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魔物資源活用機構  作者: Ichen
交わる世界の片鱗
955/2956

955. 同じ立場で

 

 馬車は南方面に向かって進み、夕方の野営地に到着。


 すぐ戻るはずのイーアンは戻ってこなくて、ドルドレンは気になっていた。タムズが怒ったのもビックリしたし、一日休むことがそれほど大変なのかと思うと、子供たちにも何かあったのかとか。


 考えても仕方ないことで、理解を進める気持ちの後ろには自分の寂しさもあるしで、ドルドレンはとにかく、早くイーアンが戻ってくることを願うだけ。


 野営地で火を熾して、夕方の明るさの中で調理が始まる。

 お昼はこってりだったので、夕食は普段どおりミレイオが担当。ミレイオも『イーアン、どうするのかな』と気にしていた(※余っても食べる人はいるけど)。


「ドルドレン。連絡した?」


 ミレイオに訊かれて、ドルドレンは首を振る。『すぐ戻ると言っていた。この時間まで帰らないのは、何か空であったのだろう』待つだけだよと答えると、ミレイオも了解していつもと同じ量を作っておくと返事。



 それから30分。夕食が仕上がるくらいの頃。

 夕暮れの空が一度ふわっと白く光り、空の向こうから影が近づくのを見つけた。


「あれ。あれ?あの登場の仕方は、ミンティンじゃないのか」


 ドルドレンは何か変に思うものの、手を振ってお迎え。思ったとおりで、青い龍の背に乗ったイーアンが帰ってきた。


「ただいま戻りました。遅くなりまして」


「お帰り。丁度食事なのだ。良かった。でもどうして」


「事情がありまして。今日はミンティンに乗せてもらって」


 少し疲れているイーアンに、ドルドレンは深くは訊かず、二人は青い龍にお礼を言って空に返した(※今日ミンティン3度目)。


 食事に間に合ったわね、と笑顔で料理を取り分けてくれるミレイオに、笑顔を返すイーアン。並んで食べる食事。ドルドレンに見せる笑顔は、変わりないのだけれど。違和感は消えない。


「イーアン。俺に話せることか?それとも」


 ドルドレンは言おうとして、そこで止めた。イーアンの顔が曇っていた。『空の都合か』と言うと、彼女は頷く。『私も。まだ頭の中が散らかっています』言えることはそれくらいなのか、そのまま黙ったイーアンに、ドルドレンは背中を撫でて『もう話さないで、食事を続けよう』と促した。



 この後、イーアンはドルドレンに『ちょっとコルステインと話したい』と言うので、ドルドレンは勿論それを了承した。

 タンクラッドにも伝えると、タンクラッドも一瞬、何かと思ったようだったが、すぐに『分かった』と答えてくれた。それから、コルステインが来たところで、タンクラッドから伝える。


『イーアン。コルステイン。話す。する。分かる』


『良いか?待ってるんだ』


 うん、と頷くコルステイン。何かなとは思っているようだが、コルステインは深く考えないので、あっさり。タンクラッドの方が気にする。ちゃんと後で、彼女と話したことを自分にも教えてくれ、と頼んだ。


『うーん。まだ。分かる。ない』


『え。ダメなのか。俺にも教えてくれたらと思うんだが』


 コルステインは、タンクラッドを青い瞳で見つめる。どうやら『内容による』ということらしい。それを言われては、親方も頼めないので渋々了解(?)。

 意外にコルステインが、守秘義務を尊重する一面を知り、タンクラッドは大人しく下がった。



 そして、いつもだと親方と一緒に眠るベッドに、今日はイーアンがお邪魔して、ベッドに腰掛けて待っているコルステインの横に座った。


『イーアン。掴む。する。良い?』


『はい。久しぶりですね。大丈夫ですよ、ちゃんと着ているから』


 大きなコルステインは、イーアンにニコッと笑うと、グィードの皮を着ているイーアンをちょんちょん触ってから、そっと引き寄せて自分の腿の上に乗っける。見上げた龍の顔に微笑んで、フードを被った頭をナデナデ。


『コルステイン。お前。好き。イーアン。コルステイン。好き?』


『大好きですよ。コルステインに会えて嬉しいです』


 ニコーッと笑顔を向ける可愛いコルステインに、イーアンは毎回思うこと・・・ちゅーって出来たら良いのにと見つめる(※不純)。でもそこまでは許されない関係(?)なので、くっついて話せるだけで感謝する。


『龍。何?どう。話す。する』


『はい。コルステインなら、どう思うかなと。私の相談です』


『うん。話す。する。コルステイン。聞く。何?』



 二人の会話は始まる。頭の中で交わされる言葉なので、他の誰にも響かない。


 親方は気になっていたが、遮断されているため(※コルステインの力)なーんにも聞こえてこない。ちらちらと馬車の向こうを気にするタンクラッドに、ミレイオが仕事を振って『畳んでよ』と洗濯物を手伝わせる。


 畳みながらミレイオから、タンクラッドが使っていないベッドを、バイラに使わせる話が出て、親方は了承する。

 了承した途端、ミレイオは洗濯物を全部親方に任せると、焚き火近くで恐縮するバイラを引っ張って来て、気前良くベッドを案内していた(※親方今後も屋外決定)。


 洗濯物を畳むのが終わった後は、見計らったようにドルドレンが来て、親方に悩み相談を始めたので(※愛妻について)親方はそれにもつき合わされて時間を過ごした。



 イーアンの相談を聞いて、時々確認しながら、全部を理解したコルステインは、小さな龍を腕に抱えたまま、あやすようにゆっくりと前後に揺れて『うーん』と唸る。


『イーアン。お前。欲しい。何?』


『私が欲しいもの。子供たちの無事です』


『男龍。子供。無事。欲しい。違う?』


『そんなこともないと思うのです。可愛がっているし』



 イーアンが相談したこと。それは、さっき聞いたばかりの龍王の話・・・なんだけど。


 さすがに地下の住人に、全開で打ち明ける内容ではないので、自分の立場上、何を基本に考えれば良いのかを、一先ず確認したかったイーアン。

 それに答えられるのは、たった一人。地下の最強、その自覚のある、無欲なコルステインだけだと思った。


 どれほど強いとしても、コルステインが、そうした立場に無関心だと分かっている。

 でも、コルステインが同じような要望を提示されたら、純粋なコルステインは何を見つめるのか。それを参考に出来たらと、思うことを話した。


 コルステインに伝えた相談内容。


 ――空で子供たちの幸せを守るために、男龍の一人だけが、強くなれる機会があること。それには、イーアン(自分)も協力して力を貸すこと。

 ただ。力を貸すと、自分は空にいる時間がそれからずっと、長くなることも。



 コルステインは、よーく考えた結果。『それはイーアンの選択する話ではない』と感じたので、それを教えることにした。


『男龍。欲しい。お前。違う。子供。違う。男龍。力。欲しい。する』


『そ、そんなにはっきり。そうですね。とどのつまりは、そこかも』


『とど。何?』


 とどは関係なかった、とイーアンは急いで訂正し、コルステインの意見を続けてもらう。


『強い。守る。する。好き。守る。いつも。同じ』


『うん、私もそう思います。今のままでも、守れますね。本当に好きなら』


『そう。お前。空。住む。違う。お前。どこ。いつも。子供。好き。守る』


 じっと自分を見上げる女龍に、コルステインは出来るだけ伝わりやすく教える。どこに住んでいても、子供が一番守りたいなら、それは出来る、と。


『一番。近い。一緒。大事。でも。男龍。いる。子供。好き。大丈夫。守る。出来る』


 いつも一緒で、一番近いことは大事だけど、男龍がいるんだから、男龍が子供を好きで守りたいなら、それは出来ると思う。そう伝えると、イーアンは確認しながら理解する。


 イーアンは理解した。コルステインは『その話は、イーアンの選ばなければいけない話じゃない』と言っていること。


『コルステインは、いつもそうでしたか』


『そう。コルステイン。家族。好き。ある。大事。皆。強い。でも。守る。する』


 それだけのことだ、と言い切る、夜空色のコルステイン。他に何も要らない。守ると決めたら、守るだけ。

 今以上の強さ、今よりも大きな世界、今よりも長く生きて守ること、そんなことは自分が決めることじゃないと、コルステインは話した。


 イーアンは、じーんとする。こんなに素朴で力強い愛情。純粋で無欲。自分に持たされた力の限りを、大切な相手に使うのみとする存在。


 胸を打たれる言葉に、イーアンがお礼を言って『私もそうしようと思う』と答えると、コルステインはニッコリ笑って、頬ずりする。

『イーアン。お前。出来る。お前。強い。守る。大丈夫』そう言って、頬ずりを繰り返す優しいコルステインに、イーアンは腕を回して抱き締めて『有難う』と何度も言った。



 *****



 この夜。ビルガメスは一人で家にいた。子供たちは子供部屋に預け、自分一人の夜を過ごす。



 ――あの後、ビルガメスはイーアンを連れて、子供部屋の外へ行き、龍王の話を聞かせた。


 何度も何度も『ここは伏せよう』と思う箇所があったが、イーアンは自分と目を合わせたままで、話のどこかを伏せると指摘しそうだった。結局、ビルガメスはその都度、溜め息と一緒に本当のことを話し続けた。


 話し終えた後に二人は静かな沈黙を迎えて、お互いの目を見つめるだけだった。


 イーアンの顔に、表情は無かった。ビルガメスは度々気がついていたが、彼女が怒る時、または心が()()()時、必ず無表情であったことを思い出すと、胸が痛くて仕方なかった。


 腕を伸ばしたら逃げられそうで。言い訳をしようとしたら、飛び立ちそうで。ビルガメスは黙り続けるしか出来なかった。

 イーアンは目を逸らさない。鳶色の瞳は真っ直ぐ、自分の目を射抜くように見つめ、沈黙は何分も続き、ビルガメスはイーアンの声を聞きたくなった。


「強さが、空を守るのですか」


 低い声に温度がない。聞かれた言葉は幻聴のように、ビルガメスの耳に届いた。ビルガメスは自分がどんな顔で答えたか分からないが、息を吸い込んで、何度か瞬きをした後に、首を横に振ろうとしたら、イーアンの目が何かを諦めたように細められた。


「私は言ったはずです。私がイヌァエル・テレンの皆さんを守ると。約束しました。私は私の力で守ります」


「イーアン、俺は」


「ミンティンを呼びます。私は今は、()()()()()()で帰りたい」


「イーアン。もっと大きな力が存在して」


「それは。私に関係ありません。私が関与していたとしても、()()関係ないと思うのです」


 遮ったイーアンの後ろに青い龍が迫る。イーアンは振り向かずに、ビルガメスと向かい合ったまま、静かに後ろへ下がる。


 呼ばれたミンティンは何かを知っているように、そのまま下降してイーアンを鼻で突き飛ばすと、以前のように、一回転させて自分の首元に乗せ、そのまま空を駆け抜けて消えた。


「ミンティン!おい、イーアン!」


 ビルガメスは初めて、心の中がざわついた。叫んですぐに体を龍に変えると、急いで追いかけたが。



 すぐに銀色の龍が後ろに付いて、ビルガメスの体を押して止める。誰よりも早く飛ぶ力を持ったファドゥは、加速したビルガメスの前に回りこんで、ビルガメスを再び止めた。


 龍のビルガメスは首を逸らして、やり切れなさで空に一声、大きく吼えると、そのまま人の姿に戻った。ファドゥも人の姿に変わり、大きな男龍の腕に触れた。


「戻ろう。ビルガメス。勇気あるビルガメス。私と一緒に」


 ビルガメスの目に浮かぶ涙に、ファドゥは驚きはしたが、それは黙っておいた。彼の心の中を、痛いほど分かる自分が、彼を止めて正解だったと思えた。

 ファドゥはビルガメスの腕に添えた手を、振り払われることなく。何も喋らないビルガメスをそっと導いて、彼の家へ連れて行った。


 一緒に飛ぶ時間に会話はなかったが、ビルガメスの胸中もファドゥの胸中も通じ合っていた。今すぐに望むことは一つで、それはイーアンが戻ってくることだった――



 大きな男龍は、夜の風に髪を揺らしながら、ずっと空を見ていた。


 自分が間違っていたのか。イーアンの解釈が違うのか。この問答を何十回も繰り返しているが、答えが出る前に気が散った。


「本当に。愛しているのに。もう信じてもらえないのだろう」


 だから、一緒に。一緒に、イヌァエル・テレンをと、思えたのに。『ズィーリーが相手じゃ、こんなふうにならなかったぞ』いないイーアンに呟くビルガメスは、息苦しくて辛い。


「お前だからだ。お前だったから。もう少し長生きしようと思ったんだ。その続きに龍王が見えた。()()()()()・・・・・ 」


 自分を見限ったような、あの目。思い出すと苦しくなる。


 全てを話し終えた時。イーアンは顔も歪めなければ、何も咎めなかった。真実をビルガメスの中に探るように、ただただ見つめ続けていた。


「俺は。どうすれば良かったんだろう」


 こんな気持ちになるなんて。ビルガメスの長い一生の中で一度も起こらなかった。どうして良いのか、全く分からない時間が長く感じる。


 イーアンが今、自分に対してどう思っているのか。今すぐに知りたかった。


 もう一度ちゃんと話したい。信じてもらえなくても、自分に本当に愛があることを・・・それが嘘ではないことをもう一度、伝えたい。


「伝えるだけでも。だが、伝えた後、彼女の反応に期待するだろう。俺は伝えたいだけではない」



 涙と無縁のビルガメスの頬に、月に照らされる雫が光る。夜風に触れて、柔らかな一滴は震えて落ちた。


「俺と話すか?」


 ビルガメスの家の上から、静かな声が響く。見上げることもないし、どうでも良いと思う今。ビルガメスは答えなかった。


 ゆっくりと降りてきた4本角の男龍は、ビルガメスの背中側に立ち『俺は手伝えるかも知れん』と呟いた。


「誰とも話したくない」


「嘘だ。イーアンと話したいだろ」


 振り向く美しい男龍。『お前じゃない』引き離すように伝えると、家の中に戻る。ルガルバンダは首を傾げて『俺はイーアンの気持ちを聞きに行ける』広い背中にそう伝えると、ビルガメスの動きが止まった。


「もう一度言うぞ。俺は、手伝えるかもしれないから、お前の家に来たんだ。龍王の話をしたんだろ?男龍全員の責任だ。ビルガメスだけじゃない」


 ルガルバンダの言葉に、ビルガメスは体の向きを変えた。金色の瞳が寂しげに向けられて、ルガルバンダは頷く。



「ずっと昔のことだ。俺の愛する女龍に、龍王の話を聞かせた時。彼女は俺から離れた。

 俺は理由を聞きに行った。あの時は、一緒に居たかったから。幸せに暮らさせたかったから。それだけの理由で、龍王の話をしただけだった。

 ズィーリーは、()()()したみたいだったけれどな」


 ルガルバンダの、小さな告白。ビルガメスは彼を見つめた。頭に過ぎった言葉『その勘違い』呟いて黙る。ルガルバンダも情けなさそうに微笑む。


「そうだ。『俺の目的が()()』だと勘違いした。ビルガメス。今のお前と一緒だろ?」

お読み頂き有難うございます。

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