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魔物資源活用機構  作者: Ichen
交わる世界の片鱗
953/2953

953. 昼の一コマ

 

 二台の馬車と青毛の馬は、郊外の道へ出た後、首都を横切る形で南へ向かう。広い首都を抜けるこれだけでもう、時間は昼。


 シャンガマックは、カバンの中の資料を一冊引っ張り出し、横に座るザッカリアに一番最後をめくるようにお願いする。


「地図があるよ」


「それだ。ちょっと俺にも見せて」


 ザッカリアに向けてもらったページを見て、指で首都を示す、褐色の騎士。『ここが首都。ここから南・・・』こっちだな、と呟く。覗き込むザッカリアはよく分からないので、どこへ行くのか訊ねた。


「うん。タサワンという場所だ。村があるらしい」


「近いの?」


「いや・・・そうでもないだろうな。何日掛かると言っていたか。3~4日は使うんじゃないかな」


「タサワンって、村の名前?」


「違うみたいだ。地域の名前のようだが、村があると聞いた。バイラに訊いてみるよ」


 道はあってるの?と子供に聞かれて、シャンガマックは自信なさげに頷く。『多分な。この道と教えてもらったが』俺も初めてだから分からん、と笑うと、ザッカリアは困ったように笑い返した。


「さっきの館長でしょ?道や場所を教えてくれたの。あの人、変な感じ」


「道も教えてくれたし、向かうタサワンには遺跡もあるんだ。変な人じゃないぞ」


「だけど。ミレイオが嫌がってるのに」


 ああ・・・と、シャンガマックは、心配そうなザッカリアに微笑む。『館長は、ミレイオに悪いことをしようとしてるわけじゃないよ』そうじゃないんだ、と言う。レモン色の瞳は疑い深く向けられたまま。シャンガマックは笑って子供の頭を撫で『変じゃないよ』ともう一度言った。


「あの人は世界中、遺跡を探して調べている。多くの遺跡から読み解く、古い時代の出来事を記録するんだ。ヨライデにも行ったそうだから、ミレイオの体の絵を見て、遺跡を思い出したんだよ」


「次の場所。タサワン・・・? タサワンでミレイオは、あのおじさんに困らない?」


「困らないようにしてもらおう。頼んでみる」


 ザッカリアは何となく分かっていた。あのおじさんが来るんだろうなと。だからそれを質問に含ませたら、シャンガマックはあっさり答えた。

 ユータフといい、館長のおじさんといい。どうして変な人がついてくるんだろうと思う。知らない人がついてくるのは、緊張するから苦手なザッカリア。バイラだけで良いのに、と思う。



 そんなザッカリアの気持ちが届いたか。向かう方向の木々が広がって見えた辺り、空の向こうに光るものを見つける。『あれ、イーアン?』気がついたザッカリアに、シャンガマックは『イーアンは馬車だぞ』と教え、あれはタンクラッドさんだと目を凝らした。


 青い龍がぐんぐん近づいてきて、馬を止めた馬車の前に龍は降りた。その背中から、タンクラッドとバイラが下り、大きな袋を龍から解き始めた。


「イーアン、呼んでくれ。イーアン!」


 タンクラッドに言われて、シャンガマックは後ろの馬車に声をかけた。ドルドレンが荷台のイーアンを呼ぶと、イーアンはすぐに下りて出てきた。


「お帰りなさい。タンクラッド。バイラ」


「ただいま、イーアン。これ、一緒に解いてくれ。ミンティンが機嫌が悪くてな」


『嫌がるから、結構、無理やりに縛り付けたんだ』と親方に言われて、イーアンは笑う。ミンティンの仏頂面を見て了解し『ミンティン、(たま)にですから』怒らないでね・・・お腹の側に回りこみ、結び目を解くのを手伝う。


「バイラが怖がる。ミンティンは脅したりしないんだが、こっちを見るだろ。バイラには」


「龍を怒らせるなんて出来ないです。乗るだけでも奇跡なのに」


 タンクラッドの説明に、バイラは青い龍の機嫌を損ねた無理やりの荷造りを後悔しているようだった。イーアンも親方と一緒に笑いながら、『ミンティンは、これで我慢強いから大丈夫』と教えた(※青い龍は不機嫌)。



 バイラは青い龍の睨む(※そう見える)目を見ないように、ささっと逃げて、自分の馬を渡してくれるフォラヴの側へ移動。お礼を言って『龍は素晴らしいけれど、馬で良いです』苦笑いのまま馬に乗ると、妖精の騎士にも笑われた。


「イーアンは最初から。あの青い龍と友達のようでした。彼女が魔物を回収し、量が多いと、彼女はいつもあの龍にくくり付けて運んでいました」


「いきなりそんなことが出来るのは、さすがに龍同士だからかな」


「いいえ。彼女は最近、龍になったのです。それまで普通の女性でしたよ。何と言うか。恐れないのでしょう」


 へぇ~・・・バイラは、青い龍の紐を解き終わったイーアンを見つめる。フォラヴは続けて、タンクラッドをちょっと指差すと『彼も似ています』と教えた。


「彼も、あんな感じの性格ですから。イーアンの龍に恐れもせず、隙あらば乗っていました。龍も彼が好きなのでしょう。彼が呼んだら乗せていたようです」


「そうなのですか。総長もそうですか?」


「はい。でも総長の方が後だったような。タンクラッドの方が、早くに青い龍に乗っていた記憶があります。イーアンが龍を使わない時ですね」


 バイラ。ますますこの人たちが普通じゃない気がしてくる。妖精の騎士はそこまで話すと『もうお昼だからそろそろですよ』と微笑んで、馬車に戻った。



 続けてシャンガマックが来て、馬に跨ったバイラに地図を見せる。『すみません、バイラ。次の目的地のタサワンへの道は、ここかどうか』地名が書いていないから、地域が分からないという騎士に、バイラは地図を見て頷く。


「道は合っていますね。目的地はタサワンですか。石ばかりの場所・・・涸れた谷があったかな。水が乏しい地域ですよ」


「はい。史実資料館の館長に『タサワンの神殿』の話を聞いて」


「ああ。なるほど。そうか、神殿。ありますよ。でも・・・村の許可がないと入れなかったような」


 バイラは、神殿を目的地にしたことは特に何も言わなかったが、許可を貰うにあたり、管轄する警護団施設に申請する必要があると話す。

 シャンガマックはそれを聞いて『バイラが一緒だと早いですか』と訊ね、そうだと思うことを答えにもらうと安心した。


「良かった。じゃ、先に警護団施設に向かいましょう。道を教えて下さい」


 嬉しそうな褐色の騎士にバイラが了解し、イーアンたちも荷馬車に袋を積み終わったところで、ドルドレンもバイラの側に来た。


「もう昼なのだ。まだ人家が少なくないが、この辺りで火を熾せるだろうか」


「大丈夫です。もう少し先に進むと、馬車を寄せるところがあります。そこまで行きましょう」


 バイラは、目の前で青い龍が空に帰って行くのを見送りながら、不思議な運命の元に紡がれた、旅の初日に微笑む。馬車が動き始めたので、バイラは先頭を進み、昼休憩の出来る木陰へ案内した。



 昼食作りが始まって、ミレイオに代わってもらうようお願いしたドルドレンは、今日は自分が料理担当。イーアンが側で見守る中、愛妻(※未婚)の元気のためにせっせと肉を調理する。


「優しいですね。総長は」


 バイラが少し離れた場所で、料理する二人を見ながらミレイオに言うと、パンクも笑って頷く。


「仲が良いの。ドルドレンも優しいし、イーアンも優しいから。思い遣りって言うかね。お互いに気を遣うけれど、それが良い形で行き交っているんだろうね」


「そうですね。受け取るのも愛情、要りますよね。注いでも、受け取ってもらえない相手もいますし」


 バイラの微笑む横顔から呟かれた言葉に、一瞬止まるミレイオ。ちらっと彼を見ると、目が合ってバイラは首を振り『いえ。総長とイーアンは良い夫婦だなって』と笑った。


 ミレイオも、うんと頷いて微笑んで返したが、今の意味は何かと気になった。

 すぐにバイラは話題を変えたので、その話はそれきりになったけれど、ミレイオは彼の過去をもう少し聞きたいような、そんな余計なお世話も少し感じた。



 食事が出来て、皆でお昼。フォラヴだけは、ちょびっと苦手なお肉と脂な料理だが、他の者にはウケが良い。フォラヴの側に座る親方は、彼がいつ残しても良いように、きちんと『無理するなよ』と言い聞かせた(※残したら食べるから)。


「イーアン。美味しいか」


「はい。最高です。蕩けそうですが、最近は身をよじらなくても、美味しさを中身で味わえるようになりました」


「中身で味わう・・・それもまた。ちょっと興奮するのだ」


 何考えていますか、と笑うイーアンに、ドルドレンも笑いながら料理を食べる。元気になるのが何より。イーアンは笑っていてくれるのが一番だと、いつでも思う。むちゃむちゃ食べる愛妻の食べっぷりに嬉しいドルドレンは、自分の分も少しあげた。


 二人が笑顔で『美味しいね』『美味しいですね』と喜びに浸っている時。お空が突如、眩く輝く。


 ハッとするイーアン。『来ましたよ。このタイミングで』お食事中に攫われるのか、と慌てるイーアンは、急いで肉を口に詰め込む(※残すのはイヤ)。

 口一杯に肉を入れた愛妻にビビるドルドレンは、『まだ連れて行かれるとは限らない』ゆっくり食べなさいと背中を撫でる。


「誰だ?イーアン、男龍か」


 親方が空を見ながら、訊ねる。イーアン、喋れない(※肉)。じーっと空を見ながらもぐもぐし続けていると、やって来た光の玉から『食事かね』と爽やかな声。『タムズ』笑顔で立ち上がるドルドレン。



 降り立った赤銅色の男龍。後ろには、帰ったばかりのはずのミンティン付き(※出戻り)。


 初めて会う『龍の人』にバイラは口を開けたまま、目を丸くして魅入る。『すごい・・・本当に。本当に、龍の人だ』人生に感謝しますと呟くバイラに、横に座っていたミレイオがちょっと笑った。


「バイラって、本当に信心深いのねぇ。彼はタムズ。ほら、この前私たちの代わりに魔物を倒してくれた」


「あっ。その方ですか。はあ~・・・こんなにすぐに会うなんて」


 翼を広げていたタムズは、ひゅっと畳んでから、イーアンとドルドレンの側へ行き『来ただけだよ』と微笑む。両頬を膨らませてもぐもぐする女龍に、苦笑いして頭を撫でると『ゆっくりで良いよ』と伝える。


「君は。食べなくても大丈夫なのに。まぁね、好き好きだから」


「タムズ。また会えて嬉しい。あ、そうだ。見てくれ。彼がバイラだ。新しい同行者なのだ」


 この前、話した人・・・ドルドレンはタムズに、バイラを紹介する。がちがちに固まるバイラに目を向けたタムズは、ふぅんと頷く。警護団の男は、息切れしそうなほどに心臓が揺れて、横のミレイオに腕を撫でられている。


「バイラ。そう。普通の人間だね」


「そうだ。テイワグナに詳しいのだ。それに信仰が篤い」


 ドルドレンの言葉に、タムズはニコッと笑ってから、すぐにイーアンの横に戻る。


 特に声をかけられることもなかったバイラは、挨拶をしなくて良かったのかと戸惑った。ミレイオはそっと彼を座らせると、胸中を読んだように『いいの』と囁いた。


「あのね。私も最初。こんな感じだった。タンクラッドと私が、初めて彼と会った時・・・男龍って、特に用事のない相手には、喋りかけたりしないの」


「そうなんですか。嫌われたり怒らせたりではないと」


 違う、と首を振るミレイオ。『彼らは目的がはっきりしているから。タムズは男龍の中でも、理解の幅が広いの。他の男龍はもっと・・・何て言うかな。()()()、さっぱりしてる』だから態度を気にしなくて平気、と教えた。


 不思議な存在。崇高で気高い存在に、バイラは魅入るだけだった。話すことは出来なくても、彼の姿を見たことだけで、バイラには充分だった。



 タムズはドルドレンの横に座って、彼の背中に腕を回すと『寄り掛かっていて良いよ』と促し、喜ぶドルドレンがくっ付いた後、イーアンと会話(※これ自然体)。


「どうされましたか。私、今日は」


「うん。単に会いに来た。君が来ない時でも、私が来ることは出来る」


 微笑む男龍に、イーアンも笑顔で頷き『明日は行きます』と答える。タムズは今日、少し一緒に居ようと思うことと、ミレイオにも話したいことがあると伝えた。


「ミレイオですか。すぐに?」


「いや。食事が終わって、馬車が動いてからでも」


 タムズはそう言って、ぺっとり寄り掛かるドルドレンを撫でながら『御者台は空いているかね』と訊ね、大きく縦に首を振ったドルドレンに笑う。


「人数が多いからね。私が居る場所が」


「いつでもあるのだ。俺の横」


 満面の笑みで喜ぶ黒髪の騎士に、タムズは笑顔でお礼を言い、夕方まで一緒にと言いかけた時。


 イーアンの表情がふと真顔に戻る。その顔にすぐ気付いたタムズは眉を寄せ『イーアン』名前を呼んだ。女龍はタムズを見てから、口を開きかけ、またハッとしたように瞬きした。タムズ、嫌な予感。


「イーアン?どうした」


「あの、あ。また」


「どうしたのかね。まさか」


 イーアンの体に腕を回し、抱き寄せるタムズ。片手にドルドレン、片手にイーアン。小さな女龍に背を屈めて、何が起こっているのかと訊ねる。イーアンは何度か目を瞑ってから、戸惑うように見上げた。


「呼ばれています。ビルガメスに」


「もうっ!」


 ビルガメスの名前を聞いたタムズは、思わず感情的に口走る。そんなタムズを見るのが初めての、ドルドレンもイーアンも(※以下同様)ちょっと驚く。悔しそうな男龍は、眉を寄せて金色の瞳をイーアンにすっと向ける。


「行っちゃダメだよ。私が居るんだから」


「でも。何度も呼んでいます。私にしか聞こえないのか」


「分かっている。だけどダメだ。折角、私が来たのに」


「どうしましょう、ビルガメスが」


「呼び続ける?彼の声が響いている?」


 全くもう!と、怒ったように立ち上がるタムズは、イーアンを片腕に抱える。ドルドレンは急に立ち上がったタムズに狼狽。『どうしたのだ。一緒に行くのでは』男龍の腕に触ってお願いしようとして、不機嫌な顔のタムズが振り向く。


「すまないね。ドルドレン。私はちょっと・・・また来るよ。イーアン、一緒に行こう」


「え、私はでも今日は」


「君が行かないと、あの()()()()()は明日、もっと酷くなる」


 困る女龍に、大袈裟な溜め息をつくタムズは『後で私が連れて戻るから』そう伝えると、少しだけ一緒にと、白く輝き始める。仕方なし、イーアンも翼を広げ、真っ白な光を放つ。

 龍の迎えを呼ぶことなく、タムズとイーアンは、お互いの龍気で補いながら空へ飛んだ。



「複雑なのだ」


 寂しげに見送ったドルドレンの横に親方が立つ。『何かあったのか』親方の質問に、灰色の瞳を向け『知らない』と呟くドルドレン。親方は苦笑いして、総長の頭をナデナデ。


「食器を洗ってやる。お前は作ったから、休んでろ」


 そう言うと、ドルドレンの手にある皿を受け取って、親方は戻った。


 寂しい気持ち・・・こんな時は、ザッカリア。ザッカリアをちらっと見ると、心得た子供は側へ来て『音楽聴く?』ぐったりする総長の手を引いて、御者台に座らせ、すぐに哀愁漂う曲を奏でてくれた。

お読み頂き有難うございます。

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