950. ニヌルタ、フォラヴを考える・ビルガメスの懸念
明るい月夜の晩に、川の畔で小さな光と、大きな柔らかな光が揺れる。光らないのはティグラスだけ。イヌァエル・テレンの夜は静か。
ティグラスは、友達のニヌルタに毎晩遊びに来てもらって、一日の報告をするのが日課になった。そんな毎日なのだが、今日は報告ではない時間が訪れた。
「訊きたいことは教えてもらえた?」
「うーん。全部じゃないな。どれほど訊いても、これ以上は教えてくれそうにないな」
ニヌルタはぼんやりと白く発光している。少し離れた場所に、小さなきらきらした光が幾つか。小さな光はニヌルタの質問に答えているが、一定の範囲を超えると笑って誤魔化す。
「お前が訊いてみてくれるか?俺じゃ、警戒しているのかも」
「そんなことはないと思う。この子たちは、イヌァエル・テレンに住んでいたんだから、龍を警戒なんかしていないよ」
良いから訊いてみて、とニヌルタに言われて、ティグラスはそっと小さな光の側へ進んで座った。小さな光はふわふわ浮いて、ティグラスの周りを飛び、そのままティグラスの頭と肩と膝の上に降りる。
それはとても小さな可愛い妖精で、薄い長い布のようなものを体につけて浮かぶ、人の姿に似た形。
「俺が訊いても同じだよね?」
「なぁに」
「あのさ。ニヌルタが知りたいことだ。俺の兄さんのね、友達に。フォラヴって人がいるんだよ」
「知ってるわ。ニヌルタが話したもの」
「うん。それでね、フォラヴは人間じゃないんだろ?」
「違うわ。妖精の子よ」
「でも人間だと思ってるんだって。フォラヴは、自分が弱いから悲しいみたいだよ」
ティグラスが頭を掻きながらそう言うと、妖精は黙ってしまった。『俺もフォラヴを知らないんだ。だから聞いた話だけだ。だけど可哀相だよね』そうじゃない?と妖精たちに振る。
「どうして?フォラヴは可哀相じゃないわ」
「だって、妖精の子なのに、人間の体は弱いって」
「人間じゃないわ。妖精の子だもの」
うーん・・・唸るティグラス。『俺、難しいこと分からないんだ。フォラヴは半分は人間なんだよ。だから』困っているティグラスの唇に、肩に乗っていた妖精が飛んで、両手で唇を閉じた。驚いて自分を見ているティグラスに、妖精は首を傾げて見せる。
「ティグラス。フォラヴは可哀相じゃないわ。妖精の子よ。人間は半分も入ってないの」
「んん?」
口を閉ざされているので、返事も出来ない。目を瞬かせるティグラスに、膝に乗っていた妖精も飛んで近くに来る。
「人間の体を借りたのよ。借りているだけ。出れば良いんだ」
「そうよ。出るだけで妖精に変わるの。何も可哀相じゃないわ」
「人間と一緒に進むのに。妖精の体じゃ大変だもの」
ティグラスは何度も瞬きして、口を動かそうとした。唇を両手で押さえていた妖精がぱっと手を話すと、ティグラスは息を吸い込んで『どういうこと』と訊ねた。
「また今度。またねティグラス」
「お休み。ティグラス」
「お休み、ニヌルタ」
3人の妖精はコロコロと笑い声を立て、きらきら光りながら川の上へ飛び、そのまま川面の光と混ざって消えた。ティグラスは振り向いて、ニヌルタを見る。ニヌルタは少し笑っていて、手招きした。
側へティグラスが寄ると、横に座らせて彼の頭を撫でる男龍。ティグラスは男龍を見上げて『あれじゃ分からないよ』困った顔で言う。ニヌルタは微笑んでゆっくり首を振った。
「上出来だろ?ティグラス。お前が話しかけたら、妖精は教えてくれた」
「でも、何のことか分からなかった」
「分かるよ。俺には分かった。お前に教えよう」
ニヌルタは、ティグラスの長い髪を撫でて、出来るだけ分かりやすいように話してやった。
ティグラスには、彼自身が言うように『関係もない、知らない誰か』のことだけれど、ティグラスが聞き出したのだから、教えてあげるのは当然だと思う。丁寧に話してやると、ティグラスは理解したようで頷いた。
「そうなんだね。フォラヴは自分を知らないまま」
「ということになるな・・・妖精たちはお前に話した。俺が聞いていると分かっていても。俺に話してはいけなくても、お前になら話しても良いと判断したんだろう」
「どうして?」
「お前が好きだからだよ」
ハハハと笑った男龍に、ティグラスも笑った。『俺も妖精は可愛いから好きだ』素直にそう言うと、ニヌルタも顔を寄せて『それで良い』と笑顔で答えた。
はぐらかしても気が付かないティグラス。話が変わってしまえば、ティグラスには気にならないから、ニヌルタはそれ以上、この話を続けなかった。
それから少し。ティグラスと違う話をして、ニヌルタはいつもどおり、ティグラスが眠そうになったところで、家に帰る。
帰り道の夜空を飛びながら、フォラヴに伝えてやるべきかどうか、ニヌルタは考えていた。
「どうしたもんかな。あれは『俺が話さない』と無言で促した内容か」
――龍と妖精は近づくのも大変なので、普段は同じ場所にはいないのだが、小さな妖精は気紛れで、イヌァエル・テレンにも入り込む。それは知っていたが・・・・・
ティグラスに会いに行く日々。ある夜、ニヌルタは少なからず驚いた。気にも留めていなかった、別の世界の妖精が、なぜかティグラスといるのを見た。理由を訊ねたところ『知らない』と言われて笑った――
「あいつはなぁ。無邪気だから。妖精もあいつが好きなんだろうな」
ニヌルタは、妖精が来た理由も、なぜ、あの家の側に居ついたかも、分からない。分かっているのは一つだけ。『あいつ。何で変な相手に好かれるんだろう』可愛いよなぁと、ティグラスの顔を思って笑う。
ティグラスの家に棲み付いている、ピレサーもそう(※変な形の龍って意味)。いつからか居る、妖精もそう。この前は、いないはずの川の精霊が居た。『あれは驚いたな』ハハハと笑って首を傾げる。
「川の精霊が、イヌァエル・テレンにいるなんて。龍が遊ぶ川なのに。ティグラスに訊いたら『ロデュフォルデンを探してたら、遠くから付いてきた』って言うんだから。そんなのどこに居たんだ」
面白い男だよ・・・笑いっぱなしのニヌルタ(←この人自身も『変な相手その1』とは気がついていない)。
「まぁな。空の司がついている男だから・・・俺たちには分からないことも起こるだろう。本人が気にしてないから、それが良いのかどうやら」
首を振りながら、飽きない男を友達にした自分に満足する。
『さて。妖精が話したこと。どうするか』呟いて、家のある浮島に降りると、赤ちゃんたちがわらわらしている部屋に寝転がる。
寝転がったお腹の上に、近くで捕まる赤ちゃんを一つ二つ乗せて遊ばせ『お前、どう思う』と無茶な質問。赤ちゃんはお父さんの顔まで進んで、マムッ(※最近赤ちゃんの間で流行)。
「赤ん坊に訊いた俺が間違えた」
アハハハと笑うお父さんに、赤ちゃんたちも次々に笑う。一頻り笑い終わると、息を吐き出して、ニヌルタ。もう一度最初から考える(※進まない)。
「フォラヴは、別に妖精の合いの子じゃなかったんだな。似たような状態だが・・・しかし。分からんな。あの体は、じゃあ誰なんだ?別の誰かなのか」
龍はそんな複雑なことはないので、妖精の仕組みがピンと来ない。文字通り、誰かの体を借り続けているのか、それともあの体の内側に、生粋の妖精として存在する力があるのか。
「ふーむ。いずれにせよ。フォラヴがあの状態だと、今の力量が限度なんだろうな。気の毒にも思うが、妖精の女王が、彼を愛しているのは間違いない。だからあの力なんだ。あれだけの力があるのに」
ニヌルタは赤ちゃんたちに群がられながら、天井を見てあれこれ想像する。
「イーアンみたいな状態・・・とは違うな。イーアンやズィーリーは、魂が龍だ。魂を育てられたら、人の形を龍に動かせる。仔龍から人の形になる男龍とは逆だが、それが女龍の凄いところでもある。
だが妖精となると。知り合いらしい相手もいないから、あれはどう考えて良いか分からない」
勿体無い・・・呟くニヌルタ。力の大きさは存在を示す龍の世界。妖精は何が基準なのかも、興味がないからよく分からない。
だけど、フォラヴから感じる力は実に勿体無いと、正直に思う部分。どうにか教えてやりたかった。
「旅もその方が楽だろうに。でもあの状態じゃないといけない理由が、女王の都合にあるってことだろうな」
さすがに女王に訊きに行くほど、ニヌルタもしゃしゃり出る気はナシ。フォラヴを見て、何かあるならと思っただけのことで、ここまで分かった以上は動くにも躊躇う。
「フォラヴ。せいぜい励ましてやるか」
それくらいしか出来ないと判断して、ニヌルタは考えるのを止めた。次にあの、妖精の騎士に会ったら。・・・・・きっと楽しみにしているだろうと思うと『悪いかな』ちょっと笑って、会い難さも感じるところ。
ふと気がつけば、赤ちゃんたちがちらほら寝始めたので、ニヌルタも眠ることにした。イーアンが来たら、フォラヴに会えるように手配してもらうのを伝えようと決めて。
*****
同じような時刻。ビルガメスも少々考え中。
さっきまでルガルバンダが来ていて、赤ちゃんもどっさりいたが、彼の帰宅と共に赤ちゃんは半分に減り、少なくなった赤ちゃんの群れに埋もれるおじいちゃん(※でも40頭近くいる)。
「そこは齧らない(※アレ)。髪の毛を食べない」
埋もれながらも、丁寧に赤ちゃんたちを指導しつつ、考え事を進める(※赤ちゃん聞いてない)。皆で大きなお父さんの体に登ったり齧ったりして遊び、徐々にくたびれて眠り始める様子を見つめながら、ビルガメスは呟く。
『お前たちが安心出来る環境が大事だな』体の上で眠る赤ちゃんをよしよし撫でて、そっと脇に下ろす。
「ヨーマイテス。また厄介な」
早くミレイオに、この前の内容を確認しないといけない。ビルガメスは、ヨーマイテスが今、どの辺にいるのか、知っておきたい。
「遺跡でミレイオが見ている置物。それで何個目だ?コルステインたちまでは間に合わんと思うが」
今はっきりしているのは、ヨーマイテスは今回の旅の仲間であり、また今回の旅で最後の賭けに挑んだこと。
彼がサブパメントゥを統べる方法を知ったであろう時代は、過去のズィーリーたちの旅。
それまではおぼろげだったものが、あの旅で一緒だった『バニザットか』その男の入れ知恵で核心まで引き寄せられたのだろう。
「あれから何百年だ。気も変わらずに・・・何という執念よ。ヨーマイテス。
お前を突き動かし、その体を持たせているのは何だ。それさえ、その男の力だったのだろうか」
サブパメントゥにそこまでの輩が出たことは、記憶にない。
始祖の龍の卵の話も、未遂で終わったが、あれも誰かが何かによって気付いた行動に思えなくはない。
「俺たちに『龍王』への意識が浮上したのと同じか・・・・・? サブパメントゥにも、随分と根気強く働きかける何かがあったものだな」
選ばれたのはヨーマイテスのみ。そう捉える方が良いだろう。彼の独走状態で、サブパメントゥ統一は握られている。だが『だからなのか。空に比べて、地下の最高峰への道のりが謎だらけとは』フフンと笑うビルガメス。
「ヨーマイテスくらい、強烈な探求心と数多の知恵、しぶとい根気に長けていないと無理だろうな。サブパメントゥの奴らで、そこまで適う者はまず、現われさえしない。
しかし、よくもまぁ・・・この長い時の流れに耐えたものよ。それだけでも誉めてやれるが、モノがモノだけに、そう暢気なことも言っていられんな」
協力者は、もう紹介されている。ヨーマイテスも隠したかっただろうが、せいぜい数ヶ月程度しか持たない秘密だと、諦めていただろう。
「ミレイオが、この時代に合わせて本当にいたとはな。これでも驚いたが。
バニザット・・・シャンガマックか。あの精霊の加護を受けた男も、そうだったとは。全く、早く名乗れば良かったのに(※おじいちゃんは人のせい)」
この二人がヨーマイテスの協力者に、設定されているらしい。それは理解した。
それも、彼らが非協力的であったとしても、ヨーマイテスには特に問題ないという部分が『それが知恵』小さく息を吐き出して、ビルガメスは呟く。
「ミレイオはどうも嫌がっているが、シャンガマックだな。問題は。あいつは見たところ、真面目そうだが、頭の中身はヨーマイテスに近い(※別に馬鹿にしてない)」
悪気もなく、ヨーマイテスの目指すものに関心を向けそうな気がする。『じゃなきゃ、ヨーマイテスと動きはしない』やれやれ、と体の向きを変えて、眠る赤ちゃんを撫でる。
「ルガルバンダに聞けば、やはり思ったとおりだ。過去の男も、相当なヤツだった。ただ、警戒するほど進んでもいなかったから放っておいたが。
遺跡を面白がっているだけなら・・・気紛れにも感じたしなぁ。だが、置物を持ち帰ったとなれば、最早偶然なんて言ってられん。
シャンガマックは、その男の子孫とな。知恵と謎にのめり込むのは時を越えて同じ。今度は若いし、これは厄介だな。
ヨーマイテスが過去の知恵も教えれば、シャンガマックは尻尾を振って、彼についていく気がする(※仔犬大喜びと判断)」
おじいちゃんは、この展開と同時進行の速度を考える。
タムズがミレイオと話した際の情報。ルガルバンダの過去の話。イーアンが持ち込んだ、倒れたシャンガマックの相談。
「どれをとっても。俺たちと同じような速さだ。コルステインが今回、タンクラッドについたからな。それも、示唆か」
どうなるやら・・・・・ 一際明るい月明かりの中で、おじいちゃんは子供たちと一緒に眠る。
目を閉じて、龍王争奪戦を過ぎらせ、そしてサブパメントゥの未来も思いながら、一つ二つの用事を考えて、この夜は終わった。
お読み頂き有難うございます。




