951. 旅の三十四日目 ~首都出発の朝
翌朝。朝食の時間に、旅の一行は盛大なお食事で迎えられる。
朝からこんなに食べるの、と思う量が食卓に乗っていた。パヴェルは食料を包んでくれていて、それも馬車に乗せたと言われた(※鍵どうした)。
別れを惜しむパヴェルたちと一緒に、てんこ盛りのご馳走を食べた皆は、お腹ぱんぱんで出発準備完了。
「総長。私に連絡する術がないことが実に残念です」
首を振り振り、初老の貴族は見送る外で最後の最後まで粘った。ドルドレンは静かに頷いて『残念である』と呟く(※連絡珠は貴重だからあげない)。
「だが。パヴェルの実力にはこの度、本当に恐れ入った。さすがと言うべきか。貴族であることは、こんなにも力のあることなのだな。助けてもらえた上、世話にまでなった。感謝ばかりだ」
御者台に乗った総長にお礼を言われ、パヴェルは『助けるのは当たり前のことで、滞在の世話なんて小さなこと』と笑った。
リヒャルドさんも横に立って、皆さんの無事を祈る言葉を掛け、最後にイーアンの側に来てお辞儀。『皆様のご活躍をお祈り申し上げます。龍の御許にテイワグナがありますことを、日々祈ります』そう言って微笑む執事。
「全力で守ります。手が間に合わないこともあるかも知れません。でもいかなる時も、私は全力でテイワグナの皆さんのために動きます。リヒャルドさんたちもお元気で」
イーアンは荷台で正座してお別れの挨拶を伝え、ぺこっと頭を下げる。
その様子がワンちゃんみたいで、リヒャルドさんはうっかり撫でそうになったが(※角が耳みたいに見える)咳払いして、丁寧にお礼を返した。
そして一行は、パヴェルと召使さんたちに見送られて、朝の光の中を出発した。
イーアンと同じ荷台にいたタンクラッドは、イーアンをじっと見て『さっき、リヒャルドはお前を撫でたかったのかも』と呟いた。イーアンがさっと親方を見ると、親方は『俺もそう思った』と頷いた。
「撫でる。なぜですか」
「お前を見ていると、何だか・・・最初からだが、撫でたくなるんだ」
「ナデナデは、親方の癖だと思っていますけれど。リヒャルドさんまで撫でるのですか」
ミレイオはこの会話に笑って、イーアンの腕をぽんと叩く。『あんた、角がさ。ほら、耳みたいだから』それじゃないの?とはっきり言うと、イーアンはちょっと凹んでいた(※これ角なのに)。
「角がなくても撫でたぞ。俺は」
「それはあんたの癖だって」
ミレイオとタンクラッドの会話にも笑えるオーリン。『イーアンは何か。人間っぽくないんだよ』笑いながら言った一言に、イーアンが見る見るうちにしおれていったので、オーリンは慌てて『悪い意味じゃない』と訂正した。
「私。私、人間じゃないけれど・・・でも見た目は、人間だと思っているのですが(※弱気)」
「分かってるよ、分かってる。雰囲気とかな、顔とか」
『顔』でまた傷ついたイーアンは、荷台にパタッと倒れて『今日、空行けないかも』と震える。
ミレイオが急いで慰めて『カワイイって意味よ!』いろいろ前向きな言葉をかけ、さっとオーリンを振り向く。
「オーリン、変なこと言わないでよ!傷ついたじゃないのさ」
「今のはオーリンがダメだろ。イーアンは顔を気にするんだから。顔は禁句だぞ」
味方に付いたつもりの親方の不意打ちに、一層小さくなってぶるぶる震えるイーアン。ミレイオは二人を怒鳴って追い出した(※『余計なこと言ってんじゃねぇ!』『あっち行ってろ!』)
追い出された二人は仕方なし、前のドルドレンの横に座らせてもらって、男3人の狭々しい御者台で朝の道を進む(※ドルは追い返せない)。
「 ・・・・・何をしたのだ」
「いや。別に。ちょっとミレイオがな」
「んー・・・まぁ。そうだね。ミレイオな」
二人揃ってミレイオのせいにして、それ以上言わないので、真ん中に座るドルドレンも、そこから訊きにくくなった(※狭いからどっか行ってほしい)。
ちらっと見て『オーリンはそろそろ、イーアンと空ではないのか』時間的にどうなのと、話を変えると、オーリンは空を見上げて『そうだね』で終わる。
会話にならないので、ドルドレンはちょびっと、言うことにした。
「二人ともな。大型だから。御者台に男3人は厳しいぞ」
「仕方ないだろう。ミレイオが怒ってるんだから(※理由は言わない)」
理由・・・言いたくなさそう(※ってことは何かやらかした)と判断したドルドレンは、どっちか一人、寝台馬車へ行くように伝える。
ここで、ハッとした親方。『あ。俺、回収だ』思い出したと言いながらドルドレンを見る。総長も、何の話かと親方に聞き返す。
「あのな。この前のタムズが変えた、あの金属。馬車に積んである箱ごと、あれ、ハイザンジェルに発送してくれ。箱の中に試作も入れている。それでな、あの金属は使えそうだから、集めに行ってくる」
「え。急なのだ。郵送施設は道なりだから良いけれど。回収と言っても、タンクラッド一人では」
「一人でも袋に入れるだけだ。問題ない。次の行き先を教えてくれ。回収したら、すぐに戻るから」
ドルドレンは、行き先はこれから決めるので、とりあえず、シャンガマックの用事である史実資料館と、郵送施設には寄ることを伝え、首都を出るのはその後であることを教える。
「何だ。どこか決まってないのか」
「俺の予感だが、シャンガマックが次の行き先を決める気がする。それが導きのような気がしているのだ」
ドルドレンの言葉に、親方もオーリンも、ふうん・・・の顔を向ける。
「そうか。じゃ、本当に今は分からないんだな」
この話。もう一人聞いていて、バイラは横で馬を並べた。『私がタンクラッドさんと一緒に行ければ』戻ってきても、道の続きをある程度、見当付けられると伝えた。
「ただ、馬なので。もし私も龍に乗れるなら、この馬を誰かに乗ってもらうことになりますけれど」
「そうか。そうだな。じゃ、龍はミンティンだ」
親方、一人で決定(※早く金属取りに行きたい)。
急な決定だけど、材料は必要な範囲なので、ドルドレンも了解して馬車を止めた。後ろの馬車からフォラヴを呼び、フォラヴにバイラの馬を預ける。
「フォラヴはどんな動物でも仲良くなるのだ」
「そうなんですか。いろんな技術がありますね」
バイラは驚きながらも、妖精の騎士にお願いして馬を任せる。
青毛の馬は、フォラヴに手綱を取ってもらうと、ちょっと鼻を鳴らして挨拶し、フォラヴも笑顔で挨拶すると背中に乗る。『良い馬です。賢くて』黒い首を撫でながら、バイラの馬を誉めた。
「じゃ。バイラ、次は俺たちだ。ドルドレン。戻ったら馬車を探すからな」
親方はそそくさ荷台に戻り、何やら後ろでわぁわぁ言い合ってから、袋を何枚か、がさっと持って戻ってきた。そして笛を吹き、ミンティンが来る。バイラは目を丸くして、大きな龍に視線釘付け。
「乗るぞ。バイラ。お前は後ろだ、ほら」
青い龍は初めての人をちょっと見てから、後はいつもどおり(※品定め後⇒気にしない)。久しぶりにミンティンに乗り、親方は『頼むな』の挨拶。バイラも恐る恐る乗ると『すごい』を連発して感動。
二人を乗せた青い龍は(※周囲の人が騒ぐ中)親方命令であっさり飛んで出かけた。
「じゃ。行くか。えーっと、発送するんだから最初は施設だな」
見送った後、周囲が賑やか(※普通の道だから)になったのをさ~っと見渡して、ドルドレンは無表情で手綱を取り、馬車を動かす(※無視に限る)。
数人、馬車の側に来て『今の、龍でしょ!』と。答えは頷くだけの質問を投げかけたが、それ以上はドルドレンたちも返答する気がないので、馬車を進めた。
そして次にオーリン。
後ろからミレイオに呼ばれ(※『オーリン、ちょっとぉ!』って)嫌そうな顔でオーリンは荷台へ移動。
ドルドレンが無事を祈って、3分後。御者台に戻ってきたオーリンは、一度御者台に座ると『俺だけ空』と伝える。顔がげんなりしているので、どうして一人なのかと詳細を聞くと。
「え?イーアンが・・・その、あの。今日は行かないから、伝えてって」
「うん?イーアンは今日は休むのか。毎日通っているのに、大丈夫なのだろうか。具合でも」
「いやいやいやいや。具合は平気。だるそうだけど(※俺のせい)きっと朝、食い過ぎたんじゃないの?ミレイオと一緒だし、具合は全っ然問題ないよ。で、えーっと。俺、男龍に伝言頼まれた」
オーリンは大急ぎで『イーアンは元気』を総長に言って聞かせ、ささっと立つと『ここで龍呼ぶぞ』と。
ドルドレンが答える前に、弓職人は笛を吹くと、馬車の屋根にぽんと跳んで乗り、やってきたガルホブラフに飛び乗って空へ行ってしまった(※ここでまた周囲は騒動)。
民衆が龍に驚いて大騒ぎしている中、ドルドレンは誰とも目を合わせないように、フツーに馬車を進める。『まー、今日首都出るからね。良いけれど』ホントは良くないのだ・・・眉を寄せてぼやく(※目立つ)。
皆、自由である・・・・・ ドルドレンは呟きが止まらない(※一度ぼやくと止まらない人)。
最初の遠慮はどこ行ったの。本部から町に『龍』の報告は出ているだろうが、都民全部が知っているわけじゃないんだから、と思うところ。
追いかけてくる好奇心の強い通行人を往なしながら(※問『さっきの龍ですよね!』答『そうね』)ドルドレンはそのまま馬車を郵送施設へ向け、程よい距離で到着した(※追っかけ切り離せた)。
郵送施設の建物裏に馬車を止めると、荷台へ入って『荷物は?』とミレイオに訊ねる。ミレイオが箱を引っ張り出して、それを受け取るドルドレン。重いから一緒に行くと、ミレイオも馬車を下りてくれた。
この間、黙ったまま、膝を抱えて座る愛妻(※未婚)をちらちら見ていると目が合った。
「イーアン。どこか具合悪いの」
「いえ。少し、ただの気持ちの問題です」
「どうしたの。お空に子供たちが」
「一日だけです」
目を伏せて溜め息をついた愛妻に、ドルドレンは話が進まないことを心配するが、ミレイオがドルドレンにちょっと触れて『後で』と伝え、ドルドレンは了解した。
「これ。発送してくるのだ。送付状をもらえるか」
「はい。お待ち下さい。これとこれと、札です。はい、どうぞ」
「うん。有難う。イーアン、こっち見なさい」
受け取って、ドルドレンはイーアンの顔を覗きこむ。元気がなくて、鳶色の瞳と目が合ってもすぐ逸らすので、頬に手を添えて自分を見させた。少し悲しそうな顔。
「疲れを取るに、一日くらい地上にいても良いだろう。後で俺と一緒に御者台に乗るか、ミレイオに手綱を代わってもらって、俺がここにいるか。理由はあるのだろうから、話してほしいのだ」
「分かりました」
ドルドレンはイーアンの角にちゅーっとしてから『イーアンが笑わないと寂しい』と微笑んだ。イーアンもちょっと微笑んで頷く。
それから、荷物の箱と送付状一式を持ってシャンガマックも連れ、ドルドレンたちは施設へ入って行った。
馬車で待つ、イーアンとフォラヴ、ザッカリアの3人は、バイラの馬を撫でながら出発のことを話す。
これからバイラも一緒で、また違う場所へ向かうこと。テイワグナの中を、当てがあるような、ないような旅を続けること。
「旅の仲間って、後、何人会うんだろう」
ザッカリアは、少し前から気になっていたことをイーアンに訊く。イーアンが答えられるのは、剣の樋に出た名前の人数だけ。『名前と顔が一致しているのは、コルステインまでですから、そうすると残り3人』と答える。
ただ、あのサブパメントゥの男のことは口にしなかった。それはフォラヴもザッカリアも理解しているようで、頷くのみ。
「俺は交代するんでしょ?シャンガマックが支部にいる時に言っていた」
「そうみたいですね。でもまだまだ先ですよ。そんなにすぐに帰られては寂しいです」
イーアンが笑顔を向けると、ザッカリアもニコッと笑って『大丈夫だよ。一緒にいるもの』と、イーアンの横に座った。
「ギアッチが心配しているのですか」
フォラヴはザッカリアの心境を考えて、質問する。ザッカリアは首を振って『違うよ。心配はいつもしてくれるけど』そうじゃないと答えた。
「連絡珠があるからね。ギアッチも俺に『すぐ帰っておいで』って言わないよ。
あのさ、俺が交代するでしょ?そうしたら、俺は残りの仲間に会わないままなのかなって思ったの。コルステインは見たけど、後の3人は知らないから」
「ああ・・・そうか。そうですね。いつ交代するかに因りますね」
「フォラヴも最後までなのかな。シャンガマックとタンクラッドおじさんは、最後までイーアンや総長と一緒だって言ってたよ。コルステインもかなぁ」
どうなのでしょうねぇと、妖精の騎士も首を傾げて微笑み、イーアンを見た。イーアンも分からないので、笑顔のまま小さく首を振る。
この旅は、想像と違う。イーアンはいつも感じること。
ミレイオとオーリンは、仲間意識はあるけれど、同行者。今日から参加したバイラも同じくくりであり、旅する仲間とは異なる人たちと一緒に、生活、喜怒哀楽を共にして旅をする。
昔、物語やゲームで見知った話とは全然違うな、と思わされる。
旅の仲間は大体、運命的に決まっていて、決まった誰かが離れたり加わったりがある。それは同じだけれど。同行者が長居するような話は、あまり知らない。
そして『仲間』と定まっていても、サブパメントゥのように条件柄、日夜を共に出来ない対象もいる。ビルガメスたちは仲間でも同行者でもないが、イーアンと関わっているから、常に力を貸してくれる存在。
「これからもどうなるか、分かりませんね」
フォラヴに話しかけられて、イーアンは意識を戻して頷いた。『本当に』微笑んで答える。見えるようで見えない、無限の時の流れの糸に絡まった自分たち。どうなるんだろう、といつも思う。
3人が話していると、施設から伴侶たちが戻って、皆は馬と馬車に乗って出発。『次は資料館だな』シャンガマックの馬車を先にして、荷馬車は後に続いた。
お読み頂き有難うございます。




