぜ言い訳じゃないと思うのか。ちゃんと弁えたと言うなら、最初の一言は謝るものではないのか」


 ファドゥの言葉に、タムズは言い返せず黙る。イーアンと話せたら謝ろうと思っていたが、先ず話さないといけない必要に駆られた。そこを指摘されて、タムズは目を瞑る。


「タムズ。彼女はきっと、毎日来てくれる。急がなくても良いと思う」


 畳み掛けるように聞こえるけれど、ファドゥの言いたいことは分かる。タムズは何も言わず、くるりと踵を返して静かに立ち去った。



「ファドゥ。有難うございました」


「ううん、当然だ。タムズは、気持ちが焦っているままだから。まだあなたを、傷つけかねなかった」


 そう言うと、ファドゥはイーアンを座らせて『私はジェーナイを見てくる』と微笑み、2階へ上がった。


 銀色の優しい男龍に、イーアンは感謝して。赤ちゃんたちと、改めて遊ぶことにする。赤ちゃんがわらわら集まってきたので、いつもどおりに順番に抱っこして、笑ったり睨めっこしたり、一緒に歌ったり。


「ファドゥみたいな愛情ならね。私も、そういうものかなと思えるんですが」


 赤ちゃんと自分。ファドゥは、未だに母親の影を見ている。最初の頃こそ『うへぇ』と驚くこともあったけれど、彼の愛情は、ズィーリーに基づく。ママっ子だから、その愛情表現には多少の驚きは仕方なし、とは言え、敬遠するような対象ではなかった。


 イーアンのお腹に貼り付く、薄緑色の丸々した赤ちゃんを、よっこらしょと抱え上げて(※重い)お顔を見ながら『男龍の愛情は、どうも、強さだけを求める独占的な感じがしますよ』そんな男龍になっちゃダメですよ、と教育。赤ちゃんは、じーっとイーアンを見て、うん、と頷く。


 ニコッと笑うイーアンは『イイコイイコ』と誉め、ちゅーっとしてやった。赤ちゃんもニコッと笑って、ちゅー。二人でアハハハ、笑い合う。


「そんな教育するな」


 またしても、気がつかないうちに誰かが後ろに。ハッとして振り返るイーアン(※気が逸れていると気がつかない)の目に、ルガルバンダの苦笑いが見えた。


「あら。ルガルバンダ。おはようございます」


「おはよう。お前は俺にちっとも気がつかない。悲しくなるな」


「悲しまないで下さい。私は大体の方に、気が付きません」


 ルガルバンダはイーアンの横に座り、イーアンが抱っこする赤ちゃんを渡してもらう。『俺の子供に、俺のようになるな、と教育するとは』ちらっと女龍を見て呟くと、イーアンは目を逸らして笑った。赤ちゃんも、お父さんから目を逸らして笑う(※真似)。


「ルガルバンダ。何でこう、立て続けに」


 2階からファドゥが声をかけて、二人はそちらを向く。銀色の男龍は、急いで降りてきて、父親ルガルバンダに『イーアンをそっとしておいてくれ』と頼んだ。ルガルバンダ、嫌そう。


「あのなぁ。タムズじゃあるまいし。そんなにがっつかないだろう、俺は」


「前はそうだった。イーアンは親切で来てくれているんだから」


「気にするな。大丈夫だ。俺は昔話をしに来ただけだ。話し終わったら、子供を連れて帰る」


 昔話?ファドゥとイーアンが聞き返すと、ルガルバンダは軽く頷き『ファドゥに聞かせることでもない』と追い払う。眉を寄せるファドゥは、ちょっと黙る。


「イーアン。私は2階にいるから。嫌だったら呼んで」


「ファドゥ」


 警戒されているルガルバンダ。面倒臭そうに、息子に2階へ上がれと命じ、ファドゥは渋々2階へ戻った。イーアンは彼に微笑んで少し頭を下げ、お礼を伝えた。


「もう、対等な立場なもんだから。ファドゥも強気だ」


「彼は私を大切にしてくれているのです。()()()()()変わらず」


 嬉しそうなイーアンを見つめ、ルガルバンダは溜め息をつく。『イーアン。俺の昔話を聞いたら、きっと()()()()()()だと思える』遠回しな言い方に、イーアンは首を少し傾げて、話を促した。


「俺とズィーリーの話だ。面白いとは言い難いが、客観的に見れば面白いもんだ。繰り返すんだな」


 ルガルバンダはそう前置きして、不思議そうに自分に目を向けた女龍に、ゆっくりと過去の出来事を話し出した。



 子供部屋の赤ちゃんたちが、うろちょろする真ん中で。男龍と女龍は話を続けた。


 30分ぐらいの話だったが、内容はずっと多く感じた。イーアンは最後まで聞き、ルガルバンダがどうしてこの話をしたのかと訊ねた。男龍は、窓の外に顔を向ける。


「あの時の俺と、同じ気持ちの()()がいるからだ」


「どこにですか」


 追いかけるようにすぐ質問したイーアンに、ルガルバンダは目だけ向けて『すぐそこだ』と呟いた。イーアンは立ち上がって、ルガルバンダに『貴重な話を』と微笑むと、そのまま外へ出た。


 群がる赤ちゃんを、がさーっと両腕に抱え込み、イヤイヤする赤ちゃんを抱き締めながら『あーあ』と、遣り切れない声を漏らすルガルバンダ。赤ちゃんに頭を埋めて、ぐりぐり擦り付ける。


「俺はこんなだから。やれやれ。お前たちに、夢を見せられそうにないな」


 太い腕に抱えられた赤ちゃんたちは、切ないルガルバンダの抱き締めから逃げようと、頑張ってもがいていた。



 外へ出たイーアンは、その辺にいるのかなと見渡す。すぐに龍気を感じて、上を見上げるとオパール色の体が浮かんでいた。


「ビルガメス」


「イーアン」


 見上げる女龍を少し見つめてから、ビルガメスは力なく訊ねた。いつもの声よりずっと、疲れたような声で。


「側に行っても良いか」

お読み頂き有難うございます。

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